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剣とかして、王を斬る
ありきたりな日々へ感謝を
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〈八災王〉が消滅してから一週間が経った。
今日は清々しいほどの快晴だ。カサネとレンサは野原に寝そべり、雲ひとつない空を仰ぎみる。
「にしても、トウカちゃんめ。私たちの記憶まで封印してやがったなんて! 家の資料類も全部、私の目の届かないところに隠してたみたいだし! 全く困った妹だよ、もうッ!」
トウカはカサネにも、シンヤに纏わる出生の事実を隠していた。
ちょうどドタバタしていた頃を見計らって、記憶に封印されてしまったのは彼女にとって一生の不覚だ。
「カサネさんが天才的な格闘センスを持つのなら、トウカちゃんは天才的な封印道の使い手だったってことですよ。それに、二人の成長は姉としても嬉しいくせに」
「あーもう、るっさいなぁ! 大体、二人揃って自分の血筋と真逆のことをやってんのなら、〈人器一体〉なんて出来こっないのよ。もっと早く私が気付いていれば、教えるのも楽だったのにー!」
〈八災王〉と対峙した時、シンヤは人型を保ちながらも〈武器師〉として力を解放し、トウカは刃の形をしながらも、〈封印師〉として力を制御を行っていた。前例のないイレギュラーなコンビが誕生したのだ。
〈八災王〉を倒すことのみに特化した二人の力は、十分評価に値するものだ。カサネも口ではブーブー言っているが、レンサには喜んでいるのがバレバレである。
嘘がつけないのは、姉妹揃って同じらしい。
「それより、トウカさん……よかったんですか?」
「ん……何が?」
レンサが改めて話を切り出した。その本題はトウカが「夜叉」の座を自ら降りたことだ。
数日前、トウカは有力な〈封印師〉と〈武器師〉が集う総会で、「夜叉」の称号と自ら〈封印師〉としてのライセンスを返納してしまったのだ。
「皆さん怒ってましたよ……トウカさん程の〈夜叉〉が辞めたら、代わりはどうするんだって」
「なに言ってんの。王の封印が解かれたのは、私のミス。本来なら腹切っても足りないくらいの失態をしてるんだから、せめてもの誠意を示さなくちゃ」
「それでも、結果的に〈八災王〉はシンヤ君達によって消滅させられた。これまでは封印止まりだった王の存在を、完全抹消できたのは十分なリターンと言えます。そんなシンヤくんとトウカちゃんを育てた功績。加えて、〈戒放者(リベレーター)〉業魔(ゴウマ)と子述(ネノ)の確保。これらの実績を加味すれば、トウカさんはまだ〈封印師〉でいるべきなんですよ」
どうやら、レンサもカサネの辞退には否定的らしい。
それはある種の当然の結果であって、彼に相談せずに辞任までの準備してしまったカサネ自身の落ち度でもあった。
「はぁ、レンサまで、他の老いぼれジジイ共みたいなこと言わないでよ。大体、今回は本当に運が良くて死人が出なかっただけ! なら、どんな功績を積んでいようと、相応の処分を受けるべきなのよ!」
「だとしても、その責任の取り方は、少し無責任では」
「ふん! それに、こんな腕じゃ無責任とか以前の問題なのよ!」
カサネの弾け飛んだ腕が戻ることはなかった。野風に煽られて、ジャージの袖だけが、力なく揺れる。
「それは……いえ、すいません。僕の配慮が足りませんでした」
声のトーンを落としたレンサが深々と頭を下げた。
こうなると、さっきとは別な意味で面倒だ。彼は少なからず、カサネが腕を失ったことに責任を感じている。
カサネも、そういう意味で言ったのではないのだが、どうしても意識させてしまうのだろう。
「はぁ……違うんだって。責めてるわけじゃなくて、片腕のない私より強い人間なんて沢山いるってこと。〈夜叉〉ってのは本来、〈封印師〉を強い順に並べて、上から十人に与えられる称号なの。だったら私より相応しい人が持つべきでしょ」
「けど僕には、カサネさんより強い人なんて想像もつきませんよ。例え片腕を失おうと、貴方の強さは揺るがない」
「だーかーら! 私を持ち上げなくていいの! それに貴方だって心当たりはあるでしょ。実績だけを見ればどんな奴らよりも、遥かに有能な二人がね」
「二人……? その二人ってまさか!」
カサネは、シンヤとトウカのことを言っていた。
トウカは本気で二人を〈夜叉〉にするつもりでいた。その決心はテコでも動かない。
「誰も殺せなかった災禍の王を、消滅させたのよ。私なんかより余程優れてるわ」
「いや、でも……まだ二人は子供ですし、荷が重いんじゃ」
「最年少コンビってのもアリでしょ。私らがしっかり修行をつけてやれば、滅多なことでも死なないだろうし。むしろ、今から二人がどう成長するか楽しみだわ!」
「カサネさん……」
そのまま二人は寝っ転がってもう一度、澄み渡る空を仰いだ。
互いが互いに向けて言いたいことは、まだまだある。それでも、やはり晴れは良いものだ。
◇◇◇
その日のラウンジには珍しい組み合わせで昼食を取る二人の姿があった。シンヤとトウカの二人だ。
「今日のおにぎりは美味しいわね」
「お、おう……」
「ぎこちないわよ、どうしたの?」
ぎこちないと言われたって、そんなの、ほかの誰でもないトウカから、昼食に誘われたせいだ。
まだユウの怪我が治りきらず、休んでいることだけが不幸中の幸いか。
本人がここにいれば、嫉妬の炎を携えながら、シンヤのことを呪ってくる筈だ。
そんなことを思いながら、シンヤは握り飯を頬張った。
「ふふ」
それに今日のトウカはやけに機嫌が良さそうだ。終始、ニコニコしているのが逆に怖くなる程度には、機嫌がいい。
「なぁ? トウカこそ何か良いことでもあったのか?」
「そうね、強いて言うなら、シンヤがここ最近ちゃんと授業受けてることかな?」
「……なんだと思えばそんなことかよ」
「そんなことじゃないわよ。あれだけ不真面目だったシンヤが少しずつかわってきてるんだから。新技のトウカアイアンクローも考えたんだけ、どうやら炸裂することはなさそうね」
「おい、しれっと物騒なことを考えるんじゃねぇよ!」
「ふふふ」
トウカはシンヤを変わったというが、寧ろシンヤからすれば、変わったのは彼女の方であった。
良く言えば、明るくなった。悪く言うのなら、面倒な姉に似てきた。ニヒルに笑う様なんて、まさしく姉妹だ。
「つか、こんなのを着て居眠りとか無理だから……俺はサボり魔としての矜持を捨てたわけじゃない」
シンヤは煩わしそうに、制服の裏に着込んだベストを小突く。
カサネの指導もここ最近厳しくなるばかりだ。その一端として普段から着用するよう押し付けられたこのベストは、魂と身体へと同時に負荷を掛けれるという特注品らしい。
黒鋼家が倒壊した二人は現在、柊家の世話になっている。お陰で地獄の山登りがなくなったのは内心喜ばしいことだったが、このベストのおかげで全部が台無しだ。
じっとしているだけでも疲れるし、魂だってごっそり消費する。
「いいじゃない。授業もサボれない上に、体と魂を鍛えられるなんて」
トウカは涼しそうな顔でそう言った。彼女も同じベストを着ているはずなのに、少しも疲労感が見られない。
正直訳が分からなかった。
「くそ……なんかものすごく理不尽だ」
すると向こうの方から声が聞こえてきた。
「あ! トウカ先輩。それにシンヤ先輩も!」
ヒナミがこちらを見つけたらしい。。購買で買ってきたサンドイッチと一緒に駆けてくる。
「珍しいですね、二人がご一緒にランチなんて……あっ! もしかしてお邪魔だったり?」
彼女はニヤリとほくそ笑んだ。それでも、ちゃっかりトウカの横には座る様で、あれやこれやを聞いてくる。
そのまま三人は他愛もない昼食時間を済ませた。交わした会話だって、学生らしい他愛のないものだ。
けれど、シンヤにはこんな日々が心地よく感じている。
学校に来て、友達と話して、たまにトウカに叱られて、そんな日々を気に入っているのだろう。退屈でも、その中にありきたりな楽しさはきっとあるのだから。
「フっ……」
シンヤは強くなりたかった。
今よりも、もっと強く。大切なものを守れるよう、トウカとの誓いを果たせるように。その拳をきつく握る。
「なんかさ、シンヤの方こそ今日は機嫌良くない?」
「私、分かりました! 先輩はトウカ先輩みたいな可愛い女子とお昼が食べれて嬉しいんですね!」
ヒナミが勢いよく、挙手をした。
「バ、バカ、そんなんじゃねぇよ! ……ただ、ちょっとだな」
「ただ、ちょっと?」
トウカも同調するように、こちらの顔を覗き込む。
「チッ、柄にもないこと思っちまっただけなんだよ」
そして、シンヤはすっかり不貞腐れてしまった。サボり魔の自分が強くなりたいなんて、本当にらしくないと自嘲してしまう。
今日は清々しいほどの快晴だ。カサネとレンサは野原に寝そべり、雲ひとつない空を仰ぎみる。
「にしても、トウカちゃんめ。私たちの記憶まで封印してやがったなんて! 家の資料類も全部、私の目の届かないところに隠してたみたいだし! 全く困った妹だよ、もうッ!」
トウカはカサネにも、シンヤに纏わる出生の事実を隠していた。
ちょうどドタバタしていた頃を見計らって、記憶に封印されてしまったのは彼女にとって一生の不覚だ。
「カサネさんが天才的な格闘センスを持つのなら、トウカちゃんは天才的な封印道の使い手だったってことですよ。それに、二人の成長は姉としても嬉しいくせに」
「あーもう、るっさいなぁ! 大体、二人揃って自分の血筋と真逆のことをやってんのなら、〈人器一体〉なんて出来こっないのよ。もっと早く私が気付いていれば、教えるのも楽だったのにー!」
〈八災王〉と対峙した時、シンヤは人型を保ちながらも〈武器師〉として力を解放し、トウカは刃の形をしながらも、〈封印師〉として力を制御を行っていた。前例のないイレギュラーなコンビが誕生したのだ。
〈八災王〉を倒すことのみに特化した二人の力は、十分評価に値するものだ。カサネも口ではブーブー言っているが、レンサには喜んでいるのがバレバレである。
嘘がつけないのは、姉妹揃って同じらしい。
「それより、トウカさん……よかったんですか?」
「ん……何が?」
レンサが改めて話を切り出した。その本題はトウカが「夜叉」の座を自ら降りたことだ。
数日前、トウカは有力な〈封印師〉と〈武器師〉が集う総会で、「夜叉」の称号と自ら〈封印師〉としてのライセンスを返納してしまったのだ。
「皆さん怒ってましたよ……トウカさん程の〈夜叉〉が辞めたら、代わりはどうするんだって」
「なに言ってんの。王の封印が解かれたのは、私のミス。本来なら腹切っても足りないくらいの失態をしてるんだから、せめてもの誠意を示さなくちゃ」
「それでも、結果的に〈八災王〉はシンヤ君達によって消滅させられた。これまでは封印止まりだった王の存在を、完全抹消できたのは十分なリターンと言えます。そんなシンヤくんとトウカちゃんを育てた功績。加えて、〈戒放者(リベレーター)〉業魔(ゴウマ)と子述(ネノ)の確保。これらの実績を加味すれば、トウカさんはまだ〈封印師〉でいるべきなんですよ」
どうやら、レンサもカサネの辞退には否定的らしい。
それはある種の当然の結果であって、彼に相談せずに辞任までの準備してしまったカサネ自身の落ち度でもあった。
「はぁ、レンサまで、他の老いぼれジジイ共みたいなこと言わないでよ。大体、今回は本当に運が良くて死人が出なかっただけ! なら、どんな功績を積んでいようと、相応の処分を受けるべきなのよ!」
「だとしても、その責任の取り方は、少し無責任では」
「ふん! それに、こんな腕じゃ無責任とか以前の問題なのよ!」
カサネの弾け飛んだ腕が戻ることはなかった。野風に煽られて、ジャージの袖だけが、力なく揺れる。
「それは……いえ、すいません。僕の配慮が足りませんでした」
声のトーンを落としたレンサが深々と頭を下げた。
こうなると、さっきとは別な意味で面倒だ。彼は少なからず、カサネが腕を失ったことに責任を感じている。
カサネも、そういう意味で言ったのではないのだが、どうしても意識させてしまうのだろう。
「はぁ……違うんだって。責めてるわけじゃなくて、片腕のない私より強い人間なんて沢山いるってこと。〈夜叉〉ってのは本来、〈封印師〉を強い順に並べて、上から十人に与えられる称号なの。だったら私より相応しい人が持つべきでしょ」
「けど僕には、カサネさんより強い人なんて想像もつきませんよ。例え片腕を失おうと、貴方の強さは揺るがない」
「だーかーら! 私を持ち上げなくていいの! それに貴方だって心当たりはあるでしょ。実績だけを見ればどんな奴らよりも、遥かに有能な二人がね」
「二人……? その二人ってまさか!」
カサネは、シンヤとトウカのことを言っていた。
トウカは本気で二人を〈夜叉〉にするつもりでいた。その決心はテコでも動かない。
「誰も殺せなかった災禍の王を、消滅させたのよ。私なんかより余程優れてるわ」
「いや、でも……まだ二人は子供ですし、荷が重いんじゃ」
「最年少コンビってのもアリでしょ。私らがしっかり修行をつけてやれば、滅多なことでも死なないだろうし。むしろ、今から二人がどう成長するか楽しみだわ!」
「カサネさん……」
そのまま二人は寝っ転がってもう一度、澄み渡る空を仰いだ。
互いが互いに向けて言いたいことは、まだまだある。それでも、やはり晴れは良いものだ。
◇◇◇
その日のラウンジには珍しい組み合わせで昼食を取る二人の姿があった。シンヤとトウカの二人だ。
「今日のおにぎりは美味しいわね」
「お、おう……」
「ぎこちないわよ、どうしたの?」
ぎこちないと言われたって、そんなの、ほかの誰でもないトウカから、昼食に誘われたせいだ。
まだユウの怪我が治りきらず、休んでいることだけが不幸中の幸いか。
本人がここにいれば、嫉妬の炎を携えながら、シンヤのことを呪ってくる筈だ。
そんなことを思いながら、シンヤは握り飯を頬張った。
「ふふ」
それに今日のトウカはやけに機嫌が良さそうだ。終始、ニコニコしているのが逆に怖くなる程度には、機嫌がいい。
「なぁ? トウカこそ何か良いことでもあったのか?」
「そうね、強いて言うなら、シンヤがここ最近ちゃんと授業受けてることかな?」
「……なんだと思えばそんなことかよ」
「そんなことじゃないわよ。あれだけ不真面目だったシンヤが少しずつかわってきてるんだから。新技のトウカアイアンクローも考えたんだけ、どうやら炸裂することはなさそうね」
「おい、しれっと物騒なことを考えるんじゃねぇよ!」
「ふふふ」
トウカはシンヤを変わったというが、寧ろシンヤからすれば、変わったのは彼女の方であった。
良く言えば、明るくなった。悪く言うのなら、面倒な姉に似てきた。ニヒルに笑う様なんて、まさしく姉妹だ。
「つか、こんなのを着て居眠りとか無理だから……俺はサボり魔としての矜持を捨てたわけじゃない」
シンヤは煩わしそうに、制服の裏に着込んだベストを小突く。
カサネの指導もここ最近厳しくなるばかりだ。その一端として普段から着用するよう押し付けられたこのベストは、魂と身体へと同時に負荷を掛けれるという特注品らしい。
黒鋼家が倒壊した二人は現在、柊家の世話になっている。お陰で地獄の山登りがなくなったのは内心喜ばしいことだったが、このベストのおかげで全部が台無しだ。
じっとしているだけでも疲れるし、魂だってごっそり消費する。
「いいじゃない。授業もサボれない上に、体と魂を鍛えられるなんて」
トウカは涼しそうな顔でそう言った。彼女も同じベストを着ているはずなのに、少しも疲労感が見られない。
正直訳が分からなかった。
「くそ……なんかものすごく理不尽だ」
すると向こうの方から声が聞こえてきた。
「あ! トウカ先輩。それにシンヤ先輩も!」
ヒナミがこちらを見つけたらしい。。購買で買ってきたサンドイッチと一緒に駆けてくる。
「珍しいですね、二人がご一緒にランチなんて……あっ! もしかしてお邪魔だったり?」
彼女はニヤリとほくそ笑んだ。それでも、ちゃっかりトウカの横には座る様で、あれやこれやを聞いてくる。
そのまま三人は他愛もない昼食時間を済ませた。交わした会話だって、学生らしい他愛のないものだ。
けれど、シンヤにはこんな日々が心地よく感じている。
学校に来て、友達と話して、たまにトウカに叱られて、そんな日々を気に入っているのだろう。退屈でも、その中にありきたりな楽しさはきっとあるのだから。
「フっ……」
シンヤは強くなりたかった。
今よりも、もっと強く。大切なものを守れるよう、トウカとの誓いを果たせるように。その拳をきつく握る。
「なんかさ、シンヤの方こそ今日は機嫌良くない?」
「私、分かりました! 先輩はトウカ先輩みたいな可愛い女子とお昼が食べれて嬉しいんですね!」
ヒナミが勢いよく、挙手をした。
「バ、バカ、そんなんじゃねぇよ! ……ただ、ちょっとだな」
「ただ、ちょっと?」
トウカも同調するように、こちらの顔を覗き込む。
「チッ、柄にもないこと思っちまっただけなんだよ」
そして、シンヤはすっかり不貞腐れてしまった。サボり魔の自分が強くなりたいなんて、本当にらしくないと自嘲してしまう。
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