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リブート・鋼一郎ズ・エンジン
鋼一郎と白江
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奈切コーポレーションのトップが妖怪で、自分たちは利用されているだけの駒に過ぎなかった。
それどころか、自分たちが抱き続けていた妖怪に対する敵意と憎悪さえ仕込まれたものだったという。
「…………嘘だろ」
「これが作り話ならどれほどよかったか。そうでなければ、ワシも生涯のほとんどを奈切を討つことに費やしたりはしていないさ」
鋼一郎は、目の前の白江に何度も騙されてきた。揶揄われた回数だって数えきれない
だが彼女は嘘を吐くとき決まって、人を小バカにしたような態度をとる。
そんな彼女が唇をきつく結び、真っすぐこちらを見据えていた。
「ワシの望みはたった一つ」
雪女・幸村白江。彼女の悲願は奈切を討ち、人間と妖怪の憎しみの連鎖を止めることだ。
「ヤツを討ち、そして全ての真実を白日のもとに晒しだすことができれば、ワシらだって殺し合わずに済むはず。お前さんを巻き込んだのだって、そのためさ」
冷気を帯びた手が鋼一郎へと添えられた。顔を近づけ、彼女は鋼一郎の瞳をのぞき込む。
「これはワシの私見じゃが、妖術の開祖である奈切に妖術で競り合ったとしても敗北は目に見えておる。ヤツに勝るには、ヤツが持たぬ人間の力。脳の際限を外した〝びーゆー〟こそ最もヤツに届く可能性を秘めているのだ。かつて、『異才』と呼ばれた少女の刃が奈切を討ちかけたときのように」
「異才……それって、まさか!」
「そう。彼女の強さなら、あと一歩で奈切に届いたかもしれぬ。だからワシは、『百千咲楽の再来』と言われたお前さんを巻き込んだんじゃ」
全身が総毛立っていることがはっきりと判った。眉間を人差し指と親指で挟み込み、一度頭の中を整理する。
「……仮にここまでの話を信じるにしても、いくつか質問をさせてくれ」
事の起こりから順々に整理をつけようと、一つ目の質問を投げかける。
「それじゃあ、お前が持ち掛けた嘘の護衛依頼の件からだ」
「うむ……まず、あの時点で敵が現れることは完全に予想外だったと断っておこう。ワシと仙道が嘘の要件を持ち掛けたのは、お前さんが本当に戦力足り得るかをこの目で見定めたかったというのが、あの時の本音じゃったからな」
白江本来の計画ならば、鋼一郎が気を緩めたタイミングで正体をバラし、交戦へ。その才覚が十分だと判断した時点で仙道を仲介に挟んでもらいつつ、ネタバラシをする予定だったらしい。
「ワシにはこの街中にどれだけ奈切の目や耳があるかがわからない。最大限の注意を払っていたが、どこからか漏れてしまったのだろうな。……ところでお前さんはワシらを撃ったあの男を覚えているか?」
「ホテルマンに扮していた男か。アイツも利用されている祓刃の人間だったんだな」
「あの男は役割を果たすと同時に機械的に自殺した。奈切は妖術で人を操ることだってできるからな、人一人を簡単に傀儡にできることを覚えていてほしい」
「胸糞の悪い話だ。けど。奈切が人を自由に操れるなら、どうして無人機なんてものを作る必要があったんだ?」
「ヤツはすべての妖怪を恨んでいるだけで、人間には微塵の興味もなければ、信用もしていない。単に都合がいいから利用していただけであって、もっと便利な駒の生産体制が整ったなら、そっちを使うのも当然だろう?」
白江の推察は妙に腑に落ちた。
無人機だからこそ、搭乗者の安全を無視して、機動性に全性能を振り切れる。人間という駒を使うよりも遥かに優れているのが、あの百鬼という無人機だ。
「ここまでは整理できた。だけど、あの九尾は何者なんだよ? 顔見知りらしかったが、妖怪にとっての敵が奈切なら、どうしてお前らは敵対してたんだ?」
「うっ……アイツとの蟠りついては長くなるとしか……」
ここまでの白江は此方の問いかけに対し、しっかりと答えを返していた。ただ事が梨乃になった途端、彼女は露骨に口籠ったのだ。
「わかった、なら今は言及しない。……それで、次が最後の質問なんだが、」
そう言い終わるが早いか、唐突にも白江の身体が前に倒れた。
フラりと。全身から力が抜けた彼女は、鋼一郎にもたれるようにして倒れ込む。
「お、おい! どうした⁉」
「……うぅ……いや、ちょっと眩暈がしただけじゃよ」
彼女はなんとか笑顔を作ろうとしたが、その作り笑いにはどうしたって無理がある。もたれ掛かった体は、前に彼女を担いだ時よりもずっと軽くなっていた。
あのホテルでの襲撃から今まで、思えば気の休まる瞬間なんて一度もなかった。それどころか彼女は三日間も鎖で縛られ、ここしばらくは不得意な妖術と鋼一郎の治療に専念していた。
鋼一郎は彼女だって消耗していることに。その癖にいつものような態度で振舞おうとしていたことに、今更気付かされてしまう。
「お前、どれくらい休んでないんだ?」
「一週間と、ちょっとか……上手く黙っておくつもりが悟られてしまったみたいじゃ」
白江は強がって笑って見せる。
「馬鹿野郎。今度は俺が看てやる! だから、お前も少し休め!」
「ふふっ……良いのか? 妖怪などの世話を焼いて。お前さんにとってワシは駆除対象。ぶっ殺すべき、敵なんだろう?」
憎しみのままに鋼一郎が吐いた言葉を、彼女は今一度、突き付けた。
言い返す言葉が出ないのは、その本音が少しずつ変わっているからだろう。
「お前さんが妖怪を憎むのは当然さ。事実として、お前さんは二度も大切な人を妖怪に奪われたのだから。……ただな、ワシら妖怪だって好き好んで人を喰うわけじゃなかったということは覚えていてくれ」
奈切総一の仕込んだ迫害により、妖怪たちは住処を追われた。追い出された先で充分な食料を得られるとも限らない。残された選択肢は略奪しかなかったのだ。
「人間から食料を奪う、あるいは人間そのものを喰う……そうでもしなければ、生きていけなかった。長いのは所詮寿命だけ。けれどワシら妖怪だって死にたくない。増して殺されるなんて」
彼女は小さく震えている。鋼一郎の包帯塗れの身体をぎゅっと掴んで、声を漏らした。
「ワシはもうこんなこと、終わりにしたい……人間と妖怪が憎み合うせいで、お前さんのような者が、心に傷を負うのも。いわれもない迫害で仲間が傷つくのも。ワシは全部……全部、嫌なんじゃ」
どこまでも暗く沈んだ瞳と、わずかに滲んだ哀しみの色。彼女がこれまで、なぜそんな顔をしてきたかのか、今ならば理解できる。
飄々と振舞い続けた彼女の本音にようやく初めて、触れられたのだ。
「そうか……お前はずっと一人で仲間(妖怪)と俺たち(人間)のために戦ってくれたんだな」
鋼一郎はその小さな体を強く抱きしめてやった。
「もうお前を一人で戦わせたりしない。俺も一緒に戦う。お前の嫌なことは全部、俺が終わらせてやる」
「…………鋼一郎」
彼女は、渾身の力で鋼一郎を弾き飛ばす。
「ばっ、馬鹿者ッ! 急に抱きしめるなッ! ワ、ワシは雪女で、妖怪で……。えーい! こ、この〝ろりこん〟変態野郎! 下郎な小児愛好家めッ!」
白江は顔を真っ赤に、腕をぶんぶんと振り回す。かなりテンパったご様子だ。
「えぇ……なんで、ここでキレるんだよ」
泣きじゃくる子供を相手に、どうすればいいか迷った末に……とは口が裂けても言えなかった。
それを言ってしまえば、白江はもっとキレると察したのだ。
「……ところで、鋼一郎よ。お前さんの最後の質問とやら。結局ワシに何を聞こうとしたのじゃ?」
鋼一郎は自分の質問が、途中で途切れていたことを思い出す。
「あぁ、それか……」
──どうしてお前はそこまでして、奈切と戦おうとするのか?
ただ、その答えを聞く必要はもうないだろう。
「いや、なんでもねぇよ。……白江」
随分久々にその名前で呼ばれた彼女は、めいいっぱいにはにかんでみせた。
それどころか、自分たちが抱き続けていた妖怪に対する敵意と憎悪さえ仕込まれたものだったという。
「…………嘘だろ」
「これが作り話ならどれほどよかったか。そうでなければ、ワシも生涯のほとんどを奈切を討つことに費やしたりはしていないさ」
鋼一郎は、目の前の白江に何度も騙されてきた。揶揄われた回数だって数えきれない
だが彼女は嘘を吐くとき決まって、人を小バカにしたような態度をとる。
そんな彼女が唇をきつく結び、真っすぐこちらを見据えていた。
「ワシの望みはたった一つ」
雪女・幸村白江。彼女の悲願は奈切を討ち、人間と妖怪の憎しみの連鎖を止めることだ。
「ヤツを討ち、そして全ての真実を白日のもとに晒しだすことができれば、ワシらだって殺し合わずに済むはず。お前さんを巻き込んだのだって、そのためさ」
冷気を帯びた手が鋼一郎へと添えられた。顔を近づけ、彼女は鋼一郎の瞳をのぞき込む。
「これはワシの私見じゃが、妖術の開祖である奈切に妖術で競り合ったとしても敗北は目に見えておる。ヤツに勝るには、ヤツが持たぬ人間の力。脳の際限を外した〝びーゆー〟こそ最もヤツに届く可能性を秘めているのだ。かつて、『異才』と呼ばれた少女の刃が奈切を討ちかけたときのように」
「異才……それって、まさか!」
「そう。彼女の強さなら、あと一歩で奈切に届いたかもしれぬ。だからワシは、『百千咲楽の再来』と言われたお前さんを巻き込んだんじゃ」
全身が総毛立っていることがはっきりと判った。眉間を人差し指と親指で挟み込み、一度頭の中を整理する。
「……仮にここまでの話を信じるにしても、いくつか質問をさせてくれ」
事の起こりから順々に整理をつけようと、一つ目の質問を投げかける。
「それじゃあ、お前が持ち掛けた嘘の護衛依頼の件からだ」
「うむ……まず、あの時点で敵が現れることは完全に予想外だったと断っておこう。ワシと仙道が嘘の要件を持ち掛けたのは、お前さんが本当に戦力足り得るかをこの目で見定めたかったというのが、あの時の本音じゃったからな」
白江本来の計画ならば、鋼一郎が気を緩めたタイミングで正体をバラし、交戦へ。その才覚が十分だと判断した時点で仙道を仲介に挟んでもらいつつ、ネタバラシをする予定だったらしい。
「ワシにはこの街中にどれだけ奈切の目や耳があるかがわからない。最大限の注意を払っていたが、どこからか漏れてしまったのだろうな。……ところでお前さんはワシらを撃ったあの男を覚えているか?」
「ホテルマンに扮していた男か。アイツも利用されている祓刃の人間だったんだな」
「あの男は役割を果たすと同時に機械的に自殺した。奈切は妖術で人を操ることだってできるからな、人一人を簡単に傀儡にできることを覚えていてほしい」
「胸糞の悪い話だ。けど。奈切が人を自由に操れるなら、どうして無人機なんてものを作る必要があったんだ?」
「ヤツはすべての妖怪を恨んでいるだけで、人間には微塵の興味もなければ、信用もしていない。単に都合がいいから利用していただけであって、もっと便利な駒の生産体制が整ったなら、そっちを使うのも当然だろう?」
白江の推察は妙に腑に落ちた。
無人機だからこそ、搭乗者の安全を無視して、機動性に全性能を振り切れる。人間という駒を使うよりも遥かに優れているのが、あの百鬼という無人機だ。
「ここまでは整理できた。だけど、あの九尾は何者なんだよ? 顔見知りらしかったが、妖怪にとっての敵が奈切なら、どうしてお前らは敵対してたんだ?」
「うっ……アイツとの蟠りついては長くなるとしか……」
ここまでの白江は此方の問いかけに対し、しっかりと答えを返していた。ただ事が梨乃になった途端、彼女は露骨に口籠ったのだ。
「わかった、なら今は言及しない。……それで、次が最後の質問なんだが、」
そう言い終わるが早いか、唐突にも白江の身体が前に倒れた。
フラりと。全身から力が抜けた彼女は、鋼一郎にもたれるようにして倒れ込む。
「お、おい! どうした⁉」
「……うぅ……いや、ちょっと眩暈がしただけじゃよ」
彼女はなんとか笑顔を作ろうとしたが、その作り笑いにはどうしたって無理がある。もたれ掛かった体は、前に彼女を担いだ時よりもずっと軽くなっていた。
あのホテルでの襲撃から今まで、思えば気の休まる瞬間なんて一度もなかった。それどころか彼女は三日間も鎖で縛られ、ここしばらくは不得意な妖術と鋼一郎の治療に専念していた。
鋼一郎は彼女だって消耗していることに。その癖にいつものような態度で振舞おうとしていたことに、今更気付かされてしまう。
「お前、どれくらい休んでないんだ?」
「一週間と、ちょっとか……上手く黙っておくつもりが悟られてしまったみたいじゃ」
白江は強がって笑って見せる。
「馬鹿野郎。今度は俺が看てやる! だから、お前も少し休め!」
「ふふっ……良いのか? 妖怪などの世話を焼いて。お前さんにとってワシは駆除対象。ぶっ殺すべき、敵なんだろう?」
憎しみのままに鋼一郎が吐いた言葉を、彼女は今一度、突き付けた。
言い返す言葉が出ないのは、その本音が少しずつ変わっているからだろう。
「お前さんが妖怪を憎むのは当然さ。事実として、お前さんは二度も大切な人を妖怪に奪われたのだから。……ただな、ワシら妖怪だって好き好んで人を喰うわけじゃなかったということは覚えていてくれ」
奈切総一の仕込んだ迫害により、妖怪たちは住処を追われた。追い出された先で充分な食料を得られるとも限らない。残された選択肢は略奪しかなかったのだ。
「人間から食料を奪う、あるいは人間そのものを喰う……そうでもしなければ、生きていけなかった。長いのは所詮寿命だけ。けれどワシら妖怪だって死にたくない。増して殺されるなんて」
彼女は小さく震えている。鋼一郎の包帯塗れの身体をぎゅっと掴んで、声を漏らした。
「ワシはもうこんなこと、終わりにしたい……人間と妖怪が憎み合うせいで、お前さんのような者が、心に傷を負うのも。いわれもない迫害で仲間が傷つくのも。ワシは全部……全部、嫌なんじゃ」
どこまでも暗く沈んだ瞳と、わずかに滲んだ哀しみの色。彼女がこれまで、なぜそんな顔をしてきたかのか、今ならば理解できる。
飄々と振舞い続けた彼女の本音にようやく初めて、触れられたのだ。
「そうか……お前はずっと一人で仲間(妖怪)と俺たち(人間)のために戦ってくれたんだな」
鋼一郎はその小さな体を強く抱きしめてやった。
「もうお前を一人で戦わせたりしない。俺も一緒に戦う。お前の嫌なことは全部、俺が終わらせてやる」
「…………鋼一郎」
彼女は、渾身の力で鋼一郎を弾き飛ばす。
「ばっ、馬鹿者ッ! 急に抱きしめるなッ! ワ、ワシは雪女で、妖怪で……。えーい! こ、この〝ろりこん〟変態野郎! 下郎な小児愛好家めッ!」
白江は顔を真っ赤に、腕をぶんぶんと振り回す。かなりテンパったご様子だ。
「えぇ……なんで、ここでキレるんだよ」
泣きじゃくる子供を相手に、どうすればいいか迷った末に……とは口が裂けても言えなかった。
それを言ってしまえば、白江はもっとキレると察したのだ。
「……ところで、鋼一郎よ。お前さんの最後の質問とやら。結局ワシに何を聞こうとしたのじゃ?」
鋼一郎は自分の質問が、途中で途切れていたことを思い出す。
「あぁ、それか……」
──どうしてお前はそこまでして、奈切と戦おうとするのか?
ただ、その答えを聞く必要はもうないだろう。
「いや、なんでもねぇよ。……白江」
随分久々にその名前で呼ばれた彼女は、めいいっぱいにはにかんでみせた。
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