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躍動鳴動
リベレート・スタート
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カサネの格好は、いつものだらけきったジャージ姿ではない。〈封印師〉としての正装でもある、サルビアの華があしらわれた白装束に袖を通していた。
彼女から放たれる魂の圧には、シンヤ達ですら萎縮してしまう。
「ごめんね、シンヤ……私は今のあんた達に気の利いた言葉を掛けれるほど、人間ができない。だから、アンタとトウカちゃんは今すぐ友達を連れて逃げなさい」
「け……けど、カサネ姉! あの〈解放者(リベレーター)〉は危険なんだ」
カサネはゴウマの魂を一瞥し、鼻で笑った。
「ふっ……この程度のヤツが相手なら負けないから。ほら行った!」
カサネはシンヤ達を厄介払いするように、この場から逃す。
事実、右手に巻かれた鎖を振り回しながら戦うカサネにとって、二人の存在は足手纏いにしかならなかった。
ゴウマもそれを理解したからこそ、二人の逃亡を今度は黙認する。
「なるほど……見りゃ分かるぜ、アンタが封印師カサネだな。〈封印師〉最強の十席である〈夜叉〉って奴だろ?」
「へぇ、私のこと知ってんるだ。……けどさ、私は一応〈夜叉〉とはいえど七席。そんなに強い方でもないんだけど」
「それはつまり、テメェより強い封印師がまだ六人もいるってことじゃねぇか!」
嬉々とするゴウマに反して、カサネの目から、いつもの愛嬌が消える。〈封印師〉として、本気で戦う時の目に変わった。
「ははっ、いい目をするじゃねぇか! コイツは面白くなりそうだ!」
「別に面白くはないと思うわよ。アンタは私の前に膝つき、縛り倒されるんだからねェッ!」
ジャラリという鎖の金属音。それがカサネの動いた合図だ。
二人の拳が正面からぶつかりあう。
「フン」
「へへ」
互いの力は拮抗していた。大人二人分の体格を持つゴウマに張り合えるだけの筋力がカサネにはあるのだ。
彼女の細い身体のどこにそんな力があるかは定かでない。
それにゴウマにとってはそんな細かなことはどうだって良かった。ただ、全力で殴り合える敵が目の前にいる。その喜びがゴウマの拳をさらに加速させるのだ。
「はっははは!! やるな、テメェ!!」
「封印道ノ一・魂滅」
今度はカサネの拳が、ゴウマの巨体に滑り込んだ。
その一撃は骨を砕き、肉を抉るような破壊力を秘めている。恐ろしいのは、彼女が素の筋力を持っているということのほうだ。
「うぐっ……! てめぇ、俺よりパワーがあるんじゃねぇか!」
「まだまだ、こんなのは序の口よ。この程度じゃ、私の中の怒りは消えないんだからッ!」
カサネの拳も怒りによってさらに加速した。その速さは、シンヤのラッシュの比ではない。
「砕けろッ!」
カサネは組みあげた両拳をハンマーのように振り上げる。それは防御しようとしたゴウマの両腕ごと顔面に爆裂する。
「がぁっ⁉」
骨を砕いた感触があった。飛び散った血を汚そうに払いながらも、カサネはさらに二手目、三手目を繰り出そうとステップを踏む。
「この程度なの、ゴリラさん? まっ、動物園から逃げ出してきた動物風情が私に勝てるわけもないか」
「はは……ははは!! 言うじゃねぇかよクソアマ。こんだけ殴られたのも久々だぜ!」
「安心しなさい。まだまだ可愛い妹と弟の分、殴り足りていないから」
「いいねぇ、いいねぇ。お前になら、俺も本気を出せそうだぜッ!」
ゴウマは懐から、赤いビー玉のような何かを取り出す。────それは〈解放者〉の術で、人間の思念から生み出された異形達を極限まで圧縮したものだった。
「へへっ」
ゴウマはそれを何の躊躇いなく、飴玉でも頬張るかのように口の中へと突っ込んだ。
「磁力戒放(マグネットリベレート)……始動ッッ!」
〈武器師〉と〈封印師〉が〈人器一体〉を成すように、それを口にしたゴウマの魂の質と量が爆発的に跳ね上がった。喰らった魂が、解放者の魂と干渉し、反応を起こしているのだろう。
〈戒放(リベレート)〉────それは肉体から抽出した魂の力を解放する、腕利きの〈解放者〉だけに許された術だ。
〈解放者〉は人の思念から生まれる異形を従えるだけに有らず。異形を独自の形でストックし、それを食らえば、その異形の性質を再現することができる。
「来た、来た、来たァァ!!」
例えば、隠魂を喰らえば、同胞以外に姿と気配を完全に察知されなくなる。哀魂を喰らえば、相手の気持ちに干渉する精神攻撃を操れるようになり、暇魂を喰らえば、相手の集中力を削ぐことだってできる。
そしてゴウマが今、口にしたのは怒魂。怒りの思念から生まれた攻撃的な魂を自身の膂力へと反映させた。
「……」
「なんだ、ビビって声もでねぇか? いや、そんな訳はねぇよな。お前は俺をガッカリさせるわけがねぇもんな」
ゴウマの左腕は赤く、右腕は青く、それぞれを異なる流れの魂が循環を始める。
カサネの目は、それを見逃さなかった。
〈戒放〉はただ、魂の性質を自身に反映させるだけの技法にあらず。それはあくまで前提であり、最低限の効果なのだ。
「〈戒放〉……自身の魂と相性の良い魂を取り込めば、その性質を反映させるだけでなく、特異な能力を行使できる」
「ふん、詳しいじゃねぇか? 俺の場合は怒りの魂を食らって自身の能力を解放するんだよ。能力名は〈マーキング・マグネット〉。赤い拳で殴った方にN、青い拳で殴った方にSの極を刻み込む」
そんな説明をわざわざ聞かずとも、カサネなら魂の流れだけで大体の能力は察せられた。むしろ能力の内容よりも、この脳まで筋肉に退化した男が磁石という概念を知っていた方に驚いかされたのであろう。
「ふっ」
いや、流石にそれは失礼かとカサネは笑う。
「なーんだ。随分と勿体ぶったクセに大したことないんじゃないの? アンタの戒法」
彼女から放たれる魂の圧には、シンヤ達ですら萎縮してしまう。
「ごめんね、シンヤ……私は今のあんた達に気の利いた言葉を掛けれるほど、人間ができない。だから、アンタとトウカちゃんは今すぐ友達を連れて逃げなさい」
「け……けど、カサネ姉! あの〈解放者(リベレーター)〉は危険なんだ」
カサネはゴウマの魂を一瞥し、鼻で笑った。
「ふっ……この程度のヤツが相手なら負けないから。ほら行った!」
カサネはシンヤ達を厄介払いするように、この場から逃す。
事実、右手に巻かれた鎖を振り回しながら戦うカサネにとって、二人の存在は足手纏いにしかならなかった。
ゴウマもそれを理解したからこそ、二人の逃亡を今度は黙認する。
「なるほど……見りゃ分かるぜ、アンタが封印師カサネだな。〈封印師〉最強の十席である〈夜叉〉って奴だろ?」
「へぇ、私のこと知ってんるだ。……けどさ、私は一応〈夜叉〉とはいえど七席。そんなに強い方でもないんだけど」
「それはつまり、テメェより強い封印師がまだ六人もいるってことじゃねぇか!」
嬉々とするゴウマに反して、カサネの目から、いつもの愛嬌が消える。〈封印師〉として、本気で戦う時の目に変わった。
「ははっ、いい目をするじゃねぇか! コイツは面白くなりそうだ!」
「別に面白くはないと思うわよ。アンタは私の前に膝つき、縛り倒されるんだからねェッ!」
ジャラリという鎖の金属音。それがカサネの動いた合図だ。
二人の拳が正面からぶつかりあう。
「フン」
「へへ」
互いの力は拮抗していた。大人二人分の体格を持つゴウマに張り合えるだけの筋力がカサネにはあるのだ。
彼女の細い身体のどこにそんな力があるかは定かでない。
それにゴウマにとってはそんな細かなことはどうだって良かった。ただ、全力で殴り合える敵が目の前にいる。その喜びがゴウマの拳をさらに加速させるのだ。
「はっははは!! やるな、テメェ!!」
「封印道ノ一・魂滅」
今度はカサネの拳が、ゴウマの巨体に滑り込んだ。
その一撃は骨を砕き、肉を抉るような破壊力を秘めている。恐ろしいのは、彼女が素の筋力を持っているということのほうだ。
「うぐっ……! てめぇ、俺よりパワーがあるんじゃねぇか!」
「まだまだ、こんなのは序の口よ。この程度じゃ、私の中の怒りは消えないんだからッ!」
カサネの拳も怒りによってさらに加速した。その速さは、シンヤのラッシュの比ではない。
「砕けろッ!」
カサネは組みあげた両拳をハンマーのように振り上げる。それは防御しようとしたゴウマの両腕ごと顔面に爆裂する。
「がぁっ⁉」
骨を砕いた感触があった。飛び散った血を汚そうに払いながらも、カサネはさらに二手目、三手目を繰り出そうとステップを踏む。
「この程度なの、ゴリラさん? まっ、動物園から逃げ出してきた動物風情が私に勝てるわけもないか」
「はは……ははは!! 言うじゃねぇかよクソアマ。こんだけ殴られたのも久々だぜ!」
「安心しなさい。まだまだ可愛い妹と弟の分、殴り足りていないから」
「いいねぇ、いいねぇ。お前になら、俺も本気を出せそうだぜッ!」
ゴウマは懐から、赤いビー玉のような何かを取り出す。────それは〈解放者〉の術で、人間の思念から生み出された異形達を極限まで圧縮したものだった。
「へへっ」
ゴウマはそれを何の躊躇いなく、飴玉でも頬張るかのように口の中へと突っ込んだ。
「磁力戒放(マグネットリベレート)……始動ッッ!」
〈武器師〉と〈封印師〉が〈人器一体〉を成すように、それを口にしたゴウマの魂の質と量が爆発的に跳ね上がった。喰らった魂が、解放者の魂と干渉し、反応を起こしているのだろう。
〈戒放(リベレート)〉────それは肉体から抽出した魂の力を解放する、腕利きの〈解放者〉だけに許された術だ。
〈解放者〉は人の思念から生まれる異形を従えるだけに有らず。異形を独自の形でストックし、それを食らえば、その異形の性質を再現することができる。
「来た、来た、来たァァ!!」
例えば、隠魂を喰らえば、同胞以外に姿と気配を完全に察知されなくなる。哀魂を喰らえば、相手の気持ちに干渉する精神攻撃を操れるようになり、暇魂を喰らえば、相手の集中力を削ぐことだってできる。
そしてゴウマが今、口にしたのは怒魂。怒りの思念から生まれた攻撃的な魂を自身の膂力へと反映させた。
「……」
「なんだ、ビビって声もでねぇか? いや、そんな訳はねぇよな。お前は俺をガッカリさせるわけがねぇもんな」
ゴウマの左腕は赤く、右腕は青く、それぞれを異なる流れの魂が循環を始める。
カサネの目は、それを見逃さなかった。
〈戒放〉はただ、魂の性質を自身に反映させるだけの技法にあらず。それはあくまで前提であり、最低限の効果なのだ。
「〈戒放〉……自身の魂と相性の良い魂を取り込めば、その性質を反映させるだけでなく、特異な能力を行使できる」
「ふん、詳しいじゃねぇか? 俺の場合は怒りの魂を食らって自身の能力を解放するんだよ。能力名は〈マーキング・マグネット〉。赤い拳で殴った方にN、青い拳で殴った方にSの極を刻み込む」
そんな説明をわざわざ聞かずとも、カサネなら魂の流れだけで大体の能力は察せられた。むしろ能力の内容よりも、この脳まで筋肉に退化した男が磁石という概念を知っていた方に驚いかされたのであろう。
「ふっ」
いや、流石にそれは失礼かとカサネは笑う。
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