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A「私こそが狩人」

第23話 完成された復讐機

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 行方不明となった大上華怜(おおがみかれん)の名は、広く知れ渡ることになった。

「────なぁ、聞いたか? 行方不明になってるらしい、例の警察官の噂。なんでも街中で大暴れしたらしいぜ」

「────俺は幻想人(フェアリスト)と一緒に、駆け付けた同僚を殺したって聞いたぞ」

「────いや、いや。さすがに嘘だろ」

「────けど、私はその婦警さんに、暴れてた幻想人から守って貰ったって噂を聞いたよ。だから、あながち全部が嘘じゃないのかも」

 彼女の起こした騒動は、世間を騒然とさせるのに十分なインパクトを秘めていた。

 元来、人は他人の失態やスキャンダルを面白おかしく騒ぎ立てるものだ。それに現役の警察官が幻想人と共謀したばかりか、街中で大暴れしたという話題はこれ以上ない話の種でもあった。

 だが、そうやって語り合っている連中は夢にも思わないのだろう。────件の大上華怜が今現在、身柄を抑えられていることを。

 ◆◆◆

 大上華怜は現在、警察病院にて身柄を拘束されている。下水道へと飛び込んだ彼女に、は感染症の疑いがあったからだ。

 それを差し引いたとしても、あんなボロボロな状態の人間に事情聴取を行えるわけもない。今すぐに取り調べをしたくとも、彼女がある程度回復するのを待たなければならないのが現状だった。

「……やっぱり、解せねぇな」

 辰巳(たつみ)は眉間に皺を刻みながら呟いた。

 こんなに呆気なく、逃亡中だった華怜の身柄を抑えることができた最大の要因────それは彼女が自ら出頭したことにあった。

 昨日の早朝。彼女は平然と署内のロビーに現れ、両手を差し出したのだ。

 これで彼女を巡った一連の事件には、ひとまずの決着がついたと言えよう。事後処理で署内はまだ少し騒然としているが、それも時期に片付くはずだ。

 ただ、辰巳にはやはり納得できないことがあった。

 華怜は、あの夜「今の警察では、自らの正義を果たすことができない」と宣誓し、真正面から自分たちと対立することを選んだのだ。その選択には彼女なりのビジョンや、果たしたい正義への渇望もあったのだろう。

 では、そんな人間がたった数日で、何も果たさないまま出頭してくるだろうか? 

 いいや、あり得ない。

 後々になって、自分の過ちに気付いたのか。それとも逃げきれないことを悟ったのか。多くの容疑者が出頭する際に挙げる理由なんてそんなものだが、彼女だってそんなこと初めからわかっていたはず。

 少なくとも、あの場で真正面から「大上華怜」と対峙し、彼女の偏執的な正義を垣間見た辰巳には、彼女が大人しく白旗を上げると思えなかったのだ。

「わざわざ自分から捕まりに来たからには、何か企みがあるはずだ」

 そう確信したからこそ、デスクに腰を落とし、PC端末を起動させる。やらねばならぬ職務も全部後回しに、アクセスしたのは警視庁のデータベースだ。

 皆が出払った幻想人対策班のオフィスには、展開したホロスクリーンの青白い光だけが、浮き上がる。

「……」

 辰巳の脳内には、彼女の真意を暴くだけの判断材料が足りていなかった。ピースが欠けたパズルが完成しないように、まずは「大上華怜」という個人を徹底的に調べ直す必要があるのだ。

「検索ワードは『大上華怜』」

 そう尋ねれば、データベースのAIが彼女のプロフィールを開示してくれた。

 大上華怜巡査部長。二二歳、女性。

 警察学校を主席で卒業。〈ウルフパック〉の操縦技術に秀でていたために、特例で警視庁特務課・幻想人対策班への斡旋を受ける。

 志望動機は、理不尽な目に遭った被害者や、その遺族のために尽力したいと思ったから。

「……」

 ここまでは、辰巳も知っている表面的な情報だ。改めて、彼女を知るためにはもっと深いところまで調べなければ────

 ただ、彼女の来歴を見ても特別おかしな点はない。卒業してきた学校もなんの変哲もない公立で、所属していた陸上部でも目立った経歴はなし。強いて気になる点があれば、一〇年前に両親と死別していることかくらいで。

「ん……?」

 そこで、ふと辰巳の目に止まる単語があった。

「児童養護施設『あかつき』?」

 辰巳は、これまで彼女と交わしてきた会話をざっくりと思い返してみたが、彼女は一度たりとも自分が施設出身と明かしたことがなかった。

「親御さんの死後に引き取れたのか……それに自分が施設出身であることをわざわざ公言する理由もない」

 それでも納得できないのは何故なのか?

「……検索ワード『あかつき』」

 ヒットしたそれは、大企業・富田(とんだ)重工が慈善事業の一環として運営する孤児院であった。引き取られる子供のほとんどは幻想人犯罪の被害者遺族であり、カウンセラーや医療機関と連携しながら心身のケアを積極的に行ってきたという。

 辰巳はすぐに携帯電話を取り出すと、ある人物に連絡を繋いだ。

 ◆◆◆

『なんだ、辰巳の坊主じゃねーか。そっちは今大変だって聞いてはいたが、何の要件だよ?』

 向こうから帰ってきたのは、歳の割に快活な声。カッちゃん、こと〈ウルフパック〉の整備主任を務める富田重工の勝村健三(かつむらけんぞう)のものだった。

「折り入って、カッちゃんに聞きたいことがあってだな」

 餅は餅屋。富田重工に纏わる話なら、富田重工の人間に聞くのが一番だと考えたのだ。幸い、勝村ならば、遠慮なしに聞きたいことも聞ける関係性にもある。

 大上華怜の身柄を抑えたという事実は、まだ世間に公表されていない。彼女が警察組織に背を向けたことをどう公表すべきかについて、上層部が頭を抱えているからだ。

 だから辰巳も、職務上必要となる程度のボカしを入れながら、ことの経緯を説明した。

『なるほどな……例の嬢ちゃんが施設出身で、しかも、その運営が富田(ウチ)だったわけか』

「あぁ、何だか妙に引っかかってさ。どんな些細なことでもいいんだ。この『あかつき』っていう施設について何か知らないか?」

「ってもなぁ……俺はずっと工房にこもって機械弄りばっかやってきた人間だからよ。そういうのは他の事業部の連中の方が詳しいんじゃないか」

 ならば、何か知っていそうな人間を紹介してくれ。と、頼み込もうとしたときだ。

 勝村は何かを思い出したかのように、受話器の先で唸っていた。

「……ただ、養護施設と言えば妙な噂が流れた時期があったけ」

「妙な噂?」

「これは順を追って話した方がいいな。たしか、嬢ちゃんが施設に引き取られた時期ってのは一〇年前なんだよな? その頃といえば、ちょうどかぐや姫が起こした『竹林抗争』のせいで警察組織全体が対幻想人戦略を練り直してた時期だろ? んでもって、ウチにも幻想人に対策できる装備を開発するよう、政府のお偉いさん方から発注が来た時期でもあるんだ」

 その果てに開発されたのが、対幻想人の切り札とも言える〈ウルフパック〉だ。ただ勝村曰く、当初の富田重工では〈ウルフパック〉に並ぶもう一つの切り札を構想していたらしい。

「結局のところ、どれだけ強い兵器を作っても、それを扱うのが人間である以上、出せるスペックにも肉体的制限がつきまとう。だったら、当時から普及しつつあったウェアボットのノウハウを元に、ドライバー自体も強化できないかって案が出たんだ」

 例えば、手足を機械義肢に換装することで、運動格闘能力を高める。臓器を人工のものに置き換え、機能耐久性の向上を試みる。或いは、脳にデバイスを埋め込み、それと連動するシステムを〈ウルフパック〉に積載することで、人間と機械の神経を擬似的にリンクさせる等々────そのどれもが、漫画の中の設定のようで。同時に倫理に沿う内容とは、到底思えなかった。

「なんだよそれ⁉ いくら幻想人に対抗するとはいえ、そんなのただの人体改造じゃねぇか!」

 気づくと辰巳は、自分の中の嫌悪感を正直に暴露していた。

「だろ? だから、当然この案は却下されて、当時の研究開発チームは解体。他の事業部に干されたって聞いたが……ここからが噂の本題だ」

 幻想人の被害に遭い、孤児院に引き取られた子供達の多くは、身体や精神に深いダメージを負っていたという。若き日の勝村も、社のエントランスで入院手続きをしている孤児の少女を見たことがあるのだが、彼女も右腕と左足を欠損していた。

 何でも真夜中の森を、マスケット銃を握りしめた幻想人に追い回されたらしく。撃たれた傷口から病原体が入り込んだ為に、手脚の切断を余儀なくされたらしい。

「児童養護施設『あかつき』では、そういうガキのケアを積極的に行ってきたんだろ。当然、そのケアの中には失った手脚を補うための義肢接合手術や、精神を安定させるための薬剤投与も行われていたはずだ。だからこそ富田(ウチ)ではこんな噂が流行ったんだよ────例の研究開発チームは、あくまで『医療行為の一環』って大義名分の上で、引き取ったガキの身体を弄くり回してるんじゃないか? ってな」

 子供を用いた人体改造の実験。いくら幻想人の脅威に対抗するためといえど、そんな手段は許されていいはずがない。

 では、当の子供達はどうだろうか? 

 引き取られた子供達の中には、幻想人に強い憎しみを抱いた子もいたはずだ。そんなとき、「復讐できる力を与えようか?」という提案と共に、手術を促されれば、彼ら・彼女らは喜んで実験台になることを選ぶんじゃないだろうか?

 ────全ては復讐を果たす為に。

「まぁ、よくある与太話の一つさ」

 自分よりも、遥かに富田重工の内部に精通している勝村がそう言ってるのだ。辰巳自身も、そんな陰謀論じみた与太話が本当のわけがないと、常識と理屈の上で理解している。

 ただ、もしかしたら────

 今にして思えば、大上華怜の身体能力は異常だった。ウェアボットを着用していたという条件付きではあるが、生身で幻想人を追い込むだけの格闘能力を有し、〈ウルフパック〉も急停止と急加速を繰り返す超近接仕様。辰巳があんなものに乗れと言われれば、「俺を殺す気か!」とブチギレていただろう。

 ならば大上華怜はどうやって、あの細身で負荷を堪えることが出来たのか。日頃の過剰な訓練成果? それとも天性のドライビングスキルを持っていたから?

 それらも確かな要因ではあるのだろう。ただ、それらはあくまでも彼女に付随する要素でしかない。

 もしかしたら大上華怜の正体は、肉体の大半を鋼と電子部品に置き換えた富田重工の申し子。────数多の人体改造を施され、完成に至った復讐鬼なのではないだろうか?
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