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躍動鳴動

雨宿り

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人器一体に至る〈武器師〉と〈封印師〉は魂の量と質が跳ね上がる。それは単純な足し算にあらず。掛け算のように魂の総量を爆発させた。

 形作られた黒小手は、優しく彼女を包み込み────。

「待たせたな、鬼神」

「ヒナミちゃんとクラスメイトくんを傷つけた借り、返させてもらうわよ!」

 二人は迷鬼神へと湧き上がる怒りを律し、雨斬を構えた。

 迷鬼神にも、二人の力が増幅しているのがわかるのだろう。侮るような気配が消え、今度は拳を六本、まとめて飛ばしてきた。単純計算で、さっきの六倍の威力が襲い来る。

 だが、雨斬はそれを容易く断絶してみせた。

 刀を振るうどころか、ほとんど力を入れる必要もなかった。ただ、軽く刃を当てるだけでいい。撫でるように当てられた刃は、六本で迫ってきた腕たちを二つに切り裂いてみせる。

「「もう終わりか?」」

 二人は頭の中にある雨のイメージを膨らませてゆく。

 雨の中、一本の傘を二人で握るシンヤたちは降りしきる雨の音を聞いていた。傘に弾かれる雫の音が心地よい。自分たちだけが曇天の下、雨に濡れずに立っている優越感に浸れる。

 雨は止む必要なんてない。ただ、雨を我が物にしろ。

「「──雨は降っている」」

 また、二人の声が重なった。

 そして、二人のイメージは魂と刀身を介し、現実にも反映される。それが人器一体に至るものだけが使える奥義────「魂隠道(こんいんどう)」である。

「「魂隠道・二人孤独雨傘(ふたりぼっちのあまやどり)ッ!」」

 雨斬を空にかざせば、放出された魂が気発し、上空へと黒く分厚い雲を形成した。そこから降りしきるのは二人のイメージ通りの雨であった。

 けれど、それはただの雨に在らず。

「ひぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」

 迷鬼神が絶叫を上げた。雨に打たれながら、その場にのた打ちまわる。

 鬼神級ともなれば、その魂の結合部も編み込まれた繊維のように複雑で、簡単に解けることがない。

 そんな強固なはずの結合が、雨滴にぶつかるだけで簡単に解かれてゆく。

 ザァーザァーと染み入る雨の一粒一粒が、魂同士の結合を断つ「毒性」を帯びているのだ。

「…………」

 雨はシンヤとトウカの周りだけに降らなかった。二人の頭上に傘があるように、そこだけに雨に濡れることを知らない。

「テメェなんて、切り捨てる価値もねぇ。この雨の中にいるのは、俺たちだけで十分だ」

 イメージを強めれば、強めるだけ、雨の勢いは増す。

「「俺たちの前から、消えてなくなれッ!」」

 迷鬼神の身体は雨に解かれて、消えていく。最後に消え損ねた残りカスのような塊も、シンヤが踏み潰すことで完全に消失した。

 ◇◇◇

 シンヤはすぐにユウたちの元へ駆け寄った。

 幸いにも二人とも意識を失っているだけで、命に別状は無さそうだ。だが、魂に負ったダメージは身体に色濃く、反映されている。

「……ごめんな、二人とも。……俺が弱かったせいで」

 ヒナミの方は魂のダメージが擦り傷や打撲として反映されていた。彼女の魂は特別だ。そのおかげで、この程度の傷で済んだのだろう。

 だが、本当に酷い傷を負っていたのはユウだ。骨が折れているのが一眼でわかってしまうほどに、彼の両手と片足はおかしな方向を向いていた。

「クッソ!」

 人器一体に至れた喜びよりも、自分の無力さにシンヤは苛立つ。

「はやく、救急車を……救急車を呼ばなきゃ!」

「いや。多分ですけど、この傷なら医療を施すより、魂のダメージを回復させて、それを身体に反映させる方が」

「わ、わかった……」

 少し動転していたトウカも、すぐにいつもの冷静さを取り戻した。

 自分が慌てたところで二人の怪我が治るわけじゃない。寧ろ、自分たちが冷静でいなければならないのだ。

 魂の治りを促進出来る人間でまっさきに候補に上がるのは、自身の魂を分け与えられるヒナミだが、その処置を必要しているのがヒナミ本人でもある。そうなれば、次の候補に上がるのは彼女の両親だった。

「ヒナミの親には俺が連絡します。トウカさんは、一応カサネ姉に報告してください。こんな街中で鬼神級が発生するなんて偶然じゃない」

「……そうね」

 人の思念から生まれ落ちた異形は結合しながら、より厄介な異形へと進化していく。

 だが、この街はカサネの管轄。強力な異形が自然発生しようと、鬼神級になる前には必ず、封印されるのだ。それを今回に限って、彼女が見逃すとも考えにくい。

 だとすれば、結論は一つ────何者かが、人為的に膨大な量の思念を集めて結合させた。

「……〈解放者(リベレーター)〉の育てた鬼神。それなら納得がいくわね」

 トウカは眉間に皺を寄せて、憎むべき宿敵の名前を呼んだ。そんな声に応えるように、

「──おう、呼んだか?」

 トウカの背後に巨漢のシルエットが現れた。

 顔に四本の刺青を彫った巨漢は、初めから、そこにいたよう顔で仁王立ちしている。

「なっ……!」

 戦闘の直後、魂の察知する感覚がまだ研ぎ澄まされていた二人には、ゴウマの魂が秘める暴力性を無視せずにはいられなかった。

 野獣のように荒々しく、それでいて子供のような無邪気さを持つ。本来は並立しない二つの要素が、混ざり合ったような歪で重厚な魂の圧。それを秘めた巨漢はニンマリと笑う。

「俺は〈解放者〉のゴウマだ。よろしくな、ガキども」
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