黒鋼トウカは剣と化して、王を斬る

ユキトシ時雨

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幕間 前夜祭

リベレーターズ①

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 その男は異様であった。一度その容姿を見れば、思わず振り返り、記憶にその姿を焼き付けられてしまうだろう────

 夕暮れ時の大通り。帰宅ラッシュであろう人込みの賑わう人込みに逆らうよう、男は人の波を掻き分けながら進んでゆく。その身長は二メートルを軽々と超え、肩幅も大人二人分はあるような筋肉質の巨漢だった。特注品のスーツこそ着ているが、とてもサラリーマンには見えない。

 中でも男の外見で一番に目を引くのが両目のしたに引かれた棒状の刺青だ。計四本。涙線のようにも見える刺青は男の威圧感を増していた。

「……」

 口をへの字に曲げた男は、誰と肩をぶつけようと知らん顔を貫いていた。挙句、赤信号を我が物顔で渡り出し、周囲に苛立ちを振りまく。

「へっ……生まれてる。生まれてる」

 男の目には、人の苛立ちから生まれ落ちる怒魂が見ていた。赤黒い色と、熱を放つのが特徴的な異形だ。道ゆく人々の刺すような視線と共に怒魂達が男を取り囲むが、男はそれを丸太のように太い腕で払い除ける。

 回収しても良かったが、持ち合わせのストックも充分にある。それに待ち合わせの時間に遅れるわけにもいかない。

「あのガキ女を怒らせるのも面倒だろうしな」

 待ち合わせ場所に指定されたのは、この先のファミリーレストランだ。

 家族連れが憩いの時間を楽しむ空間に、二メートル近くある大男は似合わない。自動ドアを潜るように入店するだけでも奇異の視線を集めてしまう。小さな子供は男の恐ろしい形相を泣き出してしまう始末だった。

「い、いらっしゃいませ……」

 店員が恐る恐る話しかける。営業スマイルはひどく引き攣っていた。

「ツレが待ってるんだ。通して貰うぜ」

「えっ……ちょ、ちょっと!」

 男は店員にかまうこともなく、待ち合わせの相手を探し始めた。彼女も目立つのだから、見つからないということもないだろう。

「あ、ゴウマ! こっちなのー!」

 奥の席で一人の少女が手を振っている。ちょこんと座る彼女の手首にも男と同じ刺青があった。太い刺青が六本、腕輪のように巻かれていた。

「よぉ、ネノ。久しぶりだな」

「うん、久しぶり。それより、他の人に見えているのおー。隠魂を食べてないのー?」

「あ? ワザと見せてるんだよ。テメェと違って、俺はコソコソすんのが嫌いだからな」

 きっと男の姿は、誰もいない座席に話しかけているように見えているのだろう。男の前には確かに少女が座っている。だが、凡人の目に彼女の姿は映らない。

 二人の本職は、腕の立つ〈解放者(リベレーター)〉である。大男が業魔(ゴウマ)、不可視の少女が子述(ネノ)だ。

「というかゴウマ、また刺青増えたのー? 前は三本しかなかったのにー」

 ネノの妙に語尾を間延びさせる喋り方も相変わらずだ。

「先週、〈封印師〉の野郎どもを、返り討ちにしてやったからな。酷いもんだったぜ、六人もいるのに、どいつもこいつもライセンス取立ての雑魚レベル。一発殴っただけで終わっちまった」

「ゴウマのパンチに耐えられる方が珍しいんだから、しかたないのー」

「ふん。六本様は余裕なこった。今に見てろ、すぐに七本目の刺青を引いてやるからよ」

 二人に彫られた線上の刺青には意味がある。〈解放者〉は、敵対する〈武器師〉と〈封印師〉を十人殺すたび刺青を一本ずつ増やしていくのだ。

 引かれた刺青の数は四本と六本。それだけの屍を踏み躙る彼らの目的はたった一つ──この地に封じられる異形達の頂点にして、〈八災王〉の解放である。

〈解放者〉という一団は、〈武器師〉と〈封印師〉と同様に魂を糧とする人種だが、その思想と目的は相反している。彼らは代々、〈八災王〉を崇拝し、異形と共に人々に災いを振り撒く使徒。人でありながら、人の滅びを望む異常集団であった。

「それで、首尾はどうよ?」

「まぁ、ある程度はね。とりあいず、〈八災王〉様の封印の解き方は分かったかなー」

「ほう?」

「これが案外簡単でね、時代と共に封印は劣化してるのー。封印を解くだけなら、私一人でも十分。わざわざゴウマみたいな脳筋ゴリラを呼ぶ必要なかったのー」

「……お前、喧嘩売ってるだろ」

 ゴウマの眉間に皺が寄っていく。この場でネノを殴っても良かったが、彼女の操る戒放(リベレート)はなかなかに面倒だ。

 それに同業者同士のぶつかりはご法度である。ただでさえ〈八災王〉の封印後、ほとんどの〈解放者〉は打倒され、格段に数を減らしているのだ。

「まぁまぁ、本題はここからなのー。封印自体は私でも解除できる。けど、私たちが本当に解除しなければならないのは、〈八災王〉様にかけられた縛りなのー」

「……縛り? なんじゃそりゃ。……封印を解けば、〈八災王〉様が暴れてくれるんじゃないのかよ?」

「端的に言えばそれで正解。縛りっていうのは、万が一にも封印が解かれた際の予防策みたいなものなのー」

「予防策だ?」

 ゴウマが首を傾げれば、首の関節が重々しい音を立てる。

「そ、予防策。この辺りの封印を管理してる黒鋼家ってのは今から九年前に、当主が失踪してるのー。その影響で封印の方も他所の地域より格段に弱まってるから、跡を継いだ黒鋼の現当主が施した保険みたいなのが、縛りなの」

「縛り」ネノが語るそれは、封印道ノ拾(ふういんどうのじゅう)・縛禁錠ノ理(ばっきんじょうのことわり)を指していた。

「夜叉の階級にあたる〈封印師〉が施した忌々しい高等術なのー。定めた条件が整っている限り対象の、今回であれば〈八災王〉様の行動範囲を制限できて、解除も不可能。ほんと、忌々しいのー」

「ふーん。それで?」

 ゴウマはテーブルを指で叩き出す。話に飽きてきたのだろう。

 去年〈解放者〉になったばかりのゴウマのために丁寧な解説をしていたネノだが、肝心の本人は、興味が皆無らしい。

「ゴウマにはこう言った方が刺激的かもー」

「あん?」

「縛りの解放条件。言ったでしょー? 〈八災王〉様を縛るのは、条件が満たされてるときだけってー」

「いいか、ネノ。俺はあんまりテメェが好きじゃねぇ。そうやって間抜けそうに喋るところも、本筋を勿体ぶるところもな」

「そうー? そんな風には見えないのー」

 口では不服そうな態度を貫きながらも、ゴウマは話に興味を取り戻していた。その目を子供のようにキラキラと輝かせ、口の端を釣り上げる。

「〈八災王〉様を縛る条件。それは、封印を管理する黒鋼家の人間が存命していること。ゴウマなら、もう言いたいことは分かるよねー?」

 ネノが二枚の写真を差し出す。

 そこに写るのは、赤い瞳に歳とは不釣り合いな覚悟を秘めた〈武器師〉と、白装束に身を包んだ〈封印師〉が映っていた。カサネとトウカだ。

「なるほど……要はコイツらを殺せばいいんだな?」
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