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カラスと少年 読み切り
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「ねぇ、僕のお母さん知らない?連れていってよ」
凄惨な最期を迎えた少年は自らの母を探してさ迷う
多くの怨念と悲しみの念を引き連れながら
「カラス、止まって」
今にも少年に斬りかかろうとしていた長身の妖魔は、美穂の制止を受けて一時的に動きを止める。
美穂とカラスの二人が、憎悪と好奇心の入り交じった少年の目に見据えられる。
「美穂、こいつは危険だ。怨念を持って動いてる。栄養が欲しくて人間を食ってるやつらとは違うんだぞ」
カラスの忠告を、美穂は頷いて肯定する。
「わかってる。それはわかってるけど、でもあの子は、お母さんを探してるだけの子どもなんだよ」
「見た目だけはな」
美穂も対魔師としての素質はあった。適性値が高く運動神経も悪くはない。
しかしいかんせん、その性格が問題だった。
彼女は周りに対し、少しばかり優しすぎたのだ。
今でも、自分に敵意を向けている少年を心配しているくらいには。
「ねえキミ、お母さんに会いたいんだよね」
「お母あ、さん・・・・・・」
美穂の言葉に反応し、少年は短く言葉を返す。
反応を示されたことに、美穂の顔が少し明るくなる。
が、
「知ってるの、お母さん、連れてきてよ、ねえ」
カラスが美穂を抱き抱え跳躍。
次の瞬間に、さっきまで美穂が立っていた地面に風穴が空く。
「なん、で」
さっきまで自分が立っていた場所を見つめ、美穂は驚愕している。
「おおよそ、もう正気ではないって事だろうな」
カラスが答えつつ、抱えていた美穂をゆっくり下ろす。
「でも、『お母さん』には反応してたよ」
「多分もう、それにしか反応しないんだ」
恐らくそれが、少年が保った最後の理性なのだろう。
美穂は少年に向き直る。少年と美穂の視線が交差する。
「討伐、するしかないのかな」
悩んでいるとも、諦めているともとれる声色に、カラスは答えを考えてしまう。
カラスの戦闘力は他の妖魔と比べても頭1つ抜けている。ましてや相手は子ども。戦闘となればまずカラスに負ける要素はない。
しかし、こういうバックに何かしらの感情を抱えている相手をただ倒してしまうだけでは、美穂が絶対に尾を引く。
何か良い策を考えようにも浮かばない。結局は倒すしか無いのだろうと結論を急ぐように考えてしまう。
もし、と思ってしまった。
もし、あの二人ならば、この状況を何とかできただろうか。
戦闘では、自分に遠く及ばない。しかし知略で今までの修羅場を抜けてきた二人を、カラスはふと考えてしまった。
「もしかして、八代くん達なら何とかできたかも知れなかったね・・・・・・」
美穂が自重気味に呟く。
カラスは思わず笑ってしまった。美穂も自分と同じことを考えていたことに。
それほど自分たちは、あの二人を意外と信用していることに。
「無い物ねだりだな」
と、自分に対して悪態をつく。
「うわー今のはひどいですねぇー、勝手にいないことにされてしまいましたよ?」
突然後ろからの声に、二人が驚いて振り向く。
見知った少女の顔がそこにあった。
「キツネ」
言われ、キツネがニッと笑いVサインを送る。
そしてすぐに少年に向き直る。
「やあショタっ子。さっきは失礼しましたねぇ」
軽く手を上げて挨拶するが、少年は無反応であった。
「さっきって、会ったの? あの子に?」
変わりに美穂が、キツネの発言に疑問をぶつけてきた。
「ええ、一時間くらい前に私たちも絡まれちゃって。一旦逃げたんですけどまた戻ってきた次第です」
「なんでそんなこと」
「こっちにも色々と準備とかあるんですよ」
と、少し余裕ぶって笑って見せる。
それを聞いて、美穂がキョロキョロと辺りを見渡す。
「心配しなくても兄さんは後で来ますよ」
言われて美穂がキツネの方を向く。キツネは少年を見据えたまま、口だけを開く。
「それまで少しだけ時間を稼ぎたいんですが、カラスさん、美穂さんを守れますか?」
「ああ、問題ない」
カラスの返答に、満足そうに笑ってから、真剣な表情に戻る。
「ショタっ子ぉ! なんとかお母さん見つけてあげるから、少しお姉さんたちの話――」
キツネが全てを言い終わる前に、地面が抉れた。
少年の攻撃に咄嗟に反応できたカラスは、美穂を掴んで射程範囲の外に跳んだ。
キツネだけが、衝撃に飲まれる。
「キツネちゃ・・・・・・え?」
抉れた地面の上に、キツネがなにくわぬ顔で立っていた。
キツネは美穂に視線を向け、いたずらっぽく笑い、すこし艶かしい動作で自分の唇を親指でさすった。
「あ、」とその動作でおおよそ理解したのだろう、美穂が少し顔を赤らめて笑い返す。
キツネは八代から既に何かを(恐らく魔力耐性を)借りている。
キツネはどや顔で少年を見る。
「反抗期の子供の一発や二発くらい綺麗に受け止めてこそ年長者というものですよ。さあおいでショタっ子。その溢れ出るお母さんへの想いとか怨みとかなんやかんやをお姉さんにぶつけてみブオォッフェ!」
言ってる間に殴られた。
魔力に強い耐性を持っているが、拳という物理的な攻撃に対抗することは出来ず、キツネは少し転がった後にうつ伏せでべたんと
倒れた。
「キツネちゃん!」
美穂が叫ぶと、倒れていたキツネがゆっくりと起き上がる。
「何するんですかマセガキこのやろー!!」
年長者が怒った。
その場でダッシュ。少年に向かってドロップキックを食らわせる。
吹っ飛ばされた少年を見ながら、美穂が「ええ、」と驚きの声を上げる。
「鉄拳制裁!」
「足だったよ!」
蹴った後に拳を突き出してアピールするキツネに対して思わずツッコミをいれてしまう。
「まったく子どもだからって何でも許されると思ったら大間違いですからね」
キツネの発言に、その言い方もまたどういうものかと考えてしまった美穂だったが、すぐに少年が立ち上がったことによって思考を中断する。
「ねえキツネちゃん。わざわざ戻ってきたってことは、あの子を助ける何かいいアイディアとかあったりするんだよね?」
「ありますよ。ただし成功率は五分五分ってところですね。失敗したら最悪は討伐するってことで兄さんも納得してますけど、それでも聞きますか?」
ちょっとした賭けになる。というキツネの言い分に対し、美穂は少し考えてしまう。
が、すぐに少年に向き直り、腹をくくる。
「わかった。それでいいから、聞かせて」
キツネが頷く。
「分かりました。まずは今、兄さんが・・・・・・いえ、時間みたいです。続きは走りながら話します」
「え、それってどういう――」
「悪ぃキツネ! 少し遅れって美穂たちも一緒か」
後ろからの聞き覚えのある声に、美穂とカラスが振り向く。
「八代くん」
呼ばれ、八代が軽く手を上げて挨拶する。
「兄さん」
キツネは早歩きで八代に近づき、ペタペタと両手の平で八代の頬をがっちりホールドする。
「んっ」
そしてそのままの体制で八代と唇を重ねる。
八代はすぐに理解し、彼女のキスを受け入れる。
キツネが視線をずらすと、納得はしているのだろうがどこか複雑な表情で顔を朱くしている美穂と目が合う。
ニッと少し意地悪な笑顔を送ってやった。
「では兄さん。確かにお返ししました」
キツネはそう言いながら唇を離し、改めて少年に向き直る。
「カラスさん。あのマザコン坊やの動き、少し止められますか?」
少年はこのやり取りの間に攻撃はしてこなかった。恐らくは母親という言葉に反応しているのだろうとキツネは推測したが、万全であることに超したことはない。
「出来るが、してどうするつもりだ?」
カラスの返しに少しだけ考えた後
「あの子から、少し記憶を借りようかと思いましてね」
結局のところは別に隠すほどでもなかったと正直に答えてしまう。
「え、記憶って、そんなことも出来るの?」
美穂の疑問に、キツネはチッチッチと人差し指を振ってみせる。
「相手の能力を借りれるとは言いましたけど、能力しか借りれないっていうのはそっちの思い込みですよぉ?」
言ってカラスに視線を送る。「こっちはいつでもいいですよ?」と
カラスもそれに頷く。
直後、カラスが跳躍。
少年の眼前で着地し、足払い。
一瞬だけ宙に浮いた少年の首の後ろと腹の二ヶ所を押さえ、そのまま真上に投げ飛ばす。
「止めてねぇぇ!」
と悪態をつきながらもキツネがその場で空中の少年に向かって跳躍。
接触と同時に器用に両手両足を絡め少年の身体をホールドし、そのまま空中で無理矢理キスをした。
必要な記憶を借りたと同時に二人仲良く落下していく。
キツネは即座に絡めていた手足を離し、少年の腹に足裏を当て、思い切り蹴り飛ばす。
「はいぃ!?」と驚愕の表情を浮かべる美穂を横に、少年は勢いよく地面に激突。キツネは空中で綺麗に回転し美穂の横に着地。
「美穂さん、こっちです!」
言ってすぐに美穂の手をとり走り出す。
状況を上手く理解していない美穂だったが、取り敢えずキツネの言う通りに自分も走り出す。
「兄さん、カラスさん、あとは任せました!」
「お前無駄に刺激してから行くなっつの!」
後ろで八代が叫ぶが構わず走り抜く。
八代はそんなキツネ(と美穂)の背中を目で追い「あぁもぉ、あのバカ」と悪態をつくも、結局は無駄だと悟りカラスに向き直る。
「カラス、すまんが少し付き合ってくれ」
「それはいいが、説明くらいはしてくれるのか」
カラスの返しに少し考えた後、八代が口を開く。
「三番資料庫だ。あいつの母親の情報を探してきてもらう」
「・・・・・・マジか」
カラスも驚いたように聞き返す。
機関の資料庫といえば妖魔の情報が詰まっている。
そのうちの三番資料庫は妖魔の周辺人物についてをまとめたものが置いてある。
もしかしたら少年の母親についても何か分かるかもしれない。
「だからアイツにはより正確な資料を見つけてもらうために少年から母親の記憶を借りてもらった」
言いながら八代は少年から目を離していない。今までと違いかなり警戒しているのが窺える。
八代は今回、機関の資料庫の使用許可を取るために少し遅れてきた。
その間に少年が暴走てもいいよう、キツネに耐性を貸して最低限の防衛を行わせ、許可が降り次第、今度は少年から母親の記憶を借りてより詳しく機関の情報と照らし合わせる。
といった策だ。
キツネやカラスのように、理由がなければ人間と敵対しないという妖魔も存在する現在にして、機関としてはそういう相手には敵対する理由を与えないことに越したことはない。
今回の少年については、問答無用で討伐してしまうよりも平和に解決できる道があるかもしれない。
使用許可を求めた本人が資料を閲覧するわけではないという事情によって、多少めんどくさい手続きがあったにしろ、今回の資料庫の使用許可が降りるのは必然と言えた。
「今回お前たちがいてくれたのは正直嬉しかった。美穂と二人ならいくらか探すのも捗るだろうし、カラスがいれば取り敢えず戦闘面でも問題なさそうだしな」
「戦闘面」という言葉に、カラスも少年を見やる。
キツネの一撃が効いたのだろうか、さっきまで倒れていたようだが、今丁度起き上がろうとしていたところだ。
「俺がいなくても、ヤシロ一人で止められたんじゃないか?」
少し皮肉が混じったようにも聞こえるが、思えばあの少年は、「お母さん」という単語に反応して襲ってきていた。
恐らく攻撃というよりは、母親に対する何かしらの無意識な感情のようなものなのだろう。
だとしたら下手に刺激しなければ特に危険はないとカラスは踏んでいた。
「少し前ならそれでもよかったんだけど、今は事情が違うんでね」
あの少年にとって母親という存在は言わば最後の理性だ。
八代は一瞬だけ少年から目を離し、先程キツネたちが駆けていった方向を見、すぐに少年に戻す。
少年が完全に起き上がる。
その双牟が八代とカラスの二人をしかと見据える。
悲壮や憎悪はそのままに、しかしいままで持っていた母親の記憶を、理性を無くしたそれを。
「・・・・・・マジかよ」
「マジだ。てことでカラス、少し頼みだが」
八代が半歩退き、すぐにでも飛びかかれる体制をとる。
それに倣い、カラスも戦闘体制に入る。
「あの二人が戻ってくるまで、ちと青少年の虐待に付き合えや」
八代の提案に、小さくため息をひとつ。
「またお前らは、面白い事を考える」
凄惨な最期を迎えた少年は自らの母を探してさ迷う
多くの怨念と悲しみの念を引き連れながら
「カラス、止まって」
今にも少年に斬りかかろうとしていた長身の妖魔は、美穂の制止を受けて一時的に動きを止める。
美穂とカラスの二人が、憎悪と好奇心の入り交じった少年の目に見据えられる。
「美穂、こいつは危険だ。怨念を持って動いてる。栄養が欲しくて人間を食ってるやつらとは違うんだぞ」
カラスの忠告を、美穂は頷いて肯定する。
「わかってる。それはわかってるけど、でもあの子は、お母さんを探してるだけの子どもなんだよ」
「見た目だけはな」
美穂も対魔師としての素質はあった。適性値が高く運動神経も悪くはない。
しかしいかんせん、その性格が問題だった。
彼女は周りに対し、少しばかり優しすぎたのだ。
今でも、自分に敵意を向けている少年を心配しているくらいには。
「ねえキミ、お母さんに会いたいんだよね」
「お母あ、さん・・・・・・」
美穂の言葉に反応し、少年は短く言葉を返す。
反応を示されたことに、美穂の顔が少し明るくなる。
が、
「知ってるの、お母さん、連れてきてよ、ねえ」
カラスが美穂を抱き抱え跳躍。
次の瞬間に、さっきまで美穂が立っていた地面に風穴が空く。
「なん、で」
さっきまで自分が立っていた場所を見つめ、美穂は驚愕している。
「おおよそ、もう正気ではないって事だろうな」
カラスが答えつつ、抱えていた美穂をゆっくり下ろす。
「でも、『お母さん』には反応してたよ」
「多分もう、それにしか反応しないんだ」
恐らくそれが、少年が保った最後の理性なのだろう。
美穂は少年に向き直る。少年と美穂の視線が交差する。
「討伐、するしかないのかな」
悩んでいるとも、諦めているともとれる声色に、カラスは答えを考えてしまう。
カラスの戦闘力は他の妖魔と比べても頭1つ抜けている。ましてや相手は子ども。戦闘となればまずカラスに負ける要素はない。
しかし、こういうバックに何かしらの感情を抱えている相手をただ倒してしまうだけでは、美穂が絶対に尾を引く。
何か良い策を考えようにも浮かばない。結局は倒すしか無いのだろうと結論を急ぐように考えてしまう。
もし、と思ってしまった。
もし、あの二人ならば、この状況を何とかできただろうか。
戦闘では、自分に遠く及ばない。しかし知略で今までの修羅場を抜けてきた二人を、カラスはふと考えてしまった。
「もしかして、八代くん達なら何とかできたかも知れなかったね・・・・・・」
美穂が自重気味に呟く。
カラスは思わず笑ってしまった。美穂も自分と同じことを考えていたことに。
それほど自分たちは、あの二人を意外と信用していることに。
「無い物ねだりだな」
と、自分に対して悪態をつく。
「うわー今のはひどいですねぇー、勝手にいないことにされてしまいましたよ?」
突然後ろからの声に、二人が驚いて振り向く。
見知った少女の顔がそこにあった。
「キツネ」
言われ、キツネがニッと笑いVサインを送る。
そしてすぐに少年に向き直る。
「やあショタっ子。さっきは失礼しましたねぇ」
軽く手を上げて挨拶するが、少年は無反応であった。
「さっきって、会ったの? あの子に?」
変わりに美穂が、キツネの発言に疑問をぶつけてきた。
「ええ、一時間くらい前に私たちも絡まれちゃって。一旦逃げたんですけどまた戻ってきた次第です」
「なんでそんなこと」
「こっちにも色々と準備とかあるんですよ」
と、少し余裕ぶって笑って見せる。
それを聞いて、美穂がキョロキョロと辺りを見渡す。
「心配しなくても兄さんは後で来ますよ」
言われて美穂がキツネの方を向く。キツネは少年を見据えたまま、口だけを開く。
「それまで少しだけ時間を稼ぎたいんですが、カラスさん、美穂さんを守れますか?」
「ああ、問題ない」
カラスの返答に、満足そうに笑ってから、真剣な表情に戻る。
「ショタっ子ぉ! なんとかお母さん見つけてあげるから、少しお姉さんたちの話――」
キツネが全てを言い終わる前に、地面が抉れた。
少年の攻撃に咄嗟に反応できたカラスは、美穂を掴んで射程範囲の外に跳んだ。
キツネだけが、衝撃に飲まれる。
「キツネちゃ・・・・・・え?」
抉れた地面の上に、キツネがなにくわぬ顔で立っていた。
キツネは美穂に視線を向け、いたずらっぽく笑い、すこし艶かしい動作で自分の唇を親指でさすった。
「あ、」とその動作でおおよそ理解したのだろう、美穂が少し顔を赤らめて笑い返す。
キツネは八代から既に何かを(恐らく魔力耐性を)借りている。
キツネはどや顔で少年を見る。
「反抗期の子供の一発や二発くらい綺麗に受け止めてこそ年長者というものですよ。さあおいでショタっ子。その溢れ出るお母さんへの想いとか怨みとかなんやかんやをお姉さんにぶつけてみブオォッフェ!」
言ってる間に殴られた。
魔力に強い耐性を持っているが、拳という物理的な攻撃に対抗することは出来ず、キツネは少し転がった後にうつ伏せでべたんと
倒れた。
「キツネちゃん!」
美穂が叫ぶと、倒れていたキツネがゆっくりと起き上がる。
「何するんですかマセガキこのやろー!!」
年長者が怒った。
その場でダッシュ。少年に向かってドロップキックを食らわせる。
吹っ飛ばされた少年を見ながら、美穂が「ええ、」と驚きの声を上げる。
「鉄拳制裁!」
「足だったよ!」
蹴った後に拳を突き出してアピールするキツネに対して思わずツッコミをいれてしまう。
「まったく子どもだからって何でも許されると思ったら大間違いですからね」
キツネの発言に、その言い方もまたどういうものかと考えてしまった美穂だったが、すぐに少年が立ち上がったことによって思考を中断する。
「ねえキツネちゃん。わざわざ戻ってきたってことは、あの子を助ける何かいいアイディアとかあったりするんだよね?」
「ありますよ。ただし成功率は五分五分ってところですね。失敗したら最悪は討伐するってことで兄さんも納得してますけど、それでも聞きますか?」
ちょっとした賭けになる。というキツネの言い分に対し、美穂は少し考えてしまう。
が、すぐに少年に向き直り、腹をくくる。
「わかった。それでいいから、聞かせて」
キツネが頷く。
「分かりました。まずは今、兄さんが・・・・・・いえ、時間みたいです。続きは走りながら話します」
「え、それってどういう――」
「悪ぃキツネ! 少し遅れって美穂たちも一緒か」
後ろからの聞き覚えのある声に、美穂とカラスが振り向く。
「八代くん」
呼ばれ、八代が軽く手を上げて挨拶する。
「兄さん」
キツネは早歩きで八代に近づき、ペタペタと両手の平で八代の頬をがっちりホールドする。
「んっ」
そしてそのままの体制で八代と唇を重ねる。
八代はすぐに理解し、彼女のキスを受け入れる。
キツネが視線をずらすと、納得はしているのだろうがどこか複雑な表情で顔を朱くしている美穂と目が合う。
ニッと少し意地悪な笑顔を送ってやった。
「では兄さん。確かにお返ししました」
キツネはそう言いながら唇を離し、改めて少年に向き直る。
「カラスさん。あのマザコン坊やの動き、少し止められますか?」
少年はこのやり取りの間に攻撃はしてこなかった。恐らくは母親という言葉に反応しているのだろうとキツネは推測したが、万全であることに超したことはない。
「出来るが、してどうするつもりだ?」
カラスの返しに少しだけ考えた後
「あの子から、少し記憶を借りようかと思いましてね」
結局のところは別に隠すほどでもなかったと正直に答えてしまう。
「え、記憶って、そんなことも出来るの?」
美穂の疑問に、キツネはチッチッチと人差し指を振ってみせる。
「相手の能力を借りれるとは言いましたけど、能力しか借りれないっていうのはそっちの思い込みですよぉ?」
言ってカラスに視線を送る。「こっちはいつでもいいですよ?」と
カラスもそれに頷く。
直後、カラスが跳躍。
少年の眼前で着地し、足払い。
一瞬だけ宙に浮いた少年の首の後ろと腹の二ヶ所を押さえ、そのまま真上に投げ飛ばす。
「止めてねぇぇ!」
と悪態をつきながらもキツネがその場で空中の少年に向かって跳躍。
接触と同時に器用に両手両足を絡め少年の身体をホールドし、そのまま空中で無理矢理キスをした。
必要な記憶を借りたと同時に二人仲良く落下していく。
キツネは即座に絡めていた手足を離し、少年の腹に足裏を当て、思い切り蹴り飛ばす。
「はいぃ!?」と驚愕の表情を浮かべる美穂を横に、少年は勢いよく地面に激突。キツネは空中で綺麗に回転し美穂の横に着地。
「美穂さん、こっちです!」
言ってすぐに美穂の手をとり走り出す。
状況を上手く理解していない美穂だったが、取り敢えずキツネの言う通りに自分も走り出す。
「兄さん、カラスさん、あとは任せました!」
「お前無駄に刺激してから行くなっつの!」
後ろで八代が叫ぶが構わず走り抜く。
八代はそんなキツネ(と美穂)の背中を目で追い「あぁもぉ、あのバカ」と悪態をつくも、結局は無駄だと悟りカラスに向き直る。
「カラス、すまんが少し付き合ってくれ」
「それはいいが、説明くらいはしてくれるのか」
カラスの返しに少し考えた後、八代が口を開く。
「三番資料庫だ。あいつの母親の情報を探してきてもらう」
「・・・・・・マジか」
カラスも驚いたように聞き返す。
機関の資料庫といえば妖魔の情報が詰まっている。
そのうちの三番資料庫は妖魔の周辺人物についてをまとめたものが置いてある。
もしかしたら少年の母親についても何か分かるかもしれない。
「だからアイツにはより正確な資料を見つけてもらうために少年から母親の記憶を借りてもらった」
言いながら八代は少年から目を離していない。今までと違いかなり警戒しているのが窺える。
八代は今回、機関の資料庫の使用許可を取るために少し遅れてきた。
その間に少年が暴走てもいいよう、キツネに耐性を貸して最低限の防衛を行わせ、許可が降り次第、今度は少年から母親の記憶を借りてより詳しく機関の情報と照らし合わせる。
といった策だ。
キツネやカラスのように、理由がなければ人間と敵対しないという妖魔も存在する現在にして、機関としてはそういう相手には敵対する理由を与えないことに越したことはない。
今回の少年については、問答無用で討伐してしまうよりも平和に解決できる道があるかもしれない。
使用許可を求めた本人が資料を閲覧するわけではないという事情によって、多少めんどくさい手続きがあったにしろ、今回の資料庫の使用許可が降りるのは必然と言えた。
「今回お前たちがいてくれたのは正直嬉しかった。美穂と二人ならいくらか探すのも捗るだろうし、カラスがいれば取り敢えず戦闘面でも問題なさそうだしな」
「戦闘面」という言葉に、カラスも少年を見やる。
キツネの一撃が効いたのだろうか、さっきまで倒れていたようだが、今丁度起き上がろうとしていたところだ。
「俺がいなくても、ヤシロ一人で止められたんじゃないか?」
少し皮肉が混じったようにも聞こえるが、思えばあの少年は、「お母さん」という単語に反応して襲ってきていた。
恐らく攻撃というよりは、母親に対する何かしらの無意識な感情のようなものなのだろう。
だとしたら下手に刺激しなければ特に危険はないとカラスは踏んでいた。
「少し前ならそれでもよかったんだけど、今は事情が違うんでね」
あの少年にとって母親という存在は言わば最後の理性だ。
八代は一瞬だけ少年から目を離し、先程キツネたちが駆けていった方向を見、すぐに少年に戻す。
少年が完全に起き上がる。
その双牟が八代とカラスの二人をしかと見据える。
悲壮や憎悪はそのままに、しかしいままで持っていた母親の記憶を、理性を無くしたそれを。
「・・・・・・マジかよ」
「マジだ。てことでカラス、少し頼みだが」
八代が半歩退き、すぐにでも飛びかかれる体制をとる。
それに倣い、カラスも戦闘体制に入る。
「あの二人が戻ってくるまで、ちと青少年の虐待に付き合えや」
八代の提案に、小さくため息をひとつ。
「またお前らは、面白い事を考える」
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スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
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