妖狩りの鉄機兵~この復讐は、白髪年齢不詳の少女と共に

ユキトシ時雨

文字の大きさ
上 下
25 / 40
リブート・鋼一郎ズ・エンジン

由依と恋心

しおりを挟む
「えっと、その……落ち着きましたでしょうか、由依さん?」

「はい。それから変に敬語を使わないでください」

「あっ、はい」

 数分近く鋼一郎の胸板に顔をうずめ、泣きじゃくった由依も、ようやくいつもの調子を取り戻しようで。

 若干顔を赤らめながらも、鋼一郎の隣に腰かけた。

「さっきのアレは私であって、私ではない何かです。ですから忘れるように」

「お、おう……けど泣くほどのことじゃないだろ。ほら、俺はこうして元気に生きてるんだから」

 あっけらかんと笑う鋼一郎を彼女はキツく睨む。「そういう問題ではない」と、その鋭い視線が強く訴えている。

「……すいません」

「わかればいいんです。それでどうして、こんなに怪我をしたのですか?」

「えっと……まずは脇腹を撃たれて、」

 鋼一郎はここまでの一部始終をすべて明かした。途中までは黙して聞いていた由依だが、後半になるにつれて、エスカレートしていく内容に我慢できなかったのだろう。

「はぁぁ、やっぱり君は頭がおかしんじゃないですか⁉ 撃たれた後に十七階から飛び降りて、ロクな手当てもしないまま凱機を操縦。しかも、そのまま病院にも行かず逃亡生活をしたうえ、九尾とも交戦しただなんて……なんで、そんな無茶をして生きてるんですかっ!」

「はは……やっぱり怒られるよな」

「笑い事じゃありません! 下手にB・Uを頼れば、失明や更なる障害を誘発してしまうリスクがあることだって、以前にも教えましたよねッ!」

 由依の指摘は徹頭徹尾、反論のしようがないものだった。

 それにここ数日、鋼一郎は自らの瞳の辺りに灼熱感と痛みを感じるようになっていた。

 頭の中に蘇ったのは、以前彼女から受けた忠告だ。

 本来、脳のリミッターとは自身の身体を守るためにあるというのに、それを無視したB・Uの乱用がなんのリスクも伴わないというのは出来の良すぎる話でもある。

 この動体視力は酷使できて、あと三回……いや、短期間に二回も使えば瞳が潰れ、脳が焼き切れてしまうんじゃないだろうか。

 由依の勘が異様に鋭いことだって、鋼一郎はよく理解していた。

 訓練校時代、どれだけ自分の悪事や失敗を上手く隠そうとしたって、必ず彼女には見抜かれてきたのだから。

 この瞳の限界だって、いつかは必ずバレてしまうのだろう。

「なぁ、それより」

 だからこそ、鋼一郎はワザと話題を逸らそうとする。

「お前こそ、どうしてこんなとこにいるんだよ? いくら仙道さんに誘われたからって、こんな危ない橋を渡らなくても」

「そんなの……そんなの、君が心配だったからに決まっているでしょうッ!」 

 由依はそう言って、すぐに顔を逸らした。

 何故だか、その顔は耳の先まで真っ赤になっている。

「私、訓練校で会ったばかりの頃は克堂くんのことすごく嫌いだったんですよ」

「いや、ちょっと待て! なんか、いきなり、傷つくこと言われたんだが⁉」

「いいから聞いてください。……だってそうでしょう? 皆が憧れていた百千咲楽が連れてきた少年が、見るからにガラの悪そうなヤンキーなんですよ。怖いですし、真面目にやっていた私からしたら、君のような輩が評価されるというのもすごく面白くなかったんです」

 あまりに唐突のカミングアウトに鋼一郎は困惑する。

 確かに訓練校に入った当初は自分が奇異の目で見られていた自覚はあるが、まさか一番仲が良いと思っていた由依にまで敵意を持たれていたとは。

「だけど……」

「だけど……?」

「だけど……君を見ていると、すぐに間違っているのは、私の方だってことに気付かされました」

 由依はずっと、陰ながら鋼一郎の姿を見ていたのだ。

 放課後、一人グラウンドを走り続ける姿を。

 複雑な凱機の操縦をいち早く覚えようとマニュアルを読み込み、シミュレーターに篭る姿を。

 初めはちょっとした好奇心で、目を離せずにいた。

 しかし、気づくと鋼一郎を目で追うようになってしまい、次第にその感情も紅く色づいて……

「私に凱機の操縦適性がないと分かった時。ショックで訓練校を去ろうとも思いました。けど、どうしても心配だったんですよ。君は訓練校でも無茶ばかりで、いつも咲楽教官を困らせていましたからね。それに私は君の頑張る姿が好きだったから……だから少しでも君を支えられる、私もメカニックの道を選びました」

 それは今だって同じだ。

 仙道に真実を明かされあと、彼から改めて共に戦う覚悟があるかを問われた。それでも彼女の中には迷う理由なんて一つたりともない。

「何故、私がここにいるか? そんなことは愚問です。君用の凱機を調整できるのも私くらいのものですし、なにより君を一人にしてはいけないことも、今回の一件で証明されました。……ですから。役に立てなかったとしても、せめて君と一緒に戦わせてください」

 由依の瞳に、またじんわりと涙が滲んだ。

 それでも彼女は、ツナギの袖をきゅっと掴んで、懇願する。

「ゆ、由依……なんか、お前らしくないぞ」

「誤魔化さないで」

 やけにうるさく感じる心臓を鎮めようと、鋼一郎は一度深く息を吸い、ざわつく心を落ち着かせる。

 こんなことを言うのはガラでもないし、増して由依に面と向かって言うのは妙な気恥しさもある。

 それでも決意は固めた。

「わかった。今度は一緒に戦おうぜ。だって俺たちは『親友』だもんな!」

「親……友ですって、君と私が?」

 由依の表情が露骨に陰った。

 そして腹の底から嘆息を吐きだすと、モンキーレンチを振り上げる。

「ちょ……ちょっと待て! 俺なんか間違えたか……⁉」

「大間違えです。けど、まぁ、筋トレと咲楽教官のことしか頭にないダメ男に期待した私もバカでしたね」

「とりあえず、手にしたソレを下ろせよ! 今殴られたら、絶対に死ぬから! 傷が開いて、そのまま死ぬから!」

「なら、いっそ死ねばいいんですよ。それに君は私が心配している最中、なにやら可愛らしい雪女さんとねんごろになっていたそうじゃないですか」

 鋼一郎の鼻先をレンチが掠めた。

「ば、馬鹿! 俺とアイツはそういう関係じゃなくてだな!」

「言い訳は無用ですッ!」

 まずい! このままでは今度こそ本気で殺されるッ!

 反射的に頭を守り、防御姿勢をとった鋼一郎だが、そこにレンチが振り下ろされることはなかった。

「えっ……」

 恐る恐る目を開けたなら、由依は何かを差し出していた。

「あの……これは……?」

「……〈クサナギ〉の起動キーですよ。……君にはまだまだ言いたいことがありますが、ひとまず目先の問題を片付けてからにしましょう。無茶をするなというのが無理なら、せめて怪我をしないで、生きて帰ってくると約束してください」

「それくらいの約束なら、」

「本当ですね? 両目がつぶれたなんてのも、ナシですからね」

 やはり誤魔化すのには無理があったのか。

 由依は鋼一郎の瞳のことも見抜いて、それでも、あえて気づかぬフリをしてくれたのだろう。

「訓練校からの付き合いなんですよ」と彼女は冗談めかしく表情を緩めた。

「由依……」

 受け取ったのは、小さなエンジンキーのはずだ。それなのにキーは異様に重く感じられた。

 このキーには由依の願いと、〈クサナギ〉を組み上げたエンジニアや妖怪たち。自分をここまで導くきっかけとなった仙道や、一人孤独に戦い続けた白江。

 この場に居合わせた全員の覚悟が乗せられているのだろう。

 鋼一郎は、受け取ったキーを強く握りしめる。

「あぁ、約束するよ。俺は必ず帰ってくる」

 ◇◇◇

 これから続く二つのニュースが届いたのは、その約束から一日もしないことだった。

 仙道和樹・夏樹由依・並びにその他数十名の祓刃隊員が一斉指名手配。

 これから合流する予定だった妖怪たちが、一つ目の凱機の襲撃に遭って全滅。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

メトロポリス社へようこそ! ~「役立たずだ」とクビにされたおっさんの就職先は大企業の宇宙船を守る護衛官でした~

アンジェロ岩井
SF
「えっ、クビですか?」 中企業アナハイニム社の事務課に勤める大津修也(おおつしゅうや)は会社の都合によってクビを切られてしまう。 ろくなスキルも身に付けていない修也にとって再転職は絶望的だと思われたが、大企業『メトロポリス』からの使者が現れた。 『メトロポリス』からの使者によれば自身の商品を宇宙の植民星に運ぶ際に宇宙生物に襲われるという事態が幾度も発生しており、そのための護衛役として会社の顧問役である人工頭脳『マリア』が護衛役を務める適任者として選び出したのだという。 宇宙生物との戦いに用いるロトワングというパワードスーツには適性があり、その適性が見出されたのが大津修也だ。 大津にとっては他に就職の選択肢がなかったので『メトロポリス』からの選択肢を受けざるを得なかった。 『メトロポリス』の宇宙船に乗り込み、宇宙生物との戦いに明け暮れる中で、彼は護衛アンドロイドであるシュウジとサヤカと共に過ごし、絆を育んでいくうちに地球上にてアンドロイドが使用人としての扱いしか受けていないことを思い出す。 修也は戦いの中でアンドロイドと人間が対等な関係を築き、共存を行うことができればいいと考えたが、『メトロポリス』では修也とは対照的に人類との共存ではなく支配という名目で動き出そうとしていた。

続・歴史改変戦記「北のまほろば」

高木一優
SF
この物語は『歴史改変戦記「信長、中国を攻めるってよ」』の続編になります。正編のあらすじは序章で説明されますので、続編から読み始めても問題ありません。 タイム・マシンが実用化された近未来、歴史学者である私の論文が中国政府に採用され歴史改変実験「碧海作戦」が発動される。私の秘書官・戸部典子は歴女の知識を活用して戦国武将たちを支援する。歴史改変により織田信長は中国本土に攻め入り中華帝国を築き上げたのだが、日本国は帝国に飲み込まれて消滅してしまった。信長の中華帝国は殷賑を極め、世界の富を集める経済大国へと成長する。やがて西欧の勢力が帝国を襲い、私と戸部典子は真田信繁と伊達政宗を助けて西欧艦隊の攻撃を退け、ローマ教皇の領土的野心を砕く。平和が訪れたのもつかの間、十七世紀の帝国の北方では再び戦乱が巻き起ころうとしていた。歴史を思考実験するポリティカル歴史改変コメディー。

宇宙人へのレポート

廣瀬純一
SF
宇宙人に体を入れ替えられた大学生の男女の話

【VRMMO】イースターエッグ・オンライン【RPG】

一樹
SF
ちょっと色々あって、オンラインゲームを始めることとなった主人公。 しかし、オンラインゲームのことなんてほとんど知らない主人公は、スレ立てをしてオススメのオンラインゲームを、スレ民に聞くのだった。 ゲーム初心者の活字中毒高校生が、オンラインゲームをする話です。 以前投稿した短編 【緩募】ゲーム初心者にもオススメのオンラインゲーム教えて の連載版です。 連載するにあたり、短編は削除しました。

日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー

黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた! あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。 さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。 この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。 さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。

処理中です...