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躍動鳴動

闇に溶ける

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ヒナミは部屋の窓から、満ちた月を眺めていた。

 さっきまで降っていた雨もピタリと止んで、空に浮かんだ、まん丸お月様がよく見える。

「悪いね、ヒナミちゃん」

「気にしなくて良いですよ。私も先輩のお友達のお役に立ちたいですし」

「あはは、こんな可愛い後輩に診てもらえるなんて、俺は幸せだなー……て、痛てて……。やべぇ、下手に笑うと肋骨が……」

「ほら、安静にしなきゃダメですよ。ユウ先輩は一般人なんですから、傷の治りも遅いんですし」

 ここは柊家の診察室だ。

 元々、ヒナミの家は柊診療所を営んでいる。そんな訳で、怪我人のユウもベットに寝かされているのであった。

 ヒナミは気絶したあとから比較的早く目を覚ました。体質ゆえに魂に負ったダメージの回復も早いのだろう。その後は、両親と交代してユウのことを診ることになったのだが、目覚めた本人さまは、何やら幸せを噛み締めるような顔をしていた。

「ありがとうね、ヒナミちゃん」

「どういたしまして。けど、ユウ先輩。鼻の下、少し伸びすぎですよ」

「おっと、こりゃ失礼」

「ふふ、分かりやすくて私は好きなんですけどね。どっかの誰かさんもこんなに素直なら良いんですが」

「どっかの誰かさん? 友達か、誰かのこと」

「ふふ。ユウ先輩は口が軽そうなので、内緒です」

 ピンク色の口元に指先を当てるヒナミ。

「────ふーん……それって、あの〈封印師〉のことなのー?」

 隠した本音を簡単に言い当てられた。

 だが、その声は異様に高かった。それに、ユウは「なのー」なんて、気が緩みそうな語尾を使わない。

 その少女はいつの間にか背後に……いや、ずっと初めから背後にいたのであろう。

 子供のような背丈と、腕に引かれた六本の刺青。

「隠戒放(ステルス・リベレート)解除っと。では、改めて……初めましてなの。私はネノ。玩具の解放者(トイ・リベレーター)の子述(ネノ)なのー」

 ヒナミたちは〈解放者〉という存在を、知識として認知している。
 異形を飼い慣らす異常者の集団。そんな危険人物が今、実際に自分たちの前に現れたのだ。

 ネノは慣れた手つきでヒナミの口を塞いだ。

 騒がれては迷惑だから、その細い首にナイフの切っ先を突き付ける。

「私の許可無しに喋ったらどうなるか? わざわざ言わなくてもわかるはずなのー」

「…………わ、わかった」

 ヒナミの声は震えていた。今にも泣き出しそうな顔をして、それでも必死に恐怖を押し殺している。

〈封印師〉や〈武器師〉でもないヒナミにも理解できた────このネノと名乗った〈解放者〉が放つ、魂の圧は昼間の迷鬼神より遥かに上だと、自身の本能が早鐘を打って教えてくれたのだ。

「それじゃあ、貴女は私と一緒にくるのー」

「ど、どうして……」

「んー……強いて言うなら、貴女が来たほうが楽しくなりそうだからなのー」

 ネノは懐から圧縮していた隠魂を取り出した。それを口に含もうとした直後────

 ネノの顔面にアラーム時計が直撃する。

「ッッ……ヒナミちゃんにち、近づいてんじゃねぇぞ! こ、この野郎め!」

 咄嗟にベット脇のアラーム時計を投げたのはユウであった。けれど、その前身は、この場にいる誰よりも震えている。

 ガチガチと鳴る歯はやかましいくらいだ。

「いってぇ……じゃ、なくて、痛いの!」

 ほんの一瞬、ネノが本性を覗かせる。

 だが、ユウも目の前で可愛い女の子が連れされるのを無視できるほどに、その性根は腐っていなかった。

 ほとんど焼けクソ気味に、痛む身体をベットから起こして、ネノに飛びかかる。

「だめですッ! ユウ先輩ッ!」

「肝だけは据わってるみたいなのー。だけど」

 ネノは簡単に迫るユウを避けてみせる。さらに流れるようなモーションで、ナイフを振るった。

「うッ……!」

 刃先は健を切断し、ユウはその場に崩れた。

「ふんっ、さっき仕返しなの」

 ネノがここでユウを殺すのは簡単であろう。ただナイフを突き刺すだけ。なんの難しい作業でもない。

 だが、これ以上の長居も無用だと、吐き捨てる。

「残念だけど、アンタに構ってる暇はないみたいなのー。じゃあ、行くの。ねー、ヒナミン♪」

「ヒナ……ミン?」

「そっ。これからネノとヒナミンはお友達なのー!」

 ネノは無邪気な笑顔を作る。

 けれど、それは見せかけだけの笑顔だ。その裏には、どんなドス黒い感情が渦巻いているのか? 理解は出来ずと、ヒナミは彼女の危さを察した。

「隠戒放」

「うぐッ……⁉」

 立ち尽くすヒナミの口に、ネノが隠魂をねじ込む。

 ユウの目には、二人の姿が虚空へと溶けていくように見えるのだろう。実際の二人がそこに居るというのにだ。

「いや……いや!」

 それでも、ヒナミの声は届かない。

 手足が視界から消えゆく感覚に耐えることはできなかった。本当に自分という存在が消えてしまうような気がしたのだから。
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