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EP01 神室夕星の日常
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頭部装甲に「EXTEND」と印字されていたから、鋼の巨人はそのまま〈エクステンド〉と呼ばれるようになった。
詳細なスペックや搭乗者の有無は不明。全長は二五メートル前後、重量は五〇トン程度と推定。いつ、どこで、誰が、何の為に建造したのかも解っていない。
つまるところ────一ヶ月に一度、上空から天川(あまのがわ)市に降り立つこの存在について、判明していることは何もないのである。
◇◇◇
〈エクステンド〉に対し、向かいの空からも同スケールの何かが迫って来る。
同じように大気を揺らし、市街地に影を落としながら。けれど、着地の仕方だけはまるっきり正反対であった。
〈エクステンド〉が接地の瞬間に緩衝器(サスペンション)で被害を抑えたのに反して、後から現れた何かは自らの巨体を街に叩き続けたのだ。ビルを薙ぎ倒しながらに粉塵を巻き上げる様は、己が力を誇示しているようであった。
そして、粉塵が晴れた先でその姿が徐々に明らかになってゆく。
まず着目すべきは両腕に備えられた巨大なハサミだ。次いで、全身を真っ赤な甲殻が覆っていることに気付かされた。
「今月はザリガニの怪獣なんだな」
クラスの誰かがそんな風に呟いた。口元にブクブクと泡を蓄えながらに〈エクステンド〉を威嚇する姿なんて、幼少期に池で捕まえたザリガニそのままだ。
〈エクステンド〉の明滅するカメラアイと、ザリガニ怪獣の複眼が睨み合う。実際にはただ向き合っているだけなのかもしれないが、少なくとも夕星(ゆうせい)にはそう見えたのだ。
「へへっ、面白くなってきやがったぜ」
ハサミから繰り出される挟撃を掻い潜り、分厚い甲殻をどう打ち破るか? その瞬間を見逃さないために、夕星は窓際へと駆け寄った。
身を乗り出しながらに興奮を隠しきれない自分の姿を端から見ればテレビの特撮番組に食い入る子供のようにも見えてしまうのだろう。
だが、そんな姿は陽真里(ひまり)を怒らせる要因にもなり得た。
「こらッ! 何で見入ってるのよ!」
またも夕星の頭には、彼女の鉄拳制裁が下される。
「ッッ……痛ってぇ! こんにゃろう、また叩きやがったな!」
「叩きもするわよ。休み時間にこっそりとプラモデルを作る程度ならまだ理解できるし、〈エクステンド〉が好きだって気持ちも尊重する。だけど、暴れ出すところを楽しそうに観戦するのは不謹慎でしょ!」
「暴れ出すって……〈エクステンド〉はいつも怪獣から街を守ってくれるじゃねぇか。それに、あの辺はシェルターも多い地域だから、被害だって少ないだろうし」
「言い訳しない! 被害が多いとか、少ないとか、そういう問題じゃないでしょ!」
実際、陽真里の持つ価値観の方が正しく、模範的なのであろう。
だが、夕星たちの中では「巨大ロボットと謎の怪獣が現れては殴り合いを繰り広げる」という非現実的なフィクションが、半ば、現実的なノンフィクションへと変わり始めていた。
三年前、初めて〈エクステンド〉が現れ、怪獣と乱闘を繰り広げた際には、自衛隊の戦闘機が飛び出すは、米国がミサイルを持ち出すはの大パニックへと発展した。
けれど、「喉元過ぎれば何とやら」というのが人の性である。この三年間で避難マニュアルが浸透し、地下シェルターが増えるに連れて、皆が次第に危機感を忘却していったのだ。
「一か月に一度は怪獣が現れ、〈エクステンド〉が多少の苦戦をしながらも倒していく」というテンプレ通りのシナリオも、危機感を忘れさせる要因になり得たのだろう。
そんな少し歪な現状は、夕星のクラスメイト達の様子からも伺える。校内放送に従って廊下に整列しながらも、
「ラッキー。午後の授業が潰れる」程度にしか考えていない生徒が半分。行きつけのモールや普段使いの駅が踏み潰されないか心配する生徒がもう半分。
そして、夕星のような物好きで例外な生徒だけが〈エクステンド〉がどのような奮闘を魅せてくれるかに期待していた。
「それにさ、不謹慎どうこうを言い出すのならなら、あの人はどうなんだよ?」
陽真理をなるべく刺激しないよう注意しながらも、夕星は校庭の方を指差した。
そこに居たのは、拡声器を手にした女性教員の姿だ。
『行きなさい〈エクステンド〉! そこよ、そこがチャンスよっ!』
彼女が大きく手を振り回せば、羽織っている白衣が大きくはためく。
先程の夕星が特撮番組に食い入る子供のようなら、ありったけの声援を届けようとする彼女は、さながらヒーローショーに盛り上がる司会のお姉さんのようであった。
見ようによっては夕星たち以上に不謹慎である。加えて彼女は二十七歳なのだ。
そんな大人を生真面目な幼馴染が許すわけもなく。両手を口元に添えた陽真理は、拡声器に負けないほどの大声を張った。
「何をふざけるんですか、未那月(みなつき)先生ッ!」
その声に養護教諭の未那月美紀(みき)は「ビクン!」と肩を震わせる。
『おっと……そこに居るのは藤森(ふじもり)委員長に神室(かむろ)くんではないか。放送にしたがって避難しなくてはダメだろうに』
「今更、教師らしい振る舞いで誤魔化そうとしたって無駄ですからねッ! それに生徒の避難を促すのも貴女の仕事でしょう!」
『うぐっ……流石は謹厳実直な私の可愛い生徒だ。やはり舌先三寸は通じぬか』
「とにかく早く戻って来て下さいッ! 先生がクビになっても、私たちは知りませんからねッ!」
陽真里は今日で一番の重苦しい溜息を吐き出した。
「うん……流石にあれは未那月先生が悪いし、ヒバチの気持ちも分かるかもな……」
夕星は自身のことを「まぁまぁの変わり者」だと認識しているし、お節介焼きの陽真里のことも「まぁまあの物好き」だと思っている。
けれど、あの教員だけは「まぁまぁ」で収められる程度の変人ではなかった。
半年前から赴任してきた彼女が起こした問題は数知れず。愛車のシボレーカマロで校庭に突っ込むは、カツアゲされている生徒を助ける為に他校の不良をボコボコにするはで、一昔前の学園ドラマに出てくる不良教師そのまんまなのである。
今日みたく愛用の拡声器を持ち出して〈エクステンド〉を応援するなんて奇行も可愛いもので。昨年度には廃部寸前だった映像研を巻き込んで〈エクステンド〉を題材とした百二十分の長編ムービーを作成。それを何処かのコンクールに出した結果、最優秀賞を取ったことさえあるのだとか。
「はは、改めて考えてもやべー人だわ、あの先生」
けれども、そんな彼女の破天荒っぷりに魅せられてしまう生徒は多く。美麗な顔立ちと相まって、男子生徒からは絶大な支持を得ているのが現状であった。
「けど、不思議だよな。PTAや教員委員会の目がやたらと厳しいこのご時世に、どうして先生はお咎めなしなんだ?」
「そんなの私が知りたいくらいよ。理事長の孫娘だとか、実は指折りの天才だとか、色んな噂は飛び交ってるけど、どれも信憑性は定かじゃないし」
「ふーん……じゃあさ、〈エクステンド〉や怪獣を調査する為にやって来たどっかの工作員だったり!」
「バカ。だったら、どうしてそんな工作員が、何の変哲もない私たちの学校に潜入して、養護教諭のフリをしているのよ?」
陽真里の正論を受けて、夕星も我に帰ってきた。確かに、今の仮説は自分でも「ない」と呆れてしまう。
そんなことを考えている間に、向こうでは〈エクステンド〉がザリガニ怪獣を翻弄していた。背面に備えられたブースターが蒼炎を吐き出して、振り上げられたハサミを回避。さらに流れるようなモーションで、鋼の拳を叩き込むのだ。
「あっ、」
きっと今のが決まり手になったのであろう。
頭を潰されたザリガニ怪獣はそのまま崩れ去り、〈エクステンド〉もそれを見届けると、空の彼方に飛び去ってしまった。
「今月はやけにあっさり勝ったな」「五、六限も潰れねーじゃん」なんて愚痴りながら、廊下に出ていた生徒たちも教室へと戻って来る。
「はぁ……あのロボットは、どうして私たちの街に現れたのかしら?」
そんな風に陽真里もぼやく。
「どうしてって、そんなの」
わざわざプラモデルを手に入れるほどなのだから、夕星だって〈エクステンド〉の正体について様々な仮説を立てたことがある。
怪獣たちは地球侵略にやって来た宇宙人で、〈エクステンド〉はそれに対抗すべく天才博士が作り上げた叡智の結晶だとか。
遠い未来から人類滅亡を防ぐ為に送られて来たオーバーテクノロジーだとか。果ては異世界から来たのではとも考えたが、所詮はミーハーオタク少年の妄想の域を出ないのだ。
だから、夕星は投げやりに答えた。
「別に何だって良いだろ。今日だって俺たちの街を護ってくれたんだし、カッコいいんだから、それで十分だ」
結局、謎は謎のまま。夕星にとっての凡庸な「日常」は過ぎてゆくのだった。
詳細なスペックや搭乗者の有無は不明。全長は二五メートル前後、重量は五〇トン程度と推定。いつ、どこで、誰が、何の為に建造したのかも解っていない。
つまるところ────一ヶ月に一度、上空から天川(あまのがわ)市に降り立つこの存在について、判明していることは何もないのである。
◇◇◇
〈エクステンド〉に対し、向かいの空からも同スケールの何かが迫って来る。
同じように大気を揺らし、市街地に影を落としながら。けれど、着地の仕方だけはまるっきり正反対であった。
〈エクステンド〉が接地の瞬間に緩衝器(サスペンション)で被害を抑えたのに反して、後から現れた何かは自らの巨体を街に叩き続けたのだ。ビルを薙ぎ倒しながらに粉塵を巻き上げる様は、己が力を誇示しているようであった。
そして、粉塵が晴れた先でその姿が徐々に明らかになってゆく。
まず着目すべきは両腕に備えられた巨大なハサミだ。次いで、全身を真っ赤な甲殻が覆っていることに気付かされた。
「今月はザリガニの怪獣なんだな」
クラスの誰かがそんな風に呟いた。口元にブクブクと泡を蓄えながらに〈エクステンド〉を威嚇する姿なんて、幼少期に池で捕まえたザリガニそのままだ。
〈エクステンド〉の明滅するカメラアイと、ザリガニ怪獣の複眼が睨み合う。実際にはただ向き合っているだけなのかもしれないが、少なくとも夕星(ゆうせい)にはそう見えたのだ。
「へへっ、面白くなってきやがったぜ」
ハサミから繰り出される挟撃を掻い潜り、分厚い甲殻をどう打ち破るか? その瞬間を見逃さないために、夕星は窓際へと駆け寄った。
身を乗り出しながらに興奮を隠しきれない自分の姿を端から見ればテレビの特撮番組に食い入る子供のようにも見えてしまうのだろう。
だが、そんな姿は陽真里(ひまり)を怒らせる要因にもなり得た。
「こらッ! 何で見入ってるのよ!」
またも夕星の頭には、彼女の鉄拳制裁が下される。
「ッッ……痛ってぇ! こんにゃろう、また叩きやがったな!」
「叩きもするわよ。休み時間にこっそりとプラモデルを作る程度ならまだ理解できるし、〈エクステンド〉が好きだって気持ちも尊重する。だけど、暴れ出すところを楽しそうに観戦するのは不謹慎でしょ!」
「暴れ出すって……〈エクステンド〉はいつも怪獣から街を守ってくれるじゃねぇか。それに、あの辺はシェルターも多い地域だから、被害だって少ないだろうし」
「言い訳しない! 被害が多いとか、少ないとか、そういう問題じゃないでしょ!」
実際、陽真里の持つ価値観の方が正しく、模範的なのであろう。
だが、夕星たちの中では「巨大ロボットと謎の怪獣が現れては殴り合いを繰り広げる」という非現実的なフィクションが、半ば、現実的なノンフィクションへと変わり始めていた。
三年前、初めて〈エクステンド〉が現れ、怪獣と乱闘を繰り広げた際には、自衛隊の戦闘機が飛び出すは、米国がミサイルを持ち出すはの大パニックへと発展した。
けれど、「喉元過ぎれば何とやら」というのが人の性である。この三年間で避難マニュアルが浸透し、地下シェルターが増えるに連れて、皆が次第に危機感を忘却していったのだ。
「一か月に一度は怪獣が現れ、〈エクステンド〉が多少の苦戦をしながらも倒していく」というテンプレ通りのシナリオも、危機感を忘れさせる要因になり得たのだろう。
そんな少し歪な現状は、夕星のクラスメイト達の様子からも伺える。校内放送に従って廊下に整列しながらも、
「ラッキー。午後の授業が潰れる」程度にしか考えていない生徒が半分。行きつけのモールや普段使いの駅が踏み潰されないか心配する生徒がもう半分。
そして、夕星のような物好きで例外な生徒だけが〈エクステンド〉がどのような奮闘を魅せてくれるかに期待していた。
「それにさ、不謹慎どうこうを言い出すのならなら、あの人はどうなんだよ?」
陽真理をなるべく刺激しないよう注意しながらも、夕星は校庭の方を指差した。
そこに居たのは、拡声器を手にした女性教員の姿だ。
『行きなさい〈エクステンド〉! そこよ、そこがチャンスよっ!』
彼女が大きく手を振り回せば、羽織っている白衣が大きくはためく。
先程の夕星が特撮番組に食い入る子供のようなら、ありったけの声援を届けようとする彼女は、さながらヒーローショーに盛り上がる司会のお姉さんのようであった。
見ようによっては夕星たち以上に不謹慎である。加えて彼女は二十七歳なのだ。
そんな大人を生真面目な幼馴染が許すわけもなく。両手を口元に添えた陽真理は、拡声器に負けないほどの大声を張った。
「何をふざけるんですか、未那月(みなつき)先生ッ!」
その声に養護教諭の未那月美紀(みき)は「ビクン!」と肩を震わせる。
『おっと……そこに居るのは藤森(ふじもり)委員長に神室(かむろ)くんではないか。放送にしたがって避難しなくてはダメだろうに』
「今更、教師らしい振る舞いで誤魔化そうとしたって無駄ですからねッ! それに生徒の避難を促すのも貴女の仕事でしょう!」
『うぐっ……流石は謹厳実直な私の可愛い生徒だ。やはり舌先三寸は通じぬか』
「とにかく早く戻って来て下さいッ! 先生がクビになっても、私たちは知りませんからねッ!」
陽真里は今日で一番の重苦しい溜息を吐き出した。
「うん……流石にあれは未那月先生が悪いし、ヒバチの気持ちも分かるかもな……」
夕星は自身のことを「まぁまぁの変わり者」だと認識しているし、お節介焼きの陽真里のことも「まぁまあの物好き」だと思っている。
けれど、あの教員だけは「まぁまぁ」で収められる程度の変人ではなかった。
半年前から赴任してきた彼女が起こした問題は数知れず。愛車のシボレーカマロで校庭に突っ込むは、カツアゲされている生徒を助ける為に他校の不良をボコボコにするはで、一昔前の学園ドラマに出てくる不良教師そのまんまなのである。
今日みたく愛用の拡声器を持ち出して〈エクステンド〉を応援するなんて奇行も可愛いもので。昨年度には廃部寸前だった映像研を巻き込んで〈エクステンド〉を題材とした百二十分の長編ムービーを作成。それを何処かのコンクールに出した結果、最優秀賞を取ったことさえあるのだとか。
「はは、改めて考えてもやべー人だわ、あの先生」
けれども、そんな彼女の破天荒っぷりに魅せられてしまう生徒は多く。美麗な顔立ちと相まって、男子生徒からは絶大な支持を得ているのが現状であった。
「けど、不思議だよな。PTAや教員委員会の目がやたらと厳しいこのご時世に、どうして先生はお咎めなしなんだ?」
「そんなの私が知りたいくらいよ。理事長の孫娘だとか、実は指折りの天才だとか、色んな噂は飛び交ってるけど、どれも信憑性は定かじゃないし」
「ふーん……じゃあさ、〈エクステンド〉や怪獣を調査する為にやって来たどっかの工作員だったり!」
「バカ。だったら、どうしてそんな工作員が、何の変哲もない私たちの学校に潜入して、養護教諭のフリをしているのよ?」
陽真里の正論を受けて、夕星も我に帰ってきた。確かに、今の仮説は自分でも「ない」と呆れてしまう。
そんなことを考えている間に、向こうでは〈エクステンド〉がザリガニ怪獣を翻弄していた。背面に備えられたブースターが蒼炎を吐き出して、振り上げられたハサミを回避。さらに流れるようなモーションで、鋼の拳を叩き込むのだ。
「あっ、」
きっと今のが決まり手になったのであろう。
頭を潰されたザリガニ怪獣はそのまま崩れ去り、〈エクステンド〉もそれを見届けると、空の彼方に飛び去ってしまった。
「今月はやけにあっさり勝ったな」「五、六限も潰れねーじゃん」なんて愚痴りながら、廊下に出ていた生徒たちも教室へと戻って来る。
「はぁ……あのロボットは、どうして私たちの街に現れたのかしら?」
そんな風に陽真里もぼやく。
「どうしてって、そんなの」
わざわざプラモデルを手に入れるほどなのだから、夕星だって〈エクステンド〉の正体について様々な仮説を立てたことがある。
怪獣たちは地球侵略にやって来た宇宙人で、〈エクステンド〉はそれに対抗すべく天才博士が作り上げた叡智の結晶だとか。
遠い未来から人類滅亡を防ぐ為に送られて来たオーバーテクノロジーだとか。果ては異世界から来たのではとも考えたが、所詮はミーハーオタク少年の妄想の域を出ないのだ。
だから、夕星は投げやりに答えた。
「別に何だって良いだろ。今日だって俺たちの街を護ってくれたんだし、カッコいいんだから、それで十分だ」
結局、謎は謎のまま。夕星にとっての凡庸な「日常」は過ぎてゆくのだった。
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