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103 野望

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 隣に座るフィリアを横目で見据えるウィズ。気配からして、いや、目視でも若干ながら確認ができる。

(……悪性の魔粒子)

 フィリアの周囲に漂っているのは悪性の気配。それは魔剣『フレスベルグ』が生み続けた負の魔力。それが今やフィリアのもとにあって、さらにそれを彼女は使っている。

 闇夜に紛れていた方法も、その魔力を使っていたのだろう。ウィズはため息をついた。

「随分と飛ばしますね。その勢いだと、限界はさらに近づきますよ」

「まあね。でもわたしが潰れてもアルトがいる。問題はないよ」

「……」

 『アーク家』としての『フィリア・アーク』ではない。ただの『フィリア』としての言葉であることはウィズにも分かった。そこに厳格さは全くない。けれども、同じく未練もなくさらりとした言いようだった。

 まるで、負の魔力で体が汚染され結果的に朽ちても後悔がないような感覚。ウィズは少しムッとして口走る。

「なんですか。久しぶりに会ってはそれですか」

「ふふっ……。お気に召さないようね」

「……はぁ」

 ウィズの反骨が目立つ口調に、フィリアはどうしてだか少し嬉しそうに笑った。ウィズはさらに嫌な顔をして、困ったようにため息をつく。

 それからちょっと考えて、フィリアの瞳を見た。そして言う。

「生きていなきゃ、人間ヒトは何もなしえませんよ。たとえ、それが天使であろうと……悪魔であろうと……。貴女にも野望があるでしょうに」

 それは誰に言い聞かせたかった言葉なのだろうか。ふと問いかけそうになった。それをなんとか飲み込む。

 フィリアはちょっと目を見開いてウィズを見た。

「貴方……」

「……」

 その視線を受けてウィズは密かに奥歯をかんだ。失言だったかもしれない。今の発言は『ウィズ』らしくなかったかもしれない。気が緩んでいる。

 強張った表情になったウィズに、フィリアは小さく口元を緩めた。そして目を閉じて横顔を見せる。その視線は夜空に光る星々へと向けられていた。

「案外夢見がちな言い方をするのね……」

「……忘れてください」

 白々しいほど明るい横顔で平然とそう告げられれば、誰だって恥ずかしくなるのではないだろうか。ウィズは気まずく思ってバツが悪く顔をそらす。

 顔をそむけたウィズとは逆に、フィリアはまっすぐとウィズの方へ顔を向けた。月に艶めく長い銀髪がひらりと舞う。

「ありがとう。わたしのことを気にしてくれて」

 薄く微笑むフィリア。ウィズはちらりと彼女を見るも、すぐに視線を落として小さくぼやくように返す。

「……一応、当分のあるじとも言えますから」

「ええ、そうね。……そうね」 

 曖昧なフィリアの相槌を最後に、二人の間で沈黙が流れた。

 その沈黙は周囲の環境音ですらその二者を避けて進んでいくかのようで、ウィズは自然の音色がどうしてか遠くに感じた。どこか居心地の悪さがあるものの、腰を上げるには事足りない。そんな不可思議な気分であった。

 ここにいると静けさと肌寒さはとても似ているように感じる。聴覚と触覚で違う器官が受け取る要素だというのに、同一なものとしても謎の納得があった。

「……ウィズ」

「はい」

 冷たい風が通り抜けた直後に、フィリアが視線をウィズへと向けずにぼやく。ウィズは間髪入れずに反応した。

「明日……なんだけど」

「はい」

 フィリアは口をつむぐ。再び沈黙が流れるのかと、うんざりな半面それも悪くないと思ったウィズをしり目に、フィリアはしっかりとウィズを見据えて告げる。

「もし、命に値札をつけるとしたら」

 フィリアはウィズに顔を近づける。ウィズとの間に手を置いて、体重をかけた。鼻の先にまで迫ってきたフィリアに、ウィズはさがるタイミングを失って真っすぐ彼女を見る。

「貴方はいくらで買えるのかしら」



 *



 翌朝。『東棟』。『a4f32』室。

 その部屋の壁には青い空に雲が流れていた。硬く白い床を踏み鳴らして、ウィズは拳に魔力を込めて前方を見据えた。

 視線の先にはフィリアが腰に差した剣の柄に手を添えて立っている。彼女は以前ウィズの店を訪れた際にしていた簡易ドレスに、薄い甲冑を所々埋め込んだ衣服を纏っていた。

「……来てくれて礼を言うわ」

 厳格な顔つきで声を低くして告げるフィリア。完全に『アーク家』としての態度だ。

 フィリアが自分の素を知っているウィズの前でそのような態度を取る理由――それはウィズの背後に白髪の男――『ガスタ・アーク』がいるからである。

 彼は空を映す壁にもたれかかって、ウィズをじっと見つめていた。その視線を脅威に感じつつ、ウィズはフィリアへ返答する。

「いえ。それも契約ですからね。……報酬分ぐらいは、きっちり働きますよ」

「そうね。期待しているわ」

 フィリアが顎を引く。するとウィズの背後のガスタが壁から背を離すと、そのまま壁沿いに歩き始めた。そして角まで到達すると、その壁に手を触れる。

 そうなってからようやく、ガスタは二人の方へ顔を向けて口を開いた。

「一時間後だ。また来る」

 それだけ短く告げると、ガスタの姿は魔法の粒子と共に消えた。ここは『東棟』。そういうギミックがたくさんある。

 ガスタが消えて、二人だけの空間となった。けれども互いの間にある緊張はほどかれない。

 そんな中、フィリアは言う。

「……ごめんね。貴方ぐらいにしか頼めなかったから」

「いーえ。僕も興味はあったんですよ」

 少し陰りを浮かべていたフィリアに対し、ウィズは口元を緩めて魔力を少々開放した。魔圧がウィズから放たれ、フィリアの簡易ドレスと銀髪を揺らす。その圧に思わず顔の前に腕をかざしたフィリアへ、ウィズは告げる。

「魔剣の力を飼い馴らした『フィリア・アーク』の力ってやつを」

 それを聞いたフィリアは小さく微笑んで見せた。そして剣の柄に添えていた手を開き、それを握りしめる。


 ――昨夜、フィリアから告げられた申し出。それはフィリアの魔剣『フレスベルグ』の運用において、対魔術師タイプを想定した模擬戦闘の相手になってほしいというものであった。


「自信があるようで安心した。……でも、手を抜かないでね」

 フィリアは神妙な顔つきになると、握りしめた剣をゆっくりと鞘から抜き始めた。黒い刀身が露になっていく。

「本当に……危ない力だから」

 刀身が完全に鞘から放たれた。フィリアは意を決すると、それを振り切って構える。同時に、黒い刀身へ刻まれた赤い一筋の線が魔力に反応して赤く煌めいた。

「痛い思いは……覚悟して」
 
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