上 下
20 / 40
リブート・鋼一郎ズ・エンジン

人間と妖怪

しおりを挟む
「これは単なる昔話。三柱と呼ばれた愚かな妖怪たちの末路と、ある妖怪の半生についての話じゃ」

 そう前置きをした上で、今度は白江が語り始めた。

「むかし、むかし。それは三桁では足りぬほどずっと昔。ワシら妖怪は、人の世と交わることなく闇夜の中で生きてきたのじゃ」

◇◇◇

 妖怪たちは決して多くを望まない。時折人前に姿を表すことはあっても、静かに暮らせればそれで良いと思っていた者がほとんどだった。

 妖怪の世を収めるのは、「三柱」と称される三人。それぞれが優れた才を持った三柱たちの庇護の元、妖怪たちは平穏な日々を過ごしてきたという。

 だが、あるとき。その妖怪は現れた。

 若い男の姿をしながらも、全身には真っ黒な霧を纏った妖怪だ。

 出自は不明。彼はどこから来たのか、何の妖怪だったかさえ分からない。それでも、一つだけ判ることがあるとするのなら、彼は類を見ない切れ者だったということだ──なにせ、妖術の基礎を築いたのは彼なのだから。

 妖怪たちの身体を巡回する妖気。当時は無意識下でこれを操り、奇妙な力を使うものも少なからずはいたが、せいぜいがその程度に過ぎなかった。

 だが、彼は違うのだ。

 術式を発案し、その通りに妖気の性質や波長を変化させたなら術が発動できるという仕組みを提唱。次に自らの妖気を意識的に操る訓練法を妖怪たちの間で広めた。

 ここまで、彼が現れてから約半月。そこで三柱の妖怪たちでさえ息を呑むような神童っぷりを披露した。

 妖術を上手く用いれば、食料に困ることもない。多少の傷を負ったとしても妖術によって治癒が施せる。妖術を操れるだけの賢さを持つ妖怪たちのなかで、その術が普及するのも必然であった。

 その間も、彼は自らの発明である妖術の研究を続けた。「身体能力向上の妖術」や「物の形質を変化させる妖術」など。より利便性に長けた術の術式を模索したという。


 ──ただ、ある頃から彼の研究はおかしな方向に舵を切り始めた。


 自らの脳の中身を弄るような妖術。

 殺した同族から妖気を奪い取るような妖術。

 いかなる外傷でさえも死に至らない不滅の妖術。

 そのどれもが正常な思考をした者の発想とは思えない。最後に至っては妖怪の領分をゆうに超え、神の領域にさえ片足を突っ込んでいた。

 次第に妖怪たちは彼を恐れるようになっていた。

 これ以上、妖術の研究を許せば、彼はもう誰にも手が付けられなくなる──選択を迫られた三柱たちは、百体の妖怪を引き連れその寝首を掻いたのだ。

 ◇◇◇

「ということになったわけじゃが。……何が三柱じゃ! その局面で最も愚かな決断をしよってからに!」

 白江の口調には露骨に苛立ちが混ざっていた。それは三柱と呼ばれた妖怪たちを責め立てるようなものであった。

 ここまでの話を黙して聞いていた鋼一郎も口を挟む。

「いや。たしかに他にやり方はあっただろうが……寧ろ、三柱とかいう連中のそれは英断だったんじゃないか」

「英断なものか。その夜襲で生き残った数は、三柱と賛同した妖怪たちの半分に満たなかった。それに言ったろ……ヤツはいかなる外傷でも死なない不滅の妖術を持っていると。三柱はこれだけの犠牲を払いながらも、結局はヤツを殺すことはできなかった。手足をもぎ取り……そうだな、お前さんらの言葉でいうところの〝こみゅにてぃ〟から追放するだけで精一杯じゃった。ところでお前さん。妖怪が人を襲うようになったのはいつか覚えているか?」

 白江が唐突に話を切り替えることは、もう慣れた。なぜこのタイミングで話題を切り替えたのかを探りつつ、訓練校時代に習った妖怪の歴史についてを思い出す。

「たしか、平安時代のころだったか? 当時は祓夜や凱機もないから陰陽道なんかで妖怪を撃退してたって習ったが、」

「そう。その妖怪が追放されたのも、ちょうどその頃のことじゃ」

 彼女はその細い指先を弾いて見せた。

「ヤツは自らを追放した妖怪という種族そのものに強い怨嗟を抱いたはずだ。もがれた手足を再生したヤツが、復讐を目論むのもまた必然なことであったろう。しかし、馬鹿正直に挑んだところで敵わないのは学習済みだ。たった一人ですべての妖怪に復讐を成し遂げるというのも現実的ではないだろう。──そこでだ」

 背筋にうすら寒いもの感じた。そわそわと落ち着かないこの感覚の正体が何なのか。

 答えならば、とっくに出ているだろう。

 その妖怪は白江たちと同様に、人にそっくりな姿をしているのだから。

「ヤツは人間を利用することにした。言葉巧みにその時代の権力者に取り入り、妖怪こそが諸悪の根源であると吹聴した。ヤツが妖怪たちに妖術をもたらしたように、人間たちには陰陽術や呪術、果ては対妖怪の武器制作法まで。思いつく限りの方法を教え込み、人間たちを妖怪殺しの駒へと変えた」

 ヤツは当時蔓延した疫病や飢饉まで、その全てが妖怪のせいであると嘯いた。
怒り狂った人間は、静かに暮らしていた妖怪たちを闇夜から引きずり出しては殺し。同族を殺された妖怪たちも次第に人間へ強い敵を抱くようになる。そこから先は殺し殺され。ただの泥仕合であった。

「人間にも妖怪にも互いに数え切れないほどの犠牲が出た。嗤えることのできた輩なんて、ことを裏から仕込んだヤツくらいのものじゃったろうな。……さて、昔話はここまでじゃ」

 鋼一郎は自らの口角が引きつっていることを自覚した。

 ここまでは単なる昔話。愚かな三柱と、ある妖怪の半生についてという前置きをしたもので語られた内容だ。

 白江はここで話に一区切りをつける。そして、ここからが「単なる現在進行形の話」である。

「もう一度言うことになるが、奴には不滅の妖術がある。ヤツは千年近くがたった今でも妖怪に対し強い恨みを抱きながら、人の世に溶け込んでいたらどうするだろうか」

 ヤツが人間に教え込んだ陰陽術や呪術の類は体得できる人間が極めて少ない上に、その練度にもムラがあったという。

 人間の誰もが妖怪を殺せるわけではない。だからこそ、妖怪たちも今日まで根絶やしにされることはなかったのだろうと彼女は言い切った。

「しかし、その前提もここ二十年余りで崩れつつある。今まで、陰陽師どもをかわし続けた歴戦の猛者たちが次々と殺されるようになったのじゃ。街中に仕組まれた監視の目に、羽虫のような〝どろーん〟とやら。極めつけは対妖怪用のヒト型装甲兵器・凱機は誰にだって妖怪を殺せる力をヤツはお前さんたちに与えたのじゃ」

 白江は「ここまで言えば、もう十分だろう」とその眦を細めた。

 祓刃の設立や監視カメラの配備に常に貢献し続け、凱機製造の最高責任者でもある人物。あの男が口元に薄い笑みを浮かべた姿が、鋼一郎の頭にも浮かぶ。


『──あとはやっぱり間近で見たいじゃないですか。凱機が妖怪を駆除するとこなんて』


 何気なしに放った一言。それがあの男の本性だとするならば。

「気づいたようじゃの。裏切り者の名は奈切。奈切総一じゃよ」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ブラッド・ファイヤーフォース 鮮血の消防士団

ユキトシ時雨
ファンタジー
この世界には人ならざる存在が潜んでいるという。 そんな人外たちが起こす災害に立ちむかう救命機関こそ「特務消防師団」であった。 青い炎を操る妖魔に憑かれてしまった少年・明松周哉はその身に余る力で家族を燃やしてしまった。 そんな絶望の際へと追い詰められた彼のもとに人工吸血鬼を名乗る特務消防師団の団長、不知火鈴華が現れ一つの交渉を持ち掛ける。 「その力を正しくコントロールする方法が知りたくはないか?」と─── 蒼い炎の災禍に、紅い血で立ち向かう救命アクションストーリー、ここに始動!

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

RGB:僕と浮世離れの戯画絵筆 ~緑色のアウトサイダー・アート~

雪染衛門
ファンタジー
「僕の描いた絵が本物になったらいいのに」 そんな夢を抱く絵描き好きな少年・織部緑光(おりべ ろくみつ)は、科学の発展によって可視化された人の魂の持つ「色」を重視する現代に生まれる。 情熱の赤色、ひらめきの黄色、冷静な青色など人気色と比べ、臆病と評される「緑色」の緑光だが、色に囚われず前向きな幼少期を過ごしていた。 時を同じくして都心では、人類を脅かした感染症のパンデミックとネット社会の相乗作用が、放置されたグラフィティから夜な夜な這い出して人を襲う落画鬼(らくがき)を満天下に知らしめる。 その悪鬼に唯一、太刀打ちできるのは、絵を具現化させる摩訶不思議な文房具で戦う、憂世の英雄・浮夜絵師(うきよえし)。 夜ごとに増える落画鬼の被害。それに決死の覚悟で挑む者への偏見や誹謗中傷がくり返されるネット社会。 月日の流れによって、夢を見なくなるほど「緑色」らしくなっていた緑光だったが、SNS上に浮上した「すべての絵師を処せ」という一文を目にし……。

底辺エンジニア、転生したら敵国側だった上に隠しボスのご令嬢にロックオンされる。~モブ×悪女のドール戦記~

阿澄飛鳥
SF
俺ことグレン・ハワードは転生者だ。 転生した先は俺がやっていたゲームの世界。 前世では機械エンジニアをやっていたので、こっちでも祝福の【情報解析】を駆使してゴーレムの技師をやっているモブである。 だがある日、工房に忍び込んできた女――セレスティアを問い詰めたところ、そいつはなんとゲームの隠しボスだった……! そんなとき、街が魔獣に襲撃される。 迫りくる魔獣、吹き飛ばされるゴーレム、絶体絶命のとき、俺は何とかセレスティアを助けようとする。 だが、俺はセレスティアに誘われ、少女の形をした魔導兵器、ドール【ペルラネラ】に乗ってしまった。 平民で魔法の才能がない俺が乗ったところでドールは動くはずがない。 だが、予想に反して【ペルラネラ】は起動する。 隠しボスとモブ――縁のないはずの男女二人は精神を一つにして【ペルラネラ】での戦いに挑む。

『エンプセル』~人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー~

うろこ道
SF
【毎日20時更新】【完結確約】 高校2年生の美月は、目覚めてすぐに異変に気づいた。 自分の部屋であるのに妙に違っていてーー ーーそこに現れたのは見知らぬ男だった。 男は容姿も雰囲気も不気味で恐ろしく、美月は震え上がる。 そんな美月に男は言った。 「ここで俺と暮らすんだ。二人きりでな」 そこは未来に起こった大戦後の日本だった。 原因不明の奇病、異常進化した生物に支配されーー日本人は地下に都市を作り、そこに潜ったのだという。 男は日本人が捨てた地上で、ひとりきりで孤独に暮らしていた。 美月は、男の孤独を癒すために「創られた」のだった。 人でないものとして生まれなおした少女は、やがて人間の欲望の渦に巻き込まれてゆく。 異形人外少女をめぐって愛憎渦巻く近未来ダークファンタジー。 ※九章と十章、性的•グロテスク表現ありです。 ※挿絵は全部自分で描いています。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

ゴーストバスター幽野怜Ⅱ〜霊王討伐編〜

蜂峰 文助
ホラー
※注意! この作品は、『ゴーストバスター幽野怜』の続編です!! 『ゴーストバスター幽野怜』⤵︎ ︎ https://www.alphapolis.co.jp/novel/376506010/134920398 上記URLもしくは、上記タグ『ゴーストバスター幽野怜シリーズ』をクリックし、順番通り読んでいただくことをオススメします。 ――以下、今作あらすじ―― 『ボクと美永さんの二人で――霊王を一体倒します』 ゴーストバスターである幽野怜は、命の恩人である美永姫美を蘇生した条件としてそれを提示した。 条件達成の為、動き始める怜達だったが…… ゴーストバスター『六強』内の、蘇生に反発する二名がその条件達成を拒もうとする。 彼らの目的は――美永姫美の処分。 そして……遂に、『王』が動き出す―― 次の敵は『十丿霊王』の一体だ。 恩人の命を賭けた――『霊王』との闘いが始まる! 果たして……美永姫美の運命は? 『霊王討伐編』――開幕!

あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ
歴史・時代
 町外れの廃寺で暮らす那津(なつ)は絵を描くのを主な生業としていたが、評判がいいのは除霊の仕事の方だった。  新吉原一の花魁、桧山に『幽霊花魁』を始末してくれと頼まれる那津。  エセ坊主、と那津を呼ぶ同心、小平とともに幽霊花魁の正体を追うがーー。  ※小説家になろうに同タイトルの話を置いていますが。   アルファポリス版は、現代編がありません。

処理中です...