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Q「私に欠けているものはナニ?」

第6話 彼女に手が届く瞬間────

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 赤ずきんが初めて警視庁のデータベースに登録されたのは一〇年前。被害者となった男児を拉致するまでの一部始終が監視カメラに残っていたのだ。

 その男児は後に皮を剥がれた状態で発見され、近くの山荘からは人皮で仕立てたと思われる衣類が押収された。

 自分のように両親共々巻き込まれた事例もあれば、姉妹の遺体をツギハギにした剥製が発見された事例もあった。

 きっと彼女は気取らずにはいられないのだろう────自らが優れた「狩人」であると。

 だが、増え続ける被害者の数に反し、彼女に纏わる情報はここ数年で極端に少なくなっていった。監視カメラが彼女の姿を捉えることもなければ、彼女の内側から発信される固有の電波を街中に設置されたスキャナーが観測することもない。

 それでいて彼女が殺したと思われる変死体と空薬莢だけが不定期に発見される。遂に行き詰まってしまった刑事の中には、「彼女が赤ずきんから透明人間になってしまったのではないか?」と本気で疑うものが出るほどだった。
 そんな赤ずきんが。────一〇年追い続けた仇敵が、自分のすぐ目の前にいるのだ。

「待てッ!」

 華怜(かれん)は十三号車のモニター越しに、ビル間を渡る赤ずきんの姿を補足する。

 果たして自分はこの瞬間をどれほど待ち焦がれていたのだろうか? 備え付けのシミュレーターを駆使し、幾度となく彼女との追走劇を疑似体験してきたのだって、全てはこの時のためなのだ。

「絶対に逃さないッ!」

 赤すぎんも追跡者の気配に勘付いたらしい。その身を軽やかに空中で翻すと同時、懐からマスケット銃を引き抜いてみせた。雨の中、爆ぜた銃口炎(マズルフラッシュ)は異様に際立つ。

 まとも照準も合わせぬまま撃ち出された弾丸は、常識の範疇であれば明後日の方向に飛んでいくのだろう。

 だが、それを操るは御伽噺から生れ落ちた怪物だ。弾頭に仕込まれた血液がルートを修正。異能の元で制御された質量塊がデタラメな軌跡を描きながらに十三号車に迫った。

「チッ……!」

 両脇の車線には一般車両が走っている以上、下手な回避はできない。それが彼女の異能の制御下にある以上、あの弾丸は十三号車の急所を穿つまで止まらないはずだから。

 ならば、どうするか? 

 華怜はアクセルをブリッピングしつつ、シフトダウン。軽やかに減速しつつ、敢えて車体の曲面で弾丸を滑らせた。

「これならッ!」

 弾丸は十三号車の脆弱な装甲を擦過する過程に運動エネルギーを損なわれ、そのまま落下する。爆ぜ散った火花もまた雨滴に呑まれ、容易く消えていった。

 シミュレーター内で何度も試し続けた彼女の異能対策だ。そのままアクセルを煽り、機械仕掛けの四脚を再度加速してみせる。

「予行演習はバッチリなの」

 実際の赤ずきんの迎撃は、AIが予測したもの以上に複雑怪奇な軌跡を描いた。それでいて、マスケットを抜いてから着弾までのタイムラグも、演算されたものよりコンマ数秒ほど速い。

 だが、華怜の動体視力はその弾道を寸分違わず捉えた。プロのレーサーが的確なコーナリングを見極めるように、自分に迫る死線(デッドライン)を全て見切ってみせたのだ。

 加えて赤ずきんのマスケット銃は、次弾の装填にボルトアクションを要する。初撃の弾丸を搔い潜った以上、その隙は華怜にとって反撃のチャンスだ。

「今度は私の番だッ! 十三号車、セーフティ解除ッ!」

 華怜の声に十三号車も応えた。仕込まれたサブアームが展開され、磨き抜かれたブレードがパトランプの紅を乱反射させる。

 そして背後脚の一部に亀裂が走り、内から推進器(ジェットブースター)が露出した。十三号車の四脚がアスファルトを蹴り上げて、跳躍。さらにブースターの爆発的な推力が車体を無理矢理に飛翔させた。

 排気口から噴き出した蒸気と蒼炎を纏う様は、まさしく毛皮に覆われた狼を思わせる。

「絶対に逃がさないんだからッ!」

 十三号車の配備が今日まで遅れてしまったのは、ブースターと排熱システムの調整に苦難したためだ。

 そうして完成された十三号車は、華怜の要望を叶えるために余分な装甲を廃し、代わりに外気を取り込む為の吸気口を各部に備えていた。それによって取り込まれた外気を一度圧縮、燃焼させることで加速を生むまでがブースターの大まかな用途だ。

「うぐッ……!」

 無論、そんな急加速をしては相応の負荷が付随する。耐G性能を備えたアシストウェアを纏って尚、無効化しきれない重力が華怜を襲った。全身が物理法則による反動に締め付けられ、内臓が捻転するかと思えた程だ。

 それでも、一度握り締めたハンドルから指が離されることはない。

「ッッ……! この程度の負荷がなんだって言うのッッ!!」。

 それどころか、十三号車の爪先はビルの壁面を捉え、さらに跳躍。壁面から壁面へと、赤ずきんが渡り歩いた軌跡をなぞるように、十三号車もまた空中を疾駆してみせたのだ。

 上から下へと流れる重力に囚われるよりも速く、空中で車体を走らせ続けるのに必要なのは、天性のセンスどころの話ではない。

 四脚とブースターの噴射角を巧みに操り、ターゲットの距離を詰めていく華怜のハンドル捌きはまさに神業と言えた。

「そこッッ!!」

 横凪に振り抜いた刃は、赤ずきんを刃擦りながらも、彼女が纏うブルーシートの端を断つだけで、芯を捉えるには至らない。

 だが、今ので大まかな距離感を掴めた。

「次は当ててみせるッ!」

 強く壁面を蹴ると同時にブースターを吹かせれば、十三号車が赤ずきんを追い越してみせた。

 リアを振った反動で車体を一八〇度旋回。ブレードを展開したまま、突っ込んでくる彼女を待ち伏せる。

「来なさいッ! 今度は私が貴女を仕留める番だッ!」

 華怜には次の一撃を確実に当てられると言う確信があった。マスケット銃に弾を込める隙も与えていない。彼女の異能が発動するよりも、ブレードが首を跳ねる方が速い。

 慢心なんて一つもなかった筈だ────それなのに華怜は次の瞬間、爆風に呑まれていた。

 ◆◆◆

 警視庁のデータベースに登録された赤ずきんの異能は「血液操作」だ。その用途は多岐に渡り、血液が付着した部位を爆破できると記録されている。

 だから華怜は爆風に呑まれながらも、いつの間にか車体に血液を擦り付けられた可能性を疑った。

 だが、そんな隙は与えていない筈。シミュレーター上で死亡判定を下され続けた理由だって、殆どは死角からエンジンや操縦席を撃ち抜かれてしまう不可抗力に近いものであって。自分なら血液の付着した装甲部を投棄するくらいの対策を取れただろうという確信もあった。

 では、そもそもの前提から間違っているとしたら?

 警視庁のデータベースに登録された情報はあくまでも、現場に残された要素から幻想人(フェアリスト)たちの異能を考察したものに過ぎず、その正否は当人にしか分からない。

 赤ずきんが備える異能は「血液操作」ではなかったのだ。彼女が操作や起爆できる対象はもっと広く、その対象内に血液も含まれているのだろう。

 液体の操作? 

 鉄分が含まれるものの操作? 

 思い至るものは幾つかあったが、華怜は不意にある可能性へと思い至る。

 ────赤く彩られたものを自由自在に操る能力。

 これが彼女の備える本来の異能であれば、不意に十三号車が爆風に包まれた理由にも説明が付いてしまった。

〈ウルフパック〉が特殊警邏車両であるが故に絶対に備えければならないパトランプ。そこから放たれる閃光は、白と黒の車体を紅く染め上げてしまうのだから。
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