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剣とかして、王を斬る
快晴
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トウカがゆっくりと目を開ける。
「ここは……」
そこにあったのは狭い座敷牢だ。ただ、鉄格子は完膚なきまでに破壊され、辺りには引きちぎられたであろう鎖の破片が散らばっている。
ここは幼い日のトウカが施した封印によって、シンヤの「記憶」と「武器師としての才能」を封じ込んだイメージの成れの果てだ。
だが封印も解かれた今────亀裂の走った天井からは、どんよりとした曇天の空が覗いていた。
「ここでも、雨が降ってるのね」
吹き込んできた冷たい雫が黒髪を濡らし、彼女を芯を凍てつかせる。
「……やぁ、トウカさん」
壊された鉄格子のむこうで黒い鎧が力なく笑いかけてくる。兜の半分に亀裂を走らせる全身は今にも崩れてしまいそうだった。
「また……助けられたみたいですね」
「そうみたいね……シンヤ」
トウカは鎧の元へと歩み寄る。そして、胸元を掴みあげ、あっけに取られる顔面に狙いを定めた。
「歯ァ、食いしばりなさい」
「えっ」
きつく拳を結んだ。ビンタなんて生やさしい制裁で許すほど、今のトウカは自分の感情が抑えられない。
ありったけの力と体重を乗せた拳をぶつけて鎧を砕いてやった。
「なっ……がぁっ⁉」
「ふんっ!」
尻餅をつく鎧を無理やり立たせて、今度は腰を蹴る。
苛立ちに任せて、馬鹿の一つ覚えのように、その重っ苦しい鎧を壊していく。
「ッッ……ト、トウカさん⁉」
「トウカでいい! この馬鹿っ!」
トウカは今、自らの苛立ちの正体を自覚している。
沸き上がり、行き場のない怒りをこうやってシンヤにぶつける自分はズルいとということも解っていた。
だが、それが否とも思えない。
「ねぇ、シンヤ……私はね、貴方に傷ついて欲しくなかったの。私のために死んで欲しくなかったし、私の隣から消えないで欲しかった。だから、私は貴方の力を封印した。私のワガママとエゴを押し付けたの」
それをトウカは今まで仕方ないことだと言い聞かせてきた。
シンヤが小鳥ならば、籠の中に閉すことが最適解なのだと自分を正当化し続けてきた。
だが気付いたのだ。
「シンヤはさっき言ったよね? 俺一人で十分だって。それは間違ってないと思う。私があの場にいても、役になんて立てないと思う。けどね……」
あの瞬間、トウカは理解した。
「けどね! 私悔しかったッ! イラっとも来たし、どうしようもなく激情が溢れて止まらないのッ!」
だから殴った。
だから蹴った。
彼女はもう一度、鎧を掴み上げ、顔同士の距離を詰める。
「約束したよね! 私がシンヤを守るから、シンヤは私を守るって!」
「……」
鎧はすこしずつ剥がれ落ちてゆく。そして、その中にいたのは、いつものシンヤだった。トウカを守ると誓い、守られると誓ったあのシンヤだ。
「あぁ、そうだな……その通りだ、トウカ。……さっきは悪かったよ」
「私も殴ってごめんなさい。これまで、閉じ込めてごめんなさい」
トウカの瞳からは、涙が伝っていた。
それに伴うように雨も勢いを増してゆく。
「シンヤ……シンヤも私を殴ってよ、私がこれまで閉じ込めてきた分を全部ここで晴らしてもらわなきゃ気が済まないの」
◇◇◇
それは、いかにも彼女らしい考え方であった。
どこまでも真面目で、強く、正しくあろうとする黒鋼トウカらしい。
「あぁ、わかった」
これまでの憤りを込めて、シンヤも拳を硬く握った。
「けどな」
だが、それがトウカに振り下ろされることはない。
「俺はトウカを守らなきゃいけないんだ。だから殴らない。それに、今はもっと拳を向けるべき奴がいる」
「え……?」
「〈八災王〉だよ。あのヘドロの王様をぶん殴らなきゃ、ハッピーエンドで終われね
ぇ」
しばしの沈黙。 そして、
「そうね。もう呑気に助けを呼びに行ってる場合じゃない。私たちが何とかしなきゃ、姉さん達やヒナミちゃんも救えない」
珍しい顔でトウカがほくそ笑んだ。吹っ切れてからは、彼女の表情も豊かになったみたいだ。
二人は立ち上がり、広がる曇天をきつく睨んだ。
「にしても、煩わしい雨ね……私、雨にいい思い出ないんだけど」
「同感だ。雨が降る日はいつもロクなことがねぇや」
その瞳で互いの視線を交差させ、手を強く握り合う。
この絆が、この想いが絶たれないよう、指を絡め、熱を共有した。
「「────────行くぞ!」」
◇◇◇
黒く爆ぜると共に凱奥・鬼丸が砕け、シンヤの半身が露わとなる。
半身を武器に、半身を人の姿で保つ彼はイレギュラーと言っていい。赤と黒の瞳をゆっくりと開いて、胸に刺さる雨斬を引き抜いた。
「シンヤ先輩ッ! トウカ先輩ッ! もう大丈夫なんですね!」
ヒナミは弾ける笑顔で、イメージの底から帰還した二人を迎えてくれた。
「ヒナミか、お前にも迷惑を掛けたみたいだな」
「そんなことありません! 私はお二人のお役に立てて光栄の限りです!」
彼女もだいぶ、彼女らしくなってきた。シンヤ達が勝ってくれると信じられるからこそ、いつもの調子が戻ってきたのだろう。
シンヤはゆっくりと雨斬を構える。
「来るわよ」
「分かってるさ」
凄まじい魂の圧が迫ってくる。異形の王にして、災いの王のが、二人に向けて首を伸ばされていた。
〈八災王〉には、強力な魂に引き寄せられる性質がある。だとすれば、今のシンヤ達の元へ惹かれるのも必然だった。
骸の鱗に眼球の蠢く舌を持つ災禍は、朽ちた木々を薙ぎ倒し進軍する。死の気配を織り交ぜた魂の圧と共に、かつて自分を殺した〈武器師〉と〈封印師〉の末裔を殺し尽くすために。
「キぃぃアアアアアアャャャ!!」
それは悲鳴のような咆哮だ。あのカサネですら恐怖を抱くわけを二人は理解する。
それでも、今の二人には怖いものなんてなかった。
「「雨が降っているッッ!!」」
二人の同調を邪魔するものなど何もない。ピタリと重なった魂は雨を降らし始める。
喰らうことで、内から溢れ出しそうな魂を放出するのに、雨斬の持つ二人孤独雨傘は最適なのだ。
雨が降りしきる中、シンヤはその刃に誓う。
「〈八災王〉……俺が、俺たちがお前を倒す!!」
銀線が走った。
雨滴に濡れた刀身は魂同士の結合を断ち〈八災王〉にさえ傷を残す。
「シンヤ!」
「分かってる! 喰らい付け、凱奥・鬼丸ッッ!!」
シンヤの瞳が深さを増す。〈八災王〉の傷口をその手で押さえ込み、魂を吸収。吸収した魂はすぐさま刀身へと伝播させる。
「次はテメェの番だ、トウカ!」
「えぇ!」
今度は強化された刃で深く切り込んだ。
そのまま傷口を切り広げるよう刃を食い込ませる。
「いくら〈八災王〉だろうと、その外殻も魂の集合体だ。なら、俺たちの雨で溶かせるってことだ」
「シンヤ、後ろ!」
八災王の舌が背後から迫る。シンヤはその身を反転させ、鎧化した半身で受けた。
「ぐッッ……!」
舌はヤスリの様に荒くザラつきを持っていた。火花と共に鎧の表面が持っていかれる。
「あっぶねぇな」
尚もヤスリ状の舌はシンヤ達に迫る。こちらの動きに慣れてきたのか、狙いは鋭さを増し、軌道も読み辛くなっていく。
それでもシンヤは紙一重で舌を避けると、八災王の背に飛び乗った。
「一気に決めるぞ、トウカ!」
「わかった。イメージを合わせて」
二人は呼吸を合わせ、魂をさらに深く同調させた。想い描くのは、まったく同じ光景だ。
「「ふっー……」」
雨が勢いを増してゆく。糧となる〈八災王〉の魂を、鎧の半身が存分に喰らった結果だ。
二人の降らせる雨は黒い刃と、黒い鎧を洗い流していく。
二人の雨は恐怖も、悲しみも、寂しさも、その全部を洗い流していく。
「雨はもう止んだ」
「雨はもう止んだ」
黒は白へと昇華する。
それはまるで曇天が晴れて光が指す様に。八災を司る異形の王に立つのは、白い刃を携え、白い鎧をまとうシンヤだった。
「「────雨はもう止んだ」」
雨化させた魂を、器である二人が耐えうるであろうほんの一瞬に限定し、再吸収したのだ。
その瞬間に限り白い雨斬は最強の矛へ、白い凱奥・鬼丸は最強の盾に昇華する。
その刀身を突き立てれれば、〈八災王〉の核すらも穿ってみせた。
「ここは……」
そこにあったのは狭い座敷牢だ。ただ、鉄格子は完膚なきまでに破壊され、辺りには引きちぎられたであろう鎖の破片が散らばっている。
ここは幼い日のトウカが施した封印によって、シンヤの「記憶」と「武器師としての才能」を封じ込んだイメージの成れの果てだ。
だが封印も解かれた今────亀裂の走った天井からは、どんよりとした曇天の空が覗いていた。
「ここでも、雨が降ってるのね」
吹き込んできた冷たい雫が黒髪を濡らし、彼女を芯を凍てつかせる。
「……やぁ、トウカさん」
壊された鉄格子のむこうで黒い鎧が力なく笑いかけてくる。兜の半分に亀裂を走らせる全身は今にも崩れてしまいそうだった。
「また……助けられたみたいですね」
「そうみたいね……シンヤ」
トウカは鎧の元へと歩み寄る。そして、胸元を掴みあげ、あっけに取られる顔面に狙いを定めた。
「歯ァ、食いしばりなさい」
「えっ」
きつく拳を結んだ。ビンタなんて生やさしい制裁で許すほど、今のトウカは自分の感情が抑えられない。
ありったけの力と体重を乗せた拳をぶつけて鎧を砕いてやった。
「なっ……がぁっ⁉」
「ふんっ!」
尻餅をつく鎧を無理やり立たせて、今度は腰を蹴る。
苛立ちに任せて、馬鹿の一つ覚えのように、その重っ苦しい鎧を壊していく。
「ッッ……ト、トウカさん⁉」
「トウカでいい! この馬鹿っ!」
トウカは今、自らの苛立ちの正体を自覚している。
沸き上がり、行き場のない怒りをこうやってシンヤにぶつける自分はズルいとということも解っていた。
だが、それが否とも思えない。
「ねぇ、シンヤ……私はね、貴方に傷ついて欲しくなかったの。私のために死んで欲しくなかったし、私の隣から消えないで欲しかった。だから、私は貴方の力を封印した。私のワガママとエゴを押し付けたの」
それをトウカは今まで仕方ないことだと言い聞かせてきた。
シンヤが小鳥ならば、籠の中に閉すことが最適解なのだと自分を正当化し続けてきた。
だが気付いたのだ。
「シンヤはさっき言ったよね? 俺一人で十分だって。それは間違ってないと思う。私があの場にいても、役になんて立てないと思う。けどね……」
あの瞬間、トウカは理解した。
「けどね! 私悔しかったッ! イラっとも来たし、どうしようもなく激情が溢れて止まらないのッ!」
だから殴った。
だから蹴った。
彼女はもう一度、鎧を掴み上げ、顔同士の距離を詰める。
「約束したよね! 私がシンヤを守るから、シンヤは私を守るって!」
「……」
鎧はすこしずつ剥がれ落ちてゆく。そして、その中にいたのは、いつものシンヤだった。トウカを守ると誓い、守られると誓ったあのシンヤだ。
「あぁ、そうだな……その通りだ、トウカ。……さっきは悪かったよ」
「私も殴ってごめんなさい。これまで、閉じ込めてごめんなさい」
トウカの瞳からは、涙が伝っていた。
それに伴うように雨も勢いを増してゆく。
「シンヤ……シンヤも私を殴ってよ、私がこれまで閉じ込めてきた分を全部ここで晴らしてもらわなきゃ気が済まないの」
◇◇◇
それは、いかにも彼女らしい考え方であった。
どこまでも真面目で、強く、正しくあろうとする黒鋼トウカらしい。
「あぁ、わかった」
これまでの憤りを込めて、シンヤも拳を硬く握った。
「けどな」
だが、それがトウカに振り下ろされることはない。
「俺はトウカを守らなきゃいけないんだ。だから殴らない。それに、今はもっと拳を向けるべき奴がいる」
「え……?」
「〈八災王〉だよ。あのヘドロの王様をぶん殴らなきゃ、ハッピーエンドで終われね
ぇ」
しばしの沈黙。 そして、
「そうね。もう呑気に助けを呼びに行ってる場合じゃない。私たちが何とかしなきゃ、姉さん達やヒナミちゃんも救えない」
珍しい顔でトウカがほくそ笑んだ。吹っ切れてからは、彼女の表情も豊かになったみたいだ。
二人は立ち上がり、広がる曇天をきつく睨んだ。
「にしても、煩わしい雨ね……私、雨にいい思い出ないんだけど」
「同感だ。雨が降る日はいつもロクなことがねぇや」
その瞳で互いの視線を交差させ、手を強く握り合う。
この絆が、この想いが絶たれないよう、指を絡め、熱を共有した。
「「────────行くぞ!」」
◇◇◇
黒く爆ぜると共に凱奥・鬼丸が砕け、シンヤの半身が露わとなる。
半身を武器に、半身を人の姿で保つ彼はイレギュラーと言っていい。赤と黒の瞳をゆっくりと開いて、胸に刺さる雨斬を引き抜いた。
「シンヤ先輩ッ! トウカ先輩ッ! もう大丈夫なんですね!」
ヒナミは弾ける笑顔で、イメージの底から帰還した二人を迎えてくれた。
「ヒナミか、お前にも迷惑を掛けたみたいだな」
「そんなことありません! 私はお二人のお役に立てて光栄の限りです!」
彼女もだいぶ、彼女らしくなってきた。シンヤ達が勝ってくれると信じられるからこそ、いつもの調子が戻ってきたのだろう。
シンヤはゆっくりと雨斬を構える。
「来るわよ」
「分かってるさ」
凄まじい魂の圧が迫ってくる。異形の王にして、災いの王のが、二人に向けて首を伸ばされていた。
〈八災王〉には、強力な魂に引き寄せられる性質がある。だとすれば、今のシンヤ達の元へ惹かれるのも必然だった。
骸の鱗に眼球の蠢く舌を持つ災禍は、朽ちた木々を薙ぎ倒し進軍する。死の気配を織り交ぜた魂の圧と共に、かつて自分を殺した〈武器師〉と〈封印師〉の末裔を殺し尽くすために。
「キぃぃアアアアアアャャャ!!」
それは悲鳴のような咆哮だ。あのカサネですら恐怖を抱くわけを二人は理解する。
それでも、今の二人には怖いものなんてなかった。
「「雨が降っているッッ!!」」
二人の同調を邪魔するものなど何もない。ピタリと重なった魂は雨を降らし始める。
喰らうことで、内から溢れ出しそうな魂を放出するのに、雨斬の持つ二人孤独雨傘は最適なのだ。
雨が降りしきる中、シンヤはその刃に誓う。
「〈八災王〉……俺が、俺たちがお前を倒す!!」
銀線が走った。
雨滴に濡れた刀身は魂同士の結合を断ち〈八災王〉にさえ傷を残す。
「シンヤ!」
「分かってる! 喰らい付け、凱奥・鬼丸ッッ!!」
シンヤの瞳が深さを増す。〈八災王〉の傷口をその手で押さえ込み、魂を吸収。吸収した魂はすぐさま刀身へと伝播させる。
「次はテメェの番だ、トウカ!」
「えぇ!」
今度は強化された刃で深く切り込んだ。
そのまま傷口を切り広げるよう刃を食い込ませる。
「いくら〈八災王〉だろうと、その外殻も魂の集合体だ。なら、俺たちの雨で溶かせるってことだ」
「シンヤ、後ろ!」
八災王の舌が背後から迫る。シンヤはその身を反転させ、鎧化した半身で受けた。
「ぐッッ……!」
舌はヤスリの様に荒くザラつきを持っていた。火花と共に鎧の表面が持っていかれる。
「あっぶねぇな」
尚もヤスリ状の舌はシンヤ達に迫る。こちらの動きに慣れてきたのか、狙いは鋭さを増し、軌道も読み辛くなっていく。
それでもシンヤは紙一重で舌を避けると、八災王の背に飛び乗った。
「一気に決めるぞ、トウカ!」
「わかった。イメージを合わせて」
二人は呼吸を合わせ、魂をさらに深く同調させた。想い描くのは、まったく同じ光景だ。
「「ふっー……」」
雨が勢いを増してゆく。糧となる〈八災王〉の魂を、鎧の半身が存分に喰らった結果だ。
二人の降らせる雨は黒い刃と、黒い鎧を洗い流していく。
二人の雨は恐怖も、悲しみも、寂しさも、その全部を洗い流していく。
「雨はもう止んだ」
「雨はもう止んだ」
黒は白へと昇華する。
それはまるで曇天が晴れて光が指す様に。八災を司る異形の王に立つのは、白い刃を携え、白い鎧をまとうシンヤだった。
「「────雨はもう止んだ」」
雨化させた魂を、器である二人が耐えうるであろうほんの一瞬に限定し、再吸収したのだ。
その瞬間に限り白い雨斬は最強の矛へ、白い凱奥・鬼丸は最強の盾に昇華する。
その刀身を突き立てれれば、〈八災王〉の核すらも穿ってみせた。
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