上 下
6 / 30
Q「私に欠けているものはナニ?」

第5話 10年越しのチェイス

しおりを挟む
 犯罪捜査共助規則に基づき、全国へ交付される指名手配書には計二種類が存在している。人間の顔写真や氏名が添付されたものと、異能の情報が書き足された幻想人(フェアリスト)たちのものだ。

 事件は、そんな手配書に張り出された一枚の写真から始まる────

 ◆◆◆

 通報者は何処にでもいるような中年のタクシードライバー。彼は降り出した雨に「今日は客足が増えそうだ」とほくそ笑んんで、駅の辺りを軽く流していた。

 すると、案の定一人の少女がタクシーを停めたのだ。全身がズブ濡れで、表情も目深に降ろされたフードで定かではない。

(妙なガキだな……)

 ドライバーは少しの違和感を覚えるも、そのまま彼女を乗せることにした。

「けど、一体どうしたんだい? こんな雨の中を一人でさ?」

「……」

「もしかして家出とかかい? だったら悪いことは言わないからさ」

「……」

 少女は最低限の行き先を告げたっきり、黙りこくっている。いくら話題を振っても応えようとしない。

 まさか、このご時世に時代遅れな幽霊を乗せてしまったんじゃないか? とドライバーが勘繰るのも束の間だった。

 バックミラー越しにほんの一瞬見えたのは金と銀の双眸。

「……⁉」

 ここでドライバーがただの冴えないドライバーであれば、事件はここで終わっていた。

 だが、彼は三年前にとある幻想人によって妻と息子を惨殺された過去を持っていたのだ。

「お前は……もしかして……」

 家族を殺した幻想人は警視庁によって捕縛され、収容所送りにされたと説明を受けた。ただ、それで理不尽に大切な人を奪われた憎しみが消えるわけじゃない。

 だからドライバーは幻想人の起こす事件に敏感だったのだ。交付された手配書に載せられた幻想人たちの顔だって当然、全て覚えている。

「連続小児誘拐殺人事件の────」

 ◆◆◆


 パトランプをギラつかせながら、〈ウルフパック〉の群れが街を疾駆する。白黒の装甲は雨滴を弾き、鋼の警察犬たちは己が標的を求めていた。

 一般車両に開けてもらった道を扇動するのは辰巳(たつみ)の一号車だ。その後ろを二号車、三号車と警視庁特務課・幻想人対策班の総員が続く。

 当然、最後尾には十三号車を駆る華怜(かれん)の姿もあった。

『各員に注ぐ。ターゲットは通報者のタクシーを横転させた後、この周辺を逃亡している可能性が高い。なんとしても警察の威信にかけても捕らえてみせるぞッ!』

『『了解!』』

「りょ、了解!」

 華怜は少し遅れて応答しながらも、車両のセンサー系に目をやった。

 幻想人たちは超常的な力を備えるほかに、絶えず自らの内側から固定の電波を発することが確認されている。

 何故そんな性質を持つのかは不明だが、これは幻想人たちを追跡する上で一つの明確なアドバンテージだ。〈ウルフパック〉たちの鼻先には電波を受信するためのセンサーと、それを逆算し居場所を割り出すための演算装置が埋め込まれているのだから。

 だが、十三号車のセンサーが幻想人の反応を捉えることはない。

「やっぱり厳しいか……」

 恐らくはこの雨が、電波を拾う妨げになっているのだろう。華怜自慢の嗅覚も匂いが流されてしまえば使い物にならない。

 ならば逃亡中のターゲットを捉えるには、目視に頼る他ないのか。

『このまま全員で探し続けても埒が開かないな……よし、今から班を四分する! 各班、三人一組でターゲットを散策するぞ。あと余った大上巡査部長は俺たちのフォローに回るんだ』

 それはきっと、まだ十三号車に慣れていない華怜への配慮だった。

「私だって、やれるのに……」

『何か言ったか? この雨のせいで、音声が聞き取りづらいんだ』

「いえ、何でもありません!」

 対策班は辰巳の指示通り四つに分かれ、それぞれが割り振れた区画の散策を開始する。

 けれど、華怜は今更ながらにターゲットの詳細を聞かされていないことに思い至る。辰巳から緊急出動の伝令を受けるまで、十三号車のシミュレーターに没頭していた自分に非があるのは明らかなので苛立ちはないが、それでも現状は少し奇妙であった。

 現れたのが並の幻想人であれば、それに適した装備を備える〈ウルフパック〉のドライバーが選抜され出動することになる。

 だが、今回に限っては対策班のみならず、交通課や捜査一課にも声が掛かり、街中に厳重な包囲網が敷かれているのだ。

 ならば、ターゲットは警察の威信にかけてでも捕らえなければならない危険個体か。華怜の頭を過ぎるのは「竹林抗争事件」を引き起こしたかぐや姫を筆頭に、凶悪な幻想人たちの名前ばかりだった。

「辰巳警部。私たちの追っているターゲットについて詳細な情報を求めます」

『今更何を……って、伝えて損ねていたのは俺のミスか。だったら、よく聞いとけよ。今俺たち追跡中のターゲットは、あの小児連続誘拐殺人犯の』

「赤ずきん」────その名を聞いた華怜の目の前が、真っ赤に染まりかけた。

 ほんの一瞬でフラッシュバックしたのは、忘れがたき過去の経験だ。あの真っ赤なケープも、銀と金の双眸を歪めて作った下卑た笑みも、忘れることなんてできやしない。

 十年間憎み続けた、あの仇敵が自分のすぐ側にいるかもしれないのだ。その事を理解した華怜が思考を切り替えようとした途端、

『おい、大上! ちゃんと聞いてたか?』

 叱責する辰巳の声が、華怜を辛うじて現実に引きとどめる。自身でも頭に血が昇りかけていた事を自覚し、冷静であろうと務めた。

「深呼吸……深呼吸よ、私」

 そうだ、怒りは時に判断を鈍らせる。あくまでも思考はクリアーに保ち続けろ。

 赤ずきんの備える異能は「血液操作」であると、データベースには記録されていた。愛用のマスケット銃に込める弾丸にも血液を付着させる事で弾道を制御させたり、血の付着した箇所を爆破させたりと、その応用幅も多岐に渡る厄介な異能だ。

「幻想人は超常的な再生力も備える故に失血の心配もない……だとしたら」

 もしも自分が赤ずきんなら、その異能を用いてどのように逃亡するか? 

 華怜はそのように思考を切り替える。そして────

「辰巳警部! 車両の周囲だけでなく、頭上を警戒して下さい!」

『頭上だと? 赤ずきんの異能は空を飛べるようなものじゃないはずだぞ』

「いいから! 彼女ならきっと!」

 一号車が渋々ながらも足を止め、背部に背負った遠距離狙撃モジュールを頭上へと展開する。

 その先端に備えられた高性能カメラなら、この土砂降りでもターゲットの姿を捕捉できるはずだ。

『ん……? 何だ、アレは……?』

 一号車のカメラの捕捉した映像が、他の車両間にも共有された。画面越しに見えるのは、ビルとビルの間を跳躍する人影。工事現場で使われているようなブルーシートを被ることで自身の姿こそ包み隠しているが、その指先からは真っ赤な糸が放られる。

 糸の先端は、そのままビルの壁面へと付着。人影はそれを手繰り寄せることで、ワイヤーアクションさながらにビル間を渡っているのだ。

「きっと操作した血液をワイヤー状に引き伸ばしているのでしょう。彼女が備える異能なら、ワイヤーの射出方向も巻き取りも思うがままですから」

 仮にも人型をした存在が、まさか自分の頭上を蜘蛛のように渡り歩いているなど誰が想像できるだろうか?

『なるほど。あの高さで逃げていたのなら、捜査網に引っかからないわけだ』

 こうしている間にもターゲットはどんどん距離を離していく。これ以上距離を離されてしまえば、いくら〈ウルフパック〉と言えど、追い付くのは困難だ。

『こちら一号車、ターゲットを捕捉した。このままの追跡は不可能と判断した故、狙撃体制に移る。各員は落下予測ポイントの避難誘導と警戒を』

「いいえ、それには及びませんッ!」

 一号車が後ろ脚を変形させ、反動抑制用のアンカーを突き立てようとした。

 だが、それよりも速く華怜の十三号車がスタートを切る

『なっ……大上⁉ 何をするつもりだッ!』

「辰巳警部の狙撃の腕は知っています。だけど、この悪天候じゃどうしたって命中制度は下がるはず。だったら私が直接身柄を押さえた方が確実です!」

 極限まで車体重量を削った十三号車であれば確かに、開いてしまった距離を席捲し、ターゲットへ追い付くことも可能だった。

 だが、辰巳だって勝手なスタンドプレーを許容することは出来ない。

『無茶をするな、戻るんだッ!』

「無茶じゃありませんッ! 私のドライバーとしての腕を信用してくださいッ!」

 その剣幕は通信機越しに噛み付かんとするものだった。

 この絶好の機会を逃すわけにはいかないのだから。

『わかった……なら直接的な交戦は避けて、ターゲットの足止めだけに専念しろ。すぐに俺たちも追い付いてみせるから』

 返ってきたのは苦虫を噛み潰すような、それでも華怜を肯定するような返事だ。

『それから……』

「それから、何です? 雨音でよく聞こえないのですが」

『それから、必ず無傷で戻れ、大上巡査部長ッ! お前は俺の大事な部下なんだからッ!』

「あはは……善処させていただきますよ」

 低く響いたエンジンのアイドリング音は、獰猛な獣の唸り声を思わせた。

 そのまま華怜はペダルをキックダウンし、さらに車体を加速させる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

The Outer Myth :Ⅰ ~目覚めの少女と嘆きの神~

とちのとき
SF
少女達が紡ぐのは、絆と神話の続き・・・。 主人公の女子高生、豊受イナホ。彼女は神々と人々が当たり前のように共存する地、秋津国で平凡な生活を送っていた。しかし、そこでは未知なる危険生物・クバンダにより平和が蝕まれつつあった。何の取り柄もない彼女はある事件をきっかけに母の秘密を探る事になり、調査を進めるうち運命の渦へと巻き込まれていく。その最中、ニホンからあらゆる漂流物が流れ着く摩訶不思議な池、霞み池に、記憶を失った人型AGI(汎用人工知能)の少女ツグミが漂着する。彼女との出会いが少年少女達を更なる冒険へと導くのだった。 【アウターミス パート1~目覚めの少女と嘆きの神~】は、近未来和風SFファンタジー・完結保証・挿絵有(生成AI使用無し)・各章間にパロディ漫画付き☆不定期更新なのでお気に入り登録推奨 【作者より】  他サイトで投稿していたフルリメイクになります。イラスト製作と並行して更新しますので、不定期且つノロノロになるかと。完全版が読めるのはアルファポリスだけ!  本作アウターミスは三部作予定です。現在第二部のプロットも進行中。乞うご期待下さい!  過去に本作をイメージしたBGMも作りました。ブラウザ閲覧の方は目次下部のリンクから。アプリの方はYouTube内で「とちのとき アウターミス」と検索。で、視聴できます

Dマシンドール 迷宮王の遺産を受け継ぐ少女

草乃葉オウル
ファンタジー
世界中にダンジョンと呼ばれる異空間が現れてから三十年。人類はダンジョンの脅威に立ち向かうため、脳波による遠隔操作が可能な人型異空間探査機『ダンジョン・マシンドール』を開発した。これにより生身では危険かつ非効率的だったダンジョンの探査は劇的に進み、社会はダンジョンから得られる未知の物質と技術によってさらなる発展を遂げていた。 そんな中、ダンジョンともマシンとも無関係な日々を送っていた高校生・萌葱蒔苗《もえぎまきな》は、突然存在すら知らなかった祖父の葬儀に呼ばれ、1機のマシンを相続することになる。しかも、その祖父はマシンドール開発の第一人者にして『迷宮王』と呼ばれる現代の偉人だった。 なぜ両親は祖父の存在を教えてくれなかったのか、なぜ祖父は会ったこともない自分にマシンを遺したのか……それはわからない。でも、マシンを得たならやるべきことは1つ。ダンジョンに挑み、モンスターを倒し、手に入れた素材でマシンをカスタム! そして最強の自分専用機を造り上げる! それが人を、世界を救うことに繋がっていくことを、蒔苗はまだ知らない。

【R18】闇堕ちバレリーナ~悲鳴は届かない~

月島れいわ
恋愛
憧れのバレエ団の入団テストに合格した玲於奈。 大学もあと一年というところで退学を決めた。 かつてのようなお嬢様ではいられなくなった。 それでも前途は明るいはずだったのにーーーー想像もしなかった官能レッスンが待っていた。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

私は何人とヤれば解放されるんですか?

ヘロディア
恋愛
初恋の人を探して貴族に仕えることを選んだ主人公。しかし、彼女に与えられた仕事とは、貴族たちの夜中の相手だった…

私はいけにえ

七辻ゆゆ
ファンタジー
「ねえ姉さん、どうせ生贄になって死ぬのに、どうしてご飯なんて食べるの? そんな良いものを食べたってどうせ無駄じゃない。ねえ、どうして食べてるの?」  ねっとりと息苦しくなるような声で妹が言う。  私はそうして、一緒に泣いてくれた妹がもう存在しないことを知ったのだ。 ****リハビリに書いたのですがダークすぎる感じになってしまって、暗いのが好きな方いらっしゃったらどうぞ。

処理中です...