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第13特務消防師団と吸血鬼たち

第4話 副団長はスッテプを刻む?

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「さーて、到着だ。ここが私たち『第十四特務消防師団』の詰所だよ」

 バイクを停めてきた鈴華はまるでガイドのような笑顔と仕草で、その建物を紹介する。

 ここは人外の起こす災害に立ち向かうための防災活動機関だ。しかも、集った団員たちは「吸血鬼」とくるのだから、その活動拠点たる「詰所」も近未来的な設備が整うハイテク施設か、はたまた気品ある洋館のような建築物を勝手にイメージしていた。

 だが、目の前にあるそれはどうだろうか。

 真っ白な壁に正方形の飾りっ気もない豆腐のような外観で、「火の用心」の赤文字がプリントされたシャッター一枚が備えられている。────詰まるところ、どこにでもあるこじんまりとした消防団の詰所なのである。

「えっと……」

 凡的すぎてコメントに困ってしまう。それが周哉(しゅうや)の抱く正直な感想だ。

「……なんと言うか、すごく普通ですね」

「まぁね。いくら私たちが『特務』を承った『師団』と言えど、表向きはタダの消防団ということになっているんだ。だから詰所の外観だって奇抜に彩えないのさ」

 鈴華はなんとも世知辛い理由を説明してみせた。

 それに特務消防師団は常に人手不足でもあるらしい。団員の誰かが出張したっきり、しばらく戻って来ないなんてこともザラで。日常業務をこなすだけならば、この手の小さな詰所でも充分に事足りてしまうそうだった。

「現実は厳しいってことだよ。今は他に優先すべきことがあるから、中の紹介は後回しにさせてもらうけど、それでいいよね」

「優先すべきことですか?」

「そっ。周哉くんには私の師団に加わって貰うことになるんだ。ならば当然、君のことを他の団員にも紹介しなくてはならないだろう」

 つまりは、団員同士で顔合わせをしようというわけだ。

 鈴華はスマホを開くと、詰所に待機している団員がいるかを確認し始めた。

「なになに……この団員は出張中で、この団員も出張中。この団員に関しては一週間もアメリカに出張中⁉ ちょっと待って、聞いてないんだけど! すぐにお土産頼まなきゃ!」

(ヴァンパイアもお土産とか頼むんだ……)

 どうやら、人手不足の現状は周哉が思った以上に深刻らしい。けれども鈴華はリストの末尾になって、ようやく「待機中」の文字を見つけることができた。

「おっ、どうやら副団長が待機中らしいね! こんな感じの子なんだけど、」

 鈴華がスマホの待ち受け画面を見せてくれた。そこに映し出されたのは彼女を中心とした団員たちの集合写真だ。

「皆がそろったときにパシャリとね。それで、私の隣に映ってる彼女なんだけど」

 ズームアップされたのはショートボブと銀フレームの眼鏡がよく似合う少女だった。

 写真の真ん中で大きくピースサインを掲げる鈴華がアクティブな女性ならば、その隣でメガネを軽く直している副団長からは知的な女性という印象を受ける。

「真面目で、しっかりしてそうな方ですね」

「そうだよ。細かなことにも気づくし、頭の回転も速い。頼り甲斐のある優秀な団員さ! ……まぁ、ちょっと天然なのが玉に瑕なんだけどね」

「きっと今頃は書類整理でもしているのだろう」と鈴華は推察した。

 だが、シャッターを一枚跨いだ向こうからは何かが漏れ聞こえてくる。

 壁にペタリと耳をつければ、それが軽快なポップミュージックであることに気づけるだろう。

「えっと……真面目な方なんですよね?」

 しかも音楽に乗せて、何やら聞いたことのあるフレーズも流れてくる。

「火の用心、マッチ一本火事の元♪」
 
 タン! タン! と一定のリズムで足音がした。きっとステップを踏んでいるんだ。

「戸締り用心、火の用心♪」

 周哉たちは顔を見合わせ、そっーとシャッターを押し開ける。

「秋刀魚焼いても、家焼くな♪ 焼肉焼いても、家焼くな♪」

 そこにあったのは可愛いらしい声で歌いながら、踊って跳ねる副団長の姿だ。

 写真に写る知的な人物はどこへやら。踊り終えた彼女は額に浮いた朝を拭いながら「フッ……」と短な息を吐く。

 そして、遂にこちらの気配へと気づいたらしい。

「も……もしかして今までの全部見られてましたか……?」

 小さく頷けば、彼女の顔は次第に赤く染まってゆく。

 まるで内側から火をつけたようであった。

「────わ、忘れて下さいッ!」
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