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第九話 特別なオンリーワン

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「ハッピーバースデー、たいちゃん!」
 起きるとリビングには母さんと、何故かその隣にはトモの姿があった。
「ハッピーバースデ~」
「へ? ……なんで」
 思わず素っ頓狂な声が出てしまった。だって、驚くじゃないか。まだ朝の七時だぞ? しかもこんな真冬の日曜日の朝。いるなんて普通は思わないだろ。
「ぶははは。今の顔! まさか太智のそんな顔見られるなんてなあ。写真撮っておきたかった。ね、おばさん」
「そうね~。私もなかなか見られる機会ないわあ。たいちゃん、今の顔もう一回」
 そう言って母さんは、テーブルの上のスマートフォンを手に取った。
「いやいや、もう一回って言われてするような顔じゃないでしょ。てか、どんな顔してたかなんて分かんないし」
 俺が頭をかきながら二人の横を通り過ぎてソファに腰かけると、彼らも諦めたようだ。トモは俺の隣に座り、母さんはキッチンに立っている。
「朝ご飯、たいちゃんの好きな鮭の西京焼きにするから」
 日曜の朝に西京焼き、なんと豪華な。でも好物なだけに、やっぱり嬉しい。
「トモくん。まだ間に合えば、おばあちゃん呼んできて一緒に食べるのどうかしら? 人数分買ってきてあるの」
「まじっすか。喜ぶと思います。あ、でも時間ギリかな……ちょっと行ってきます」
 トモは言いながら急いで玄関へ向かった。リビングの扉を開けっ放しにして行ったから、閉めようとドアノブに手をかけたところで、トモのスニーカーが視界に入る。
「あいつ、俺のサンダルを履いていきやがった」
 思わず笑みがこぼれてしまった。
 トモは無事おばあちゃんの朝食に間に合って、四人で西京焼きをお腹に入れた。おばあちゃんは帰り、トモはそのまま残っている。ソファでゆっくりお茶している時だった。
「なあ太智。なんか欲しいもんとかないの?」
 トモが突然、こんなことを言い出した。
「ないよ別に。そんな女子みたいなことしなくてもいいよ」
 教室で、女子が誕生日プレゼントを渡す光景をよく目にした。それを見て、女子は大変だなと思ったものだ。もらったら返さなくてはならないし、欲しくもないものだって混ざっているだろうに。
「じゃあ、太智は前の学校ではどう祝ってたのさ」
「俺の場合は、プレゼントを送り合うような親しい友達があんまりいなかったからなあ。真人くらいかな。真人だって、好きな菓子をスーパーの袋いっぱいに詰めて渡してただけだし」
「菓子をスーパーの袋いっぱい?!」
 トモは大袈裟にこちらを見た。
「何それ、おもしれー。さっすがたいちゃんだねー」
 どういう意味だろうか。聞きたいような、聞きたくないような。
「トモはどういう祝い方してんの」
「んー俺? 俺はねえ」
 一拍おいてから、誰かを祝ったことはない、とおちゃらけた様子で言った。それなら何故、俺のことを祝う気になったのか。思わずそう口にしかけたが、どうしてかその問いは声になることはなく、俺の体内に閉じ込められた。


 結局、誕生日プレゼントはトモに一任することにした。欲しいものが特に何も思いつかなかったので断ろうとしたのだが、彼もなかなか引かなかった。
 そして水曜日。
「たーいちゃん」
 俺が登校すると、トモは意味ありげな笑みで迎えてくれた。
「なんだよ」
 こちらは意味もなく警戒してしまう。今日の彼はいつになくご機嫌だ。
「じゃじゃーん。俺とばーちゃん特製、スペシャル弁当!」
 目の前に差し出された弁当箱に、俺は唖然とした。ちょうど、今日は母さんの弁当がない。何故ならそれは……。
「母さんと示し合わせたのか?」
 トモは正解とでも言うかのように、したり顔をしている。母さんが「間に合わなかった」と言ったので、お昼は購買で買うつもりだったのだ。
「誕生祝いってことで」
 物でないあたりは彼らしいが、イメージとは程遠い。なんとも不思議なプレゼントだ。
「サンキュ。昼が楽しみだよ」
 トモから受け取った弁当箱を鞄にしまっていると、こんな会話が耳に飛び込んできた。
「ねえ、横尾くんが誕生日プレゼントだって」「しかも手作り弁当?」「嘘でしょ……」
 彼はこの前、「誰かを祝ったことはない」と言っていた。けれど、それが一度祝ったくらいで「嘘でしょ」とこぼしてしまうほど驚くことなのか。
 トモとの会話に上書きするように、俺の頭にはそんな疑問が残ってしまった。


「ただいまあ」
 ちょうどトモから借りている弁当箱を洗っているところに、母さんが帰ってきた。
「もう母さん。今朝は驚いたよ」
 弁当箱を顔の横で振って見せると、母さんは嬉しそうに破顔した。
「ふふっ。サプライズ大成功ね。たいちゃん、素敵な友達ができてよかったね」
「……うん、そうだね」
 笑ってみせたが、心の中で引っかかるものがあった。
 友達。トモとの関係は、一言で言うならそのとおりだ。今は離れているけど、真人だって友達。二人に差なんてないはずなのに。それなのに。何かが違う――そう直感が訴えている。
 出会ってまだ四ヶ月。たったそれだけの期間で、友達をこんな近くに感じたことはなかった。家族ぐるみの付き合いなら真人だってこころだって同じだ。幼馴染みとしてむしろ彼らと過ごした時間の方が長い。
 真人と俺は対照的な性格で、それはトモにも言える。それでも、真人よりもトモをより近く感じる。これも親友というものなのだろうか。真人だって親友だと思っていたのに――。


「そう言えばさ、トモの誕生日っていつなの?」
 翌日、ご馳走さま、と弁当箱を返しがてら彼に尋ねた。
「ああ。太智の次の日だよ、月曜」
「はっ? なんで言ってくれなかったんだよ」
 俺だけ当日に祝ってもらった上に、当日に祝える状況だったにもかかわらず、それができなかった。たったそれだけで、なんとも言えないもやもやした気持ちを感じる。
「えっ。なんで怒ってんの」
「……怒ってない」
 俺の顔をまじまじと見てから、トモはこう提案した。
「じゃあさ。今週末、全力でスペシャルに祝ってよ。真人くんだっけ? 彼にはやったことないようなやり方で」
 全力でスペシャルにって、かなりハードルを上げてきたな。
「最初からそれが狙いじゃないだろうな」
「へへ、どーだか」
 そんなこんなで、俺は今日を含めて二日間、悩まなくてはならなくなった。
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