月歌(げっか)

坂井美月

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すれ違う思い⑪

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「すみません…」
待たせてたんだ…って落ち込んで謝ると
「何で謝るんだ?俺も明日、メーカーに流す発注書を書いてたから、別にお前を待ってただけって訳じゃないし」
そう言って小さく微笑んだ。
本館には既に人は居なく、森野さんはセコムを作動して鍵を掛けている。
「じゃあ、柊は着替えて来て」
鍵を閉めている状態で言われ、私は
「分かりました」
と返事をして着替えに更衣室へと向かう。
事務所の電気も消えており、更衣室で着替えながら、まさに二人きりな事に気付いてしまった。
別に何も起こらないと分かっていながらも、二人きりというシュチュエーションに訳の分からない緊張をしていた。
自分のドキドキを振り切るように、私は首を振って(戸締りだけの為に居てくれたんだ)って自分に言い聞かせる。
着替えを終えて下に降りると、森野さんは外の喫煙所の椅子に座って空を見上げていた。
「お待たせしました」と声を掛けようと口を開きかけた瞬間、微かな声が聞こえて来た。
それが声では無く、歌だと気付くのに時間はそんなにかからなかった。
呟くような…囁くような…。
本当に小さな小さな声。
それは懐かしくもあり、私の心を捉えた歌声だった。
ただ違うのは、今聞こえる歌声は、まるで悲鳴を上げているかのような悲痛な歌声だった。
誰に歌う訳でもなく…ただ、くうへと消えていく歌声。
月夜に照らされた森野さんの後ろ姿を、私は黙って見つめる事しか出来ずに居た。
どの位、森野さんの後姿を見つめて居ただろうか?
森野さんの歌声はすぐに消え、今はただ、夜空を黙って見上げている。
声を掛けるタイミングを失って困っていると
「あれ?いつの間に居たんだ?」
森野さんが私に気付いて驚いた顔をした。
「い…今です」
きっと、歌を聴かれたと知られたくないだろうと思い嘘を吐く。
森野さんはホッとした顔をすると
「じゃあ、帰るか」
そう呟いて、ポケットからセコムのカードキーを出して事務所を施錠した。
『ピー』っと、セコムが作動した音を聞くと、森野さんは
「お疲れ様」
そう短く言うと歩き始めた。
私は少し前を歩く森野さんの背中に
(やっぱり…カケルさんなんですか?それとも…似てるだけなんですか?)
そう心の中で問いかけていた。
バクバクと鳴り始めた心臓。
やけに遠く感じる森野さんとの距離。
もし…森野さんがカケルさんだったら……私の気持ちは変わるのだろうか?
失望する?それとも「やっぱり!」って納得する?
それとも、他人のそら似?
何も聞けないまま、私は森野さんの背中をただ黙って見つめて居た。

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