風の唄 森の声

抜け落ちた記憶が語るもの③

目を開けると、そこには心配そうな顔をした美咲と修治の顔があった。
「教授！大丈夫ですか？」
美咲の声に、恭介はぼんやりと現実に引き戻されて行く。
すると、手を誰かに握り締められているのに気付く。
視線を向けると、風太が恭介の手を握り締めて眠っていた。
「風太君、教授に嫌いだって言ったから倒れたんだって言って、ずっと泣いてたんですよ」
美咲の言葉に、恭介はゆっくりと身体を起こして、風太が握っている反対側の手で風太の頭をそっと撫でた。
（あの赤ちゃんが…こんなに大きくなる程、月日は流れていたんだな）
自分と彼女の間に生まれた小さな命。
それはまだ幼い命で、こんなに純粋で真っ直ぐに育ったのは空のお陰なのだろうとぼんやり考える。
「さっきまで泣いてたんだけど、今し方、泣き疲れて眠ちゃったんですよ」
修治の言葉に、恭介は風太を撫でていた手を止める。
部屋を見回すと、美咲と修治。それに泣き疲れて眠った風太だけのようだ。
空と座敷童子の姿が無いと思っていると
「空さん…、教授が目を覚ます直前まではそばにいたんですけど…」
美咲が言い辛そうに呟いた。
｢そうか…｣
恭介が短く答えると、風太が目を擦りながら目を覚ます。
｢恭介！大丈夫か？何処か痛くないか？｣
心配そうに自分を見つめる顔は、何処と無く自分の幼少期に似て見えるのは、風太が自分の子供だと気付いたからなのだろうか？と、恭介はそんな事を考えていた。
｢大丈夫だ。心配掛けて、悪かったな｣
小さく微笑む恭介に、風太は笑顔を浮かべて
｢あのな！あのな！オイラな、恭介の為に、大龍神様の御屋敷から卵と鶏肉を貰って来たぞ！｣
そう言うと
｢だから今日は、茶碗蒸しを空が作ってくれる筈だ｣
と話して、恭介に抱き着いた。
｢だから、恭介は早く良くなれ｣
そう呟いた。
恭介は優しく育った風太を抱き締めて
｢ありがとう、風太｣
と言って頭を撫でた。
すると風太は嬉しそうに笑うと
｢恭介は、父ちゃんみたいで大好きだ｣
無邪気にそう言って恭介に笑いかける。
「やだ！風太君。なんか、それっぽいから止めて！」
美咲が苦笑いして言うと
「確かに！教授と風太ちゃんって、何処となく似てますよね」
修治もそう答えた。
何も知らない風太は
「本当か？恭介、オイラと恭介が似てるんだって！」
そう言って笑うと
「オイラ、恭介が父ちゃんだったら嬉しいな。でも、オイラの父ちゃんも母ちゃんも死んでるからな。残念だけど、恭介は父ちゃんじゃねぇな」
と言って無邪気に笑う。
修治と美咲が神妙な顔をすると、そんな2人に風太は微笑み
「なんだよ！そんな顔すんな。オイラには、ずっと空と座敷童子が一緒に居てくれたから、寂しくなんかなかったぞ」
そう明るく話す。
「もし…もし父親が生きていたら、会いたいと思うか？」
恭介は柄にもなく風太に訊いてしまい、ハッとする。
でも、風太は気にする感じでも無く
「わかんねぇな。きっと生きていたとしたら、会えない事情？ってヤツがあるんだろうし。まぁ、恭介みたいな父ちゃんなら嬉しいかな」
無邪気に話す風太に、自分が父親だと言ってしまいたい衝動に駆られながらも、恭介は俯いて
「そうか…」
とだけ答えた。
そんな恭介を、美咲は複雑な感情で見つめていた。