名の無い魔術師の報復戦線 ~魔法の天才が剣の名家で産まれましたが、剣の才能がなくて追放されたので、名前を捨てて報復します~

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62 緋閃遡光

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 ◇


 ――場所は『アーク領』にある町『ガーデリー』。そこで行き交う人々は、足元から脳みその奥まで響くような、深いいななきを感じ、不安に思って空を見上げていた。

「な、なんだ……?」

 太陽の日除けに、耳の上に手を差し出しながら、住人たちは目を細める。緑の大地と青い空、そこに突如として斜めにそびえた光の柱を、多くの領民たちが見据えていたのだった。

 それは先に向かえば向かうほど、光はバラバラに拡散して、まるで『一色だけの虹』のようだった。光の粒子が、青い空にそびえる先端でパラパラと溶けていた。


 ◇


 ウィズが放った『緋閃遡光イグネート・ヴェイン』はフードの『魔法傀儡マジックパペット』の伸長を飲み込むほどの直径で、それは洞窟の壁を貫通して外まで放たれていた。

 壁に大穴が開いたのだ。山賊たちがアジトにしていた洞窟自体が崩れ落ちてもおかしくはない衝撃だった。けれど、奇跡的にウィズたちがいた大広間は少なくとも無事であった。

「……」

 焼け付いた臭いが鼻につく。『緋閃遡光イグネート・ヴェイン』で開いた穴からは太陽の光が降り注いでいた。

 しかし本来の暗さはともかく、硝煙で周囲は濁って見える。視界での探知は少しやりづらい状況にあった。だからウィズは、魔力によって"それ"の場所を感知する。

「……よォ」

 ウィズは"それ"の前に辿り着くと、そこでしゃがみ込んだ。そこにはボロボロのフードを身に纏い、本体も焼き焦げた『魔法傀儡マジックパペット』が倒れていた。四肢はもがれ片目は割れて、全身の皮は全てが焼かれている。

 中身の人形部分が露わとなっており、とても不気味な姿となってしまっていた。

「切断されたか?」

「……」

 ウィズが声をかけるも反応はない。彼は人形に残っている目玉をもぎ取った。

 一度だけ、フードの中の暗闇から目が緑に光っているのを見た。この部分が述者と人形の間を繋げる受信機となっていたようだ。恐らく『魔力』に親和性のある魔鉱石で作られた道具である。

 その目玉の役割を果たしていたそれも、今や薄汚れたただの丸い物体となっていた。すでに受信機としての役割はこなせないだろう。

 つまり、この『魔法傀儡マジックパペット』はもう動けない。

「……痕跡はこれだけか」

 ウィズは倒れた傀儡を見てそうぼやく。

 ユーナを誘拐し、『商売許可証』を要求した事件。その黒幕はこの『魔法傀儡マジックパペット』だったとみてほとんど間違いないだろう。正確には『魔法傀儡マジックパペット』を操作していた誰か、か。

(まさか……こんなところで"再会"しちまうなんてな……)

 人形の残骸を見るウィズの表情は険しかった。眉間に皺をよせ、恨みを瞳に込めてその残骸を睨みつけている。

 その怒りはウィズを突き動かしている、いわば原動力そのものであった。

(しかしこうともなれば……まさか、が『商売許可証』を欲しがっているってことなのか……?)

 しかしウィズの中には怒り以外にも疑問もあった。この『魔法傀儡マジックパペット』がどうして、山賊たちを利用し『商売許可証』を狙っていたのか。

「……」

 今の状況を鑑みるに、一つの考えがウィズの頭に思い浮かんでいた。けれどもそれは、ウィズにとっては都合の良いものであったので、どこか信用に足らない。

 だが一番ありえあそうであるというのは、主観抜きにしても事実だろう。ウィズは頭を抱えた。

 あの『魔法傀儡マジックパペット』はかつて、『ブレイブ家』に仕えていた。

 そしてその『魔法傀儡マジックパペット』が山賊を利用して『アーク領』の『商売許可証』を狙っていたと考えると、その目的は『アーク領』に損害を与えることだろう。『商売許可証』があるのなら、いくらでもやりようがある。例えば、病原菌を混ぜたモノを売りつけ、流行り病を意図的に発生させたりだとか、中毒性のある毒物を売りつけて領民を中毒にするだとか、できる範囲には事欠かない。

 普通に商売がしたいだけなら、正式に申請すれば良いだけ。それをせずに、領民から奪い取ろうとする時点でそれは"クロ"だ。

「ともかく『アーク家』をおとしめようとしてる意図は明確だ」

 ウィズはため息をつく。

「――『セリドア聖騎士団』の団長選定の前に『アーク領』を混乱させ、『アーク家』に打撃を与える。そりゃ一時的に過ぎないけど、今やその"一時的"が致命的になる。これを考えるに、『ブレイブ家』の真の狙いは……」

 ボロボロになったフードを人形から剥ぎ取り、ウィズはそれを観察しながらぼやいた。

「『セリドア聖騎士団』における主権……ってことになるのか」

 ウィズは太陽の光を頼りに、フードの全貌を探る。そのフードは対魔力加工がされていた。

 確かに『セリドア聖騎士団』の総長の座を得て、主権を握ることができればお家は安定するのだろう。『アーク家』のフィリアもそれがために活動していた。その縁があって、ウィズが彼女に近づけたのだ。

 しかし。

「……引っかかるな」

 ウィズの勘はどこか違和感を得ていた。こんなことをしてまで、騎士団総長の座に就きたいと思うのか。この悪事がバレた時のリスクと見合わない気がする。

「……」

 ウィズはフードを持ち上げながら、ふと硬直した。視線はフードの全体を捉えているが、ウィズはそれを見ていない。

「だが、ンなことどうだっていいんだ」

 ウィズが何の為にこの場所にいるのか。何の為に息を吸って、上っ面だけの笑顔を振りまいて、人間ヒトと仲良くしなければならないのか。


「……ふっ」


 ぼそり。ウィズは誰もいない廃墟となったアジトで、小さく呟く。


「『ブレイブ家』が裏で手を引いているなら……『ブレイブ家』を潰す口実ができる。好条件じゃねーか……」


 日差しが差し込む円の外で、ウィズは佇んでいた。ドス黒い笑みを浮かべて。


「――『報復』だ。よくも、""を殺しやがったな。今度はオレが、オマエらを殺す番だ」
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