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Q 「私のアイデンティティは?」

第21話 それが正義ゆえに

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 辰巳(たつみ)は自らの動悸が激しくなっていることを自覚する。「華怜(かれん)が幻想人(フェアリスト)たちと街中で大暴れしている」と、通報を受けた時は頭が真っ白になった程だ。

 それでも冷静に務め、己の職務に順ずるのが警察官である。

「お前にだって何か事情があったんだよな……そうじゃなきゃ、お前が罪を犯すだなんて」

 辰巳は自らに言い聞かせ、通信機越しの彼女へと語り掛ける。

「聞こえているか、大上(おおがみ)華怜巡査部長。お前には今、幻想人『赤ずきん』と共謀した疑いの他、殺人の容疑が掛けられている」

 彼女達が行動を共にしていた画像。そこに写っていた三人目の見元不明の少女は、それからすぐ遺体となって発見された。ならば、華怜達が真っ先に疑われてしまうのも仕方がないことだ。

「だから速やかに投降してくれ」

 そう宣告しながらも辰巳は密かに決意した。

 彼女の身柄を押さえたら、次は赤ずきんの確保だ。そして、こんなことになってしまった経緯を突き止め、華怜に掛かった濡れ衣を晴らす。

 ついでに、あのナチュラルに嫌味な猫下(ねこもと)に意趣返しをしてやるのも良いだろう。

 そんな思考を断つように、十三号車の天蓋(キャノピー)が開かれた。

 短期間とはいえ、逃亡生活を送っていたのだから華怜が身綺麗でないところまでは、誰にだって予想がついた。けれど、それは髪がボサボサで、服が汚れている程度の予想だ。

「なッ……⁉」

 だが、実際に現れた彼女は血塗られていた。顔中が自ら流した血で彩られ、真っ赤になった形相は、地獄の悪鬼を思わせる。

 何より違うのは、その目つきだ。乱れた髪が影を作って、表情は定かではないと言うのに、見開かれた瞳だけが、獣の様にギラギラと輝いて見えた。 

「お前……本当に大上なのか……」

 変わり果てた彼女の異様さはすぐに、他の面々へも伝播する。浪岡(なみおか)を筆頭に「大上華怜巡査部長」という警察官を知る者ほど、その衝撃も大きなものだった。

『辰巳警部……さっきはどうして私の邪魔をしたんですか?』

 それが、数多のライトに照らし出された、彼女の第一声。

 初めは通信機の故障や、電波の拾い間違いを疑いもしたが、一号車は各センサー系を強化した特務仕様だ。辰巳はそんな訳がないとすぐに気付かされてしまう。

『どうして邪魔をしたか尋ねているのですが、』

 邪魔というのは、先程十三号車のサブアームを狙撃したことか。だが、それは彼女が暴れていた幻想人を殺そうとしていたからであって、

「何を言ってるんだッ! 俺が止めなくちゃ、お前は勢い余って、あの幻想人を殺すところだったんだぞ!」

『殺そうとしていたんだから、当たり前ですよね』

「ふざけるなッ! 過剰な防衛は、無秩序な暴力と同じだ! 例え、加害者がどれだけ悪辣だったとしても、俺たち警察官はこの社会の常識を説き、罪を償う機会を与えるべきだッ!」

『ふざけてるのはどちらでしょう、辰巳警部? 私はただ、速急に処分すべき公害に対処しているだけであって、咎められる様なことは何もしていないはずです』

「今、俺が話していのは一体誰なんだ?」────そんな本気の疑問が、辰巳の頭を過ぎっていく。通信機越しに聞こえる声は紛れもなく華怜のものだと言うのに、彼女の紡ぐ言葉は、どれも彼女のものとは思えない。

 いいや、これが彼女の本音なのだろう。

 いつも、ヘラヘラと愛想笑いを浮かべていたが、その笑顔の裏で彼女がずっと抱えていた不満の正体こそが、この本音達なのだ。

「────ぐっ……ぐっぎぃぃぃあああああああああああ!!!!!!」

 不意に人のものとは思えぬ絶叫が上がった。全く予想外に誰もが硬直する最中。起き上がったのは、四肢をもがれ、達磨状態と化したかぐや姫だった。

 瀕死の状態から命を繋ぎ止めようと再生能力が酷使したためか、彼女の全身は水死体の様に膨れ上がり、美貌どころか、人型の面影さえ失われていた。

 その目には正気が宿らず、理性を欠いた暴走状態であることは誰の目にも明らかだ。

 であれば、本能のまま蠢く肉塊が次に何を選ぶのか?

『なっ……なんだ、コイツッ!!』

 肉塊が襲い掛かったのは、浪岡が駆る四号車だった。一番近く、かつ非武装の車体は格好の的なのだ。

「クソッ!」

 辰巳には照準を定める間すら与えて貰えなかった。

 車体は容易く轢き潰され、スクラップと化す。圧壊したその様を見れば、搭乗者がどうなったのかも明白だった。

 それはあまりにも唐突で、どうしようもない「理不尽」。

『罪を贖う機会でしたよね? こんなバケモノたちにそんな贅沢なものを与えるべきなのでしょうか?』

 華怜が懐から拳銃を抜いて、素早くトリガーを引く。狙うは肉塊とアスファルトの接地面だ。

 硝煙が煙ぶり、傷を癒そうする肉塊は、辺りのものを巻き込んで自らの再生を始める。

 だが、巻き込んでしまったのは足元のアスファルトだ。肉塊はそのまま地面に縫い付けられたかの様に、過剰な再生能力で自らの自由を奪ってしまう。

『かぐや姫の裏が有する驚異的な再生能力は、異能と月明かりがあって初めて成立するものです。だから、こうしておけば夜明けと共に絶命するでしょう』

 華怜だって、一度くらいは古株である浪岡には世話になったことがあるはずだ。

 それでも、彼女が動揺する気配は微塵もない。目の前で知人の命が「理不尽」に命を奪われたと言うのに……いや、違う。彼女はこの場にいる誰よりも「理不尽」というものを理解しているからこそ、今更動揺もしないのだろう。

 彼女はそのまま、辰巳のいるビルの方を仰いだ。

『私はこの逃亡生活で確信したんです。このまま私が警察組織に籍を置いていても、幻想人達を処分することはできない。護りたい命も護れない。────何より、私の信じる正義を果たすことができない、と』

 彼女は懐から何かを捨てた。

 それは桜の旭日章。彼女の名前と職務が綴られた警察手帳だ。

『私はもう大上華怜巡査部長じゃない。蔓延る害獣たちを屠る、ただの大上華怜だ』

 彼女は宣誓したのだ。 

 警察組織との決裂を。
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