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第13特務消防師団と吸血鬼たち

第9話 篝火を灯すワケ

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最古の人外たる龍種は、誰も知らぬ地で悠久の時を過ごすらしい。だが、一定周期で活性化する龍は空を駆け、その羽ばたき暴風を巻き起こすとも言う────

 これまでの人生を振り返って、火垂はとにかく運が悪い少女だった。

 大事な試験があるときには必ず体調不良や、交通手段の遅延といったトラブルに見舞われるし、平穏な日々を過ごしていると必ず面倒ごとを押し付けられる。生涯でジャンケンに勝った回数だって、片手で数える程度だ。

 そんな彼女が巡り会ってしまった人生最大の不幸こそ、龍の災禍に巡り合ってしまったことであろう。

 三年前。────彼女が乗った飛行機の真横を、活性状態にある龍が通過したのだ。

 次いで、遅れてきた暴風が機体を弄び、六〇メートルはあろう鉄塊を、丸めた紙屑のようにぐしゃぐしゃにした。

 轟音が耳をつん裂き、気圧の変動が急激に意識を刈り取ろうとする。

 乗客のほとんどは無防備なまま空中へと投げ出され、火垂も例外なく暴風の最中へと晒された。

 真っ逆さまな彼女は、「死」が足音を立てながら駆け寄ってくる錯覚を覚えたという。

 だが、彼女は意識の途切れる寸前に紅い翼を見た。

 それが鈴華の鮮血によって造形されたものと知るのは、後になっての話だが。

 嵐の中に飛び込んだアークパイアは翼に次いで、巨大な腕を形造った。その腕は数百人以上の救護者たちを優しく包み込み、そのまま海上に浮かぶ救護艇まで送り届けてみせたのだ。

 後日。回収された飛行機の残骸はほとんど、原形が残らなかったという話をニュースで聞いた。

 舞い散った金属片と暴風に身を切られた負傷者たちがレスキューヘリで集中治療室へと運び込まれ、病院がパンクするというアクシデントも起こったらしい────けれども、この事故での死者数の記録は「ゼロ」であった。

 ◇◇◇

 三年前のあの事故は表向き、飛行機のエンジントラブルとして処理された。だが、当事者である火垂は目の前で「奇跡」と言い換えてもいいような、救出劇を見せられたのだ。

 そんな恩人に焦がれた火垂が、特務消防師団に加わりたいと思うのも必然であっただろう。

「私が貴女と共にあることを、選んだのは……」

 まぁ、ここ数年で不知火鈴華という人物のどうしようもなさを実感してからは、今の選択を後悔してもいるのだが。

「選んだのは?」

 彼女がニンマリとこちらを覗き込む。

「はぁ……別に特筆するような理由でもありませんよ。私は単に自分の力を、人助けに役立てたいと思っただけですから」

「なるほどね、」

 彼女が周哉を『特務消防師団』へ勧誘したのだって、同じ理由だ。

「私はね、火垂ちゃんの頭脳と同じように、周哉くんが宿した蒼炎も相応の評価を受けるべきだと考えているんだ」

 例えば、と鈴華は切り出した。

「明日、私たちの街が何らかの大災害に見舞われたとしよう。インフラはほとんど壊滅。ロクな救護の備えもできぬまま、理不尽に晒されしまう状況を想定したまえ」

 彼女の想定は決して過剰なものではない。「災害大国」とまで称される日本は、常に大雨、大雪、洪水 、土砂災害 、 地震、津波、火山噴火といった様々なリスクに晒されている。

 増して彼女らが相手取るのは人ならざる人外たちだ。その中には、それらの災害を任意で起こせる者だっている。

 いつ、誰の日常が壊れてもおかしくはないのだ。

「そんな周哉くんがいたらどうだろうね?」

 彼の蒼炎は確かに危ういものだ。コントロールを誤れば、それが二次災害に繋がる恐れもある。けれども────

「暖かいスープが飲めるんだよ」

「……えっ? ……スープですか?」

 火垂は思わず、聞き返してしまう。

「良いかい、火垂副団長。炎はね、生物にとって本能的な恐怖の象徴でもある。けれど、灯された篝火は私たちに安らぎをくれるんだ。────それと同じでさ、『ロクな物資もない、明日がどうなるかも分からない』という状況。そんな最中に炊き出しで配られる暖かなスープは救護者たちにとって、立ち直るための心の支えに成り得るんだよ」

 それに彼の炎は、救護者を探し当てるための目印や灯りにもなる。
 炎の熱を利用すれば、一刻も早くタービンのような設備を復旧させることも容易であろう。

「今の周哉くんにとって、蒼い炎は家族を日常を焼いてしまった疎ましい業火でしかないのだろう。けれど、その力は明日の誰かを救える可能性かもしれないんだ」

 だからこそ、彼にチャンスを与えたのだ。鈴華は口の端を上げて、薄っすらとほくそ笑む。

「まっ、私に境遇が似てるからって理由でお節介を焼いてるとこは多分にあるんだけどね。────とにかく、彼が自分の力と向き合えるよう力を貸してやるのが、先人の務めってやつじゃないかな?」
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