上 下
30 / 39
再点火 イグニッション

第31話 反撃準備

しおりを挟む
 それで結局、消防車に乗せられたのは何故であろうか?

 天王寺蒼恋ら、羅刹衆に囚われた桐谷彩音を救助するのが、自分たちの方針になるはずだ。

 だとしたら、まず自分たちがすべきことは彩音の居場所を突き止めるのが先決であろう。

「では、急ぎましょうか」

 だと言うのに、火垂はキーを回し、エンジンを掛けたのだ。
「あっ、ちょっと待って!」

 さらには鈴華だけが「私は私で準備があるから」と助手席を降りてしまった。彼女はヒラヒラと手振って、どこかに消えてしまう。

「……あの、それで、……結局今はどういう状況なんでしょうか?」

 周哉は恐る恐る、火垂に尋ねてみせる。

「そうでしたね。周哉さんに例のものを見せておかないと」

 彼女から差し出したのは、鈴華がいつも指示出しや現状把握に用いるタブレット端末であった。

 画面に表示されるのは辺り一帯の地図であり、赤のラインで進むべき進路が示されている。

「こちらのルートは救護対象である彩音さんと、彼女を攫った妖魔達が通ったと思われる軌跡です」

「はいッ⁉」

 周哉は思わず上擦った声に出してしまう。

 明らかに仕事が早すぎるのだ。監視カメラの映像や目撃証言から、このルートを割り出そうとしたって数日は掛かるはずだ。

 それがどうしてこんなに早く判明しているのか?

「周哉さんは私の紅血を用いた特技が何だったか覚えていますか?」

「確か、様々な装備の造形でしたよね。……けど、それでどうやって」

「発信機を作って、彩音さんに持たせておいたんです」

「はぁっ⁉」

 あまりにしれっと答える彼女に、周哉はまたも上擦った声を上げてしまう。

 確かに彼女は以前にも、「紅血を用いてドローンやAEDなどの精密なモジュール群を造形できる」と口にしていた。

 単純な武器を作るだけの自分とは違う。

 彼女の持つ「構造を理解する頭脳」と「精密な血液造形技能」があれば発信機の類を作成するのは、造作もないことなのだろう。

「けど、どうしてそんなものを……大体、そんなものを僕に仕込む暇もないじゃないですか⁉」

「これが私のアイデアではなく、鈴華団長の仕込みだからですよ」

 理由は分からずとも、彩音が狙われていることは明白であった。

 ならば、事前に予防線を張っていて損はないと鈴華は考えていたそうだ。

「まさか、あのとき……」

 周哉は病室での、彼女らのやり取りを思い返す。今にして思えば、わざわざ窓から突入し事態をややこしくしたのも、彩音に発信機を忍ばせ易いようにする狙いがあったのであろう。

 鈴華の衝撃的な登場と軽妙な語り口は、うまく悪用すれば、十分に他人の意識を逸らせる。あとは適当な隙を見繕って、こっそりと発信機を仕込めば良いだけのことだ。

「何というか、鈴華さんと火垂さんが手を組んだら、タチの悪いストーカーみたいなことができますね」

「そこは警察や探偵と言ってくれませんか?」

 当人に無断で発信機を仕込んだなど、限りなくアウトに近いグレーであった。けれど、今回はそれが功を奏したのだ。

「けど、このルートに従えば!」

「救護者の元に辿り着けるというわけです。」

 これで彼女を助け出すまでの過程が少し明瞭になってきた。周哉は胸元で、小さくガッツポーズをしてみせる。

「でも、喜んでばかりではいられませんよ」

 制作された発信機は極小であり、作成者である火垂が遠隔操作で血中成分をいじれば色彩や匂いも消せる優れものであった。だから発信機の存在がバレたり、取り外されたりといったリスクは考慮しなくてもいい。

 けれども、それはあくまでも紅血によって形作られたものであり、バッテリーの容量は既製品に遥かに劣る。

「このまま車両を飛ばせば、羅刹衆の拠点と思われるポイントまではおよそ二〇分程かかります。一方で私の作成した発信機の稼働時間の残りは四〇分程度と言ったところでしょうか」

 それを計算した場合、残り時間は一〇分程度ということになってしまう。

 もしも彩音を監禁する羅刹衆のアジトが複雑に入り組んでいた場合。そして、何らかの足止めに遭いタイムオーバーになった場合には、彼女を保護すのが極めて困難になるのだ。

 さらに言えば、途中で彼女の居場所を移されたり、彼女ごと羅刹衆が逃亡されてしまえば、せっかくの仕込みが意味を失ってしまう。

「それから懸念事項がもう一つ」

「えっと……まだ、あるんですか」

 火垂の作成した発信機には電気信号で居場所を示す機能の他に、盗聴機能も含まれていた。

「周哉さん、先に謝っておきます。実は、私たちは貴方と彩音さんの会話を一部始終を盗み聞きしていたんです。彼女が吸血鬼(ヴァンパイア)の末裔であることから、少年少女の淡いデートまでを含めて」

「なっ……⁉」

 どおりで迅速な準備ができていたわけだ。それに納得すると同時に、今度は周哉の顔が真っ赤になる。

 慣れない少女とコミュニケーション過程や、青臭い台詞をすべて聞かれていたと思うと、恥ずかしさで火が出そうになった。

「酷いですよ、火垂さんも! 煉士さんも!」

「これも発案は鈴華さんですので。それに今は真面目な話をしているんです」

 彼女が感じた懸念点。それは何か?

「そもそも羅刹衆は暗殺や傭兵業を生業としたコミュニティだった筈です。言うなれば彼らは殺しのエキスパート。─────それが、どうして今回に限っては誘拐なんて回りくどい手段を取ったのでしょうか」

 ヴァンパイアは確かに強力な再生能力を有する。けれども、傷の治りが異様に早いことと、不死身であることは、必ずしも同義ではない。

 その事実は羅刹衆たちだって理解しているのだ。

「なにか、彩音さんを生かして置かなくちゃ理由があるんじゃ……」

「その可能性が高いでしょうね。最後のヴァンパイアという肩書きに商品価値を付与し、どこかの人身売買にでも売り出すつもりか。それとも悪趣味は科学者の生態サンプルとして提出するか……まぁ、どう考えてもロクでもないことは確かでしょう」

「或いは……彼女の血を啜るためか」

 唐突に煉士がボソリと呟いた。

 他者の生き血を啜り、自らの生き血を思うがままに操って見せるのがオリジナルのヴァンパイアだ。

 そんなヴァンパイアの血を妖魔たちが啜るとはどういうことか。

「これは俺の祖父から聞いた話だが。元々ヴァンパイアという人外種は存在しなかったとする説があるらしい。────連中のベースはただの血肉を喰らう蝙蝠人間だったそうだが、それが様々な人外を喰らい、因子が混ざ合った果てに、全ての人外への『特攻』と『耐性」を備えたヴァンパイアという種が確立されたそうだ」

「……えっと、煉士さんのお爺さんはどうしてそんなことを知っているのでしょうか?」

「ゴホン……それは俺の血筋がちょっと訳ありだからで。……続けてもいいか?」

 煉士は話を続きへと戻した。

「もしかしたら。どこかの誰かが桐谷彩音の生き血を啜ることで、自らも『第二のヴァンパイア』に成ろうとしているのかもな」

 煉士の祖父が語った説が正しいのなら、オリジナルのヴァンパイアの血には様々な人外の因子が内包されていることになる。

 羅刹衆か、或いはそれを雇った誰かが、その血を飲み干すことで、自らも人外への「特効」と「耐性」を得ようとしているのだろうか。

 周哉たちが紅血血清を用いて、その一部を引き継いだ人工吸血鬼に成ったように。常識外れの存在になろうとしていたのなら、どうだろうか?

「…………」

 周哉はキツく掌を結ぶ。

 理由が何であれ、彩音の命が保たれていることは不幸中の幸いであった。けれど、
ヴァンパイアの力が悪意ある誰かの手に渡ったとしたら─────

「そんなことさせる訳にはいきませんッ!」

「ですので、私たちは急がなくては」

 火垂がさらにスピードを上げた。

 既にサイレンを鳴らし、全速力で走っているというのに、今度は細い路地へと車体を滑り込ませ、直線距離でアクセルを蹴る。

「うわっ⁉」

「気を付けてください。舌を噛みますよ」

 確かにこれならば確かに他の車を気にする必要はないが、車体を挟み込む二面の壁とスレスレであった。

「では周哉さん。本来であればこういうのは鈴華団長の役目なのですが、彼女は不在のため、私から『目的地到着後の動きと、桐谷彩音救出プランの概要』を説明します。ですので、死ぬ気で頭に叩き込んでください」
しおりを挟む

処理中です...