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1ヶ月後――14日目

交渉

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「よし…………それじゃ、行くか」

 準備を整え、俺は努めて明るく言う。
 これから井川との交渉に臨むのだ。気分から暗くなってはいられない。

「隊長……大丈夫なの?」

 不安気に問い掛けてくる春喜。
 そんな彼に対し、俺は笑顔を崩さずに頷いた。

「ああ、奴等からしても争いは避けたいはずだからな。いきなり襲撃されるなんてことは無いさ」

 それをするぐらいなら、とっくに攻め込んできているだろう。そうしないのは、少なくとも今回の交渉に荒事を持ち込む気がないからだ。

(まあ、俺を始末したいだけって腹積もりがなければだけどな)

 そんなことを思うが、もちろん言葉にも顔にも出さない。春喜たちにも、自分自身にも必要ないことだからだ。

「ボス、こちらの準備もオッケーだ」

 奥からライフルを手にしたトニーが現れる。
 その表情は険しく、何なら井川たちを殲滅せんとするかのようだ。

「トニー、気張りすぎだよ。今回は ただのガードだぜ」
「う、うむ……それは分かっているが」

 硬い表彰のまま頷くトニー。
 と、そこへ――

「フフフ……まあ、いいじゃないですか。アナタを守り抜かなければならないんですからね。気合いは幾らでも入れて欲しいものですよ」

 同じく奥から雅也が現れた。
 常と変わらない笑みを浮かべてはいるが、僅かに翳りが見えた。恐らく、俺が同道を断ったからだろう。

 別段、雅也を信用してないわけじゃない。
 逆に、もしもの事があっても雅也がいれば後を安心して任せられるからだ。

「気合を入れるのは結構だがな、外から守ろうとするだけでは無理がある。本人に術を用意しなくてはな」

 横合いから掛けられる声。
 振り向けば、そこには能美と将吾が居た。

「これを持っていってくれ。能美と作ったんだ」

 言いながら鉄製の《何か》を手渡してくる。
 反射的に受け取りつつも目を向けると、鉄パイプの切れ端だった。

「……これで どうしろっての?」
「それはDIYショットガンと呼ばれるものだ。ただの鉄パイプに見えるが、中に撃針と弾が仕込んである。強く押し付ければ発射できる仕組みだ」
「マジか…………」

 暗器の様なものか。
 単発武器だから銃撃戦などは無理だが、咄嗟に身を守る切り札にはなるかもしれない。

「サンキュー。使わないのが一番だけど持っとくよ」

 何しろ相手は井川なのだ。これぐらいの用心は必要かもしれない。

「よし…………それじゃ、行くか」

 そう言うと、俺は車へと足を向けた。
 不思議な高揚感を抱きながら――


 ―――*―――*―――*―――


 交渉の場として指定された喫茶店――その前で車を止める。何も変哲のない店のはずなのに、僅かな淀みを感じるのは気のせいだろうか。

「来たか……」

 そこへ、二人の男が現れる。
 当然のように武装している男達の姿を目にして、トニーを含めた護衛役の仲間が咄嗟に武器を構えた。

「待てよ、落ち着きな。俺達も護衛役さ」
「既に井川さんは中で待ってる。俺達は、そっちの大将から武器を預かるように言われてるだけさ」
「待て、井川が武器を持っていない保証がないぞッ」

 声を荒らげるトニー。
 確かに その通りだが。俺は彼を制した。

「構わねえよ、トニー。多分、その心配はない」

 論理的な読みと、ただの勘。
 それでも自分としては十分だった。

「ボス……」
「さあ、好きにチェックしな」

 言いながら、手を挙げて男達に近付く。
 物分りの良い俺に多少の不信感は抱いたようだが、男達は与えられた任務を遂行すべくボディチェックを行った。

「……オッケーだ。入りな」

 その言葉と共に、喫茶店の出入口が開けられる。俺は一つだけ深呼吸をすると、その戸を潜った。

 店内に足を踏み入れ、辺りを見渡す。
 どこにでもあるような喫茶店であり、何かの細工が施されている雰囲気もなかった。

(出入口は一つだけ……か)

 相手を殺して逃げる――それを封じたというわけか。まあ、元から そんなつもりなどないので構わないが。

「井川さんはバックヤードにいる。待たせるなよ」

 男の言葉を背に受け、俺は歩を進めた。
 そして、目的の部屋のドアノブに手を掛ける。

(……………………)

 無心――少なくとも心のざわめきを抑え込めてるのが分かった俺は、迷うことなくドアを開けた。

「……………………」

 ドアを開け、部屋に入る。
 すると、そこには井川が余裕の笑みを浮かべて立っていた。

「やあ、また会えたね。元気そうで安心したよ」

 ただの社交辞令か、挑発なのか分からない口調。だから俺は、特に反応を示さず無言のままに席へと着いた。
 そんな俺の態度に肩を竦めて見せたものの、特に何かを言うことなく、俺の対面へと移動した。

「フフッ……まさか、こうして君と向かい合って話すことになるとはね。本当に、人生とは面白いものだ」
「……………………」

 井川の言葉に、俺は反応を示すことは無かった。いや、正確には無理矢理に抑え込んだのだ。
 何か一言でも発しようとした瞬間、それが引き金となって感情が爆発。ポケットの中で眠らせている《切り札》を使ってしまいそうだったから。

「しかし、感慨に耽っている場合でもないな。お互いに暇ではないのだからね」
「……ああ、そうだな」

 同意する俺を見て、井川が意味あり気な笑みを浮かべる。だが、それについて語る事はなく、俺の真正面に腰を下ろした。

「さて、まずは現状を確認しようか」

 そう言うと、井川は自ら持ち込んだ天然水で喉を潤した。

「恐らくだが……この街でコミュニティを形成しているのは、我々と君たちのグループだけだ。最近では生存者も見掛けないからね」

 それは、間違ってはいないだろう。
 少数の生き残りはいるかもしれないが、二桁を超える生存者が組織するグループは存在していないはずだ。それは、捜索隊を指揮している能美も言っていたことである。

「それに、物資も枯渇が近い。互いに自給自足を目指しているとは言え、それが形になるのは随分と先のことだ」

 農作業とは、本来 そういうものだ。
 趣味のガーデニングとは規模が違うのだから、自活が可能になるまで時間が掛かるのは仕方がない。

「そうなれば、残った道は一つ――」
「新たな土地を目指す……か?」
「その通りだ。それ以外に生きる道はない」

 断言する井川に、俺は言葉を返せずにいた。
 事実、俺達も幾度か他の土地への遠征を考えたことがあった。しかし、状況が分からぬ場所に安易な移住は出来ない。かと言って、長期に渡って調査部隊を送ることも出来ない。

  ――今以上の人員を確保できない限りは。

「我々が求めるモノは同じ……言わば同志なわけだ」
「……都合がいいことを」

 思わず怒気を含んだ言葉が漏れる。
 先日の襲撃を水に流し、同志などと言って肩を並べられるはずがない。

「フフッ……確かに そうだな。そこを解決しない限り、我々の関係に前進はないな」
「前進する術があるとでも言うのか?」
「ああ、確実な方法が一つだけね」

 そう言うと井川はテーブルに肘を付き、俺を覗き込むように身を乗り出した。

「……あの少女を渡すんだ。その上で、私に恭順すればいい」

 今までの軽い口調とは一転、暗い欲望の見え隠れする本気の言葉が向けられる。刃にも似た内容だが、不思議と俺の中に焦りはなかった。

「……もし、断ったら?」
「その時は仕方がない……殺し合いになるだろうね」

 結局、この世界での解決法は それしかないということだろうか。

「意味があるのか? こんな状況下で奪い合うことに……」

 思わず、そんな言葉が口を吐いて出る。
 世界が姿を変えてから、ずっと心の奥底で思っていたこと。仮初とは言え、少なからず安定を得た今だからこそ、ハッキリと見えてきたのかもしれない。
 もちろん、今まで強奪や略奪紛いのことをしてきた俺が考えるべき事じゃないのは分かっている。しかし、自ら光明を掴み取るべき今だからこそ、どうしても考えてしまうのだ。

「ほとんどの事柄に言えることだが、意味などというものは後付けされるものさ……勝者によって美化されてね」
「……………………」
「だから、私は自らの欲望に忠実なのさ」

 迷いがない――それは指導者としての第一条件なのかもしれない。やり方に是非があったとしても。

「……幾つか聞きたいことがある」
「何かな?」
「イオナを……あの子をアンタに預けたとして、その後の扱いは どうする?」
「無論、丁重に扱うさ」
「それは人間としてか? それとも……」
「それは分からないね。私にとって、興味があるのは彼女の中にある抗体だけだからな」

 予想通りの答え。
 嘘を吐いてまで取り繕おうとしないのは、自分の性格を悟られていると理解してるからだろう。

「何れにせよ、君が選べる道は二つしかない。恭順か、闘争か――この二つだけだよ」
「……………………」
「よく考えることだね。もしかしたら、人類の未来に関わるかもしれない」

 そんな事を笑顔で言い放つと、井川は俺を残して部屋を出ていった。誰も居なくなった室内で、俺は人知れず溜め息を吐く。

「いや……今は帰ろう。結論は皆と話し合ってからだ」

 誰に言うでもなく呟くと、俺は立ち上がった。
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