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Q 「私のアイデンティティは?」

第19話 大上華怜、改め────

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 かぐや姫の放つ一矢は、容易に命を射止めるものだ。鏃が十三号車と接触すると同時、華怜(かれん)は不要と化した装甲をパージ。車体を斜めに、追随する衝撃へと備える。

 次の瞬間、目の前で何かが爆ぜたかと思った。

 車体は激しくシェイクされ、モニターに頭を打ち付ける。裂けた額からは鮮血の華が咲いて、思わず瞳からは痛涙が溢れてしまった。

「うぐ……ッッ!!」

 AIが何度も警告を訴えれば、視界がチカチカと明滅する。
 地面に着けていた脚部が浮いて、車体が転倒しかけるも、それでも指に込めた力を緩めることはだけは許されない。

 ここで自分が盾にならなければ、一般市民に犠牲者が出る。それは惨たらしく殺された両親のような被害者を増やす行為であると同時に、自分と同じような遺族をも増やすことになってしまう。

 だから、大上(おおがみ)華怜は己の全存在に賭けて、ここを退くわけにはいかなかった────
  
 ◆◆◆

「────レンちゃん! カレンちゃん!!」

 きっと意識が途切れていたのだろう。時間にして、ほんの数秒程度。瞼を押し上げれば、ひしゃげた装甲の隙間から、レッドフードが運転席に滑り込んできた。

「よかった。待ってて、すぐに血を止めるから!」

 彼女が呼びかけてくれたから、意識の糸をすぐに繋ぎ直すことができたのだろう。細い指先を額に添えてくれるのは、異能を用いて止血してくれるためか。

 だが、華怜はそんなレッドフードを押し除けて、身を乗り出す。

 ヒビ割れた画面越しに、処分すべき害獣を睨むためだ。

「ごめん、レッドフード……アイツは百千(ももち)さんの仇なんだから、トドメは貴女に譲ってあげるつもりだったの」

 そうでなくては筋が通らないからだ。

 案外、「理不尽」かどうかを考える自分と、「フェア」であるか否かに拘るレッドフードの考えは近いものなんじゃないか? と今更ながらに気づかされた。

 だが、それと同時に今ので確信した。

 幻想人(フェアリスト)「かぐや姫」の裏────アレは害獣であると同時に、手加減出来きるような相手ではないと。

「あれ? まだ立つんです? すさまじい執念ですねぇ……けど、ふふっ、通りで彼女も貴女のことが忘れられないわけだ」

 月明かりの下でかぐや姫は次の矢をつがえていた。彼女(デストロイヤー)を彼女(デストロイヤー)たらしめるのは破壊行為であり、今度こそ満身創痍の十三号車を射抜くつもりだろう。

「ねぇ、レッドフード……貴女の復讐を私に預けてくれない?」

「それって、百千ちゃんの……」

「いつもみたく、フェアじゃないって言うのなら、代わりに貴女が知りたがってた秘密を教えてあげるから」

 自分は一体、何者なのか? ────いつだったか、彼女に投げかけられた問いに答えてやろう。

「警視庁特務課・幻想人対策班。大上華怜巡査部長改め、」

 右腕を覆ったホログラムの皮膚が剥離して、機械仕掛けの義手を露出する。刻み込まれたラインに青白い光が灯っていくのは、義手の状態がパッシブからアクティブへ切り替わったことを意味するものだ。

 さらに、ホログラムが剥離していくのは右腕だけに留まらない。下腹部と左脚の計三ヶ所が、人間を形作る筋骨から、冷たい金属と電子部品によって置き換えられていたのだ。

「元富田(とんだ)重工・対幻想人用警邏車両開発部門所属。生体CPU改造実験成功体・第七號。大上華怜」

 神経デバイスの接続を確認。

 痛感シャットダウン。

 十三号車とのデータリンクを構築────

 運転席へと滑り込んできたレッドフードは困惑に目を見開いていた。だが、華怜は構わず十三号車を急発進させる。

「後でちゃんと説明するから、」

 わざわざアクセルを踏み込まずとも、義肢たちを通し、華怜のイメージは脳から車両へとダイレクトに伝達される。コンマのタイムラグもなく、紫電を帯びたブレードが展開されるのは、「殺意」のイメージを反映した結果だ。

「ここにきて加速するんです⁉ ふふッ、面白くなってきましたねッ!」

 加速する十三号車に対し、かぐや姫も一射を放つ。それは車体から左前脚を食いちぎるも、それでも尚、大上華怜は止まらない。

 バランスの崩れた車体がアスファルトで削られることになろうとも、火花を巻き散らしながら、さらにギアを加速させた。ブースターが挙げる轟音は、獣の遠吠えか。

 放たれる二射目が次いで右前足を射抜こうと、十三号車は怯むことなく彼女との間合いを押し潰す。

「私はちっとも面白くないけどね」

 華怜の鼻からはダラダラと鮮血が滴る。鼻腔は鉄臭さに埋め尽くされて。瞳は血走り、今にも爆ぜてしまいそうな程に見開かれていた。

 十三号車のスピードメーターはとっくの前に振り切れている。それだけの負担が身体を蝕んだ結果だ。

 だが、痛覚を遮断した今、感じるものは何もない。それどころか、アドレナリンの過剰分泌が心地いいくらいだ。

 サブアームを地面に突き立てた反動で十三号車は、上体をのけぞらせたような姿勢を取る。さらに腹下から二本。フレーム内に折り畳まれ、隠されていたサブアームを展開してみせた。

「かぐや姫。お前には百千さんや、お前に殺された人たち以上に酷い死に方をしてもらう。そうじゃなきゃ、理不尽でしょ?」

 四本のサブアームが掴んだのはブレードじゃない。

 かぐや姫の四肢だ。

「くっ……まっ、まさか⁉ う、嘘ですよね⁉」

 自分がこれから何をされるか悟ったのだろう。かぐや姫の顔から血の気が抜ける。だが、これから上がる悲鳴も、もう華怜には届かない。

 纏っている軍用ウェアごと、サブアームが彼女の手脚を引きちぎった。筋骨を啄み、食い荒らすかのように。

 かぐや姫の再生能力の高さには、彼女の異能と月光の有無が少なからず影響している。月明かりのエネルギーを浴びさえすれば、彼女はどんな傷もすぐに再生できるのだろう────華怜の駆る十三号車が目の前で、月明かりを遮ってさえいなければ。

「い、嫌だッ! 私はまだ死にたくなんてないッ! まだ、壊し足りないのッ!」

「チッ……! 貴女たちはどいつもこいつも、どうしてそこまで自分勝手になれるのよッ!」

 十三号車は前脚を失おうとも、残る後ろ脚で立ち上がり、蟲のようにか細い四本腕を広げてみせた。
 その形相はもはや狼とすら言えない。今の華怜達を表するのにもっとも相応しい言葉があるとすれば、それは────

『────やめるんだッ! 大上巡査部長ッッ!!』

 通信機越しに割り込んできたのは、聞き慣れた、それでも随分久しぶりに聴いたような声。

 それと同時に一発の銃声が木霊する。
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