16 / 39
妖魔と火事
第16話 二択
しおりを挟む
周哉の目には種も仕掛けも見えていた。
きっと自分の内側に妖魔と同じ因子が巣食う影響であろう。自分には熱の揺らぎや変動を視覚的に捉えることが出来たのだ。
(あれは、空気の壁だ)
鬼丸が拳を握ることで編まれた手印。その中には極小にまで圧縮された蒼炎が握られていた。
(拳の中に隠した炎の熱量で前方の空気を膨張……それで煉士さんの攻撃を押し返してるんだ!)
紅血が「特効」を秘めるのは、あくまでも人外やその異能に対してのみだ。
引金が引かれた銃本体を破壊しても、撃ち出された弾丸が止まらないのと同じように。アークパイアの血を用いたとしても、熱の影響を受けて膨張した空気の壁までは崩すことができない。
そして、その点は血に秘められた「耐性」に関してもだ。
「おいおい、もう終わりかよ? さっきの野獣みてぇな勢いはどうしたッ!」
ハイテンションに叫んだ言葉に反して、鬼丸は一歩も動こうとしない。ただ膨張した空気を押し出して、煉士の巨体を弾くだけだ。
「羅刹────虚ロ威シ(うつろおどし)ッ!」
きっと鬼丸は「特務消防師団」と拳を交えた経験があるのだろう。
それを匂わせる発言もそうだが、対アークパイアに洗練されたメタ戦法こそが何よりの証拠であった。
(アイツはこの階層から火を消した理由を、攫った少女を燃やさないようにするためだって言ってた。……けど、半分はブラフなんだ)
辺りが炎に包まれたままでは、膨張させたい空気まで燃焼してしまう。だから一度炎を消して、土俵を整えたのであろう。
現在、這いつくばる周哉にも二つの択があった。
一つは自分が気付いた鬼丸のトリックを煉士に伝えることだ。そうすれば対峙する彼が何らかの対抗策を閃くかもしれない。
「待て……そうじゃないだろ」
ただ、その選択は現状のアドバンテージを捨てるだけの価値があるのだろうか?
現状のアドバンテージ。それは、鬼丸の意識が完全に周哉から逸れていることであった。
(アイツの頭の中で、僕は既に戦闘不能扱いのはず)
幸いにも、鬼丸は四方八方を空気の壁で覆っているわけじゃない。出来ないと言った方が正確であろうか。
ともかく、その背中はガラ空き。不意を突くにはこれ以上ない好条件であった。
「やってやる」
もう一つの選択肢は背後からの奇襲。────周哉はそれを選ぶことにした。
「……立て……立てよッ、僕の身体ッッ!!」
けれど、体が言うことを聞こうとしない。
周哉は四肢に力を込めようとする。それでも砕けた背骨の再生は未だ追いつこうとしなかった。
ギリリ……と噛み合わせた歯が不快な音を立てる。
「……て」
不意に防火服を引かれた。
振り返れば、そこには鬼丸に攫われかけていたあの少女が倒れていた。
「……けて」
いや、放り出された彼女のすぐ側まで、自分が蹴り飛ばされたという方が適切であろう。
周哉は現状の打開策を考えれるばかりで、彼女の気配にも気づけなかったのだ。
「……助……けてッ!」
酸欠で意識もまばらな彼女の指先が、周哉に触れた瞬間────痛みが嘘のように引いた。
これは何かの根性論であろうか?
いいや、違う。彼女に触れられた瞬間に、なぜかアークパイアとしての再生能力が活性化し始めたのだ。
「どうして?」
当然、周哉の頭には疑問符が浮く。どうして、彼女に触れられた瞬間に傷が癒えたのか。
だが、それを考えるのは今じゃない。
(いいや……現場の雰囲気に充てられるなッ! 煉士さんみたく、冷静であれッ!)
闘争の雰囲気に呑まれ、吼えそうになる衝動を必死に堪えた。故か立ち上がれた身体で、音もなく跳躍。血から成るグローブで拳を覆い、鬼丸の懐へと飛び込んだ。
「────ッッ!」
意識外からの侵攻。確実に不意打ちを決めたという確信もあった。
だが、鬼丸の鼻がスンと動く。
「あー……すっげぇ言い辛れぇんだけどさ。テメェが芋虫みたいに這ってたところから立ち上がるとこまで、全部、血の匂いで分かってんだよ」
その嗅覚は過敏であった。
「なっ……⁉」
「それにテメェの傷口から滲む鮮血は特に変な匂いがしやがるんだ」
最初から誘われていたのだと気付く間も、思わぬ反撃に驚く間も、鬼丸は与えようとしない。
振り抜こうとした周哉の右腕を掴み、そのまま壁へと叩き付ける。
「かッッ……」
頭蓋がかち割れて、額からは血が滲んだ。
「へぇ……今のを貰ってもまだ耐えるか。けど、コイツはどうかな?」
鬼丸は嬉々として、握りしめていた左手を開らく。そこに秘められるのは極小にまで圧縮された蒼炎の塊。────それが今、解放される。
「羅刹────桜ラ吹雪(さくららふぶき)ッ!」
きっと自分の内側に妖魔と同じ因子が巣食う影響であろう。自分には熱の揺らぎや変動を視覚的に捉えることが出来たのだ。
(あれは、空気の壁だ)
鬼丸が拳を握ることで編まれた手印。その中には極小にまで圧縮された蒼炎が握られていた。
(拳の中に隠した炎の熱量で前方の空気を膨張……それで煉士さんの攻撃を押し返してるんだ!)
紅血が「特効」を秘めるのは、あくまでも人外やその異能に対してのみだ。
引金が引かれた銃本体を破壊しても、撃ち出された弾丸が止まらないのと同じように。アークパイアの血を用いたとしても、熱の影響を受けて膨張した空気の壁までは崩すことができない。
そして、その点は血に秘められた「耐性」に関してもだ。
「おいおい、もう終わりかよ? さっきの野獣みてぇな勢いはどうしたッ!」
ハイテンションに叫んだ言葉に反して、鬼丸は一歩も動こうとしない。ただ膨張した空気を押し出して、煉士の巨体を弾くだけだ。
「羅刹────虚ロ威シ(うつろおどし)ッ!」
きっと鬼丸は「特務消防師団」と拳を交えた経験があるのだろう。
それを匂わせる発言もそうだが、対アークパイアに洗練されたメタ戦法こそが何よりの証拠であった。
(アイツはこの階層から火を消した理由を、攫った少女を燃やさないようにするためだって言ってた。……けど、半分はブラフなんだ)
辺りが炎に包まれたままでは、膨張させたい空気まで燃焼してしまう。だから一度炎を消して、土俵を整えたのであろう。
現在、這いつくばる周哉にも二つの択があった。
一つは自分が気付いた鬼丸のトリックを煉士に伝えることだ。そうすれば対峙する彼が何らかの対抗策を閃くかもしれない。
「待て……そうじゃないだろ」
ただ、その選択は現状のアドバンテージを捨てるだけの価値があるのだろうか?
現状のアドバンテージ。それは、鬼丸の意識が完全に周哉から逸れていることであった。
(アイツの頭の中で、僕は既に戦闘不能扱いのはず)
幸いにも、鬼丸は四方八方を空気の壁で覆っているわけじゃない。出来ないと言った方が正確であろうか。
ともかく、その背中はガラ空き。不意を突くにはこれ以上ない好条件であった。
「やってやる」
もう一つの選択肢は背後からの奇襲。────周哉はそれを選ぶことにした。
「……立て……立てよッ、僕の身体ッッ!!」
けれど、体が言うことを聞こうとしない。
周哉は四肢に力を込めようとする。それでも砕けた背骨の再生は未だ追いつこうとしなかった。
ギリリ……と噛み合わせた歯が不快な音を立てる。
「……て」
不意に防火服を引かれた。
振り返れば、そこには鬼丸に攫われかけていたあの少女が倒れていた。
「……けて」
いや、放り出された彼女のすぐ側まで、自分が蹴り飛ばされたという方が適切であろう。
周哉は現状の打開策を考えれるばかりで、彼女の気配にも気づけなかったのだ。
「……助……けてッ!」
酸欠で意識もまばらな彼女の指先が、周哉に触れた瞬間────痛みが嘘のように引いた。
これは何かの根性論であろうか?
いいや、違う。彼女に触れられた瞬間に、なぜかアークパイアとしての再生能力が活性化し始めたのだ。
「どうして?」
当然、周哉の頭には疑問符が浮く。どうして、彼女に触れられた瞬間に傷が癒えたのか。
だが、それを考えるのは今じゃない。
(いいや……現場の雰囲気に充てられるなッ! 煉士さんみたく、冷静であれッ!)
闘争の雰囲気に呑まれ、吼えそうになる衝動を必死に堪えた。故か立ち上がれた身体で、音もなく跳躍。血から成るグローブで拳を覆い、鬼丸の懐へと飛び込んだ。
「────ッッ!」
意識外からの侵攻。確実に不意打ちを決めたという確信もあった。
だが、鬼丸の鼻がスンと動く。
「あー……すっげぇ言い辛れぇんだけどさ。テメェが芋虫みたいに這ってたところから立ち上がるとこまで、全部、血の匂いで分かってんだよ」
その嗅覚は過敏であった。
「なっ……⁉」
「それにテメェの傷口から滲む鮮血は特に変な匂いがしやがるんだ」
最初から誘われていたのだと気付く間も、思わぬ反撃に驚く間も、鬼丸は与えようとしない。
振り抜こうとした周哉の右腕を掴み、そのまま壁へと叩き付ける。
「かッッ……」
頭蓋がかち割れて、額からは血が滲んだ。
「へぇ……今のを貰ってもまだ耐えるか。けど、コイツはどうかな?」
鬼丸は嬉々として、握りしめていた左手を開らく。そこに秘められるのは極小にまで圧縮された蒼炎の塊。────それが今、解放される。
「羅刹────桜ラ吹雪(さくららふぶき)ッ!」
0
お気に入りに追加
4
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

パワハラ女上司からのラッキースケベが止まらない
セカイ
ライト文芸
新入社員の『俺』草野新一は入社して半年以上の間、上司である椿原麗香からの執拗なパワハラに苦しめられていた。
しかしそんな屈辱的な時間の中で毎回発生するラッキースケベな展開が、パワハラによる苦しみを相殺させている。
高身長でスタイルのいい超美人。おまけにすごく巨乳。性格以外は最高に魅力的な美人上司が、パワハラ中に引き起こす無自覚ラッキースケベの数々。
パワハラはしんどくて嫌だけれど、ムフフが美味しすぎて堪らない。そんな彼の日常の中のとある日の物語。
※他サイト(小説家になろう・カクヨム・ノベルアッププラス)でも掲載。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる