上 下
102 / 165

102 自堕落と冷たい月

しおりを挟む
「……?」

 ウィズが口の渇きを唐突に自覚したころ。

 瞳の上にかぶせていた腕をどけてみると、薄暗い部屋の天井が視界に広がった。どうやらいつの間にか寝てしまっていたようだ。部屋の暗さを見るに、もう日は落ちてしまっている。

「……」

 なんとも自堕落な気分だ。不安を抱えて寝てしまったせいだろうか。否、正しくは問題を先送りにしたことか。

 しかしながら、何をそこまで悲観的に捉える必要があるのだろう。ウィズが意気揚々とフィリアの護衛となって一か月が経とうとしている中、ようやく起点を掴めたと考えるべきだ。役所を爆破し、『赤髪』の痕跡を残した。それだけでも十分であると、そう甘やかしても良い。

 それでも気がかりがあるというとしたら、フィリアのことだ。

 『アーク家』の姉弟たちが揃ってからのことである。アルト、エルシィ、ハーネスと、『アーク家』の面々と接触する中で、フィリアだけ出会う機会が少なかった。ウィズの気のせいで済めばそれで終わりだが、そうでなかった場合もある。

 屋敷から出ていたために出会わなかったという線もあったが、そうであれば馬車を使う際に廊下や庭で会ってもおかしくない。実際はそれもなかった。ともすれば、屋敷のどこかで籠っているということ。

「……」

 ウィズはベッドから起き上がって、テーブルのそばまでノロノロと歩く。そしてその上にあったポッドを手に取ると、コップに水を注いだ。

(フィリアは一体何をしていた……?)

 容易に思いつくのは、『怒りの森』で獲得した魔剣『フレスベルグ』の手馴しを行なっていたとかだ。けれどもあの魔剣の力を使った場合、否応なく魔力が膨らみ溢れる。

 そんな魔力が発動したらウィズが気づかないはずがないものの、『東棟』内での出来事ならば別だ。あそこは魔力で隔離された閉鎖空間――恐らく、そこで発生した魔力はそう簡単には感じ取れない。

 『感じ取れない』といいこと。つまりそれは彼女の行動に確証が取れないということになる。

(剣術の修行だったらそれはそれで良い。だが別の……オレにとって不都合な魔哨ましょう情報の呼び出しや解析が行われていた場合は……)

 水を注ぎ終えたところでポットを置いた。指をコップにかざすと、魔力で水ごと持ち上げる。手ぐせのような感覚でふよふよ浮遊させながら、ウィズは考えた。

(……明日だ。なんとかフィリアと接触を図ろう。できればヤツが独りの時に、だ。最悪アルトやハーネスはいても良いが、エルシィがいたら即中止で……)

 エルシィに関してはウィズと相性が悪いせいか、趣味や好みは似ていそうだけれどもウマが合わない。彼女と接触するのは得策ではないだろう。というか、また因縁をつけられたら面倒くさい。

 その弱気は理性的か、それとも感情的な何かであるのかという二択はウィズの頭に浮かばなかった。ただただ、ウィズは胸の中で焦燥にジリジリと迫られているに過ぎない。

 ウィズは目を閉じる。そして『怒りの森』で目撃したフィリアの斬撃を思い出した。

(悪性の魔粒子と善性の魔粒子の混合……。ありゃ"こっち"どころか、魔界でも類を見ねぇだろうな……)

 黒と白の双翼を模したフィリアの威圧を思いながら、ウィズは小さく噴き出す。

「妬ましいことしてくれるねぇ……」

 浮遊させていたコップを手に取って、ウィズは自嘲気味に笑ってみせたのだった。
 
 


「……」


 それからウィズは眠る気になれず、屋敷の庭に向かった。フィリアたちに呼び出された後、部屋に戻った時に寝てしまったせいで、どうも眠気がやる気を出さない。

 時刻は夜。太陽の代わりに月が輝く夜空の下で、ウィズは明かりに淡く照らされた庭のベンチに座った。いつもならドラゴラムがひょっこりと顔を出してくるのだが、それは昼に限る。

 ドラゴラムは睡眠周期は三日に一度。今夜がその日で、今やドラゴラムは夢の中であった。ここで起こすのも悪い。ウィズは手持ち無沙汰にベンチの背もたれに腕をかけて、うなだれた。

 冷たい夜風が貫く。昼間は十二分に暖かいのに、太陽が消えただけでこんなに温度が下がるとは。生物の輪廻の中心に立っているだけはある。

 そうやって無意味に時間を潰していると、ふと暗闇の中に気配を感じてウィズは目を細めた。

 ゆっくりとベンチの背もたれから体を起こして、周囲を見渡す。しかしながら人影は見えない。ウィズから身を隠しているようだ。

 こんなことをしそうな人物を考えてみる。真っ先にアルトが思い浮かんだ。彼なら意味もなく思い付きで不意打ちをしかけてきてもおかしくはない印象だ。同時に、それに対して反撃しても大事にならない気もする。

 けれども――ウィズはその気配の正体に気づいた際には、再びベンチにだらしなくもたれかかったのだった。そして告げる。

「珍しいですね。貴女がそんなことをするなんて」

 ウィズの言葉に呼応するかのように、ウィズの前の"闇"が霧となって霧散していった。徐々に闇の中に姿を隠していたものが露わになってくる。

 そして完全に見えるようになった彼女は、銀の長い髪を振るいながら、ウィズの隣に腰を下ろした。

「たまにはこういうこともしたくなるの」

 彼女――フィリアは柔らかい笑みを浮かべると、ウィズの隣で月夜を見上げた。

 銀色の髪が月光に撫でられて艶めく。ウィズはそれを横目で見据えていたのだった。
しおりを挟む
感想 28

あなたにおすすめの小説

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

母親に家を追い出されたので、勝手に生きる!!(泣きついて来ても、助けてやらない)

いくみ
ファンタジー
実母に家を追い出された。 全く親父の奴!勝手に消えやがって! 親父が帰ってこなくなったから、実母が再婚したが……。その再婚相手は働きもせずに好き勝手する男だった。 俺は消えた親父から母と頼むと、言われて。 母を守ったつもりだったが……出て行けと言われた……。 なんだこれ!俺よりもその男とできた子供の味方なんだな? なら、出ていくよ! 俺が居なくても食って行けるなら勝手にしろよ! これは、のんびり気ままに冒険をする男の話です。 カクヨム様にて先行掲載中です。 不定期更新です。

今日から始める最強伝説 - 出遅れ上等、バトル漫画オタクは諦めない -

ふつうのにーちゃん
ファンタジー
25歳の春、転生者クルシュは祖国を出奔する。 彼の前世はしがない書店経営者。バトル漫画を何よりも愛する、どこにでもいる最強厨おじさんだった。 幼い頃の夢はスーパーヒーロー。おじさんは転生した今でも最強になりたかった。 その夢を叶えるために、クルシュは大陸最大の都キョウを訪れる。 キョウではちょうど、大陸最強の戦士を決める竜将大会が開かれていた。 クルシュは剣を教わったこともないシロウトだったが、大会に出場することを決める。 常識的に考えれば、未経験者が勝ち上がれるはずがない。 だがクルシュは信じていた。今からでも最強の座を狙えると。 事実、彼の肉体は千を超える不活性スキルが眠る、最強の男となりうる器だった。 スタートに出遅れた、絶対に夢を諦めないおじさんの常勝伝説が始まる。

神速の成長チート! ~無能だと追い出されましたが、逆転レベルアップで最強異世界ライフ始めました~

雪華慧太
ファンタジー
高校生の裕樹はある日、意地の悪いクラスメートたちと異世界に勇者として召喚された。勇者に相応しい力を与えられたクラスメートとは違い、裕樹が持っていたのは自分のレベルを一つ下げるという使えないにも程があるスキル。皆に嘲笑われ、さらには国王の命令で命を狙われる。絶体絶命の状況の中、唯一のスキルを使った裕樹はなんとレベル1からレベル0に。絶望する裕樹だったが、実はそれがあり得ない程の神速成長チートの始まりだった! その力を使って裕樹は様々な職業を極め、異世界最強に上り詰めると共に、極めた生産職で快適な異世界ライフを目指していく。

神様との賭けに勝ったので異世界で無双したいと思います。

猫丸
ファンタジー
ある日の放課後。 突然足元に魔法陣が現れる。 そして、気付けば神様が異世界に送るからスキルを1つ選べと言ってくる。 もっとスキルが欲しいと欲をかいた悠斗は神様に賭けをしないかと提案した。 神様とゲームをすることになった悠斗はその結果――― ※チートな主人公が異世界無双する話です。小説家になろう、ノベルバの方にも投稿しています。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業

ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

処理中です...