聖剣に知能を与えたら大変なことになった

トンボ

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第一章 聖剣『クラウス・ソラス』

2 魔術師、落ち込む。

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 純粋で暴力的な威圧を発しながら、宙に浮遊しニコラリーと対面する聖剣。ニコラリーは空いた口がふさがらず、ただただ唖然としていた。

《貴様が我に知能を与えてくれたのだろう? 故に、我はあの台座から自分の意志で離れることができたのだ》

 聖剣に口はないのにどうやって喋っているのだろう、みたいに、どうでもいいような疑問ばかりがニコラリーの頭の中に湧いて出てくる。いやそれもそれで気になるのだが。

 しかし今気にすることは他にある。興奮によるものか、好奇心によるものか、それとも恐怖から沸き立っているのか、全身を震えが覆っていた。何とかその震えに抗い、ニコラリーは言葉を吐き出した。

「貴方は、聖剣?」

《いかにも。我は3000年前、この地に封印された聖剣『クラウス・ソラス』である》

 ようやく、頭の思考回路が正常になってきた。ニコラリーは大きく深呼吸をして、真っすぐと今目の前にある現実を向き合う。

 台座に刺さり封印されていた聖剣は、その台座を抜け出して目の前に浮遊し、自分に語り掛けている。

 そして先ほどから感じている威圧感は、気のせいなのではない。この聖剣から、大量の魔力が放たれているのだ。ニコラリーも魔術師の端くれ。これほどの魔力を肌に感じて気づかないほど鈍感ではなかった。この聖剣の中にはかなりの量の魔力が秘められているうえに、その質は最上級のものだ。刹那の瞬間で、自分はこの聖剣に魔力では敵わないと理解できるほどの。

 そして今の状況を考え直してみる。ニコラリーはそーっと聖剣に語り掛けた。

「俺が知識を与えたってのは……?」

《……? あの薬のことだ、我に流しただろう。素晴らしい、我も『物質に知能を与える薬』など、初めてみたぞ》

 何だか状況をつかめてきた。要するに、ニコラリーは知らずのうちにスゴイ薬を作っていて、偶然それを聖剣にぶっかけてしまった、と。結果、聖剣が自らの意思をもって封印から脱してしまった、と。

「で、主殿っていうのは?」

《言葉通りの意味だ。貴様は我を、方法はどうであれ、封印から目覚めさせたのだ。我は貴様に尽くそう》

 我は貴様に尽くそう、我は貴様に――。

 聖剣の言葉がニコラリーの中で何度も何度も反芻し、それが続くほどに実感がわいてくる。ニコラリーは聖剣の所有者になったということで、聖剣の所有者ということはつまり……。

「俺、魔術師から勇者に出世したってこと!?」

 聖剣は勇者にしか引けない。つまり、聖剣を持っている者は勇者であるということ。

 小さいころ、誰もが夢見る存在。そうで在りたいと、そう成りたいと、一度は夢見る勇者という存在。

 かつての夢はすでに幻と化していた。しかし、今この状況を見るに幻は実体を持ち、ニコラリーの手中に収まっている。

「振ってみてもいいっすか」

《ふむ。いいだろう》

 聖剣から放たれていた魔力の威圧が小さくなる。

 そんな聖剣の配慮を受けながら、宙に浮いている聖剣の柄を手に取った。同時に聖剣の重みが全てニコラリーへと譲渡される。

 ――重い。

 これが数千年の重みか。持っているだけで肩へ緊張が走り、油の切れた二輪車のようにぎこちない動きをしてしまう。

 それでも、今手にしているのは聖剣。唯一無二の誇りを手にしているのだ。

 一振りしてみるか。ニコラリーが聖剣を振りかぶる。そのままを恰好で数秒、目を閉じて瞑想した後に、覚悟を決めてそれを振りかざした。


 ――振ろうとした瞬間に、持ち手から体全体へ激痛の電流が流れ、思わず聖剣を手放してしまった。

 カランと音を立てて地に落ちる聖剣。持ち手であった右腕の痺れを比較的軽い痺れの左腕で押さえて、落ちたそれを見る。

 振れなかった。拒絶された。聖剣か、それとも自分の体か、はたまた第三者による干渉があるのか、どれだかは定かではないが聖剣を扱うことができなかったという『結果』は変わらない。勇者になり切れなかった彼は肩を落とす。

《正規法で我を解放したわけではないからな、当然か》

 ふわっと、またも自身の魔力によって浮かび上がる聖剣。ニコラリーはうつむいたまま言う。

「俺は、やはり貴方にはふさわしくない」

 そう、たまたまだったのだ。全ては偶然。国一番の魔術師を目指しているニコラリーであるが、現状はただの魔術師止まり。

 今この場所で、人生の中、いつかは引くであろう幸運を、たまたま引き当てただけの凡人だ。聖剣を扱う勇者なんて存在とは、天と地との差がある。

《何を言う、そう落胆するでない。数千年の間、我に干渉できた者は貴様だけだ。例えそれが偶々だろうと、貴様が我を永い眠りから覚ました『事実』は変わらぬ》

「……そうっすかね」

《おうとも! 振れないのならば無理に振る必要はない。我には貴様から貰った知能がある。触れずとも役に立つ。さあ、貴様のテリトリーに戻ろうではないか》

 剣に励まされるという、数ある人生の中でもかなりレアな未知との邂逅を経て、ニコラリーは聖剣を持って帰路へ立った。

 持つ、といっても聖剣は自らの意志で浮遊が可能なので、召喚した使い魔の如く、聖剣は彼の後ろを勝手についてきている。

 まあ確かに聖剣の言う通りなのかもしれない。ニコラリーは、聖剣を引く引けない振る振れないに関わらず、聖剣に主として認めてもらったのだ。この時代のこの世界においては唯一無二の存在、それが自分。

 そう思うとニコラリーの気持ちは羽が生えたように軽くなった。そして聖剣の思慮深さに感謝する。

 が、この時まだ彼は理解していなかった。

 聖剣『クラウス・ソラス』の性質が想像と違っていたことに。
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