妖狩りの鉄機兵~この復讐は、白髪年齢不詳の少女と共に

ユキトシ時雨

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新たなる刃

和解と崩壊

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「なっ……!」

 猛毒である白聖鋼の刃は、梨乃の喉元に迫る数ミリで静止した。張り詰めた空気に、がなり立てていた観客席も静間へと還る。

「……どうして止めるんだ? ……アタシは隊員殺シの九尾だぞ?」

「お前こそ何度も同じことを言わせんなよ。俺たちはお前に仲間になってほしくて尋ねに来てるんだ。それにお前は白江の友達なんだろ?」

 梨乃の身体から力が抜けたのが傍目にも分かった。妖気エネルギーを極端に使い過ぎたゆえに起こる貧血症状のようなものだ。

 彼女の全身は、空気が抜けた風船のように小さくしぼみ、人間に酷似した姿へと戻ってしまった。

 彼女はそのまま、大の字になって寝転がる。

「ぐっ……畜生……」

「なぁ、お前……梨乃って呼べばいいんだよな?」

 鋼一郎はそんな彼女に語り掛けた。〈クサナギ〉から降りてきて、そして気恥ずかしそうに視線を逸らしたなら、掘っていた上着を投げ渡す。

「なんのつもりだよ?」

「……えーっと。……大きくなるときに、服全部脱いだろ……だから……」

 梨乃も言わんとすることがわかったのだろう。

 たまらず顔がカッと赤らめ、すぐに前を覆い隠す。

「べっ、べつに、恥ずかしくなんてないからなッ!」

「いや、無理があるだろ!」

 乗り慣れていなかったコックピットに苦戦しつつ、白江も遅れて降りてきた。そして、彼女は鋼一郎に駆け寄るなり、その脛を思いきり蹴り上げる。

「ふんっ!」

「痛ッてぇ! えっ……待て……なんで、今蹴られたんだ⁉」

「分からぬか、変態めッ! 梨乃のおっぱいを凝視しよってからにッ! やはり、大きいのがいいのかッ! 大きいのがッ!」

 ちらりと自分の胸元と梨乃の胸元を見比べ、白江は鋼一郎を睨んだ。

 頬をめいいっぱいに膨らませ、さらに二度、鋼一郎の脛を蹴りつける。

「痛いッ! 痛いッ! というか、俺は凝視なんて! だいたい、なんで裸を見られた梨乃よりお前の方がキレてんだよッ!」

「言い訳無用じゃ、このド助平の変態野郎め! 乙女心の分からん、大バカ者め!」

「なんだよ、乙女心って! お前、とりあえず、それを理由にすれば、俺を蹴っていいと思ってんだろ!」

 やいの、やいの、と言い合う二人を見て。

 梨乃の表情は何故か、自然と緩んだいた。

「…………あぁ、こりゃ、確かに勝てないかもな」
 
 ──コイツらは二人で戦っていたんだ。互いの力をひとつの機体に乗せ、アタシに挑んできた。

 ──それなのにアタシは、頑なにどちらか一人しか見ようとしなかった。

「…………認めたくねぇな」

「「ん……? なんか言ったか?」」

 言い合っていた二人がほとんど同時のタイミングで振り替える。

「アンタらは、人間も妖怪も関係なしに力を合わせたろ? けど、アタシはそれを認めたくなくて、お前らの片方としか戦おうとしなかったんだ。……認めたくないから。……お前らが羨ましいと思っちまったから」

 梨乃は自嘲気味に笑みを混ぜて、そう呟いた。

 瞳を閉ざせば、じわりと熱を帯びる。彼女が思い出すのは、もう随分と昔のことになってしまうのだろう。

「……アタシにもさ、人間の恋人がいたんだよ」 

 その告白は、幼少より親しかった白江でさえ知らなかったことだった。当然、鋼一郎たちは驚きのリアクションを取ってしまう。。

「はぁ⁉ マジかよ⁉」

「ちょっ! ちょっと待て! ワシ、そんなこと聞いたことないんだがッ!」

「言ってないからな。どうせお前は茶化すだろうし。……それにアタシは、三柱の娘なんだ。言えるわけもなかったろ。あの頃も今と同じで、陰陽師どもと妖怪がバチバチに殺し合ってんだから」

「陰陽師と殺し合っていた頃……ん? ということは、お前さんの恋人はもしや!」

「そうだよ。そんなご時世だってのに、アイツはアタシといてくれることを選んでくれた。作り物の角をくっつけて、妖怪のフリまでしてな」

 梨乃は鋼一郎の方へと視線をずらした。そして、懐かしものを見たように笑みを零す。

「どことなくアイツは、お前に似てたよ。馬鹿で無茶で、それでもまっすぐなヤツだった。……まぁ、顔の方はアイツの方が断然イケてたけどよ」

「おい……最後の方はいらなかったろ」

「いいや、一番大事なことだね。アタシは面食いなのさ」

 梨乃は鋼一郎から貰った上着を羽織り、ゆっくりと立ち上がった。

「……やっぱり、アタシは考え方を変えられない。アタシやここにいる皆から大切な人を奪った人間どもは大嫌いだ。許すことなんてできないだろうし、奈切との因縁も妖怪だけでケリをつけるべきだとも思ってる。……だってそうだろ? 人間の中には、お前やアイツみたいなやつがいることをアタシは知っちまたんだから」

 それは犬飼梨乃の本音だった。

 大切な誰かを護りたい。誰かに傷ついてほしくない。──曝け出された本心は、鋼一郎の戦う理由と何も変わらなかった。

「……けど、そうだな。……こんなの認めるしかねぇよな」

 彼女は大きく息を吸いこんだ。総勢三百人の妖怪を従える長として、この場に居合わせた全員に呼びかける。

「人間と一緒に戦うなんて、お前らはきっと納得できないことも分かってるッ! アタシだって、お前らの気持ちはよくわかるんだ。

 ただ、お前らも見ただろ? コイツらは本気でアタシら妖怪と人間の、その両方のために戦おうとしてやがるッ!

 だから、頼むッ! アタシと一緒にこいつらと、人間と一緒に戦ってはくれないかッ!」

 梨乃の呼びかけに妖怪たちは困惑するだろう。互いに顔を見合わせ、意見を交わす。

 しかし、一人の声が皮切りだった。

「俺たちは姐さんの元に集まったんだッ! 姐さんがそう言うんなら、俺たちは姐さんと白江の嬢ちゃんに、それから、尺ではあるがそこの兄ちゃんについていくぜッ!」

 声を上げたのは、玄関で二人を出迎えた坊主頭の見上げ入道だ。

 一人の声が二人の声へ、二人が三人の声へと。熱に充てられたように、声は次第に大きさを増していく。

 鋼一郎と白江の肩からも、安堵で力が抜けた。

「これなら、なんとか決戦にも間に合いそうだな」

「そうじゃの。あとは〈クサナギ〉の修理と、内通者の炙り出し。それを早急に済ませて、新たな策を練らねば」

 梨乃自身や彼女の傘下には嘘を見破ることのできる妖術を持つものもいる。彼女たちが仲間になってくれたのなら、じきに内通者も判明するはずだ。

 反撃のために必要なピースは確実に揃い始めていた。

「よろしく頼むぜ、梨乃!」

 鋼一郎が彼女へと手を伸ばした次の瞬間────それは赤黒い光を放つ熱線だった。それが梨乃の左胸に穴を穿つ。
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