黒鋼トウカは剣と化して、王を斬る

ユキトシ時雨

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躍動鳴動

迷い道

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 昼食を終え、五限六限と時間は過ぎてゆく。

 下校のために校門をくぐったシンヤは、凝り固まった身体を軽く伸ばして、前日の修行でカサネに指摘された内容を思い出す。

 ────魂の流れが妙だから、それを制するためのイメージを改めろ。

「……んなこと言われてもなぁ」

 眉間を摘んで考えても、要領は掴めない。それでも今は気持ちを引き締めるしかなかった。

 緩んだ魂を引き締める。まずはそこからだ。
「……よし!」

「おぉ、なんかすげぇ」

 気の抜けた感想を背後から貰った。振り返ればユウが、ニヤニヤとこちらを眺めていた。

 おかげで整えた気分も台無しだ。

「……お前、部活は? ……たしか陸上部だったよな?」

「今日はオフなんだよ、大きな大会も終わったばっかりだし。それよりも、方向が同じなんだから一緒帰ろうぜ」

「良いけどよ……カサネ姉が待ってるからのんびりはしてられねぇぞ」

「いいって。つか、俺も着いていっていいか? そのカサネ姉なる人物は聞いた話じゃ、トウカさんのお姉さまなんだろ?」

 どうせ、ユウが思い浮かべるカサネのイメージは、トウカをそのまま成長させたような清楚系のお姉さんなのだろう。

 ジャージ姿でだらしない本物を見せて幻滅させるのも悪くない。そうすれば、コイツの下心も少しはマシになるだろう。

「勝手に着いてこいよ」

「んだよ? お前にしては珍しく素直じゃねぇか……けど、さすがシンヤ! やっぱり持つべきものは友だぜ!」

「ふっ……今のうちに喜んでいやがれ」

 校門のすぐ傍で騒ぐシンヤとユウは、それなりに目立っていた。(というよりも、声の大きなユウが目立っているだけなのだが……)他の生徒は二人を避けるようにして、帰宅していく。

 そんな中、二人に向かって駆け寄ってくる少女が一人。

「せんぱーいっ!」

 制服姿のヒナミだった。

「げっ……」

 シンヤは男で一番面倒な人物を聞かれたらユウと即答する。だが、女で一番面倒なのは誰かと聞かれれば、黒鋼姉妹のどちらかで悩んだ末に、駆け寄ってきた彼女を選ぶのだろう。

「先輩たちも今からお帰りですか?」

「クソ。うるさいのが増えやがった」

 ヒナミは今日も溌剌としてフレッシュだった。どうやら彼女の部活も今日はお休みらしい。

 うんざりするシンヤだが、その隣ではユウが血の涙を流さんとした形相でこちらを睨んできた。

「おい、シンヤ! 誰なんだよ、その小ちゃくて可愛い後輩ちゃんはッ!」

 そういえば、コイツにヒナミの存在を知らなかった。

「えっと、コイツは……なんていえば、いいんだろうな?」

「初めまして、柊ヒナミと申します! 黒鋼家の従家にして、シンヤ先輩専属の治療係です!」

 彼女が何も考えずに自己紹介したせいで、隣からは嫉妬のオーラ―が溢れ出してきた。

「なぁ、シンヤくんよ。治療係ってのはなんだ? 専属ってなんだよ? エロい感じか」

「お前……マジで面倒くさいぞ」

「エロい感じじゃないですよ。ただ、倒れたシンヤさんを看病するだけのお仕事です」

「それを十分、エロいって言うんだよッ!」

 ユウがシンヤに掴み掛かる。この面倒くさい奴が、昼食時間に良い感じのことを言ってくれた悪友と同一人物だとは信じたくない。

「おい、ユウ……そろそろ良い加減にしとけよ」
 
 髪をわしゃわしゃとされてきた辺りで、我慢の限界が来た。一発かましてやろうと、拳を固めたときだ。

「何してるの、シンヤ? それにヒナミちゃんも。あと……えっと、クラスメイトさん?」

 校門で騒いでいる三人をトウカが見つけたのだ。

 ついでにユウは名前すら覚えられていなかった。

「あ、トウカ先輩! 実はさっきシンヤ先輩たちと一緒になって。トウカ先輩も一緒に帰りましょうよ」

「そうだったの。うん、ヒナミちゃんとなら私も一緒に帰りたいな」

 そうして四人は同じ帰路につくことになった。

 ただ、男二人と女二人の計四人。ヒナミとトウカが楽しそうに話して歩くのを、残った男二人が続くという、なんとも残念な並びになってしまう。

「はぁ、天使みたいな後輩ちゃんに、女神のようなトウカさん。ここは天国だな」

「……地獄の間違いだろ、馬鹿野郎」

 名前すら覚えられていないクラスメイトくんは、二人を後ろから眺めるだけで満足らしい。さっきの血涙を流しそうな形相は嘘のようで、その表情は成仏しそうなほどに穏やかだった。

 ◇◇◇

 四人の帰り道は淡々と続いていく。

「……妙ね」

 初めに違和感に気づいたのはトウカだ。次いでシンヤも妙な感覚を覚える。

 いつもと変わらない帰り道だ。山道に踏み込む前の住宅街。塀に囲まれた住居と住居の間を一本道が走り、電柱がぽつぽつと連なっている。

「なぁ……ユウ、俺らどのくらい歩いた?」 

 いつもなら十分もあれば抜けられる通りだ。

「んー。まぁ十分、いや十五分?」

「……あ? な訳ねぇだろ。もう、二十分は歩いたぞ」

「えっ……私は十分しか歩いてないような気がするんですが」

「おかしいわね……私は三十分は歩いたと思ったんだけど……」

 全員の時間の感覚に明確なズレがある。

 シンヤはすぐに携帯を取り出したが、時刻は学校を出たあたりで止まり、ロクに機能していなかった。

「トウカさんこれって……」

「ええ。考えられるのは、」

 胸騒ぎがした。

 道行く人は四人以外、誰もいない。ただ、果ての見えない道が続くのみ。いくら進もうと、抜けることができない。

「ヒナミちゃん、クラスメイトくん! シンヤから絶対離れないでね!」

 トウカはそう言い残すと、一本道をまっすぐ走り出す。すぐに彼女の背中は見えなくなってしまった。

「あ、ちょっ! トウカ先輩!」「待ってくださーい、トウカさーん!」

 後を追おうとするヒナミとユウをシンヤは無理やり、押さえつけた。

「おい、テメェら。トウカさんの言ってたこと聞いてなかったか。俺から離れるんじゃなねぇ!」

 シンヤの形相には明らかに切迫していた。それを見て、二人もようやく不味いことになっていると自覚する。

「ハァ……ハァ」

 息が切れるような声と共に、前に進んだはずのトウカが三人の後ろから戻ってきた。

「……やっぱり」

 シンヤは現状の整理を始める。

「……」

 トウカは確かに前に向かって進んでいた。それなのに、いつの間にか自分達のいる現在地にまで戻ってきている。

 時計も定かではなく、全員の感覚にもズレが生じている。

「これは、アレだな……漫画とかでよくある」

「えぇ、そうらしいわね」

 恐らくは空間がねじ曲げられ、歪んでいるのだろう。────一本道の入口と出口の空間が輪のように繋がれ、そこに取り残されたシンヤ達は同じ空間をぐるぐると回り続けているのだ。

「封印道ノ壱ッ!」

「抜刀……」

 二人が臨戦態勢に入ったことは、魂を目視できないヒナミ達にも分かるようだ。

 魂の圧がプレッシャーとして、ビリビリ伝わってくる。

「な……なぁ、シンヤ。どうなってんだよ。……そんな、怖い顔してよ」

「俺にわかるかよ。ただ、ハッキリしてんのは俺たちが、この通りから抜け出せなくなってるってことだけだ」

 ユウからは不安の声が漏れる。ヒナミも震えじっと押し殺していた。

「トウカ先輩……」

「大丈夫、ヒナミちゃん。私から離れないでね」

 シンヤとトウカが互いに背中合わせになり、周囲の異様な魂を感知しようとする。感覚を極限まで研ぎ澄まし、目を凝らした。

「こんな複雑なことができるのって、〈解放者(リベレーター)〉ですかね……」

「違う……多分、迷鬼よ」

 迷鬼。人の迷う感情から生まれる迷魂が集まって生まれる異形だ。

 人の上に人の上半身が生えたような見かけをしており、両腕と首がない。全身には渦模様が刻まれた醜悪な姿の異形でもある。

「ウチの資料で読んだことがある。迷鬼は空間を歪みを作り、人を道に迷わせては、最後は魂を喰らうって……」

「はは……確かに現状と一致してら。……けど、これって少しスケールが違いませんか?」

 トウカが読んだという資料は黒鋼家に保管される異形全集の序巻だろう。それならシンヤだって目を通している。

 迷鬼が生じさせる空間の歪みは、周囲の道を適当にねじ曲げ、路地の出入り口の先が入れ替わったり、道の左右が反転する程度。がむしゃらに突き進めば、突破できる程度の歪みなのだ。

 だが、シンヤ達の立たされている現状はそうじゃない。一本道という入口と出口しかない空間の両方を繋げ、両方を潰した。悪意の程度が並の異形を大きく上回っているように感じられるのだ。

 ぐにゃり。

 そう、空間が歪み始めた。シンヤとトウカが臨戦態勢になったことで、漏れ出した魂に今回の主犯が反応したのだろう。

 今度は明らかに空間が歪んだことが実感できる。悍ましい魂の圧と共に、空間に一つの穴が空いた。

「来るわよ」

「分かってます……」

 穴から最初に這い出してきたのは、渦巻き模様の刻みれた細く巨大な足だった。次いで両手と頭のない上半身、さらにその上半身から新たな両手と首のない上半身が生えている。

「迷鬼ッ!」

「いや……待ってください。……コイツは⁉」

 穴から這い出してくる異形はそれで終わらなかった。上半身の上に生えている上半身のさらにその上、そこから三人目の上半身が生えている。

「コイツ……迷鬼じゃないですよッ⁉」

「嘘っ……これって」

 迷鬼神──迷鬼同士がさらに集まり、複合することで生まれる異形。鬼という括りのさらに上、鬼神の領域に至る異形二人の前に立ち塞がった。
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