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対魔師の先輩と準対魔資格者

先輩の帰国について

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 発端は、八代に掛かってきた一本の電話だった。
 「大丈夫ですよ。いつ頃になりますか? って今日! またそんな急に。いやまぁ大丈夫っすけど、あーはい分かりましたよ。じゃ気ぃ付けて来てくださいね」
 と最後に付け加え、八代は終話ボタンを押す。
 「なんかあっらんれふかー?」
 隣で通話(八代の声だけ)が聞こえていたキツネが、口をモゴモゴさせながら尋ねる。
 「だから飲み込んでから喋れってば。一樹さんが日本に帰ってきてるみたいなんだけど、宿が取れなかったから俺ん家に泊めてほしいって」
 「イツキ? あー、イツキさんですか。そうですか帰ってきてたんですね」
 キツネは一瞬だけ考え、思い出す。
 日高一樹は、八代より2つほど上の対魔師の先輩にあたる。
 キツネも何回か会ってはいたが、なにせ海外に対魔師の応援として派遣されてから二年ほど会っていない。
 今回の帰国は、八代は勿論のこと、キツネにとっても久しぶりの再会である。
 「あれ? ってことはユフィちゃんも来ますよね?」
 「まあ、そうだろうな?」
 同時に、一樹のパートナーである妖魔についても考える。
 「バウムクーヘン、買っておいた方がいいですかね?」
 「いや、さすがに一樹さんが買ってるだろ」
 と、ユフィの好物についても検討するが、八代の言った通り、敢えてこちらから提供する必要はないだろうと思い至る。
 「で、今日の何時頃に来るって言ってたんですか」
 キツネに訊かれて気付く。そういえば、ちゃんと時間を聞いておかなかった。
 現在はお昼前、一樹の事だろうから昼食は食べてから来ると思うが、そうでなかった場合のことを考えるならば少し多めに用意しておきたい。
 その空気を察し、キツネが台所に向かい冷蔵庫を開ける。
 少量の野菜と肉。ブラックサンダーが6箱。
 八代とキツネの二人で食べる分には問題ないが、プラス二人となると若干厳しい。
 「はあ、」と小さくため息。
 一樹に確認してからでもよかったが、どちらにせよ買い足しておかないといけない頃合いだ。
 「キツネ、ちょっと買い物行ってくるから、留守番頼んだ」
 言われ、キツネがニッと笑う。
 「いってらっしゃい。イツキさんが来たらテキトーに誤魔化しておきますね」
 いや買い物に行ったって言えばいいじゃん、何を誤魔化す必要があるんだよ。というツッコミを堪えて家を出る。

 少し大きめのショッピングモール内を進む。
 実際そんなに大きな場所でなくてもよかったのだが、八代の家からだと他の店も移動距離があまり変わらなかった。
 適当に必要そうな食材をカゴに入れていく。
 一樹が昼を八代家で食べるということが分かっているなら、よさげな惣菜を買ってもいいのだが、今回はパスしておこう。
 ついでに生鮮食品以外のコーナーも回り、ブラックサンダーとバウムクーヘン(チョコレート味)も買っておく。
 キツネには敢えて買う必要はないと言ったが、買い物があるならそのついでに買っておくのはいいだろう。
 一通り必要な物を揃え、会計を終える。
 「あー! お兄ちゃん! 八代お兄ちゃーん!」
 すごく元気な声に、名前を呼ばれた。
 人の多い場所で突然呼ばれ、一瞬ビクリと背筋を伸ばしてしまうが、すぐに力を抜いて声のした方向を振り向く。
 「よう八代。久しぶりだな。買い物終わりか? 丁度いいや、今から向かおうと思ってたんだ」
 今しがた自分の名前を叫んだ少女と、その隣に立つやや背の高い男がそれぞれ手を上げている。挨拶のつもりだろう。
 「一樹さん。ユフィちゃんも。久しぶり。ここにいたんですね」
 先程電話で話した八代の先輩の対魔師と、そのパートナーの妖魔だった。
 八代も二人に倣い、軽く手を上げて挨拶を返す。
 その後、結局三人で話しながら八代の家まで歩いていった。
 話によると、一樹とユフィは早めに昼食を済ませていたらしい。
 八代家に到着し、八代が玄関のドアを開ける。
 「ただいま。キツネ。一樹さんとモールで――」
 まで言って言葉を切る。
 玄関に見覚えのある靴が一組揃えてあった。
 美穂が来ている。
 自分が買い物に行っている間に入れ違っていたようだ。キツネに留守番を頼んでおいて良かった。
 「おー、兄さんお帰りなさいです。お、イツキさんたちも一緒でしたか」
 八代の声を聞き、部屋から顔を出したキツネが八代と来客に笑顔を送る。
 「あー! キツネのお姉ちゃん!」
 言いながらユフィがダッシュ。キツネに抱きつく。
 キツネはそれをしっかり受け止め「おー、ユフィちゃんも久しぶりですねー、」と小さな妖魔の頭を優しく撫でる。
 「八代くんお帰りなさーい、おじゃましてるよー」
 と言いつつ美穂も部屋から顔を出す。
 「えっと、その人が、八代くんの先輩さんと、そのパートナーの妖魔ちゃん?」
 言って八代の後ろに立つ二人を見て疑問を送る。事情は既にキツネから聞いていたようだ。
 
 美穂は対魔師ではなく、依頼や作戦の時などにその補佐を務める「準対魔資格者(ジュンタイと略す)」であり、仲のいい八代や特定の対魔師を除けばそこまで協会内に知り合いがいるわけでもない。
 八代の知らないところで会っていた可能性はあったが、案の定初対面だったようだ。
 「ああ、こっちが対魔師の先輩で――」
 「待て八代! 俺が名乗る! カッコよく! かつクールに!」
 八代の言葉に途中で被せ、一樹は言うが早いか美穂のすぐ目の前まで移動。
 軽く手を上げて爽やかな笑顔を作る。
 「俺は日高一樹。日が高い、漢数字の一に村の間に豆みたいな漢字を入れた樹だ。八代とは対魔師の先輩と後輩の仲だ」
 美穂が咄嗟のことで一瞬たじろぐが、すぐに相手に合わせた笑顔を作る。
 「初めまして。遠藤美穂です。遠い、佐藤とか斎藤とかの藤、美しいに稲穂の穂です。八代くんとは友達で、あとたまにお客さんです」
 別にしなくてもいいのに一樹がやったことと同様な自己紹介をしてしまう。
 そんな美穂を見て、一樹が「ほぅ」と不適に笑う。
 「美穂ちゃんか。いい名前だ。その名前のように大きく実ってるみたいだしな」
 言って一樹は美穂の胸元を見下ろす。
 「あ、ありがとう、ございます・・・・・・」
 他の女子よりも少し胸が大きく、男子(とキツネ)から度々そのような視線を浴びることはあった。
 キツネに至っては堂々と揉んでいたこともあったほどだ。
 しかし面と向かってハッキリ言われると少しだけ気後れしてしまう。
 キツネはそんな空気を察したのかユフィを抱えたまま別の部屋に移動した。
 子供にはまだ早いですということなのだろう。
 キツネが部屋に入ったところで、美穂がその部屋の方向を指差す。
 「あの、さっきの妖魔の子。ユフィちゃんって言ってましたけど、もしかして名前ですか?」
 それを聞いて一樹が少し答え辛そうにしたが、すぐに先程の笑顔を取り戻す。
 「あぁ、ユフィって言うんだけど、美穂ちゃんもそう呼んでやってくれ。そうすればアイツも喜ぶ」
 一樹に言われ、美穂が「おぉ、」と感嘆の声をあげてしまう。
 対魔師にとって自分のパートナーの妖魔の名前を知っているということは、一つのステータスのようなものだ。
 キツネもカラスも、パートナーの二人にまだ名前を教えていない。
 パートナーを名前で呼んでいるということは、それだけでも十分に一流の対魔師である証だ。
 そして一樹は今なんと言ったか。
 
 ーー美穂ちゃんもそう呼んでやってくれ
 明らかに、自分以外の支配下には置かれないという自信の表れではないか。
 美穂は少しだけ感動してしまう。
 こんなにもすごい人がいたことに。
 それが友人の先輩という、わりと近しい関係であったことに。
 何故か全く関係ない筈なのに、自分のことを誇らしく思えてしまった。
 そんな美穂の好奇な目を受けて、一樹は少しばつが悪そうにめをそらしながら苦笑する。
 事情を知っている八代も同様に苦笑いを返すのみである。
 実際のところは一番最初に一樹が素性を尋ねた際に子供故の無邪気さとでも言うべきか、ガッツリとフルネームを答えてしまったという珍事である。
 元々、対魔師としての腕もそれなりに評価されていた一樹であったが、その一件をきっかけに「パートナーを名前で呼んでいる」と、一気に名前が広がってしまい、今では「一流対魔師」という肩書きが独り歩きしてしまっている。
 「子供って怖いね」と当時の一樹は語っていた。
 そういう経緯ゆえに、美穂から受けている羨望に近い眼差しも苦笑いで返してしまうが、相手は一樹の大好物である美乳を備えた少女である。
 一樹自身、それほど悪い気はしなかった。
 美穂の胸をもう一度瞼に焼き付け、八代に耳打ちする。
 「安心しろって。後輩のカノジョに手ぇ出すほど堕ちてねぇよ」
 それを聞いた八代が「いやカノジョじゃねっす」と喉元まで出かかった言葉を咄嗟に抑える。
 ここで否定して、結果美穂に手を出されても後味が悪いからだ。
 「いやいや女心の『お』の字も分からないような兄さんにカノジョとか、イツキさんも結構な節穴ですねー」
 いつの間にそこにいたのか、キツネが一樹の背後から抗議の声を上げる。
 一樹と美穂は驚いて飛び退くが、一応部屋から出てくるのが見えていた八代が「はぁ」と小さくため息を吐く。
 「ユフィちゃんは?」
 八代の質問に、キツネが微笑みながら人差し指を立てて口に当てる。
 「寝てます」
 「早!」
 キツネの意外な子守りスキルの高さに一同が唖然とするが、そんな空気をスルーしてキツネが美穂と一樹を見比べる。
 「さて、美穂さんはこのまま応接室で兄さんと話があるので、イツキさんは客間まで案内しますね。個人的に話したいこともありますし」
 「ん、客間って、さっきユフィを連れていった部屋じゃないのか?」
 言いながら、先程とは別の部屋に向かって歩くキツネに、一樹が疑問を口にする。
 「いえ、あそこは私の部屋です。言っときますけど兄さん以外は男子禁制ですからね」
 言われて一樹は、キツネが考えていることの大体を悟った。
 美穂は八代に何かの依頼を持ってきた。それを第三者である自分の前で話すわけにはいかず、かつ今の自分は八代家側からすると客人である為、放置するというわけにも難しい。
 だから美穂は八代に、一樹はキツネ自身が対応しようとしたことに。
 そして一樹とキツネで盛り上がる話といえば、大体はとても上品とは言えないような内容だ。大方、今回は美穂の胸がどうこうとなるだろう。
 ユフィを自分たちと別の部屋に連れていったことも、それを見越した行動だとしたら納得もいく。
 一樹はキツネの案内に着いていく前に、八代を一瞥。
 「いいパートナーを持ったな」
 「どうも」
 ユフィは勿論、自分もできないだろうと思った程にはすごく気の利いた行動だ。
 素直に感心した。

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