黒鋼トウカは剣と化して、王を斬る

ユキトシ時雨

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人器一体へと至る道

姉が仮説を立てるのであれば

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 虫の奏でる声に混ざるのは、古い紙を捲る音だった。カサネは家中の古い資料を引っ張り出して自室に籠ると、それらを必死に読み返す。

 人器一体に関して。シンヤたちの失敗の仕方には、すこし気になる点があった。

 黒鋼家は〈八災王〉を封印し、その管理を任されるほどの名家だ。そんな経緯もあってか、倉には貴重な文献や資料も大量に保管されている。その中になら何か、成功の手がかりがあるのではと期待したのだが……

「やっぱ、そう簡単にはいくものでもないか……」

 オレンジ色の電飾の下、その表情は次第に曇ってゆく。遂には頭の中がパンクして、彼女の頭からは白い煙が上がった。

 そもそも、カサネは活字を読むのが苦手なのだ。文庫本を数十ページ読んだだけでリタイアする彼女が、このまま仰々しい言い回しと、古めかしい表現の多用された資料と睨めっこをしたって時間を無駄に浪費するだけであろう。

「……仕方ない。アイツに助けてもらうか」

 餅は餅屋という言葉もあるくらいだ。資料や歴史のことに関して深く精通した人物を頼ることにしよう。

 数回のコールの後、向こうからは頼りなさげな声が返ってきた。

『はい。こちら寺崎ですが』

「よっ、レンサ。久しぶり」

『その声はカサネさんですね。本日はどのような用件ですか?』

 寺崎レンサはカサネ専属の〈武器師〉を勤める青年だ。

〈武器師〉と〈封印師〉の一組は、行動を共にするパターンが多い。だが二人はそれぞれが好き勝手に行動する珍しい組でもあった。その理由もシンプルなもので、カサネが強すぎるために、並の異形程度なら一人で対処できてしまうからだ。

 そのお陰もあってレンサも、大学で異形や魂に携わる研究をしていることの方が多かった。今だって会話には時折キーボードを叩く音が混ざり込んでいる。きっと、研究室でレポートを作成する片手間に電話を取ったのだろう。

「実は折り入って、アンタに相談があってさ」

『もしかしなくても、シンヤくんとトウカちゃんのことですか?』

「察しがよくて助かるよ、けどなんでわかったんだ?」

『貴女ほどの〈封印師〉が悩むことなんて、それくらいでしょう』

 どうやらレンサには全てがお見通しだったようだ。さすがは最強格の〈封印師〉と組んだ〈武器師〉というべきか。

 カサネは簡単に要件の説明を始めた。

「いつまで経っても二人の人器一体が完成しないの。それどころか、シンヤは毎回トウカちゃんを握った腕が傷だらけになる始末で」

『それなら、シンヤくんの魂の質や総量がトウカちゃんに劣っているのが原因では』

「んー……本人もそう思ってるらしいけど、何かが違うように見えてならないのよね」

『というと?』

 優れた〈封印師〉は異形だけでなく、他人の全身を巡る魂の流れや微細な変化を見ることができる。

 カサネの見た限り、シンヤがトウカを握る瞬間だけ魂が爆発的に膨れ上がって、刺々しさを増す。

 けれども、それは一瞬で。最終的には自分の魂の流れを、自分で堰き止めてるようだった。

『なるほど……それじゃあ、シンヤくんの腕が傷だらけになってるのは』

「多分、トウカちゃんの魂に押し負けてるんじゃなくて、魂の流れを無理に止めるから、逆流した結果だと思うの」

 電話の向こうからレンサの声が返ってこなくなった。それだけ珍しいケースなのだ。

 それでも強いて、仮説を立てるのなら。

『シンヤくんが魂を制御する際にイメージしている内容に問題があるんじゃ? イメージの内容が自身の魂の相性と噛み合ってない。或いは自分を傷つけるようなイメージを抱いていれば、その流れもおかしくなるんじゃ』

「イメージねぇ……私は普段から波紋ひとつない水面を思い浮かべろって教えてるけど」

『それはカサネさんが魂を制御するためのイメージですよ。確かに一般的には、そういった落ち着いたイメージで魂を制御するのが基本的なやり方ではありますが、人によって魂の量や質は異なります』

「だから、人によって制御するためのイメージだって、違うってこと?」

『そうです。例えば火山の噴火のイメージでも魂の制御することだってあるんですから』

「なるほど……なら私は、イメージを変えるようにアドバイスすればいいかな?」

『恐らく。あとはそうですね……トウカさん以外の武器を握らせてみるとかはどうでしょう?』

 ────もし、シンヤが無意識のトウカを傷つけないように、魂で手を覆っているのだとしたら?

 それはレンサが立てたもう一つの仮説だった。もしも、この仮説が正しいのであれば、トウカ以外の〈武器師〉を握らせればシンヤの魂も別な反応を示すかもしれない。

『例えば、僕を握らせるとかでも変化はあるんじゃないかと』

「けど、それじゃあ、レンサも危なくない?」

『さすがの僕もシンヤくんに押し負けるほど、鈍っちゃいませんし、シンヤくんを傷つけない程度の調整もできます。というか、今のシンヤくんの魂の量や質はどの程度なんですか?』

「それがイマイチ、私の目でも分からないの。むらっけがあるっていえば良いのかな? 普段は平均的な〈封印師〉程度なんだけど。たまに爆発的に跳ね上がるというか……あと、人一倍消耗も早いような……」

 言葉に詰まる。カサネは手詰まりだった。

『まぁ、とりあえず僕から言えるのは、カサネさんは悩んでも答えが出ないタイプってことですかね』

「……なにそれ? ……アンタ、私に喧嘩売ってるの?」

『けど、事実でしょう。難しい理屈とかは僕が考えますから、カサネさんはそのタフネスで、二人の人器一体が完成するよう付き合ってあげてください。ほら、カサネさんは二人にとって頼りになる、お姉さんなんですし』

 ちょっと前まで自分がいなければ、何もできなかった秀才が言うようになったものだ。

 内心でカサネは苦笑する。

「本当に言うようになったじゃない」

『僕は貴女の〈武器師〉ですから。そろそろ軽口の一つでも叩けないと』

 おかげで頭の中はスっとした。

 拳を軽く握って決意を固める。二人の姉としても、師匠としても、めいいっぱいにできることをしようと。
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