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38 東棟
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フィリアに続いて、ウィズら一同は『東棟』へと足を運んでいた。
『東棟』の廊下は全ての窓にカーテンをかかっており、蝋燭の青い火の明かりだけが照明として機能している。
(……これは)
『東棟』に入った瞬間から脳内に入り込んできた違和感。ウィズは密かに視線を四方へ動かしながら、その正体を理解していく。
(……棟全体には『結界』。カーテンには『意識錯乱』の術式を埋め込んであるな。青い火は……ふむ、これは囮か……。足元のカーペットで魔力認識……うん? 壁の一部がおかしい……。これは空間をわざと歪ませて感知を阻害しているのか)
何重にも張り巡らされていたのは不可視なる罠。これほどの数のものを仕込む方も大概であるが、それを実行した魔術師は相当のものだ。同じ魔術師として、これをやり遂げた者に会ってみたい気持ちが湧いてくる。
要するに『東棟』は逃げ場もなければ隠れる場所もない。全てが『アーク家』の監視下にあるようだ。
『立ち入り禁止』とはよく言ったものだ。無断で立ち入ったら最後、どうなるのか言わずとも分かる。
少し歩いたところで、フィリアの足が止まった。
シルバーの液体が壁となっている中、黒い扉が光沢を思わせる質感を持って存在していた。だが扉というにはノブがない。しかしウィズはそれが『扉』であることを直感していた。
フィリアはその扉に手をかける。すると紫色の光の線がその黒い扉全体に広がっては消えた。そしてゆっくりと、その扉は独りでに開き出す。
「……っ」
部屋の中に入っていくと、ウィズの後ろにいる魔術師から息を呑む気配を感じた。実際、ウィズも少し面喰っている。
とにかく魔粒子の濃度が高い。息が詰まりそうなくらいに密集している。そして極めつけは視覚的な衝撃――つまり、部屋の内装が異次元すぎたのだった。
円形に広がる黒い海のような部屋であった。足場だけが薄い灰色で確立されていて、中心に迫るほど沈んでいく形になっている。
一番の違和感がそこには『壁』が存在しないこと。いや、実際には存在しているのだろうが、本来ののっぺりと垂直に壁があるハズの場所には、暗闇が存在していたのだ。それはどこまでも続く暗闇の平野のように、"先"が見えない。
フィリアが率いる一同は、灰色の階段によって後段へ――中心部へと降りていく。明かりはどこにあるか分からないが、どこからか漏れているようだ。
そして全ての階段を降り切ると、目の前には銀色の扉とその中の部屋を囲む円形の壁と、ドーム状の屋根があった。
ここが屋内だとは忘れてしまう造形。そこでフィリアは告げる。
「魔術師はこの部屋を一定間隔で囲んで待機。中で大規模な『祝福付与』を行うわ。だから部屋から『魔粒子濃度』が溢れるのを確認したら、この領域での魔粒子濃度の変遷を抑え、変化を遅らせなさい。
ソニアは彼らを見張りなさい。この半透明な足場の上なら安全だけど、この『闇の壁』は物理的な干渉を受けない。だから足場から外れれば、闇に落ちるわ。こちらから引き上げることはできないから、絶対に落ちないように。
……さて、配置につけ」
フィリアの言葉を了承した魔術師たちが散っていく。
ウィズはその中で唯一指示を与えられなかった。しかし何をすればいいのかは分かる。何故なら、ウィズはそのために来たのだから。
「では、ウィズ」
フィリアが手を差し伸べた。
「行くわよ」
ウィズはその手を取る。フィリアはそのウィズの手を引っ張り、もう片方の手で銀色の扉に触れた。
――直後、体が突如として軽くなった気がした。
「……っ」
肉体が小さな粒になってはすぐに戻る。感覚としては『緋閃零式』の虚空跳躍を行ったときのようだった。
エメラルドグリーンの光に視界が包まれるも、それは一瞬だけ。気が付くとウィズは本棚が立ち並ぶ天井の高い部屋にいた。
「ここは……」
微かに紙の香りがするその場所をウィズは見渡した。
「認可されている者だけが起動できるテレポーテーションの陣よ。まだ試作段階らしいけどね」
フィリアはふうと息をつき、安心したような表情を見せる。雰囲気的も口調的にも、これは素の状態に戻っているといえよう。
ということは、ここは隔離された空間とみて良いようだ。しかし"外"に魔粒子調整のための魔術師を配置しておいたことを鑑みると、それも完ぺきとはいえないようだが。
しかしそれでも、ウィズの心を躍らせる分には充分だった。珍しく本当に踊る心を瞳に宿して、ウィズは周囲を見渡しながら笑った。
「凄いですね……。まるでおとぎ話の『魔法の国』みたいだ……」
ウィズは目を輝かせながら、そのハイテクな魔法に魅せられていた。
『魔法の国』のおとぎ話。それは章ごとに境遇の違った様々な人間――少年少女中年熟女と、本当に多種多様な人物たち――が現実よりも『魔法』が発展した国に迷いこむという話だ。
それは一般化されすぎて、出版の際にタイトル揺れが発生するも、どれがオリジナルか見当もつかないほどである。
「……意外。貴方もそんな顔をするのね」
そんな夢気分もそんなフィリアの言葉で現実に引き戻された。
ハッとしてウィズは表情を硬くしてフィリアの顔を見つめる。彼女はきょとんとしてウィズを見ていた。
「……見なかったことにしてください」
ウィズはフィリアから顔を反らし、震える唇で小さく告げる。
ウィズは初めて、フィリアの目の前で恥ずかしいと感じたのだった。
『東棟』の廊下は全ての窓にカーテンをかかっており、蝋燭の青い火の明かりだけが照明として機能している。
(……これは)
『東棟』に入った瞬間から脳内に入り込んできた違和感。ウィズは密かに視線を四方へ動かしながら、その正体を理解していく。
(……棟全体には『結界』。カーテンには『意識錯乱』の術式を埋め込んであるな。青い火は……ふむ、これは囮か……。足元のカーペットで魔力認識……うん? 壁の一部がおかしい……。これは空間をわざと歪ませて感知を阻害しているのか)
何重にも張り巡らされていたのは不可視なる罠。これほどの数のものを仕込む方も大概であるが、それを実行した魔術師は相当のものだ。同じ魔術師として、これをやり遂げた者に会ってみたい気持ちが湧いてくる。
要するに『東棟』は逃げ場もなければ隠れる場所もない。全てが『アーク家』の監視下にあるようだ。
『立ち入り禁止』とはよく言ったものだ。無断で立ち入ったら最後、どうなるのか言わずとも分かる。
少し歩いたところで、フィリアの足が止まった。
シルバーの液体が壁となっている中、黒い扉が光沢を思わせる質感を持って存在していた。だが扉というにはノブがない。しかしウィズはそれが『扉』であることを直感していた。
フィリアはその扉に手をかける。すると紫色の光の線がその黒い扉全体に広がっては消えた。そしてゆっくりと、その扉は独りでに開き出す。
「……っ」
部屋の中に入っていくと、ウィズの後ろにいる魔術師から息を呑む気配を感じた。実際、ウィズも少し面喰っている。
とにかく魔粒子の濃度が高い。息が詰まりそうなくらいに密集している。そして極めつけは視覚的な衝撃――つまり、部屋の内装が異次元すぎたのだった。
円形に広がる黒い海のような部屋であった。足場だけが薄い灰色で確立されていて、中心に迫るほど沈んでいく形になっている。
一番の違和感がそこには『壁』が存在しないこと。いや、実際には存在しているのだろうが、本来ののっぺりと垂直に壁があるハズの場所には、暗闇が存在していたのだ。それはどこまでも続く暗闇の平野のように、"先"が見えない。
フィリアが率いる一同は、灰色の階段によって後段へ――中心部へと降りていく。明かりはどこにあるか分からないが、どこからか漏れているようだ。
そして全ての階段を降り切ると、目の前には銀色の扉とその中の部屋を囲む円形の壁と、ドーム状の屋根があった。
ここが屋内だとは忘れてしまう造形。そこでフィリアは告げる。
「魔術師はこの部屋を一定間隔で囲んで待機。中で大規模な『祝福付与』を行うわ。だから部屋から『魔粒子濃度』が溢れるのを確認したら、この領域での魔粒子濃度の変遷を抑え、変化を遅らせなさい。
ソニアは彼らを見張りなさい。この半透明な足場の上なら安全だけど、この『闇の壁』は物理的な干渉を受けない。だから足場から外れれば、闇に落ちるわ。こちらから引き上げることはできないから、絶対に落ちないように。
……さて、配置につけ」
フィリアの言葉を了承した魔術師たちが散っていく。
ウィズはその中で唯一指示を与えられなかった。しかし何をすればいいのかは分かる。何故なら、ウィズはそのために来たのだから。
「では、ウィズ」
フィリアが手を差し伸べた。
「行くわよ」
ウィズはその手を取る。フィリアはそのウィズの手を引っ張り、もう片方の手で銀色の扉に触れた。
――直後、体が突如として軽くなった気がした。
「……っ」
肉体が小さな粒になってはすぐに戻る。感覚としては『緋閃零式』の虚空跳躍を行ったときのようだった。
エメラルドグリーンの光に視界が包まれるも、それは一瞬だけ。気が付くとウィズは本棚が立ち並ぶ天井の高い部屋にいた。
「ここは……」
微かに紙の香りがするその場所をウィズは見渡した。
「認可されている者だけが起動できるテレポーテーションの陣よ。まだ試作段階らしいけどね」
フィリアはふうと息をつき、安心したような表情を見せる。雰囲気的も口調的にも、これは素の状態に戻っているといえよう。
ということは、ここは隔離された空間とみて良いようだ。しかし"外"に魔粒子調整のための魔術師を配置しておいたことを鑑みると、それも完ぺきとはいえないようだが。
しかしそれでも、ウィズの心を躍らせる分には充分だった。珍しく本当に踊る心を瞳に宿して、ウィズは周囲を見渡しながら笑った。
「凄いですね……。まるでおとぎ話の『魔法の国』みたいだ……」
ウィズは目を輝かせながら、そのハイテクな魔法に魅せられていた。
『魔法の国』のおとぎ話。それは章ごとに境遇の違った様々な人間――少年少女中年熟女と、本当に多種多様な人物たち――が現実よりも『魔法』が発展した国に迷いこむという話だ。
それは一般化されすぎて、出版の際にタイトル揺れが発生するも、どれがオリジナルか見当もつかないほどである。
「……意外。貴方もそんな顔をするのね」
そんな夢気分もそんなフィリアの言葉で現実に引き戻された。
ハッとしてウィズは表情を硬くしてフィリアの顔を見つめる。彼女はきょとんとしてウィズを見ていた。
「……見なかったことにしてください」
ウィズはフィリアから顔を反らし、震える唇で小さく告げる。
ウィズは初めて、フィリアの目の前で恥ずかしいと感じたのだった。
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