名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

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100 『覚悟』

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「聞きましたか……? 『ガーデリー』の役場が爆破されたって……」

「ええ。よりによってこんな時期に……。不穏だわ……」

 廊下の隅でコソコソと世間話をする若いメイドたち。ウィズはそんな彼女らに目向きもせず、廊下を歩く。

「犯人は赤髪だったらしい……。爆破に巻き込まれた役員が言ってたらしいぞ」

「……お、オレはやってねーぞ!」

「確かにお前は赤髪だが……ナメクジメンタルのお前にできるわけねーのは知っとるわ。そこんとこは信頼してるっつーの」

「そ、そうか……! 信じてくれてありが……うん? そりゃ罵倒か??」

 またすれ違った若い執事たちも、やはり『ガーデリー』役所爆破事件の話をしていた。ウィズは眉ひとつ動かさないまま、彼らの言葉を聞き逃さなかった。

 役所を爆破したと思われる犯人は『赤髪』だったらしい。灰色の髪を揺らしながら、真顔でウィズは歩みを続ける。

 その足で、以前自分の出自に対して問い詰められた部屋に向かった。その扉の前には以前と同じエメラルドグリーンの色の髪をしたメイドが立っており、ウィズに気づくと神妙な表情で顎を引く。

「ウィズ様でございますね。中でフィリア様方がお待ちしております」

「……」

 ウィズは黙ってうなずく。

 それを見たメイドは扉にノックをしてから告げた。

「ウィズ様がいらっしゃいました。お通しします」

 一拍おいて、メイドは扉を開けた。そして無言で入室を促す。

「ありがとう」

 小さく一言お礼を言うと、ウィズはそろりと部屋の中へ入った。中にはガスタを除いて、フィリアを筆頭に『アーク家』の血筋が集まっていた。

 ウィズの背後の扉がバタンと閉じられる。ウィズは部屋の中にいるメンバーを見渡し、一瞬にして把握した。

 フィリア、アルト、エルシィ、ハーネス、そして四隅には執事とメイドが合わせて四人。そして手前側の席にはソニアの姿もあった。

「座りなさい」

 開口初っ端でフィリアはウィズへ命令する。ウィズは彼女の目をしっかりと見据えてから、その言葉通りにソニアの向かい側の席へついた。

 部屋の中の雰囲気はとても厳かであった。ウィズが席についたことで、フィリアが全員へ向かって告げる。

「さて、集まってもらってのは他でもない。屋敷内でも噂になっているが、昨夜『ガーデリー』の役所が爆破された件についてよ」

 まあそうだろうな、とはウィズも思っていた。ユーナ誘拐事件の資料をまとめていた部屋が狙われたのだ。アルトが言っていたように、誘拐事件が『セリドア聖騎士団』結成を快く思わない連中によるものだった場合、このままのさばらせておけば『アーク家』だけの問題では済まなくなる。

 そしてそのような脅威からフィリアを守るべく護衛として雇われたのがソニアとウィズだ。今後の影響を据えれば呼び出されるのは当然である。

 フィリアは続けた。

「事件については噂の通り。役所が内部から爆破された。爆破された部屋は例の誘拐事件について資料がまとめられていた部屋ね。

 今回の件は特例として、自警団と役所の合同での調査となっていた。数日後には自警団本部にそれらの資料を移す予定だったのが、それより先にやられた形になるわ。

 爆破された部屋にはとある役員がいた。夜通しで資料をまとめていたようね。幸いにも爆破の犯人が部屋に来るのを察知した彼は、犯人と鉢合わせする前にロッカーに隠れて直接的な被害は逃れた。

 犯人について情報提供も彼の情報よ。けれど間近で爆破を受けた怪我は深刻で、今は病院のベッドにいるわ。だから深くは聞けていないけれど、得られた情報は手元に置いてある資料にある」

 ウィズは目の前のテーブルに置かれた資料へ視線を下げる。そこにはフード姿の容姿とそれに付随する形で注釈による説明がなされていた。

 容姿については高身長。顔は深くフードを被っていたために判別はできず、『赤髪』であることしか分かっていないようだ。

 そしてそのフードからは並々ならぬ"威圧"を感じたそうだ。爆破事件に巻き込まれた役員はそのおかげで隠れることができたらしい。

 『赤髪』、『ただならぬ威圧感』――その二つからとある人物たちを連想してしまうのは、『アーク家』だけではないだろう。

「資料はほとんど焼けてしまって、残された資料だけで誘拐事件を追及するのはかなり難しくなってしまった。そしてこの数日に二度も事件が起こっているとなると、三度目が発生するのも想像に難くない。

 気を引き締めること。油断はその個人の命を取るだけでは済まされない。――『アーク領』の全てが壊れてしまうかもしれない。私たちの腕には、数多くの領民たちの命がかかっていることを忘れないで」

 覚悟を促すフィリアの言葉に、その部屋にいたヒトは険しい顔でその意に賛同したのだった。

(……そうだよなぁ)

 ウィズはその渦中で胸ポケットに手を寄せる。中にはたった一輪の『ユガミアソウ』が残されていた。

(ずっと、そうやって肩越しに遠くを見てるといいさ)

 真剣に見えるウィズの表情――微かに緊張に震えているように見えるその中身は、思惑と笑いに打ちひしがれていたのだった。

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