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48 台無し
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ソニアは男の背後から奇襲するため、姿勢を低くして短剣を構える。小さく息を吐きながら、片手で短剣を弾いては持ち直した。
「……」
ウィズはそちらを見つつも、注意の大半は店にいる客に向いていた。
ソニアの奇襲の結果がどうでも良いからよそ見をしているわけではない。これにはしっかりと理由があった。
むしろ、ソニアの手腕を信じての行動だ。『ネグーン』にて、店を占拠した襲撃者相手に不意打ちをかまし、一人を完全に無力化し捕らえた力量がソニアにはある。ウィズはソニアを軽く見てはいなかった。
「早く決めろよ……! 俺たちぁ気が短ぇんだ……!」
「う……」
急かす男に、その女店員は未だ言葉を返せずにいた。
娘を救うか、それとも領地の主が敷いた決まりに逆らうかの二択。
『アーク家』のことだ。定めた規則を破った者には厳格な罰則を用意しているはず。『自分たちがナメられないように』というのを目的にした『アーク家』の『家訓』がある上、それは容易く想像できた。
それに対して天秤にかけられたのが自らの娘となれば、思うように口が動かなくなるのも当然である。
「……いくよっ」
そんな前進しないやり取りの中で、身を隠したソニアがウィズへと言葉を残した。直後、ソニアは低姿勢で飛び出す。
(さてと……)
ウィズはソニアが隣にいなくなったのを尻目に確認すると、立ち上がって振り返った。店内を見渡し、客たちの居場所を確認する。
その間にもソニアは男の背後へ迫っていた。するりと男の背後から首に手を伸ばす。
「がっ……!」
男の嗚咽がもれた。
腕で首を絞めつけ、逆の手で握られたナイフで喉笛に矛先を突き付ける。女店員は驚きの表情で目を見開き、口の前に手をやった。
「動かないでね」
「っ……!」
突き刺さらない程度に、ソニアは男の首筋にナイフを押し立てる。男は冷や汗をかきながら、そのまま両手をあげた。
「よしっ……!」
降参の合図をしかと見受けたソニアは、首に回した腕で男をなぎ倒した。うつ伏せに倒れる男の背中を足で抑え、その腕を自らの腕で引っ張り押さえつける。
「お姉さん! 長めの布!」
「……は、はいっ!」
男を押さえつけるソニアがすぐ隣の女店員に言った。呆然としていた彼女もハッとすると、ソニアの指示に従って商品のズボンを商品棚から引っ張り出してくる。
ズボンを受け取ったソニアはそれで男の両腕と両脚を縛り上げた。足の下で動けなくなった男を見下ろして、安堵のため息をつく。
そしてウィズの方を安心したような小さな笑みで見返すも、そこにウィズの姿はなかった。ちょっと不思議に思って、その姿を探してみると――。
「やあオネーさん。どこに行くのかな?」
店を出ようとしていたクリーム色の髪をした女性の前で、ウィズは入り口に足をかけて通せんぼしていた。ウィズは腕を組み、挑発的な瞳でその女性を見つめている。
「そんなに速足で……忘れ物?」
「……アタシの勝手だろ。……つーか、店の中でこんなことが起こったら、逃げたくもなる」
きりっと邪魔をするウィズを睨みつける女性。その頬には少し汗が伝っていた。
ウィズは依然、薄ら笑いを浮かべる。
ソニアの奇襲が失敗するなどとウィズは思っていなかった。だから、ソニアの奇襲が成功した時のために、男に『協力者』がいないか念のため見張っておいたのだ。そしてその行動は正解だったといえよう。
そこまで思い至った理由としては、男が娘をさらって『商売許可証』を対価に奪おうとしたところだ。男の感じからして、自分が使うというような雰囲気ではなかった。ならば、誰かに依頼されたということになる。
つまり、男は『商売許可証』で悪巧みができる程度の知能を持つ"誰か"の言いなりで動いていた。そうするなら、その"誰か"が恐喝の男が失敗した時のために、作戦の成否を無事戻って伝える伝達係を一緒に行かせておく保険をかけていても不思議ではない。
そしてその伝達係を見分けた方法だが、男がソニアに捕まった際にちょっと慌てて行動を起こす者が第一候補に挙がる。その者を観察し、それっぽい情報を見抜ければ、怪しさとしての色を判断できる。
ウィズは穏やかに告げた。
「ハハハ。そうだねぇ。……一般人に紛れ込みたかったみたいだね。靴も新しいものに変えてきたところを見ると、そっちの彼よりは賢いのかな……。でも、血の付いた靴下を履いてちゃあ、ぜーんぶ台無しじゃない?」
「――!」
靴下の汚れは戦闘において付いた返り血といったところか。恐らく、この男と女は山賊とかそんなところだろう。
ウィズの言葉に、赤い液体で薄汚れた靴下がズボンのすそから見える、目の前の女性は舌打ちをした。
そして慣れた手つきで懐に隠し持っていたククリを取り出す。間髪入れずにウィズへと突き出した。
「もっと粘ればいいのに」
ウィズはそうぼやくと、突き出されたナイフに対して右腕をかざす。
ウィズの右腕には何もない。ただの素手だ。その事実を見て、ククリを振りかざした女性はニヤりと笑みを浮かべる。
ククリをウィズの手に突き刺したら、その勢いでメッタ刺しにすれば良い。その女はそう思っていた。
――しかし。
「えっ」
鋼が砕け散る音が鳴り響き、女の目が見開かれる。それは『緋閃』によりククリの刃が砕かれた音であった。
「頭蓋が割れちゃったらごめんね」
困惑して後ずさる女に、ウィズは一歩踏み込んだ。右手で彼女の額に手を伸ばす。その手の先で『緋閃』の火花を散らした。
小さな破裂音がつんざき、女は後ろへと吹っ飛んだ。そして動かなくなる。
(……死んではない、な)
泡を吹いて倒れた女を見下ろして、ウィズはため息をついた。正直なところ、ウィズ本位ではこの女が死のうが生きようがどうでも良いが、体裁的に殺害はよろしく思われないだろう。
ウィズは微笑を浮かべると、目で笑って店員へと告げた。
「すみません。こっちにも縛れるやつください」
「は、はいっ!」
そうやって、店員が持ってきてくれたズボンでウィズはその女を縛り上げたのだった。
「……」
ウィズはそちらを見つつも、注意の大半は店にいる客に向いていた。
ソニアの奇襲の結果がどうでも良いからよそ見をしているわけではない。これにはしっかりと理由があった。
むしろ、ソニアの手腕を信じての行動だ。『ネグーン』にて、店を占拠した襲撃者相手に不意打ちをかまし、一人を完全に無力化し捕らえた力量がソニアにはある。ウィズはソニアを軽く見てはいなかった。
「早く決めろよ……! 俺たちぁ気が短ぇんだ……!」
「う……」
急かす男に、その女店員は未だ言葉を返せずにいた。
娘を救うか、それとも領地の主が敷いた決まりに逆らうかの二択。
『アーク家』のことだ。定めた規則を破った者には厳格な罰則を用意しているはず。『自分たちがナメられないように』というのを目的にした『アーク家』の『家訓』がある上、それは容易く想像できた。
それに対して天秤にかけられたのが自らの娘となれば、思うように口が動かなくなるのも当然である。
「……いくよっ」
そんな前進しないやり取りの中で、身を隠したソニアがウィズへと言葉を残した。直後、ソニアは低姿勢で飛び出す。
(さてと……)
ウィズはソニアが隣にいなくなったのを尻目に確認すると、立ち上がって振り返った。店内を見渡し、客たちの居場所を確認する。
その間にもソニアは男の背後へ迫っていた。するりと男の背後から首に手を伸ばす。
「がっ……!」
男の嗚咽がもれた。
腕で首を絞めつけ、逆の手で握られたナイフで喉笛に矛先を突き付ける。女店員は驚きの表情で目を見開き、口の前に手をやった。
「動かないでね」
「っ……!」
突き刺さらない程度に、ソニアは男の首筋にナイフを押し立てる。男は冷や汗をかきながら、そのまま両手をあげた。
「よしっ……!」
降参の合図をしかと見受けたソニアは、首に回した腕で男をなぎ倒した。うつ伏せに倒れる男の背中を足で抑え、その腕を自らの腕で引っ張り押さえつける。
「お姉さん! 長めの布!」
「……は、はいっ!」
男を押さえつけるソニアがすぐ隣の女店員に言った。呆然としていた彼女もハッとすると、ソニアの指示に従って商品のズボンを商品棚から引っ張り出してくる。
ズボンを受け取ったソニアはそれで男の両腕と両脚を縛り上げた。足の下で動けなくなった男を見下ろして、安堵のため息をつく。
そしてウィズの方を安心したような小さな笑みで見返すも、そこにウィズの姿はなかった。ちょっと不思議に思って、その姿を探してみると――。
「やあオネーさん。どこに行くのかな?」
店を出ようとしていたクリーム色の髪をした女性の前で、ウィズは入り口に足をかけて通せんぼしていた。ウィズは腕を組み、挑発的な瞳でその女性を見つめている。
「そんなに速足で……忘れ物?」
「……アタシの勝手だろ。……つーか、店の中でこんなことが起こったら、逃げたくもなる」
きりっと邪魔をするウィズを睨みつける女性。その頬には少し汗が伝っていた。
ウィズは依然、薄ら笑いを浮かべる。
ソニアの奇襲が失敗するなどとウィズは思っていなかった。だから、ソニアの奇襲が成功した時のために、男に『協力者』がいないか念のため見張っておいたのだ。そしてその行動は正解だったといえよう。
そこまで思い至った理由としては、男が娘をさらって『商売許可証』を対価に奪おうとしたところだ。男の感じからして、自分が使うというような雰囲気ではなかった。ならば、誰かに依頼されたということになる。
つまり、男は『商売許可証』で悪巧みができる程度の知能を持つ"誰か"の言いなりで動いていた。そうするなら、その"誰か"が恐喝の男が失敗した時のために、作戦の成否を無事戻って伝える伝達係を一緒に行かせておく保険をかけていても不思議ではない。
そしてその伝達係を見分けた方法だが、男がソニアに捕まった際にちょっと慌てて行動を起こす者が第一候補に挙がる。その者を観察し、それっぽい情報を見抜ければ、怪しさとしての色を判断できる。
ウィズは穏やかに告げた。
「ハハハ。そうだねぇ。……一般人に紛れ込みたかったみたいだね。靴も新しいものに変えてきたところを見ると、そっちの彼よりは賢いのかな……。でも、血の付いた靴下を履いてちゃあ、ぜーんぶ台無しじゃない?」
「――!」
靴下の汚れは戦闘において付いた返り血といったところか。恐らく、この男と女は山賊とかそんなところだろう。
ウィズの言葉に、赤い液体で薄汚れた靴下がズボンのすそから見える、目の前の女性は舌打ちをした。
そして慣れた手つきで懐に隠し持っていたククリを取り出す。間髪入れずにウィズへと突き出した。
「もっと粘ればいいのに」
ウィズはそうぼやくと、突き出されたナイフに対して右腕をかざす。
ウィズの右腕には何もない。ただの素手だ。その事実を見て、ククリを振りかざした女性はニヤりと笑みを浮かべる。
ククリをウィズの手に突き刺したら、その勢いでメッタ刺しにすれば良い。その女はそう思っていた。
――しかし。
「えっ」
鋼が砕け散る音が鳴り響き、女の目が見開かれる。それは『緋閃』によりククリの刃が砕かれた音であった。
「頭蓋が割れちゃったらごめんね」
困惑して後ずさる女に、ウィズは一歩踏み込んだ。右手で彼女の額に手を伸ばす。その手の先で『緋閃』の火花を散らした。
小さな破裂音がつんざき、女は後ろへと吹っ飛んだ。そして動かなくなる。
(……死んではない、な)
泡を吹いて倒れた女を見下ろして、ウィズはため息をついた。正直なところ、ウィズ本位ではこの女が死のうが生きようがどうでも良いが、体裁的に殺害はよろしく思われないだろう。
ウィズは微笑を浮かべると、目で笑って店員へと告げた。
「すみません。こっちにも縛れるやつください」
「は、はいっ!」
そうやって、店員が持ってきてくれたズボンでウィズはその女を縛り上げたのだった。
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