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A「私こそが狩人」
第29話 私たちは共犯者
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高架下の河川敷。そこは生活浮浪者の吹き溜まりと化していた。頭上の鉄橋を忙しなく車両が通過する度、軋むような音が響いてくる。
「……」
そこに一人。他の浮浪者達からは少し離れて、簡易テントにもたれ掛かる人影があった。ボロ布を纏い、荒んだ瞳をした彼女が元警視庁特務課・幻想人(フェアリスト)対策班の大上華恋(おおがみかれん)だと、一体どれ程の人間が気づくのだろうか?
「あっ、いたいた! カレンちゃーん!」
向こうから、レッドフードが走ってきた。その手に握るのは、おしゃれな喫茶店の紙袋だ。
華恋はスンスンと鼻を鳴らした。
「ねっとりとした甘い香りに、仄かな酸味……中身はあの喫茶店のアップルパイかしら?」
「流石。ご自慢の嗅覚は衰えずだね」
「だけど、そんな贅沢なものどうしたの? ……まさか、盗んだんじゃ⁉」
「あのさ……カレンちゃんは私のことを何だと思ってるの? コレは賄い。あそこの店長さんが良い人でね、住所不定の私でも雇ってくれたんだ」
幻想人「赤ずきん」の裏はもういない。
自らの片割れと決着を付けたレッドフードは晴れて、自由の身になったのだ。加えて、異能の応用である変装術を用いれば、彼女の正体も幻想人の「赤ずきん」とバレることはまずないのだろう。
そんな少し考えれば分かるようなことに、華怜は今更ながら気付かされてた。
「……そっか、良かったわね」
「フフン、良かったんだー。ていうか、カレンちゃん。何、その汚らしい格好は? せっかくの美人が台無しだよ」
華怜の羽織るボロ布には、まるでガソリンをぶちまけたかのような黒いシミがある。ただ、それは赤黒く変色したに過ぎず、甘い香りがベッドリと染み付いていた。────幻想人の返り血だ。
中核だった「赤ずきん」や「かぐや姫」を潰したとしても、裏の幻想人から成るコミュニティは崩壊したわけじゃない。残党たちが、この街でジッと息を潜めているのだから。
華怜は、百千桃佳(ももちももか)が生前残した情報と、退職金代わりにそのまま頂戴した十三号車を武器に、そんな残党達を狩っていた。
インターネット上では「ロンリーウルフ」と称され、異様な賞賛を浴びているが、そんな声が本人に届くわけもなく。一匹狼は自らが選んだアイデンティティに従い続けていた。
「カレンちゃんは鼻も利くだんから、気になるでしょ? その血の匂い」
「……まぁ、確かに。少し気になってきたかも」
今晩は港町に潜伏する幻想人達を狩る予定だった。宿した異能で武器を密造し、海外マフィアに流すような連中なのだから、慈悲をかける必要もない公害共だ。
それを片付けたら、そろそろ潜伏先の替え時だろう。その際に衣服も一新しようと思うが、どうせ汚れるのだから、今はまだこのままでいい。
そんな旨を華怜が伝えたら、レッドフードは本気で呆れたようだ。
フードを目深に被って、項垂れている。
「カレンちゃんの頭がどっかおかしいのは、相変わらずか……全部が終わったら少しはマシになるって期待してたんだけどなぁ……」
「余計なお世話よ。それより、貴女が貰ってきてくれたアップルパイ、私も貰っていい?」
「いいよ、元々二人で食べるために貰ってきたようなものだし」
二人は事前に切り分けていたアップルパイを頬張った。
互いに、こんな甘いものを食べるのは久しぶりだ。ついつい、自然と表情が緩んでしまう。
「あっっまい! やっぱり生きてたら良いことあるね!」
「そうね。んっ……あちち……」
「あれ、カレンちゃんってば、一匹狼の癖して猫舌だった?」
「……るっさい」
互いにしばらく、アップルパイに夢中になって。
そこでレッドフードが少しぼやいた。
「けど、カレンちゃん。生きてたら良いことがあるってのは本当だよ。だから、少しはこれからの身の振り方も考えた方が良いんじゃないかな? ほら、この間尋ねてきた人。FBIだとCIAだか知らないけど、幻想人犯罪のアドバイザーとして超法規的に、カレンちゃんを雇いたいとか言ってたじゃん?」
そう言えば、赤ずきんと決着を付けた直後。この河川敷で浮浪者に紛れていた自分に接触してきたスーツの二人組が、そんなことを言っていた。
レッドフードに言われるまで忘れていたのは、シンプルに興味がなかったからだ。
「……」
この一〇年間、頭の中にあったのは一匹でも多くの害獣を殺処分することだけで。その先の未来など、華怜は考えもしなかった。
今はまだ残党狩りの責務が残っている。ただ、その先は?
狩人として死骸の山を積み上げた果てに、どんな未来が華怜を待っているのだろうか?
レッドフードの言うように、少しは真面目に考えた方がいいことも分かっている。だが、血塗られた義手では、未来を掴むこともできないと自覚しているからこそ、華怜はバツが悪そうに話を逸らした。
「貴女こそ。私の心配をする前に、自分のアイデンティティは見つけられたの? 元々、それが貴女の戦う理由でもあったはずでしょ?」
そうだ。レッドフードの目的はあくまで、自らの片割れと決着を付け、この世界に生まれ落ちた意味を見出すことだ。
そして、彼女は着実にその一歩を踏み出している。バイトを始めたのだっていい証拠だろう。
「どうなの?」
「んー……改めて聞かれると微妙かな。バイトは楽しいし、もう一人の私がどこかで人を殺してるってネガティブに考えなくてもよくなった。これで私も、何の後ろめたさもなく生きていけるとも思ってる。ただ、アイデンティティとなるとなぁ……。百千ちゃんみたく、オタク趣味にのめり込めた訳でもないし。かと言って他に何かあるわけでもないし」
レッドフードはそのまま少し考えて、何かを思いついたのか、ニンマリとほくそ笑んだ。
「けど、やっぱり、そうだなぁ────とりあえず、今の私のアイデンティティは『カレンちゃんの共犯者』でいることだよ。だってカレンちゃんってば、一人で何でも出来るような顔して、ホントは私がいなくちゃ何にもできないんだもん!」
そう宣言したレッドフードは得意げだった。普段から自信に満ち溢れた彼女ではあるが、今はそれも拍車が掛かっている。
「……」
華怜は呆気に取られてしまった。いつだったか、幻想人には表と裏が存在していると言う事実を聞かされた時のように、間の抜けた顔になってしまう。
「うわっ、何その顔……私、結構いいこと言ったと思うんだけど」
「ご、ごめん……思わぬ角度から告白されたから、ビックリしちゃって」
「ふーん。……けど、やっぱり私はカレンちゃんにもちゃんと未来のことを考え欲しいかな。
確かに私たちの共犯関係は、あの夜で一区切りがついた。その過程で褒められないようなことだっていっぱいしたし、カレンちゃんに至っては思いっきり世話になった人達を裏切りもした。それに、これからもカレンちゃんが狩人でありたいのなら、手を血に染め続けるだろうし、待っている結末も一匹狼らしく、ロクでもないものだとも思う」
訪れるのは御伽噺のような、誰もが笑って終われるようなハッピーエンドではないと覚悟しているのはお互い様だ。
ただ、敢えてレッドフードはこの言葉を選ぶ。
「けど、やっぱり、それって『フェア』じゃなくない?」
一匹狼の末路はいつだって悲惨だ。群れから外れた獣は、孤独に野垂れ死ぬが常である。
ただ、それは本当に望まれたオチなのだろう?
少なくとも、目の前の共犯者はそれを望まない。歩んだ果てに野垂れ死ぬにしたって、一人で死ぬよりかは、二人で死ぬことを切望していた。
「確かに、ちょっと『理不尽』かもね」
華怜はまだ、レッドフードについても、幻想人の表についても知らないことが多すぎる。だから、こうして予想していなかったことを言われてしまうのだろう。
そして、それを知りたいと思うから、口元を拭って、少し先の未来を思い描いてみることにした。
「……」
そこに一人。他の浮浪者達からは少し離れて、簡易テントにもたれ掛かる人影があった。ボロ布を纏い、荒んだ瞳をした彼女が元警視庁特務課・幻想人(フェアリスト)対策班の大上華恋(おおがみかれん)だと、一体どれ程の人間が気づくのだろうか?
「あっ、いたいた! カレンちゃーん!」
向こうから、レッドフードが走ってきた。その手に握るのは、おしゃれな喫茶店の紙袋だ。
華恋はスンスンと鼻を鳴らした。
「ねっとりとした甘い香りに、仄かな酸味……中身はあの喫茶店のアップルパイかしら?」
「流石。ご自慢の嗅覚は衰えずだね」
「だけど、そんな贅沢なものどうしたの? ……まさか、盗んだんじゃ⁉」
「あのさ……カレンちゃんは私のことを何だと思ってるの? コレは賄い。あそこの店長さんが良い人でね、住所不定の私でも雇ってくれたんだ」
幻想人「赤ずきん」の裏はもういない。
自らの片割れと決着を付けたレッドフードは晴れて、自由の身になったのだ。加えて、異能の応用である変装術を用いれば、彼女の正体も幻想人の「赤ずきん」とバレることはまずないのだろう。
そんな少し考えれば分かるようなことに、華怜は今更ながら気付かされてた。
「……そっか、良かったわね」
「フフン、良かったんだー。ていうか、カレンちゃん。何、その汚らしい格好は? せっかくの美人が台無しだよ」
華怜の羽織るボロ布には、まるでガソリンをぶちまけたかのような黒いシミがある。ただ、それは赤黒く変色したに過ぎず、甘い香りがベッドリと染み付いていた。────幻想人の返り血だ。
中核だった「赤ずきん」や「かぐや姫」を潰したとしても、裏の幻想人から成るコミュニティは崩壊したわけじゃない。残党たちが、この街でジッと息を潜めているのだから。
華怜は、百千桃佳(ももちももか)が生前残した情報と、退職金代わりにそのまま頂戴した十三号車を武器に、そんな残党達を狩っていた。
インターネット上では「ロンリーウルフ」と称され、異様な賞賛を浴びているが、そんな声が本人に届くわけもなく。一匹狼は自らが選んだアイデンティティに従い続けていた。
「カレンちゃんは鼻も利くだんから、気になるでしょ? その血の匂い」
「……まぁ、確かに。少し気になってきたかも」
今晩は港町に潜伏する幻想人達を狩る予定だった。宿した異能で武器を密造し、海外マフィアに流すような連中なのだから、慈悲をかける必要もない公害共だ。
それを片付けたら、そろそろ潜伏先の替え時だろう。その際に衣服も一新しようと思うが、どうせ汚れるのだから、今はまだこのままでいい。
そんな旨を華怜が伝えたら、レッドフードは本気で呆れたようだ。
フードを目深に被って、項垂れている。
「カレンちゃんの頭がどっかおかしいのは、相変わらずか……全部が終わったら少しはマシになるって期待してたんだけどなぁ……」
「余計なお世話よ。それより、貴女が貰ってきてくれたアップルパイ、私も貰っていい?」
「いいよ、元々二人で食べるために貰ってきたようなものだし」
二人は事前に切り分けていたアップルパイを頬張った。
互いに、こんな甘いものを食べるのは久しぶりだ。ついつい、自然と表情が緩んでしまう。
「あっっまい! やっぱり生きてたら良いことあるね!」
「そうね。んっ……あちち……」
「あれ、カレンちゃんってば、一匹狼の癖して猫舌だった?」
「……るっさい」
互いにしばらく、アップルパイに夢中になって。
そこでレッドフードが少しぼやいた。
「けど、カレンちゃん。生きてたら良いことがあるってのは本当だよ。だから、少しはこれからの身の振り方も考えた方が良いんじゃないかな? ほら、この間尋ねてきた人。FBIだとCIAだか知らないけど、幻想人犯罪のアドバイザーとして超法規的に、カレンちゃんを雇いたいとか言ってたじゃん?」
そう言えば、赤ずきんと決着を付けた直後。この河川敷で浮浪者に紛れていた自分に接触してきたスーツの二人組が、そんなことを言っていた。
レッドフードに言われるまで忘れていたのは、シンプルに興味がなかったからだ。
「……」
この一〇年間、頭の中にあったのは一匹でも多くの害獣を殺処分することだけで。その先の未来など、華怜は考えもしなかった。
今はまだ残党狩りの責務が残っている。ただ、その先は?
狩人として死骸の山を積み上げた果てに、どんな未来が華怜を待っているのだろうか?
レッドフードの言うように、少しは真面目に考えた方がいいことも分かっている。だが、血塗られた義手では、未来を掴むこともできないと自覚しているからこそ、華怜はバツが悪そうに話を逸らした。
「貴女こそ。私の心配をする前に、自分のアイデンティティは見つけられたの? 元々、それが貴女の戦う理由でもあったはずでしょ?」
そうだ。レッドフードの目的はあくまで、自らの片割れと決着を付け、この世界に生まれ落ちた意味を見出すことだ。
そして、彼女は着実にその一歩を踏み出している。バイトを始めたのだっていい証拠だろう。
「どうなの?」
「んー……改めて聞かれると微妙かな。バイトは楽しいし、もう一人の私がどこかで人を殺してるってネガティブに考えなくてもよくなった。これで私も、何の後ろめたさもなく生きていけるとも思ってる。ただ、アイデンティティとなるとなぁ……。百千ちゃんみたく、オタク趣味にのめり込めた訳でもないし。かと言って他に何かあるわけでもないし」
レッドフードはそのまま少し考えて、何かを思いついたのか、ニンマリとほくそ笑んだ。
「けど、やっぱり、そうだなぁ────とりあえず、今の私のアイデンティティは『カレンちゃんの共犯者』でいることだよ。だってカレンちゃんってば、一人で何でも出来るような顔して、ホントは私がいなくちゃ何にもできないんだもん!」
そう宣言したレッドフードは得意げだった。普段から自信に満ち溢れた彼女ではあるが、今はそれも拍車が掛かっている。
「……」
華怜は呆気に取られてしまった。いつだったか、幻想人には表と裏が存在していると言う事実を聞かされた時のように、間の抜けた顔になってしまう。
「うわっ、何その顔……私、結構いいこと言ったと思うんだけど」
「ご、ごめん……思わぬ角度から告白されたから、ビックリしちゃって」
「ふーん。……けど、やっぱり私はカレンちゃんにもちゃんと未来のことを考え欲しいかな。
確かに私たちの共犯関係は、あの夜で一区切りがついた。その過程で褒められないようなことだっていっぱいしたし、カレンちゃんに至っては思いっきり世話になった人達を裏切りもした。それに、これからもカレンちゃんが狩人でありたいのなら、手を血に染め続けるだろうし、待っている結末も一匹狼らしく、ロクでもないものだとも思う」
訪れるのは御伽噺のような、誰もが笑って終われるようなハッピーエンドではないと覚悟しているのはお互い様だ。
ただ、敢えてレッドフードはこの言葉を選ぶ。
「けど、やっぱり、それって『フェア』じゃなくない?」
一匹狼の末路はいつだって悲惨だ。群れから外れた獣は、孤独に野垂れ死ぬが常である。
ただ、それは本当に望まれたオチなのだろう?
少なくとも、目の前の共犯者はそれを望まない。歩んだ果てに野垂れ死ぬにしたって、一人で死ぬよりかは、二人で死ぬことを切望していた。
「確かに、ちょっと『理不尽』かもね」
華怜はまだ、レッドフードについても、幻想人の表についても知らないことが多すぎる。だから、こうして予想していなかったことを言われてしまうのだろう。
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