ブラッド・ファイヤーフォース 鮮血の消防士団

ユキトシ時雨

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焼け跡と曇天

第24話 小さな約束

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 どれだけ空が曇っていても、楽しみ方は幾らでもある────

 彩音のか細い手を引きながらに、周哉はいろいろな場所を巡った。

 大型モール内のフードコートや、お手頃価格で遊べるボーリング店、物珍しいアイテムを揃えたリサイクルショップ等、とにかく気晴らしになりそうな店を思いつく限りに回ったのだ。

 初めは困惑していた彼女も次第に楽しくなってきたのだろう。最後に立ち寄ったゲームセンターでは、格闘ゲームの筐体を陣取って周哉と白熱した接戦を繰り広げてみせた。

 多少ゲームの腕に自信のある周哉 VS ゲーセン初心者の彩音。

 最初の数戦は当然周哉が余裕を持って勝利するのだが、後半からは流れが一変。

 コンボの入力とレバー操作に慣れてきた彩音へと試合の流れが傾き始め、最後は華麗なアッパーを決めてみせたのだ。

「んっー! 楽しかったぁ!」

 ゲームセンターを後にした彩音は店を出るなり、思いっきり背伸びをして、表情を緩めてくれた。

「桐谷さんが喜んでくれて、僕も嬉しいです」

「お兄さんが私を連れ出してくれたおかげです。それから、彩音でいいですよ。私の方が歳下なんですから」

「なら僕も、周哉でいいですよ」

 とっぷりと日が暮れた辺りは、茜色に彩られていた。あの分厚かった雲もどこへやらだ。

 それでも吹き荒ぶ木枯らしが二人の鼻先を優しく擽る。

「「くっしゅん!」」

 同じタイミングでくしゃみが重なった。

 互いが気恥ずかしそうに顔を見合わせるも、次第にそれは笑顔に変わる。

「ふふっ、こんなに笑ったのも久しぶりです」

「一週間も入院してたんですから、当然ですよ」

「けど、遊び疲れちゃいました。……ねぇ、周哉さん。そこで一休みしていきませんか?」

 彩音が指を差した先には寂れた公園があった。滑り台とブランコだけが備えられた小さな公園だ。

 そして、彼女は周哉の袖をギュッと握り込む。

「それに、お話ししたいこともありますし」
 
 ◇◇◇

 二人は横並びになったブランコへと腰掛けた。金属製の鎖は冷たく、とても握ってはいられない。

「……」

 彩音は少し俯きながらも、閉ざしていた口を開く。

「周哉さんが色んなところに連れ出してくれたのは私の為……なんですよね?」

「それは……」

 どう答えるべきか迷ってしまう周哉に対し、彼女は小さく頷いた。

「分かっていますよ。……少しでもあの火事を……あの蒼い炎を忘れられるよう、気遣ったてくれたんですよね。けど、もう十分です。私も現実から目を逸らしてばかりではいられませんから」

 そう語る彩音の瞳には、小さくもハッキリとした覚悟の光が灯されていた。

 ────そして彼女は背中の翼を広げてみせる。

「えっ……?」

 周哉は言葉を喪失してしまった。なぜなら、目の前の少女がさも当然のように一対の翼を展開してみせたのだから。

 羽織ったワッフル色のコートを突き破ったそれは、以前に鈴華が紅血を用いて造形してみせた翼とも違う。

 ハングライダーを思わせるような鋭利さを秘めたそれは、まさしく「蝙蝠」の翼であった。

「すいません。実は私は周哉さんと鈴華さんに一つ嘘を吐いていたんです」

 次第に彼女の肌からは人間らしい暖かみが抜けて、寒々しい白に変わる。

 口元から覗く犬歯は鋭さを増し、ナイフの先端のように形を変えた。

「私は二人に出会う前から妖魔を始めとした人外たちの存在を認知してたんです。……流石に『特務消防団』という組織があることまでは知りませんでしたけどね」

 ブランコの隣で向き合う彼女。その姿はまさしく周哉がイメージしたままの吸血鬼(ヴァンパイア)であった。

「なっ……なんで」

 彩音は自らを照らす夕陽から目を逸らし、そして自らの白い肌を疎ましそうに睨んでみせた。

「あまりこの姿に変わることは好きじゃないんです。例え、夕暮れの日差しでも肌は刺すように痛みますし、何よりお爺ちゃんたちから、この姿を決して人に晒してはならないと厳しく言われてきましたから」

 翼を格納した彼女は瞬く間に、ヴァンパイアの姿から人間の姿へと戻ってしまった。

 けれど、どうしてだ? 周哉の聞いた話が正しければ、日本に訪れたヴァンパイアはその血に宿る特異性を他の人外から疎まれ、やがて羅刹衆(らせつしゅう)に皆殺しにされた筈なのだ。

「彩音さん……君は……」

 衝撃と困惑のせいで次の言葉が上手く出てこない。

 そんな様子を察してだろう。彼女が補足を付け加えた。

「周哉さんは『隔世遺伝』という言葉をご存知でしょうか?」

 隔世遺伝とは祖父母の遺伝形質がしばらく後の世代になって現れる現象だ。

 先祖帰りとも言われ、一般的な事例を挙げるなら一重の両親の間にできた子が祖父母の持っていた二重の遺伝子を引き継いで生まれてくることをいう。

「ヴァンパイアの因子と特性は血によって受け継がれます。けれど、その特性が必ずしも子に引き継がれるとは限らないのです。特に人と交わることで生まれたデミヴァンパイアの子なら尚のこと」

 彩音の場合は母方の祖父がデミヴァンパイアであったと言う。そして、その血液の中に内包された因子が、彼女の代になって発露したというわけだ。

 それならば、彼女が羅刹衆たちに狙われた理由にも説明がつく。

 いくら人と混じり合い、その力が薄まっていようとも、彼女の中に巡るのはあらゆる人外に対する「特攻」と「耐性」を兼ね合わせた紅血なのだから、生かしておいたとしても百害あって一利がない。

 彼女を疎ましく思った誰かが、暗殺業や傭兵業を生業とする羅刹衆に依頼を出したとしても筋が通ってしまうのだった。

「実はですね。お家に立ち寄った後、私はどこかに消えてしまおうと思っていたんです」

 彼女は既に妖魔に狙われた理由が、自らの内に眠るヴァンパイアの因子にあると気付いていた。

 そして自身が生き続ける限り、誰かに狙われ続けることも────

「消えてしまうって……何言ってるんですか⁉」

「だって、そうじゃないですか。私が生きている限り、私の周りでは家火事が起こるかもしれないんですよ。そうなったら今度こそ、私のせいで誰かが死んでしまうかもしれないいんです」

 周哉はこれまで、彼女の境遇や立場を無意識に自分と重ね合わせていた。だが、彼女の境遇は想像以上に自分と近しいものであった。

 身の丈に合わぬ力を宿してしまったのみならず、その力が原因で周囲に災禍を振り撒いてしまう両者に大きな差異はない。

 だが……いや、だからこそであろう。周哉は彼女の自罰的なスタンスを強く否定する。

「違いますッ! 彩音さんは何も悪くありませんッ! 増して消える必要なんてある筈がないんですッ!!」

 自分が蒼炎のコントロール方法を身につけたように、彼女もまた自らが背負った因果との向き合い方を見出せる筈なのだ。

「けど……だけどッ!」

 彩音の肩は小さく震えていた。それは寒さ故か。それとも蒼炎と煙に巻かれた中で焼き付けられてしまった恐怖のせいか。

 ならば周哉は次なる言葉を紡いでみせた。

「だったら、僕が君を救ってみせる! どんな火事であろうと、どんな災害であろうと、君の周りの皆を絶対に助けてみせるから!」

 興奮気味に言葉を繋いだせいだろう。息は切れ、肩は激しく上下していた。

 それでも彼女を安心させようと、めいいっぱいの笑顔で気取ってみせる。

「彩音さん」

 約束する。────そう手を差し伸べようとした時だった。

 周哉は視線の先に目撃することとなる。番傘と蒼炎を携え、不敵に笑う妖魔の姿を。
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