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剣とかして、王を斬る

断鎖

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「ねぇ、レンサ。今ならアンタだけ逃げても怒んないよ」

「いえ。僕はカサネさんと生涯を共にすると決めていますので」

 一才の迷いなく、そう言ってくれる相棒を手にしながら、カサネは改めて本当に良い〈武器師〉と巡り会えたことを実感する。

 ここだけの話。カサネは、半ばお見合いのような形で親族伝に彼を紹介されたとき、少しガッカリしていた。やって来たのは、いかにも頼りなさげなヒョロヒョロのメガネだったのだ。落胆したくもなる。

 だが、それも見せかけに過ぎないかったことを、今のカサネは知っている。

 レンサはいつだってカサネの無茶を聞いてくれた。それだけ優秀な〈武器師〉なのだ。
「「……」」

 あの憎たらしい解放者(リベレーター)・ネノの魂胆だって透けてカサネには透けて見えていた。

 彼女が解きたいのは、〈八災王〉の行動範囲を制限している縛りだ。

 その持続条件は黒鋼家の人間が存命していること。効果の範囲はこの街全体。

「「んじゃ。やれるだけ、やりますか!」」

 仮に自分が死のうとも、自分より優秀な〈封印師〉と〈武器師〉が来てくれれば、この絶望的な状況も好転するかもしれない。

 ならば、カサネのすべきことは後続の負担をほんの少しでも減らすため、〈八災王〉に傷を負わせることだった。

「「魂隠道・魂爆ノ鎖に繋がった結末(チェーンエレクトロニカ)!」」

 出し惜しみなんてしない。カサネは〈八災王〉の潜む沼に魂縛の鎖を投げ込んだ。

 沼の中は、並の魂なら簡単に融解させてしまうほどに腐敗しきっている。

「チッ……腐っても厄災の王ってことね」

 カサネは鎖に己の魂を流して、その表面をコーティングする。

 これなら鎖が傷つくこともない。だが、その代価としてカサネ自身の魂が傷付いた。所詮はこれも痛みの肩代わりに過ぎないのだ。

「ぐっ……」

 溶かされた魂のダメージが、身体へと反映される。彼女の右腕には放射線を浴びたように、ケロイド痕が浮かび上がった。

 あの沼は、あらゆる厄災を溶かして出来たであろう王の沼だ。

 カサネはそこに腕を突っ込んだようなもの。並の封印師なら腕は一瞬も保たずに、肘から先が溶け落ちていただろう。

「カサネさん、大丈夫ですかッ!」

「ッ……私の心配はいらない! それよりも自分の役目を果たしなさい!」

 鎖は沼の中を突き進む。沼に潜む巨大な八災王を捕らえるために。

 魂縛の鎖に長さに際限はない。魂を糧に鎖の先を形成して、そのリーチーを無限に伸ばすことができるのだ。

「カサネさん……すぐに終わらせますよ」  

 レンサは自身のイメージを加速するミサイルへと切り替えた。

 魂を推力に変換し、押し出す。そのイメージと共に加速し、自身を〈八災王〉の身体へと何重にも巻きつけた。

「接地面はなるべく多いほうがいい」

 王の全身は爬虫類らしい緻密な鱗に覆われていて、その一枚一枚が確かな防御力を持っていることも容易に想像がついた。まず、並みの攻撃であれば弾かれてしまうはずだ。

 鎖に微かな紫電が帯びた。

「「私たちは鎖だ……決して絶たれることのない不滅の鎖だ!」」

 その鎖を繋げるのだ、次なる〈封印師〉と〈武器師〉に───

「カサネさん! 今です!」

「分かってる!」

 鎖を介した手応えでわかる。今のカサネの実力では、この怪物に与えられる傷の程度がたかが知れていた。こんなことになるのなら、もっと修行を重ねるべきだと後悔もした。

 だが今は、それでもやらなくてはならない!

 イメージは残る全てを絞り出すように。カサネとレンサは魂の波長をぴたりと合わせた。

「「穿てッ!! 鎖に繋がれた次なる軌跡(チェーン・エレクトロバトン)ッッ!!」」

 鎖には、魂からなる凄まじい電圧が流れ込んだ。沼の汚水は一気に蒸発し、それは鎖に接地した鱗の一枚一枚を木っ端微塵に消しとばす。

 そして、次の瞬間。

「なっ……」

 鎖を握るカサネの腕が弾け飛んだ。

 はじめは意味がわからなかった。それでも、事実としてカサネの右腕は水風船のように膨張し、そしてあっけなく消し飛んだ。

〈八災王〉が彼女と同じことをし返したのだ。鎖に電圧が流れた瞬間に、自身を形成する怨念をカサネに向けて流し返した。結果、逆流する魂にカサネの腕が耐えきれず弾け飛んのだ。

「ッ……あぁ……あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 カサネの絶叫が辺りに響き渡る。

〈八災王〉は何百人もの負の思念を溶かして生まれた異形だ。カサネ一人の魂がいかに堅牢であったとしても、その総量には圧倒的な差があった。

 もし仮にカサネの魂の総量をコップ一杯に例えるのなら、〈八災王〉が内包する魂は地球の水分量と同等である。それだけの差が、両者にはあるのだ。

〈八災王〉の首がゆっくりと沼から浮上する。

 その姿にカサネは思わず目を背けてしまった。酷い臭気を放つソイツは、人骨同士を組み合わせてできた大蛇だったのだから。口元からチロチロと藤色の舌を覗かせて、彼女を嘲る。

「ふっざけんな……ふっざけんな……!! ふざけんじゃないわよ!」

 カサネは腕を失おうとも、目の前の不条理に吠えた。

 だが、無意味だ。彼女がいかに吠えようと、それは負け犬の遠吠えに過ぎないのだから。
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