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A「共犯者」
第11話 ぶらり二人歩き
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「はぁ……オオガミちゃんに似合ってると思ったのになぁ! なーんで着替えちゃうかなぁ!」
「あんな下品な服は私の好みじゃないの。機能性が一番なんだから」
「うっわ……色気のない答え」
パンクファッション少女と、眉間に皺を刻んだ黒ジャケットの女が並び歩く。夜街の雑踏に紛れ、監視カメラや街頭スキャナーを避ける二人はまさしくレッドフードと、大上華怜(おおがみかれん)の二人に違いない。
華怜は何処にでも売っているような黒いジャケットに着替えていた。レッドフードの用意した服は傍目にも印象に残りやすいからだ。
本心を言えばレッドフードにも着替えて欲しかったのだが、強引にジャンパーを脱がそうとしたところで「いやーん! オオガミちゃんが本当の狼になっちゃう~」と変な茶番に付き合わされそうだったので諦めた。
ジャケット姿の自分と、真っ赤なフードの彼女という組み合わせも大概奇妙で目立ってしまうのだが、もう言いっこなしだ。
「それにしても。私は嬉しいよ、オオガミちゃんが私の共犯者になってくれてさ」
「勘違いしないで。私は貴女の共犯者になったつもりはない」
華怜はあくまでも冷淡に答えた。
「二人で組んで、赤ずきんを殺そう」という提案に対し、自分の出した答えは「保留」だった。
元々、赤ずきんを追い詰めるために手段を選ぶつもりはない。警察に籍を置いていたのは、それが最も効率的であると判断したからだし、もしも本当にレッドフードと組んで、あの害獣を追い詰めることが出来るのなら、喜んで手を貸そうとも思う。
────ただ、それは本当に自身の信じる正義を貫く結果となるのだろうか?
(だからこそ私は見定める。彼女の本質が何なのかを)
そして、彼女の本質が「悪」と判断した場合には、躊躇なく噛みついてやればいい。
「はいはい、分かってるて。オオガミちゃんにとって私は怪しさ満点、信用できない系ミステリアス美少女なんだし」
「自分で美少女とか言わないで」
「だって事実なんだもん。まぁ、何はともあれ、こんな怪しい私を無条件で信じろってのもフェアじゃないからね。ひとまずは話を聞いてくれる気になってくれただけでも、私は満足だよ」
レッドフードは楽しげに「ふふん」と鼻を鳴らす。
華怜が持ち掛けられた誘いに対し「検討する」と応えを出した以上、何も返さないのは彼女の矜持に反するらしく。「これじゃあ、フェアじゃないから」と彼女は、赤ずきんにまつわる情報を幾つか提供してくれた。
赤く彩られたものを自由自在に操る異能は、本当に文字通り、赤いものを性質や色彩、分子構成に至るまで操れるとのこと。
愛用のマスケット銃は、この世界に生み落とされた段階で所持していたものであり、弾を幾ら消耗しようとも気づけばポケットに追加の弾丸が詰まっているということ。
そんな情報の中に一つ、どうしても無視できないものが混ざっていた。
「ねぇ、レッドフード……貴女が以前にくれた情報の『幻想人の裏たちは、赤ずきんを中心にコミュニティを形成してる』ってのは本当なの?」
華怜が知る幻想人(フェアリスト)たちは、揃いも揃って自己中心的な価値観を持ち合わせた快楽主義者たちだった。とても協調性があるようには思えないし、誰か一人を中心にまとまるとも考えられないのだが、
「本当だよ。ただ、一口にコミュニティと言っても、馴れ合いや交友を目的とした集団じゃない。あくまでも情報交換や利害の一致だけの割り切った関係で、連んでるだけだけど」
それはある意味で、下手に馴れ合う半グレ組織や思想団体よりも厄介であった。完全に己の損得だけで関係を維持しているからこそ、感情的な失態から瓦解する余地がない。
肉食獣が狩りのために群れを形作っているというよりは、甘い蜜を分泌するアブラムシと、その蜜を貰うために外敵を追い払うアリのような共生関係の方がイメージには近いのだろう。
「まぁ、それなら、それで潰しようがあるけど。要は互いの利益関係を崩す、或いはコミュニティ内でも活発な個体を処理すれば、組織の自然倒壊を促すことだって出来るんだから」
「あのさ……オオガミちゃんって本当にお巡りさんなの? ……私がいうのも何だけどさ、出てくる発想の一つ一つが物騒すぎるような」
「ん? 何か、問題がある?」
「いや、共犯者としてはすごく頼りになるなー、と」
それはこれ以上ないほどの棒読みであった。
華怜も華怜で、(いや、まだ貴女の共犯者になったわけじゃないんだけど)と、少しズレた脳内ツッコミを入れるなか、二人はちょうど交差点に差し掛かった。
点灯する赤信号に立ち止まる二人。しばらく会話が途切れるも、今度はレッドフードの方が話題を切り出す。
「というか、オオガミちゃん……普通は事前に聞くものじゃないかな? 『私たちは今どこに向かってるの?』って」
そう、華怜は今何のために自分たちが外出しているのかを知らないのだ。ビル内で中破した十三号車を修理しているところを「外出しよう!」の一言で連れ出されたのである。
「いや、事前に用言を伝えなかった私も私だったと思う! けど、普通思わないじゃん! オオガミちゃんみたく、偏屈なタイプが説明もなしに付いてくるなんてさ!」
「別に、」
それに対する、華怜の返事は酷く淡白なもので。
「私は現在行方不明で捜索中。そして貴女は、指名手配中の赤ずきんとそっくりそのまま同じ顔。本来ならアジトに籠っている方が絶対良いはずなのに、それでもリスクを侵して外出するってことは、それなりの理由があるってことでしょ?」
「うっぐ……そうだけどさぁ! もし、そうじゃなかったらどうするつもりだったの! 例えば、私が単にオオガミちゃんとイチャイチャデートがしたいとか、そう言う理由で!」
「そんなふざけた理由でリスクを侵すようなら、貴女に利用価値なしってことで、すぐに見限るだけだから」
華怜のドライな対応は、レッドフードを深く傷つけたのであろう。彼女は涙目になってよろめいた。
「うわーん、オオガミちゃんは何事にも機械的すぎるよぉ……ナチュラルサイコパスだよぉ……」
「変態嗜好持ちのエロガキに、私の考え方をどうこう言われる覚えはない」
「なぁっ⁉ それを言っちゃうのなら、戦争でしょうが!」
閑話休題。ひとしきり罵り合った二人は肩で息をしながら(勝手に疲れ切っているのはレッドフードだけなのだが)、本題へと戻る。
何故、リスクを込みで外出するのか? それは華怜に馴染みの「何でも屋」を紹介するためであった。
レッドフードは、「その何でも屋の手腕も込みで、華怜が自分の共犯者になるか否かの一つの判断材料にして欲しい」と言うのだ。
「彼女に頼めば、本当に何でもしてくれるんだ。逃走経路の作成から諜報活動、あとは武器や機材の調達まで。どう? 本気で赤ずきんを追い詰めるためなら絶対に味方にしておきたい人物でしょ?」
「けど、その人を紹介するためって……それこそ、ビデオチャットやメールで挨拶を済ませれば、わざわざ外出する必要もなかったんじゃ」
「じゃあ、聞くけどさ。オオガミちゃんは画面越しの相手と、直接顔を合わせた相手のどちらが信用できる? それにあっちにだけ『現在行方不明の大上華怜巡査部長が、幻想人・赤ずきんの表と一緒に行動してる』って情報を握られるのもフェアじゃないでしょ?」
「貴女、やけにフェアってことにこだわるのね……けど、そうか。確かに相手の人相や、ある程度の情報も握っておけば、誤情報を掴まされることへの牽制にもなるってことか」
レッドフードが頼るのだから、その何でも屋も幻想人なのだろう。
曰く〝表〟の幻想人たちは面倒ごとに関わらず平穏に暮らしたい、事なかれ主義者が多いらしい。だが、戸籍も身分も持たない者がのうのうと暮らしていけないのが現行日本の社会システムだ。
だから、レッドフードのように建設途中のビルへ住み着いて、浮浪者同然の生活を送る個体もいれば、これから紹介してもらう何でも屋のようにグレーゾーンな仕事を生業とする個体もいるのだろう。
華怜はレッドフードの語り口から、少し自分の中で何でも屋のイメージを思い描いてみた。「彼女」と言うからには、女性なのだろう。それも生き馬の目を抜けるような狡猾さを持ち合わせた人物か。
「それじゃあ、聞きたいんだけどさ。その何でも屋さんは、何の御伽話から抽出された幻想人なの?」
するとレッドフードは「その質問を待ってました!」と言わんばかりに口の端を釣り上げた。
「良い質問だね、オオガミちゃん。彼女は日本人にとって最も馴染み深い御伽噺。悪―い鬼を犬・猿・雉と共に対峙した英雄譚────『桃太郎』から出力された幻想人さ♪」
「あんな下品な服は私の好みじゃないの。機能性が一番なんだから」
「うっわ……色気のない答え」
パンクファッション少女と、眉間に皺を刻んだ黒ジャケットの女が並び歩く。夜街の雑踏に紛れ、監視カメラや街頭スキャナーを避ける二人はまさしくレッドフードと、大上華怜(おおがみかれん)の二人に違いない。
華怜は何処にでも売っているような黒いジャケットに着替えていた。レッドフードの用意した服は傍目にも印象に残りやすいからだ。
本心を言えばレッドフードにも着替えて欲しかったのだが、強引にジャンパーを脱がそうとしたところで「いやーん! オオガミちゃんが本当の狼になっちゃう~」と変な茶番に付き合わされそうだったので諦めた。
ジャケット姿の自分と、真っ赤なフードの彼女という組み合わせも大概奇妙で目立ってしまうのだが、もう言いっこなしだ。
「それにしても。私は嬉しいよ、オオガミちゃんが私の共犯者になってくれてさ」
「勘違いしないで。私は貴女の共犯者になったつもりはない」
華怜はあくまでも冷淡に答えた。
「二人で組んで、赤ずきんを殺そう」という提案に対し、自分の出した答えは「保留」だった。
元々、赤ずきんを追い詰めるために手段を選ぶつもりはない。警察に籍を置いていたのは、それが最も効率的であると判断したからだし、もしも本当にレッドフードと組んで、あの害獣を追い詰めることが出来るのなら、喜んで手を貸そうとも思う。
────ただ、それは本当に自身の信じる正義を貫く結果となるのだろうか?
(だからこそ私は見定める。彼女の本質が何なのかを)
そして、彼女の本質が「悪」と判断した場合には、躊躇なく噛みついてやればいい。
「はいはい、分かってるて。オオガミちゃんにとって私は怪しさ満点、信用できない系ミステリアス美少女なんだし」
「自分で美少女とか言わないで」
「だって事実なんだもん。まぁ、何はともあれ、こんな怪しい私を無条件で信じろってのもフェアじゃないからね。ひとまずは話を聞いてくれる気になってくれただけでも、私は満足だよ」
レッドフードは楽しげに「ふふん」と鼻を鳴らす。
華怜が持ち掛けられた誘いに対し「検討する」と応えを出した以上、何も返さないのは彼女の矜持に反するらしく。「これじゃあ、フェアじゃないから」と彼女は、赤ずきんにまつわる情報を幾つか提供してくれた。
赤く彩られたものを自由自在に操る異能は、本当に文字通り、赤いものを性質や色彩、分子構成に至るまで操れるとのこと。
愛用のマスケット銃は、この世界に生み落とされた段階で所持していたものであり、弾を幾ら消耗しようとも気づけばポケットに追加の弾丸が詰まっているということ。
そんな情報の中に一つ、どうしても無視できないものが混ざっていた。
「ねぇ、レッドフード……貴女が以前にくれた情報の『幻想人の裏たちは、赤ずきんを中心にコミュニティを形成してる』ってのは本当なの?」
華怜が知る幻想人(フェアリスト)たちは、揃いも揃って自己中心的な価値観を持ち合わせた快楽主義者たちだった。とても協調性があるようには思えないし、誰か一人を中心にまとまるとも考えられないのだが、
「本当だよ。ただ、一口にコミュニティと言っても、馴れ合いや交友を目的とした集団じゃない。あくまでも情報交換や利害の一致だけの割り切った関係で、連んでるだけだけど」
それはある意味で、下手に馴れ合う半グレ組織や思想団体よりも厄介であった。完全に己の損得だけで関係を維持しているからこそ、感情的な失態から瓦解する余地がない。
肉食獣が狩りのために群れを形作っているというよりは、甘い蜜を分泌するアブラムシと、その蜜を貰うために外敵を追い払うアリのような共生関係の方がイメージには近いのだろう。
「まぁ、それなら、それで潰しようがあるけど。要は互いの利益関係を崩す、或いはコミュニティ内でも活発な個体を処理すれば、組織の自然倒壊を促すことだって出来るんだから」
「あのさ……オオガミちゃんって本当にお巡りさんなの? ……私がいうのも何だけどさ、出てくる発想の一つ一つが物騒すぎるような」
「ん? 何か、問題がある?」
「いや、共犯者としてはすごく頼りになるなー、と」
それはこれ以上ないほどの棒読みであった。
華怜も華怜で、(いや、まだ貴女の共犯者になったわけじゃないんだけど)と、少しズレた脳内ツッコミを入れるなか、二人はちょうど交差点に差し掛かった。
点灯する赤信号に立ち止まる二人。しばらく会話が途切れるも、今度はレッドフードの方が話題を切り出す。
「というか、オオガミちゃん……普通は事前に聞くものじゃないかな? 『私たちは今どこに向かってるの?』って」
そう、華怜は今何のために自分たちが外出しているのかを知らないのだ。ビル内で中破した十三号車を修理しているところを「外出しよう!」の一言で連れ出されたのである。
「いや、事前に用言を伝えなかった私も私だったと思う! けど、普通思わないじゃん! オオガミちゃんみたく、偏屈なタイプが説明もなしに付いてくるなんてさ!」
「別に、」
それに対する、華怜の返事は酷く淡白なもので。
「私は現在行方不明で捜索中。そして貴女は、指名手配中の赤ずきんとそっくりそのまま同じ顔。本来ならアジトに籠っている方が絶対良いはずなのに、それでもリスクを侵して外出するってことは、それなりの理由があるってことでしょ?」
「うっぐ……そうだけどさぁ! もし、そうじゃなかったらどうするつもりだったの! 例えば、私が単にオオガミちゃんとイチャイチャデートがしたいとか、そう言う理由で!」
「そんなふざけた理由でリスクを侵すようなら、貴女に利用価値なしってことで、すぐに見限るだけだから」
華怜のドライな対応は、レッドフードを深く傷つけたのであろう。彼女は涙目になってよろめいた。
「うわーん、オオガミちゃんは何事にも機械的すぎるよぉ……ナチュラルサイコパスだよぉ……」
「変態嗜好持ちのエロガキに、私の考え方をどうこう言われる覚えはない」
「なぁっ⁉ それを言っちゃうのなら、戦争でしょうが!」
閑話休題。ひとしきり罵り合った二人は肩で息をしながら(勝手に疲れ切っているのはレッドフードだけなのだが)、本題へと戻る。
何故、リスクを込みで外出するのか? それは華怜に馴染みの「何でも屋」を紹介するためであった。
レッドフードは、「その何でも屋の手腕も込みで、華怜が自分の共犯者になるか否かの一つの判断材料にして欲しい」と言うのだ。
「彼女に頼めば、本当に何でもしてくれるんだ。逃走経路の作成から諜報活動、あとは武器や機材の調達まで。どう? 本気で赤ずきんを追い詰めるためなら絶対に味方にしておきたい人物でしょ?」
「けど、その人を紹介するためって……それこそ、ビデオチャットやメールで挨拶を済ませれば、わざわざ外出する必要もなかったんじゃ」
「じゃあ、聞くけどさ。オオガミちゃんは画面越しの相手と、直接顔を合わせた相手のどちらが信用できる? それにあっちにだけ『現在行方不明の大上華怜巡査部長が、幻想人・赤ずきんの表と一緒に行動してる』って情報を握られるのもフェアじゃないでしょ?」
「貴女、やけにフェアってことにこだわるのね……けど、そうか。確かに相手の人相や、ある程度の情報も握っておけば、誤情報を掴まされることへの牽制にもなるってことか」
レッドフードが頼るのだから、その何でも屋も幻想人なのだろう。
曰く〝表〟の幻想人たちは面倒ごとに関わらず平穏に暮らしたい、事なかれ主義者が多いらしい。だが、戸籍も身分も持たない者がのうのうと暮らしていけないのが現行日本の社会システムだ。
だから、レッドフードのように建設途中のビルへ住み着いて、浮浪者同然の生活を送る個体もいれば、これから紹介してもらう何でも屋のようにグレーゾーンな仕事を生業とする個体もいるのだろう。
華怜はレッドフードの語り口から、少し自分の中で何でも屋のイメージを思い描いてみた。「彼女」と言うからには、女性なのだろう。それも生き馬の目を抜けるような狡猾さを持ち合わせた人物か。
「それじゃあ、聞きたいんだけどさ。その何でも屋さんは、何の御伽話から抽出された幻想人なの?」
するとレッドフードは「その質問を待ってました!」と言わんばかりに口の端を釣り上げた。
「良い質問だね、オオガミちゃん。彼女は日本人にとって最も馴染み深い御伽噺。悪―い鬼を犬・猿・雉と共に対峙した英雄譚────『桃太郎』から出力された幻想人さ♪」
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