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89 ソニアの贈り物④

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 扉から出てきたのはもっさりとした巨大な猫。白いお腹をむき出しにして、二本の足で立っていて、ソニアたちを見下ろしていた。

 その毛むくじゃらな巨体を前に、ソニアはその体に似つかわしくないつぶらな瞳をつけた顔を見上げて硬直する。その瞳は何を考えているのかわからない、一言で『虚無』といった色をしていた。

 その巨大な猫は太い腕で両顎を上に押し出そうとするも、その腕が微かに震えるだけで何もできない。その後、猫からくぐもった声が聞こえた。

「あの、これ、どうやって外すんですか?」

「……え? ウィズ?」

 虚しく可愛らしい瞳で前方を見つめている猫を見上げながら、ソニアは思わず声を漏らす。

 聞こえてきた声というのはとても聞き覚えがある、ウィズの声であったからだ。ソニアは目を丸くして隣のエルシィを見ると、彼女は目を細めて言っていた。

「内側にチャックがあるはずだけれど……」

「いえ、そんなものは見当たらないですが……」

 ウィズの言葉にエルシィが眉を顰める。そして巨大な猫――の着ぐるみを着用したと思われるウィズの前に立つと、首よりも少し下らへんを背伸びしてさすった。

「ここらへんよ」

「え、ここですよね……?」

 エルシィがさすった部分に急にデコができて、中にいるウィズが内側から押してるであろうことが推測される。

「……え、ない?」

「ないです」

「……」

「……」

 猫の顔がジッとエルシィを見下ろしている気がした。頭部は動いていないのにも関わらず。

 着ぐるみの原の部分の毛を指でさするエルシィ。ソニアの角度から見るも、その表情には汗が伝っており、彼女からしても想定外なことが起こっているのが察しられる。

 周囲は本当に微妙な雰囲気が立ち込めていた。すぐに崩れそうな沈黙であって、加えてどこか情けない。ソニアはうっかり言葉をこぼした。

「えっと……?」

「――さぁーて! ソニアちゃん、この後いかがかしら? 昨日またおいしいお菓子を調達しましたのよ」

 困惑するソニアの方へ振り返り、エルシィは両手をパンと鳴らす。まるでこの場をリセットするかのように手を合わせた音が響いた。彼女はソニアに笑顔を見せているものの、それは少しひきつっている。

「え……あの、ウィズは……?」

「ウィズ……? はて……あそこにいるのはデカい猫よ」

「……」

 今度はソニアの笑顔がぎこちなくなった。エルシィは完全にウィズのことをなかったことにしたいらしい。

 エルシィが持っていた紙袋の中には猫の着ぐるみが入っていて、それを着せてウィズをからかいたかったとか、そんな可愛い――かもしれない――ことを考えていたのだろう。けれど、それはまさか着ぐるみの不良によって頓挫された。

 着ぐるみが外せない。ということは、正攻法でウィズは外に出れないということ。

 さっきウィズが言っていた『暑い』が少し引っかかる。このまま出れないとなると、熱中症などにかかる可能性も無きにしも非ずだ。ソニアはウィズをスルーしようとするエルシィへ言う。

「でも……ウィズが……」

「大丈夫よ! 彼ならなんとかするわ!」

 エルシィはわざと目を開いてわざと明るく振る舞う。そんな彼女を前にソニアはちらりと巨大猫の顔を見上げる。その虚無を感じる表情からはどこか悲し気なものが発せられている気がして、ちょっと寂しくなった。

 そんなソニアとは対照的に、大きな猫の着ぐるみことウィズに背を向け、目をそらしたエルシィはソニアの肩に手を置いた。

「ほら、姉様からの評価も腹立たしいほど高いし、問題ないわ!」

「えぇ……」

「じゃ、ソニアちゃん、わたくしの部屋に――」

「あ」

 ソニアが口を開けたのもつかの間、エルシィの体は巨大な腕によって持ち上げられる――。

 巨大な猫の着ぐるみがエルシィの腰をつかんで持ち上げたのだ。まるで獣が子を抱っこするような光景である。ウィズの背丈からして、腕の長さやら太さやら合っていない気がするが、恐らくそれは着ぐるみの中にあるギミックが関係しているのだろう。

「ちょ、何を……」

 着ぐるみの太い腕に抱きあげられたエルシィは驚いて手足を動かした。けれども腕からは逃れられず、ついに首のところまで持ち上げられる。その地点まで上がると、ぴたりと上昇はやんだ。

 そして次の瞬間――。

「――ひっひゃっぁあ!」

 ――デカい着ぐるみを装着したウィズによる、反撃のターンが始まった。彼は持ち上げたエルシィを上下にシェイクし始めたのだ。突然、水が入った容器の底にたまった沈殿物をかき混ぜるかの如く、乱暴に振られたエルシィは彼女らしからぬ、高くかすれた声で悲鳴を上げる。

 エルシィをシェイクする猫の着ぐるみ。無表情な猫の顔が、どこか怒りを帯びているように見えたのは気のせいだろうか。

「ウィズ……」

「ひひゃぁぁ……!」

 ソニアはただ茫然と、陰のある表情で人間をシェイクしている猫の顔を見上げていたのだった。


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