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「セリル、後ろの留め具がちょっと……」
母が背後からオレの礼服を直している。緊張した指先が何度も同じところをいじくり回すのがわかる。母さんも落ち着かないんだな。気持ちはわかるけど。
「もういいって、母さん。これ以上いじらなくても大丈夫だから」
オレは軽く肩をすくめた。王宮に向かうための馬車の中で、母は出発前から延々とオレの服装を直し続けている。これで何度目だ?
「 第三王子様とのご対面なのよ? 完璧じゃなきゃダメでしょ!」
「いやだから、レオン殿下とはオレ、毎日顔合わせてたわけだし……」
「それはあなたが騎士だった頃の話でしょ! 今は違うのよ!」
母の声がキンキンと響いた。オレはつい顔をしかめた。まあ、オレの立場が変わったのは事実だ。今日からは……なんだ? 婚約者? いや、そんな関係になるなんて想像もできない。
窓の外に目を向けると、馬車は王都の中心部に差し掛かっていた。見慣れた景色のはずなのに、今日はなんだか違って見える。同じ道を馬で駆け抜けたことが何度あったことか。でも今日は……
「もうすぐ王宮よ。セリル、背筋を伸ばしなさい!」
「はいはい」
オレは適当に返事をして、前に向き直った。心臓が妙に早く鳴っている。おかしいな、オレは王宮の前で緊張するような人間じゃなかったはずなのに。
……いや、今日のオレは騎士じゃない。王家と婚姻関係を結ぼうとしている下級貴族の息子。オメガの男。
なんだか、自分じゃない気がしてくる。
王宮の門をくぐると、オレたちは厳かに迎えられた。宮廷礼儀担当の侍従長がわざわざ出迎えてくれるなんて、明らかにいつもと違う扱いだ。オレは少し戸惑いながらも、礼を返した。
「セリル・グランツ様、本日はようこそお越しくださいました。レオンハルト殿下は皆様のお越しを心待ちにしております」
侍従長の声には敬意が含まれている。オレみたいな下級貴族の息子に対して、こんな態度を取られたことなんてない。違和感で首の後ろがムズムズする。
「どうも……」
言葉が出てこない。オレは馬車から降りた両親の後に続いて、王宮の中へと入っていった。
廊下を歩きながら、胸の中がモヤモヤしてくる。この廊下、毎日見ていた場所なのに、今日はまるで別の空間みたいだ。なんだか、天井が高く感じる。
廊下を歩いていくと、見知った顔の騎士たちとすれ違う。みんな一様に驚いた顔でオレを見る。中には敬礼する者までいる。馬鹿みたいだろ? この前まで一緒に訓練していた相手なのに。
胸がキュッと締め付けられる感覚。オレはいつものように彼らに声をかけたくて仕方ない。でも、オレの立場はもう騎士じゃないんだ。かといって、彼らと気軽に話せるほど高貴な身分でもない。今のオレは、どこにも属さない中途半端な存在だ。
「こちらでございます」
侍従長が大きな扉の前で立ち止まった。オレはその扉をじっと見つめた。レオン殿下の執務室じゃない。見覚えのない場所だ。
「御貴賓室にて、お待ちいただけますでしょうか。レオンハルト殿下は、まもなくお見えになります」
侍従長が深々と頭を下げた。オレは軽く頷き返す。いつもなら執務室に直接入れたのに……。
いや、そうだよな。オレはもう彼の部下じゃないんだから。
なんだか少しホッとした。執務室だと、今までの記憶が蘇りすぎて、落ち着かなかったかもしれない。でも同時に、もうあの場所に自由に入れないんだという寂しさも込み上げてくる。
貴賓室に通されて、オレは息を呑んだ。床には分厚いカーペットが敷かれ、壁には王家の紋章を織り込んだタペストリーが飾られている。窓からは王都の景色が一望でき、部屋の中央には高級な木材で作られたテーブルと椅子が置かれていた。
「すげぇ……」
つい口から漏れた言葉に、母が小声で注意してきた。
「セリル、失礼よ!」
「いや、だって母さん、オレたちの家の居間より広いじゃん、ここ」
オレは素直な感想を口にした。実家の屋敷なんて、この部屋の調度品一つで建て直せるんじゃないかってくらい違う。
「こちらでお待ちください。お飲み物をお持ちいたします」
そう言って、侍従長は下がっていった。オレたち家族だけが残された。
「あの、父さん……オレ、どうすりゃいいんだ?」
オレは父に小声で尋ねた。父は真剣な表情で答えた。
「王子様がお見えになったら、まずは敬礼だ。それから……」
父が礼儀作法の説明を始めたけど、オレの頭には全然入ってこない。心臓がバクバクと鳴っている。これから何が起こるんだろう? レオン殿下は何を言うんだろう? オレはなんて答えればいいんだろう?
侍女たちがやってきて、紅茶とお菓子を運んできた。両親はそれを優雅に口にしているけど、オレはカップを持つ手が震えて仕方ない。おかしいな、知らない相手と会うわけでもないのに。
そうして待つこと15分ほど。貴賓室の扉がノックされた。
母が背後からオレの礼服を直している。緊張した指先が何度も同じところをいじくり回すのがわかる。母さんも落ち着かないんだな。気持ちはわかるけど。
「もういいって、母さん。これ以上いじらなくても大丈夫だから」
オレは軽く肩をすくめた。王宮に向かうための馬車の中で、母は出発前から延々とオレの服装を直し続けている。これで何度目だ?
「 第三王子様とのご対面なのよ? 完璧じゃなきゃダメでしょ!」
「いやだから、レオン殿下とはオレ、毎日顔合わせてたわけだし……」
「それはあなたが騎士だった頃の話でしょ! 今は違うのよ!」
母の声がキンキンと響いた。オレはつい顔をしかめた。まあ、オレの立場が変わったのは事実だ。今日からは……なんだ? 婚約者? いや、そんな関係になるなんて想像もできない。
窓の外に目を向けると、馬車は王都の中心部に差し掛かっていた。見慣れた景色のはずなのに、今日はなんだか違って見える。同じ道を馬で駆け抜けたことが何度あったことか。でも今日は……
「もうすぐ王宮よ。セリル、背筋を伸ばしなさい!」
「はいはい」
オレは適当に返事をして、前に向き直った。心臓が妙に早く鳴っている。おかしいな、オレは王宮の前で緊張するような人間じゃなかったはずなのに。
……いや、今日のオレは騎士じゃない。王家と婚姻関係を結ぼうとしている下級貴族の息子。オメガの男。
なんだか、自分じゃない気がしてくる。
王宮の門をくぐると、オレたちは厳かに迎えられた。宮廷礼儀担当の侍従長がわざわざ出迎えてくれるなんて、明らかにいつもと違う扱いだ。オレは少し戸惑いながらも、礼を返した。
「セリル・グランツ様、本日はようこそお越しくださいました。レオンハルト殿下は皆様のお越しを心待ちにしております」
侍従長の声には敬意が含まれている。オレみたいな下級貴族の息子に対して、こんな態度を取られたことなんてない。違和感で首の後ろがムズムズする。
「どうも……」
言葉が出てこない。オレは馬車から降りた両親の後に続いて、王宮の中へと入っていった。
廊下を歩きながら、胸の中がモヤモヤしてくる。この廊下、毎日見ていた場所なのに、今日はまるで別の空間みたいだ。なんだか、天井が高く感じる。
廊下を歩いていくと、見知った顔の騎士たちとすれ違う。みんな一様に驚いた顔でオレを見る。中には敬礼する者までいる。馬鹿みたいだろ? この前まで一緒に訓練していた相手なのに。
胸がキュッと締め付けられる感覚。オレはいつものように彼らに声をかけたくて仕方ない。でも、オレの立場はもう騎士じゃないんだ。かといって、彼らと気軽に話せるほど高貴な身分でもない。今のオレは、どこにも属さない中途半端な存在だ。
「こちらでございます」
侍従長が大きな扉の前で立ち止まった。オレはその扉をじっと見つめた。レオン殿下の執務室じゃない。見覚えのない場所だ。
「御貴賓室にて、お待ちいただけますでしょうか。レオンハルト殿下は、まもなくお見えになります」
侍従長が深々と頭を下げた。オレは軽く頷き返す。いつもなら執務室に直接入れたのに……。
いや、そうだよな。オレはもう彼の部下じゃないんだから。
なんだか少しホッとした。執務室だと、今までの記憶が蘇りすぎて、落ち着かなかったかもしれない。でも同時に、もうあの場所に自由に入れないんだという寂しさも込み上げてくる。
貴賓室に通されて、オレは息を呑んだ。床には分厚いカーペットが敷かれ、壁には王家の紋章を織り込んだタペストリーが飾られている。窓からは王都の景色が一望でき、部屋の中央には高級な木材で作られたテーブルと椅子が置かれていた。
「すげぇ……」
つい口から漏れた言葉に、母が小声で注意してきた。
「セリル、失礼よ!」
「いや、だって母さん、オレたちの家の居間より広いじゃん、ここ」
オレは素直な感想を口にした。実家の屋敷なんて、この部屋の調度品一つで建て直せるんじゃないかってくらい違う。
「こちらでお待ちください。お飲み物をお持ちいたします」
そう言って、侍従長は下がっていった。オレたち家族だけが残された。
「あの、父さん……オレ、どうすりゃいいんだ?」
オレは父に小声で尋ねた。父は真剣な表情で答えた。
「王子様がお見えになったら、まずは敬礼だ。それから……」
父が礼儀作法の説明を始めたけど、オレの頭には全然入ってこない。心臓がバクバクと鳴っている。これから何が起こるんだろう? レオン殿下は何を言うんだろう? オレはなんて答えればいいんだろう?
侍女たちがやってきて、紅茶とお菓子を運んできた。両親はそれを優雅に口にしているけど、オレはカップを持つ手が震えて仕方ない。おかしいな、知らない相手と会うわけでもないのに。
そうして待つこと15分ほど。貴賓室の扉がノックされた。
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