執着の軌跡

トミー

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四章

通じ合う

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 私は、変わり映えのしない通学路を歩いている。隣をみると、黒い綺麗な髪が靡いていたそこには、茶色い癖毛があった。
「まいちゃんと仲直りしないの?」
 そういってこちらを心配そうに伺うミキの姿があった。
「うん」
「どうして?もう何年もあまり話してないよね。来年には話したくても、話せなくなるよ」
「わかってるよ、中学までだもんね。こうやって皆で過ごすのも」
 高校になればシロはきっと、私には手の届かないところに進学するだろう。
「そうだよ。おせっかいかもしれないけど、私はなつめとまいちゃんにはずっと、友達として仲良くしてほしい。だって、まいちゃん中学にあがってから暗くなっちゃったもんね」
「シロは大人びているから、そう見えるだけだよ」
 ミキはムスッと顔をしかめ、私を見上げながら言った。
「本当はわかってるんだよね?まいちゃんは‥昔はもっと明るくて、頑固な所はあるけど芯の強い優しい子だった。今は、なんだかお人形さんみたい‥」
「そうだね‥そうかもしれない」
 シロは、無口になり滅多に笑うことはなくなっていた。原因は、私と高田にある。しかし、その事を知る者は私とシロ、そして高田だけだ。
「高田先輩彼氏なんだから、もっとまいちゃんのこと支えてあげてほしいよね。二人、よく一緒にいるけどまいちゃんは彼氏の前でもあんな感じだし」
 高田先輩‥今でもあの時の事を思い出すと、背筋が寒くなる。普段の姿からは想像もつかない。高田の二面性が垣間見えたのは、後にも先にもあの時だけだった。
 私は何も知らず呑気な事ばかり言うミキに、少し苛立ちを覚えながら
「高田‥‥先輩には無理だよ」
 それだけ返した。
 ミキは、私の表情から何かを感じ取ったのか
「そういえば、スキー教室楽しみだね」
 あからさまに、話を逸らした。
 私たちは、どことなく重苦しい空気のまま教室へむかった。

「はい!皆、準備運動しっかりしてね」
 先生のよく通る声が、響き渡る。
 雲ひとつない青空で絶好のプール日和だ。皆、心なしか浮足だっている様にみえる。
「おい、白川さんヤバくね?」
 シロの名前が聞こえ、思わずそちらに目をむける。そこには、クラスメイトの男たちが下品な笑みを浮かべ、シロのことを舐め回す様にみていた。
「ああ。大人しい性格だけど、体は大人しくないな」
「何いってるんだよ。お前、面白くねぇぞ」 
 そういいながらも、おかしそうにゲラゲラ笑っている。本当に男子はバカだ。そう思いながらも、シロの方をチラリとみる。確かに、シロの体は一際目をひいた。出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいる。男たちが騒ぎたくなるのもわかる気がする。すると、唐突にあの日みたシロの裸が、はっきりと記憶に浮かび上がる。私は、思わず目を逸らした。
「なによ。全然、大したことないし」
 隣から、キツめの声が聞こえてきた。橘さんだ。シロが男子の注目の的になっているのが気に食わないんだろう。
 橘さんは、私の視線に気づき話を振ってきた。
「黒川さんもそう思うよね?あんなの大したことないじゃん‥」
「そんなことないよ。シロは、スタイルかなりいいと思うよ」
 橘さんは不服そうにキッと睨んできた。美人ではあるが、キツめの顔立ちなのでやけに迫力がある。私は慌てて付け加えた。
「でも、橘さんも凄いよ。美人だし、すらっとしてるし本当に綺麗で羨ましいよ」
 橘さんは、先程とはうってかわって
「そう‥‥」
 とだけいってそっぽをむいてしまった。耳たぶが真っ赤に染まっている。
 その時、横から視線を感じ、そちらに目をむけた。シロがこちらをジッと見つめている、やけに機嫌が悪そうだ。シロは私の視線に気がつくと、あからさまに目を逸らした。何か気に触ることをしてしまったのか、記憶を巡らせたが身に覚えがひとつもなかった。
 そんな事を考えていると、手を打つ音が聞こえてきた。
「皆そろそろプールサイドに移動して!」
 先生がメガホン片手に呼びかける。その声にならってゾロゾロと、皆プールサイドへ移動を始めた。私も移動しようと歩を進めた瞬間、チカッと足の指に鋭い痛みが走った。
「いたっ‥‥!」
 思わず、その場にしゃがみこむ。足元に目をむけると、指先がパックリと割れ、そこから止めどなく血が溢れてきている。そばには、何かの破片が落ちていた。
「黒川さん!大丈夫?」
 前を歩いていた橘さんが、心配そうに駆け寄ってきてくれた。 
「うん、大丈夫。でも血が止まらないし、ちょっと保健室に行ってくる。先生に伝えといてくれないかな?」
「わかった!一人で大丈夫?付き添おうか?」
「ありがとう、大丈夫だよ。そこに落ちてる破片も誰か怪我したら危ないし、片付けお願いしてもいい?」
「了解!片付けとくね。てか、何でこんな危ないゴミおちてるんだろ」
「屋外だから、あってもおかしくないよ。じゃあ、いってくるね」
 橘さんは気をつけてね、とだけ言い残し先生の元に駆けていった。私はそれを見届けると、足早に保健室へむかった。

「失礼しまーす‥」
 保健室を覗くと、先生の姿はなかった。ペン立てやファイルが乱雑に置かれた机が置いてあり、そこに目をやると【出張にでています】とお花の絵が描いてある可愛らしい札が置いてあった。仕方なく、救急箱を探そうと辺りを見渡していると、ガラガラガラっと扉が開く音が聞こえてきた。
「クロ‥‥いる‥?」
 声がした方を振り向くと、スクール水着の上からピンクの可愛らしいバスタオルを下げたシロの姿があった。片手にはもう一つ、可愛いクマのキャラクターがプリントされている水色のバスタオルを手に下げている。
 シロは私の顔を見た途端、パッと表情が明るくなったが直ぐに表情は曇り、小走りで駆け寄ってきた。
「クロ‥足、大丈夫?」
 そういうなり、シロはしゃがみこみ私の足元を確認した。
「血は‥だいぶ止まったようね。そこに座って、消毒するから。」
 シロは茶色い二人がけのソファーを指さした。私は、大人しくその指示に従い、ソファーに座る。
「あと、これタオル。そんな格好でウロウロしていたらダメでしょ。女の子なんだから」
「ゴメン、急いでいたから‥タオルありがとう」
「いいわ、ちょっと座ってて。救急箱とってくるから」
 シロは立ち上がり、棚を漁り出した。
「場所わかるの?」
「だって保健委員だもの、みつけた」
 シロは消毒液とティッシュ、それにガーゼや包帯等、様々な治療道具を抱えていた。
「ちょっと、大袈裟じゃない?」
 私は苦笑しながら、そう伝えると
「何言ってるの?菌が入ったらどうするの?少し、しみるわよ」
 そういって消毒液を付けたティッシュで私の傷口を容赦なく拭った。
「‥ッ!!!」
 鋭い痛みに顔をしかめた。下手したら、切った時よりも痛いかもしれない。私が呻いていると、シロがおかしそうにクスクス笑った。
「だからいったでしょ?しみるって。後は、ガーゼ当てて包帯巻いてーはい!おしまい」
 シロは私が痛がっている間に、手際よく手当を終わらした。
「すごい‥早すぎて魔法を使って、手当したのかと思った」
 冗談めかして私がいうと、シロはまんざらでもない表情で
「勉強してるから」
 といった。
「勉強って、将来は医者にでもなるの?」
「医者というより、看護師になりたいの。ほら、人を助けるお手伝いができるってステキじゃない?」
「そうだね、それなら高校は医療コースがある所に行ったりするの?」
私が聞くと、シロは複雑そうな表情をして
「そのつもりよ」
 そう呟いた。わかっていた事だが、シロと高校は離れ離れになる、その事実を突きつけられチクリと胸が痛んだ。
 何となく気まずい沈黙が流れ、私から口を開いた。
「その‥心配してくれてありがとう。じゃあ、このまま水泳に参加するわけにはいかないし、私着替えてくるね」
 そういって保健室から立ち去ろうとした。その時、
「まって!」
 シロが私の腕を掴んだ。思わず振り返ると、シロが上目遣いでジッと私の事を見つめていた。その表情は何故か緊張した面持ちだった。
「なに?どうしたの?」
「えっと‥その‥」
 シロにしては珍しく歯切れの悪い物言いだ。
「あの‥マッ‥」
「‥マッ?」
 すると、シロは覚悟を決めたように目をギュッと瞑り言った。
「マッ‥マッサージ得意なんだけど、してあげましょうか?」
「‥え?」
 シロの顔は茹で蛸のように真っ赤になっている。
「だから、マッサージどうかなって思って‥」
 私は腹を抱えて笑った。シロは不満そうにほっぺたを膨らましている。
「ははっ‥ごめん、シロってマッサージ得意だったっけ?」
「そっそうよ!最近、勉強してるの!」
「そっか‥じゃあ、お願いしようかな」
「‥!うん!任せて!」
 シロは嬉しそうに、自信ありげにそう言った。

 シロに促され、私は二人がけのソファーに横たわった。シロは、私の肩から順番にほぐしていく。シロのマッサージは思ったよりも上手だった。絶妙な力加減に、眠くなっていく。
「ねぇ‥クロ‥」
「‥‥え?なに‥‥?」
「きもちいい‥‥?」
「うん‥ねちゃいそう‥」
 今は皆、授業を受けているので辺りは静まり返っている。聞こえるのは、二人の息遣いだけだった。日が窓から差し込んで、キラキラした埃が舞っている。この二人の時間が永久に続けばいいのに、そんな事を考えていると、高田の冷え切った表情が頭の中に浮かび上がった。
「シロ‥高田先輩とはどう?上手く行ってる?」
「‥ええ、それなりにうまくやってるわ」
 うつ伏せなので、シロの表情は分からないが、指先に込められた力が少し強まった。
「シロ‥あの、シロと話そうと思って私、何回か話しかけようとしたんだ。でも話すことで、シロが何かされるんじゃないかって思って、話すことを‥シロと向き合うことをやめてしまった。今更、言い訳に聞こえるかもしれないけど、ずっと謝りたかった。本当にゴメ‥‥」
「わかってるわ。だから、謝らないで。謝られたら、私が惨めにみえるじゃない‥」
 シロのマッサージする手が止まった。背中越しにシロの小さな手が、震えているのがわかった。
「シロ‥!」
 私は起き上がり、シロの方をむいた。
 シロは‥困ったように笑い、そして今にも泣き出しそうだった。思わず私はシロの腰を引き寄せて、抱きしめた。シロは一瞬肩をビクリと震わせ、戸惑っていたがやがて私の背中に冷たく細い指を這わせた。私は息が止まるほど、シロの身体を抱きしめた。
 ここにいるシロの存在を確かめるように‥‥‥
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