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Q 「私のアイデンティティは?」

第18話 「壊し屋」かぐや姫

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 雲の切れ間から覗くのは、遥か天井で煌く満月。そして、光の元で舞うのは二人の幻想人(フェアリスト)と、機械仕掛けの狼だ。

 三者はまるで噛み合い、もつれ合う獣のように互いの得物を突き合わせる。そんな一才の慈悲もない殺し合いが廃ビルの中だけで収まるわけもなく、鉄柱で横っ腹を殴られた十三号車はそのまま大通りへと弾き出されてしまった。

「ッッ!!」

 華怜(かれん)は姿勢を立て直そうと、強引にハンドルを前へと叩き込む。その爪先はアスファルトをガリガリと削りながら、それでも辛うじて転倒を免れた。

 やはり、整備不良か。それも非正規の部品を使っている状態なのだから、車両の動きは格段に鈍っている。

 加えて、今の華怜はアシストウェアもなしに、十三号車へのシートへと跨っていた。急加速、急旋回の度に押し掛かる重圧から体を庇護するものが何もないのだから、アクセルを吹かす度、体力を激しく消耗させられる。何かの拍子の頭をぶつけようものなら、そのまま頭蓋が陥没してもおかしくないほどの危険運転だ。

「……やっぱり、無茶だったか。けど、今それ以上に気になるのは、」

 先述した通り、十三号車が弾き出されてしまったのは大通りだ。今はちょうど、一九時ごろ。ちょうど帰宅ラッシュとかち合ってしまう時間帯であった。

 そんな人混みの中で、突発的に交戦が起これば、当然誰もがパニックになる。いつ自分にも流れ弾が飛んでくるのかも分からないのだから、皆がここから逃れようと必死なるのだ。

 十三号車の装甲越しに聞こえてくるのは、怒号や悲鳴。それだけでも、外がどれほど混乱に陥っているか把握できた。

「一般人に死傷者を出すわけにはいかない……そのためにはッ!」

 華怜の目が見開かれると共に、ヘッドライトの光が前方へと伸びた。その先に捉えられたのは、今も尚、レッドフードと激しい攻防を繰り広げる幻想人。厄介な自分たちを始末するために送り込まれた自称「デストロイヤ―」のかぐや姫だ。

 一般人への被害を最小限に留めるには、真っ先にこの害獣を殺処分するしかない。

「レッドフード、そこを退いてッ!」

 十三号車の装甲に切れ間が走り、推進器(ジェットブースター)が露呈する。そこから噴き出す蒸気と蒼炎の毛皮を纏い、華怜が駆る狼は、かぐや姫へと突っ込んだ。

 背後から轢き殺してやろうとアクセルをベタ踏みにする。だが、かぐや姫がみせるのも超反応だ。レッドフードの腹に蹴りを入れて、弾き飛ばすと、その勢いを利用して方向転換。鉄柱を斜に構えて華怜の激突を正面から向かい打つ。

「このッッ!!」

 両者の力は拮抗していた。

 やはり、かぐや姫の筋力は異常なのだ。幻想人の多くは驚異的な再生能力と共に、常人とは比較できないほどの筋力や身体能力を備えることも珍しくない。

 ただ、その点を考慮しても、ブースターの推力×エンジンが捻出した馬力を、正面から受け止める筋力は異常すぎる。

「もしかして、コイツ……」

 かぐや姫と十三号車の間合いは殆どゼロに近い。だが、思い至るが早いか華怜はサブアームとブレードを展開。ほんの僅かな隙間に刃を捩じ込んでやった。

「やっぱり」

 彼女の纏う十二単衣が裂けて、その隙間から迷彩色に彩れたアーマー風の衣装が露出する。

 華怜にはその正体がすぐに分かった。軍用の防刃・防弾機能を備えたウェアボットだ。

 軍用ウェアボットは、モータ類で使用者の運動をサポートする工務用のウェアボットと根底的に訳が違う。絶えず微弱な電流を放出し、筋繊維を刺激することで着用者のポテンシャルを極限まで引き出す代物なのだから、それを常識外れの幻想人が着込めば、どうなるかも想像に難くない。

「どこで手に入れたかは知らないけど、獣が人間様の服を着るなんて、珍しいこともあるのね」

「あら、バレてしまったのですね」

 華怜が吐き捨てた皮肉にも、かぐや姫はにこやかに答える。そして彼女が懐から抜くは、細長い何か。彼女が手にした鉄柱をそのままスケールダウンしたようなそれは、先端を鋭利に研ぎ澄まされた六角手裏剣だ。

 無骨な鉄柱に始まり、軍用ウェアボット、それに暗器として名高い六角手裏剣を抜くとは。「デストロイヤー」は自らの破壊活動に道具を選ばないらしい。それを放てば、黒い軌跡と共に十三号車の赤色灯が砕かれた。

「赤ずきんさんの片割れも、彼女と同じ力を持っているんですから、とりあえず赤いものは潰しておかないと」

 パトランプの光で紅く照らし出されることを警戒してか。

「くっ……まだ、やれるよね……カレンちゃん?」

 向こうで瓦礫の下からフラフラと這い出したのは、レッドフードだ。口元に吐血痕が見られるのは、先程の蹴りで内蔵をいくつか潰された証拠か。

 それでも彼女の双眸は闘士が宿ったままだ。「タイミングを合わせて」と言いたげに、彼女は十三号車へと視線をくれた。

「……上等よ」

 華怜も間合いを計り直し、ブレードを構える。

 合図となったのは、彼女の銃声だ。それと同時に十三号車を再び突っ込ませれば、かぐや姫は前後から挟まれることになる。

 前後から迫り来る四脚の車体に、変幻自在の弾丸。それを同時にいなすのは、いくら「デストロイヤー」と言えど至難の業だ。ならばと、彼女は鉄柱を正面に突き立てて、その勢いで自らを空中へと逃した。

 ────こちらの予想通りに。

「「掛かった」」

 二人の声がピタリと重なる。レッドフードの弾丸は天井を射抜くよう軌道を変えて、十三号車はもう片方のサブアームを空中に向けて突き出した。

 それと同時にブレードを保持するためのロックを解除すれば、投げ出された刃だけがかぐや姫へ向けて、弾かれる。

「なっ……⁉」

 反撃を試みたところで、肝心要の鉄柱は地面に突き立てられたままだ。無防備な彼女の土手っ腹。そのド真ん中を緋色の銃弾と、紫電を纏う刃が貫いた。

 ◆◆◆

「やった……かな?」

 そう呟いたのはレッドフードだ。二発の銃弾と、高電圧を帯びたブレードに腹部を貫かれたかぐや姫は、そのままアスファルトへと落下して動かない。

 確かに並の幻想人であれば、死んでいてもおかしくない重症だ。

 だが、相手は過去に「竹林抗争事件」を引き起こした〝あの〟かぐや姫なのだ。そう簡単にくたばるとも思えなかった。

「……貴女が変なフラグさえ立てなければ、大人しく終わってくれたかもね」

「私のせい⁉」

 華怜の嫌な予感は案の定と言うべきか、かぐや姫はすぐに立ち上がる。傷口も即座に塞がり、赤く血塗られた衣は、レッドフードの異能対策でその場へと脱ぎ捨てられた。

「あははっ。今のは流石に死ぬかと思いましたよ」

 そんな言葉とは裏腹に、彼女の表情は余裕そのものだ。まるで自分は「絶対死なない」「死ぬわけがない」と言いたげなように。

 幻想人「かぐや姫」────その名と共に警視庁のデータベースへと登録された彼女の異能は、少し珍しいものだった。

「私はあそこへ帰れないけれど……それでも、私が私だからこそ、その身に加護が注がれる」

 彼女がその指先を天に掲げれば、その一点に向けて、天井から月明かりが集約された。

「大上さん……貴女の一撃は特に痛かったので、私もちょっとイラッと来たんです」

 彼女の異能は「満月からエネルギーを抽出し、それを自己再生や攻撃として転用できる」という、使い勝手の悪いものだ。だが、それだけの誓約に縛られるからこそ、彼女が放つ一撃の威力は計り知れない威力へと昇華する。

 集約させた月光が形作るは、煌めく金色の弓矢。それを番える姿は畏怖を覚えるほどに神々しく、吐き気がするほどに美しい。

「害獣の分際でッ!」

 華怜は吐き捨てて、回避の為に全神経を研ぎ澄ませた。レッドフードの銃弾さえ躱してみせたのだから、理論上はあれも躱せるはずなのだ。

〈ウルフパック〉の操縦ならば誰にも負けない。いまこそ自身のドライビングテクニックを証明してみせようと、フットペダルに軽く体重を添える。

 だが、かぐや姫が弓を引いた先は全く予想外の方向だった。彼女は、十三号車、レッドフードの順に矢の先を向けて────そして、二人とは全く違う、明後日の方向に閃光の一射を放つ。

「まさかッ⁉」

 放たれた弓矢の先には、未だ逃げ遅れている一般人たちが密集していた。仕事終わりのサラリーマンや、塾帰りの学生に、子連れの家族まで。そんな市民たちに「理不尽」な死が迫る。

「ッ!」

 華怜はそのことを頭で理解するよりも速く、駆け出していた。視界の端で「これなら、避けられないでしょ?」とほくそ笑むかぐや姫を捉えていようとも。

 自分を形作るアイデンティティに従って、十三号車の車体を、彼らの盾になるよう滑り込ませた。
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