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57 自信

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 ――洞窟の奥。

 焚火を囲っているのは複数の山賊たちと、紫色のフードを深く被った人物。そしてその輪から外れるようにして、手足と口を縛られた少女が壁際に投げ出されていた。

「へへっ……。まさか、『商売許可証』なんかを欲しがる色物がいるとはねぇ……」

 周囲にいる山賊たちをまとめていると思われる、長身の無精ひげがある中年の男はいやしく笑った。

「前金だけでもあんだけくれるなんて、いやはや、今後ともパートナーとしてやっていきたいところですぜ、ダンナ!」

 よく見ると、山賊の頭の後ろには放置されたような荷台がある。その上には大量の銀貨と金貨が入り混じったものが入っている箱が置いてあった。

 山賊の頭が口にした『前金』というのは、その銀貨と金貨のことなのだろう。フードを深く被った怪しげな者は抑揚もなく告げる。

「それは貴方がたの働き次第でございます」

「へっ! 聞いたかよ野郎ども!」

「へい!」

 上手い儲け話に気を良くした山賊の頭が、周囲の山賊たちへ怒鳴った。山賊たちも儲け話には目がないようで、いつも以上に元気よく返事をする。

 そんな部下たちを見た頭は満足したようにして口元をニギュっと曲げた。

「いくらでも稼がせてもらいますぜぇ? なぁ、ダンナ! 今後ともゴヒーキに! なんつって!」

 そう言いながら高笑いをする頭。それを前にしても、フードの者は微動だにしなかった。

 ワイワイと山賊が騒ぎ、フードがそれを静観する。そんな光景を、壁際に放置されている縄で縛られた少女――ユーナは涙を浮かべた瞳でじっと見つめていたのだった。


 ◇


 ウィズとソニアは身を屈めて、ゆっくりと静かに敵の影に接近していた。

 崖の上の見張りはやはり二人。どちらもフラフラと、やる気のない動きで周辺を見渡している。まるで敵が来ないと確信していて、暇しているようだった。

 服装ははっきりと見えるわけではないが、薄汚れていることは確かだ。肩にかかる布らしきや軽装の影を見るに、山賊の類と見て間違いないだろう。

(……数は感知した通り二人。動き的にも……服屋を襲った奴らと同類……)

 ウィズはめざとく観察する。

崖上ここを見張ること自体の意味を理解できていないぐらいに、無警戒で杜撰だ……。指示を出している人間と価値観の相互理解ができていない。つまるところ、推測した通りか……)

 ウィズの考え――服屋を襲った者や、ここで見張りをしている者たちはただの山賊で、その山賊が『商売許可証』なんかを求めていたのは、それを依頼した者がいたから、という推測。

 ならば敵は山賊ではなく、それを依頼した者と認識をするべきだ。山賊に入れ知恵をしているようだが、それもかみ合っていないようであるし、隙は多そうであった。

「……ウィズ」

「ん?」

 ソニアがウィズの耳元で小さく口を開く。

「ボクが目の前の二人を素早く奇襲して足を止める。だからウィズはその間に崖下の見張りを倒して。計画通りにね」

 ウィズは横目でソニアを見つめた。

 確かにソニアの言う通りにするのも悪くない。何せ、時間がないのだ。スピーディーに事が済めば越してことはない。

 けれど、それを了承するには確かめなくてはならないことがある。それはソニアがただただ焦ってこの提案をしたか、という点だ。

 焦燥だけで事を急かすのは良い結果を生み出さない。――すぐさっきのウィズのように、予想通りに事を運べないことになったりするだろう。

 だからウィズはソニアが確かな"自信"があることを確認しなくてはならなかった。それを念頭にウィズが口を開こうとするも、それよりも先にソニアが続けた。

「ウィズに魔力の使い方、危険な方法で教えてもらったからね。……正直いうと、結構怖かった。だからあの体験が風化する前に、身に着けるためにも実践してみたい。それで絶対に成功させて、ユーナちゃんを助けに行こう」

「……」

 ソニアは真剣な眼差しで、敵二人の人影を睨んでいた。それは得物を狩る肉食動物が如く瞳だった。

 ウィズはそれを見て小さく笑う。

(そういうところ、真面目なんだな……)

 焦燥なんてものはソニアにはなかった。あるのはユーナを助けるために自分が動かなくてはいけないという、当たり前として彼女は認識しているであろう衝動。そして自分の中に芽生えた新たな可能性を試したいという、『強くなりたい』がための手段。

 ウィズはソニアから視線を正面に戻し、静かにだが、はっきりと告げた

「分かった。――十秒後だ。十秒後にソニアが動き出して」

「了解」

 ソニアは覚悟を決めた表情でうなずく。

「十」

 ウィズのカウントダウンが始まる。

「九」

 ソニアは瞳を閉じて、小さく息を吐いた。

「八」

 ウィズはソニアを今一度ちらりと見る。彼女に震えは見えない。

「七」

 ソニアが瞳を開く。新たに開眼した視線で、ウロウロと不規則に動く二人の人影を交互に追っていた。

「六」

 ウィズも敵の影を捉える。ソニアの様子からして、緊張は集中力の前で分解してしまったようだ。

「五――」

 『五』のカウントから先は、ウィズは口にしなかった。しかしその静寂でもソニアの中ではカウントは続いているのだろう。

 ウィズは意識を崖の先に向けた。崖上の山賊はソニアに任せることにする。ウィズもウィズで、崖の下の見張りを『緋閃イグネート』で確実に射抜き、無力化しなくてはいけないのだ。気を引き締める必要があった。

 ――十の刻は案外早く訪れる。ソニアが地面を蹴った。少し遅れてウィズも崖の先目掛けて走り出したのだった。
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