妖狩りの鉄機兵~この復讐は、白髪年齢不詳の少女と共に

ユキトシ時雨

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真っ白少女との邂逅

腐れ縁のメカニックとB・U

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 二〇三八年 七月二十四日 午後二時十分 
 東京都 柄沢市・祓刃基地六番ガレージ

「祓刃隊員には任務終了後、メカニックに機体の破損理由を報告する義務が発生します。──さて、君をバラバラにする前に言い訳を聞かせて貰いましょうか、鋼一郎くん」

「あはは……いやぁ、なんて言えばいいんだろうなぁ」

 眼前に突き付けられるのは、鋭く尖った電動ドリルの切っ先だ。言わずもがな、この工具は人間ではなく凱機を解体するためのものである。

 青い顔をした鋼一郎にそれを突き付けるは、オレンジ色のツナギ姿に銀フレームの眼鏡をかけた少女。首から下げたネームプレートには「夏樹由依(なつきゆい)・整備員」とある。

 だだっ広いガレージには、凱機を筆頭とした兵器群がずらり一列に陳列されている。そして、彼女以外にも、同様のツナギを着たメカニックが忙しなく働いていた。

 ここは妖怪対策局・祓刃の基地内に設けられた整備区画。追いつめられた鋼一郎の背後には、内部フレームをむき出しにした〈ムラクモ〉が、ぐったりとした様子でハンガーに凭れていた。

「相手が悪かったんだよ! 高危険度妖怪としてデータベースにも登録されている野郎だぜ!」

「ふーん、そうでしたか。しかし、それが機体を壊していい理由になるのでしょうか?」

「そっ……それは……」

「いやはや。最年少の一級戦闘員サマはやることが派手でうらやましい限りですわね」

 彼女は茶化すようにおどけて見せたが、顔を見ればわかる。

 目が笑っていない。メガネの奥の丸っこい瞳には「許サン、殺スゾ」と書いてある。

 それもそのはず。由依はメカニック。鋼一郎が出撃の度、ぶっ壊してくる凱機を修繕することが彼女の仕事なのだから。

「この際です。機体を血まみれにしたことは許しましょう。妖怪だって血を流すんですから、不可抗力でしょうしね。ただ一部のパーツは中に血が入り込んだせいで交換が必須ですが。それから君の操縦が荒っぽいせいで足フレームに多大な負荷がかかっていたのも、いつものことなので許します。現場で戦っているのは君で、それを修理するのが私の仕事ですから。しかし、これはなんでしょうね? 右腕部接合部にバカでかい亀裂が入っていたんですが?」

〈ムラクモ〉からは右腕が丸ごと取り外されている。壊れて使いものにならなくなってしまったのだろう。

 百足を力いっぱい殴りつけただなんて、口が裂けてもいえるわけが……

「マニピュレータを破損する恐れがあるから、殴ったりするのはやめてくださいって注意したばかりですよね?」

 バレていた。彼女は機体内のログデータにも目を通すのだから、当然でもあった。

「し、仕方ねぇだろ!」

「そうですか、けど、中でも一番酷いのはムラクモのエンジンです。もう焼き切れる寸前でしたよ。ただでさえ、君の要望通り限界までリミッターを外しているのに、それでも尚負荷をかけるから」

「あっーもう! 分かったから、まずはその物騒なのを下ろせ!」

「いやです。私の怒りは君をバラバラにしなければ、収まりそうにありませんから」

 由依は握り締めたドリルを下ろそうとしない。それどころ電源を入れ、高速回転する先端で鋼一郎を突き刺そうとする始末である。

「ちょっ……マジでやばいって!」

「問答無用です」

 幸いにもコードの長さが足りず、ドリルは停止。スプラッタな結末こそ避けられたものの彼女は不満気であった。

「ちっ!」

「あっ、いま舌打ちした」

「しましたが、それがなにか?」

 ギロリとこちらを睨む由依は、下手な上官たちよりも恐ろしい。どおりで基地の隊員たちから「整備班の鬼姫」や「全身チタンの鋼鉄女」なんて物騒なアダ名がつけられる訳だ。

 祓刃は男性比率九割を誇るむさ苦しさの詰め合わせだというのに、紅一点である彼女にそんなあだ名がついている時点でお察しである。

 彼女は訓練校時代からの同期でもあった。凱機の操縦適性やシミュレーターでの結果が芳しくなかったためにメカニックへと進路を変更した彼女だが、それでも鋼一郎のお説教係であるのは訓練校で席が隣同士だった頃から変わっていない。

「あのさ、由依。俺からも一ついいか」

 彼女がドリルを下ろし、両手に何の凶器も持っていないことを確認しつつ、ボソりと呟く。

「はい、なんでしょう?」

「いや、なんつーか。お前の方こそ、その恰好っていうかさ」

 由依の恰好はツナギの正面のファスナー部分を開けっぴろげ。胸元から、絞られた腰にかけてを露にしていた。そこから覗く黒のスポーツブラと白い肌のコントラストは何というか……本当に目の毒だ。

 鋼一郎は彼女のツナギ姿から眼を逸らしつつ、さりげなしに指摘したつもりだった。

 実際にはどうにもぎこちないわけだが。

「それ閉じろよ。俺だっていつも言ってるよな、せめてもう少し周りの目を気にしたらどうだって」

「いやです。ここは夏場のガレージですよ。ムシ暑くて死んじゃいます」

 だとしても、すこしは恥じらいがないのだろうか?

 自分の恰好に頓着がないところも、学生時代から変わらないらしい。そのせいで身だしなみを整えた彼女が隠れ美人であるという事実に気付いた同期はなかなかに少ない。

 それに、ちゃんと笑えば、年頃の女の子らしくて可愛いのに。実にもったいないと思ってしまう。

「……なんつーかさ……目のやり場に困るんだよ」

「このムッツリめ」

 由依が目を細めて、こちらを睨む。それもこちらを軽蔑しきった瞳で。

「い、いや! べ、別にお前の胸なんて、なんの興味もなくてだな! ただ、だらしないんじゃないかと……」

「ふーん、私には興味がないんですか。そういえば君は学生時代から、巨乳派でしたよね。いつも、咲楽教官の胸を見ていたの、バレバレでしたから」

「はぁ⁉ 見てませんけどぉ! これぽっちも見てはいませんがぁ!!」

 さっきよりも大きなリアクションで必死に抗議する鋼一郎。由依はそんな彼に、ぐっと詰め寄る。

「克堂くん」

「なっ……なんだよ」

「ぱちん!」と額の真ん中をデコピンで弾かれた。額の真ん中には焼けるような痛みが残る。

「目つきがやらしかったので、つい」

「痛っ……! つい、じゃねぇ! あと、俺はやらしくもねぇ!」

「どうでしょうか。まぁ、それもいいでしょう。……本来、私が言いたいのは」

 由依が一度改まる。

「君は無茶をしすぎなんです。いつも注意していると思いますが、」

「……こっちだって探し出さなきゃいけない妖怪がいるんだ。多少の無茶をしてでも」

「君の事情について、私もある程度は理解しているつもりです。ですがね、修理や代用の効く凱機と違って、操縦者である君自身はそれができないんですよ。ただでさえ、君は今の階級に上り詰めるために、かなりの無茶もしたというのに」

 祓刃の戦闘員には新兵から特級かけて七段階の階級が存在していた。

 一定数の危険度を誇る妖怪の討伐件数や組織への貢献度を参照に、新兵から五級戦闘員、四級戦闘員と昇進していくシステムであり、仙道のように前線から退いた場合もこの時の階級が引き継がれることになっている。

 そして、鋼一郎の階級は一級戦闘員。最上位である特級戦闘員からは一つ下の階級に位置する。

 だが十八歳という若さで、一級にまで上り詰めるのは極めて異例なケースでもあった。

 この若さで一級になるには大規模な殲滅作戦で戦況を作用するほどの貢献を示すか、最低でも年間に百体以上の妖怪を駆除した功績が必要であり、その前例を達成できたのも故人・百千咲楽、ただ一人だけである。

「二人目の最年少一級戦闘員、或いは、百千咲楽の再来。……確かに、そう言えば聞こえはいいかもしれませんね。それに私の場合、克堂くんがあの日から努力を重ねていたことも、それだけの才能を持っていたことも知っています」

「それなら、口うるさいお説教は勘弁願いたいのですが、」

「そうですね。ですが君の場合は、その才能すら諸刃の剣でしょう?」

「うっ……それに限っちゃ、耳の痛い話だよ……」

「君の異様なまでに研ぎ澄まされた動体視力は、たしか拳銃の弾さえ避けられる程でしたよね?」

「えーと……それができるのは俺じゃなくて、咲楽教官。あの人が俺の教官をやってたのも、限りなく同じに近い体質の持ち主だったからで。だけど、俺の場合は避けたくても身体の方が付いてこなかったんだよ」

「それでも秒速三百メートルで動く物体を目で捉えているんです、十分に異常ですよ。たしか、なんと言いましたか」

「B・U障害──脳機能解放(BRAIN・UNLEASH)障害の略だ。ほら、よく言うだろ? 人間の脳のほんの数パーセントしか機能を解放されていないって。けど、幼少期に強いストレスを受けると、ごく稀にその脳機能にセーブをかけるリミッターが壊れちまうことがあるらしいんだ。解離性障害とは、また少し違うらしいんだが。とにかくB・Uってのは、人より脳機能が解放された状態。解放された結果にも個人差が出るが、俺の場合はその結果として、眼球周りの神経と筋肉が異様に発達。んでもって、すこぶる動体視力がよくなったわけだ」

「けれど、リミッターとはソレに制限をかける必要性があるからこそ備わっているんです。そんな状態でさらに負荷をかければ、エンジンのように、いつオーバーフローを起こしたって、」

「俺の目と俺の脳みそのことだ。俺の身体は俺が一番分かってるつーの!」

「なら、気づいていますよね? 貴方の無茶には失明や更なる障害誘発のリスクを孕んでいることも」

「それは……」

 鋼一郎はバツが悪そうに顔を伏せた。

 そして、垂れ下がってきた前髪を後ろへ戻そうと、髪をわしゃわしゃと搔きむしる。

「分かってる。……俺の目と脳みそのことだ。リスクだって承知の上さ」

「……克堂くん」

「俺はこれでも一応、お前に感謝してるつもりだ。訓練校時代から咲楽教官くらいしか話せる相手のいなかった俺を心配してくれたことも。いつも壊した凱機を直してくれることもな」

「それなら、無茶を控えて、」 

「けど、悪い。俺は今のやり方を変えるつもりもないんだ。祓刃のデータベースに登録された妖怪の中には、特級にならなきゃ情報を見れない奴もいる。特級にならなきゃ参加できない作戦だって山ほどある──なにより今のやり方を変えちまったら、俺はあの妖怪を、咲楽教官を殺したあの妖怪をぶっ殺せないんだよ」

 感情に制限をかけるの苦手だ。これは脳がどうこうという話ではなく、本来の性格ゆえだろう。特にマイナスな感情になるほど、上手く抑え込めない。

「…………そうですか」

 由依は小さくうなずいてくれたが、その表情は悲しみと哀れみが混ざり合ったような、そんな顔をしていた。

 どうして、彼女がそんな顔をするのか。

 その心情も察せられるからこそ、鋼一郎は尚更に、バツが悪かった。
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