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67 救えたもの
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予定通り、生き残った山賊たちは縛り上げてエイジャたちが乗る馬車へと収容した。ウィズとソニア、そしては乗ってきた馬車を使い、ユーナと一緒に町まで戻ったのだった。
ユーナ奪還の報を得ると、彼女の両親は一目散に役所まで来て、ユーナを抱きしめた。服屋では見なかった父親――金髪で整った顔の形、そして尖った耳からエルフの血を引く者であろう――も、真っ青な顔色で母親と一緒に来ていた。
「あるがとうございます……! 本当に、なんとお礼を言ったら良いか……!」
ユーナを抱きしめ、涙を流す母親に変わって、父親が何度も何度もウィズたちに頭を下げる。
矢を受けた傷口に治癒効果を含んだ包帯を巻いたソニアがあたふたするのを尻目に、ウィズはにこやかに笑って答えた。
「いえいえ。ご無事で良かったですよ」
そう言うと、ウィズは隣のソニアを連れて、静かにその部屋から出た。その直後、父親のすすり泣く声が聞こえてきて、深く息を吐く。そして後ろに手を回し、振り向かずにウィズはその部屋の扉を閉じた。
ドア越しに、未だ小さく音が聞こえる。ウィズはぼやいた。
「一人娘が誘拐されたんだ……。取り乱しもせずいられるわけがない。……しばらく家族水入らずでいさせてあげようか」
「……うん。そうだね」
ウィズの言葉に静かにうなずくソニア。確かにウィズの言ったことは正しいのかもしれない。けれど、ウィズの意図は"正しさ"とは別のところにあった。
つまるところ、彼にとってそれは適当な建前だった。
(あんな奴らなんてほっとく。今は別にやることがある……)
その真意は思いやりなどではない。全てはウィズ自分自身のため。見知らぬ家族のことなど、ウィズにとってはどうでもよかった。
「……ウィズ」
そんな思いを馳せながら二人で廊下を歩いていると、ソニアがぽつりと切り出す。ウィズはちらりと彼女の表情を見た。どこか影ある表情。
ソニアがそういう表情で何かを切り出す時、大抵は心の整理がついていない時だ。迷っていたり、自分がとった行動に疑問が伴っている時とか――要するに、ソニアは自分の中で引っかかっている悩みに対し、ウィズの意見を聞きたいのだろう。
「……」
ウィズは黙ってソニアを見つめた。ソニアは続ける。
「あのさ……。洞窟で残ってた山賊たちも、何とか連れ出せなかったかな……」
(……ハァ)
なんとなく想像はついていた。山賊のアジトから離れるときにも感じでいたことだ。
ウィズは内心ため息をつき、面倒くささに襲われながらも、外見だけは無表情を貫く。こんなことに時間を使うやる気はない。けれども、ここは人間関係ゆえに答えておくべきだ。
当たり触りがない、彼女にとって心地の良い言葉を選んで、ただ出力するだけ。ウィズはそのまま口を開く。
「……救えなかったものを嘆くよりも、救えたものに笑った方がいいよ。すぐそこに結果があるでしょ」
「……」
歩きながら、そう淡々と告げて見せた。ソニアは黙って視線を落とす。
これが彼女の悩みを溶かしたというわけではないのかもしれない。けれど、一時しのぎの言葉にはなったはずだ。
そのままちょっと歩いたところで、丁度事務室から出てきたエイジャと出会った。二人が足を止めると、エイジャも笑って会釈する。
「お疲れ様ね。……みんなで無事、戻ってこられて良かったわ」
エイジャはそう言って手を差し出した。ウィズとソニアは続けてその手を取った。
「『アーク家』にも連絡はしておいたわ。これでひとまずは安心ね」
「……そうですね」
エイジャの言葉に、ソニアはどこか暗めな表情で返す。
エイジャが語った通り、『商売許可証』を巡っての誘拐事件は終結を迎えつつある。首謀者だと思われるフードの『魔法傀儡』と、山賊の頭は捕まえることができなかったが、その手下たちは捕らえることができた。
ウィズが持ってきたフードもエイジャに譲渡済みであり、続報を待つのみだ。
エイジャはソニアの表情の影に気付いたのだろう。彼女を思ってか、優しく声をかけた。
「どうしたの? 元気がないようだけど」
「……」
視線を落としたまま、ソニアは黙っていた。エイジャは彼女の無言をたしなめることなく、ただじっと待っていた。
ソニアが思うのは、洞窟の崩落で死んでしまった山賊たちのことだろう。どうして荒くれ者に対してそこまで情を割けるのかウィズには分からなかったが、ウィズとソニアは違うのだ。考えるだけ無駄だし、ウィズはソニアを特段理解したいわけではない。
お人好しにしては独善が過ぎる。いや、どちらかといえば、取捨選択を正常に行えない感情障害を抱えている、と称した方がしっくりするかもしれない。
廊下の片隅、三人で沈黙しながら立ち尽くす光景が続いた。こればかりはソニアの言葉を待つしかないようだったが。
(……そうか)
ウィズは気付く。もしや、彼女は洞窟から貫通して天空に放たれた『緋閃遡光』を目撃していたのではないか。そしてそれを放ったのがウィズであることを、彼女は知っている。
そう考えれば、今ここで話しづらいのも分かる。山賊たちの死因の原因は洞窟の崩落だ。そしてそれを引き起こしたのがウィズとなれば、間接的にウィズが山賊たちを殺したということになる。
そんなウィズの前で、死んだ者に対する悔恨の見解を表明できるかと言われれば、難しいとなるのが心情だろう。
ウィズがこの場を離れれば、ソニアも話しやすくなるだろうか。しかし折角エイジャと自然なかたちで合えたのに、ここで別れるとなると――。
「お姉ちゃん!」
沈黙を破るユーナの声が、背後から聞こえた。ソニアは弾かれるように振り向き、ウィズは続いてゆっくり振り返った。
そこには母父娘の三人家族が、こちらへ歩いてきていた。早い立ち直りだな、とウィズはふと思う。
彼女らがソニアを前に来ると、ユーナがソニアの手を取った。そしてにっこりを微笑む。
「本当にありがとうね! お店、また来てね!」
それを見たソニアは目を見開く。そしてその目に涙を浮かべると、しゃがんでその少女を深く抱きしめた。
そして言う。
「ウィズ……。キミの言った通りだね。……この子の存在が、救いだよ……」
「……」
これで彼女の悩みが融解したのだろうか。ウィズは黙ってソニアを見下ろしていた。
そして何気なく、ソニアと三人家族から一歩身を引くと、エイジャに聞いた。
「そういえば、捕まえた山賊たちってどこにいったんですかね?」
「ああ。それなら、一時的に庁舎の地下の牢に……」
「へぇ……。そうなんですか。危ないかも、気をつけてくださいね……」
「ちゃんと縛ってあるわ。大丈夫よ」
ウィズは少し笑ってエイジャの身を案じると、それを冗談だと思ったのか、エイジャも微笑んで答えた。
――次の日、地下牢に捕らえられていた山賊たちが、一人残らず無害な死骸へと変わり果てていたのが発見された。
見張りの役員はそれを目撃した際に、あまりの凄惨さを吸い込んでは嘔吐したのだった。
ユーナ奪還の報を得ると、彼女の両親は一目散に役所まで来て、ユーナを抱きしめた。服屋では見なかった父親――金髪で整った顔の形、そして尖った耳からエルフの血を引く者であろう――も、真っ青な顔色で母親と一緒に来ていた。
「あるがとうございます……! 本当に、なんとお礼を言ったら良いか……!」
ユーナを抱きしめ、涙を流す母親に変わって、父親が何度も何度もウィズたちに頭を下げる。
矢を受けた傷口に治癒効果を含んだ包帯を巻いたソニアがあたふたするのを尻目に、ウィズはにこやかに笑って答えた。
「いえいえ。ご無事で良かったですよ」
そう言うと、ウィズは隣のソニアを連れて、静かにその部屋から出た。その直後、父親のすすり泣く声が聞こえてきて、深く息を吐く。そして後ろに手を回し、振り向かずにウィズはその部屋の扉を閉じた。
ドア越しに、未だ小さく音が聞こえる。ウィズはぼやいた。
「一人娘が誘拐されたんだ……。取り乱しもせずいられるわけがない。……しばらく家族水入らずでいさせてあげようか」
「……うん。そうだね」
ウィズの言葉に静かにうなずくソニア。確かにウィズの言ったことは正しいのかもしれない。けれど、ウィズの意図は"正しさ"とは別のところにあった。
つまるところ、彼にとってそれは適当な建前だった。
(あんな奴らなんてほっとく。今は別にやることがある……)
その真意は思いやりなどではない。全てはウィズ自分自身のため。見知らぬ家族のことなど、ウィズにとってはどうでもよかった。
「……ウィズ」
そんな思いを馳せながら二人で廊下を歩いていると、ソニアがぽつりと切り出す。ウィズはちらりと彼女の表情を見た。どこか影ある表情。
ソニアがそういう表情で何かを切り出す時、大抵は心の整理がついていない時だ。迷っていたり、自分がとった行動に疑問が伴っている時とか――要するに、ソニアは自分の中で引っかかっている悩みに対し、ウィズの意見を聞きたいのだろう。
「……」
ウィズは黙ってソニアを見つめた。ソニアは続ける。
「あのさ……。洞窟で残ってた山賊たちも、何とか連れ出せなかったかな……」
(……ハァ)
なんとなく想像はついていた。山賊のアジトから離れるときにも感じでいたことだ。
ウィズは内心ため息をつき、面倒くささに襲われながらも、外見だけは無表情を貫く。こんなことに時間を使うやる気はない。けれども、ここは人間関係ゆえに答えておくべきだ。
当たり触りがない、彼女にとって心地の良い言葉を選んで、ただ出力するだけ。ウィズはそのまま口を開く。
「……救えなかったものを嘆くよりも、救えたものに笑った方がいいよ。すぐそこに結果があるでしょ」
「……」
歩きながら、そう淡々と告げて見せた。ソニアは黙って視線を落とす。
これが彼女の悩みを溶かしたというわけではないのかもしれない。けれど、一時しのぎの言葉にはなったはずだ。
そのままちょっと歩いたところで、丁度事務室から出てきたエイジャと出会った。二人が足を止めると、エイジャも笑って会釈する。
「お疲れ様ね。……みんなで無事、戻ってこられて良かったわ」
エイジャはそう言って手を差し出した。ウィズとソニアは続けてその手を取った。
「『アーク家』にも連絡はしておいたわ。これでひとまずは安心ね」
「……そうですね」
エイジャの言葉に、ソニアはどこか暗めな表情で返す。
エイジャが語った通り、『商売許可証』を巡っての誘拐事件は終結を迎えつつある。首謀者だと思われるフードの『魔法傀儡』と、山賊の頭は捕まえることができなかったが、その手下たちは捕らえることができた。
ウィズが持ってきたフードもエイジャに譲渡済みであり、続報を待つのみだ。
エイジャはソニアの表情の影に気付いたのだろう。彼女を思ってか、優しく声をかけた。
「どうしたの? 元気がないようだけど」
「……」
視線を落としたまま、ソニアは黙っていた。エイジャは彼女の無言をたしなめることなく、ただじっと待っていた。
ソニアが思うのは、洞窟の崩落で死んでしまった山賊たちのことだろう。どうして荒くれ者に対してそこまで情を割けるのかウィズには分からなかったが、ウィズとソニアは違うのだ。考えるだけ無駄だし、ウィズはソニアを特段理解したいわけではない。
お人好しにしては独善が過ぎる。いや、どちらかといえば、取捨選択を正常に行えない感情障害を抱えている、と称した方がしっくりするかもしれない。
廊下の片隅、三人で沈黙しながら立ち尽くす光景が続いた。こればかりはソニアの言葉を待つしかないようだったが。
(……そうか)
ウィズは気付く。もしや、彼女は洞窟から貫通して天空に放たれた『緋閃遡光』を目撃していたのではないか。そしてそれを放ったのがウィズであることを、彼女は知っている。
そう考えれば、今ここで話しづらいのも分かる。山賊たちの死因の原因は洞窟の崩落だ。そしてそれを引き起こしたのがウィズとなれば、間接的にウィズが山賊たちを殺したということになる。
そんなウィズの前で、死んだ者に対する悔恨の見解を表明できるかと言われれば、難しいとなるのが心情だろう。
ウィズがこの場を離れれば、ソニアも話しやすくなるだろうか。しかし折角エイジャと自然なかたちで合えたのに、ここで別れるとなると――。
「お姉ちゃん!」
沈黙を破るユーナの声が、背後から聞こえた。ソニアは弾かれるように振り向き、ウィズは続いてゆっくり振り返った。
そこには母父娘の三人家族が、こちらへ歩いてきていた。早い立ち直りだな、とウィズはふと思う。
彼女らがソニアを前に来ると、ユーナがソニアの手を取った。そしてにっこりを微笑む。
「本当にありがとうね! お店、また来てね!」
それを見たソニアは目を見開く。そしてその目に涙を浮かべると、しゃがんでその少女を深く抱きしめた。
そして言う。
「ウィズ……。キミの言った通りだね。……この子の存在が、救いだよ……」
「……」
これで彼女の悩みが融解したのだろうか。ウィズは黙ってソニアを見下ろしていた。
そして何気なく、ソニアと三人家族から一歩身を引くと、エイジャに聞いた。
「そういえば、捕まえた山賊たちってどこにいったんですかね?」
「ああ。それなら、一時的に庁舎の地下の牢に……」
「へぇ……。そうなんですか。危ないかも、気をつけてくださいね……」
「ちゃんと縛ってあるわ。大丈夫よ」
ウィズは少し笑ってエイジャの身を案じると、それを冗談だと思ったのか、エイジャも微笑んで答えた。
――次の日、地下牢に捕らえられていた山賊たちが、一人残らず無害な死骸へと変わり果てていたのが発見された。
見張りの役員はそれを目撃した際に、あまりの凄惨さを吸い込んでは嘔吐したのだった。
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