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1ヶ月後――3日目

失われる温もり

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「クッ……これは少しマズイな」

 誰に言うともなく能美は呟いた。
 その真意は――

『―――――――――ッ!!!』

 この飛び交う銃弾にあった。

 ここは街の中心部にあるショッピングモール。生存者の捜索を任されていた能美達が、その途中で偶然に見つけた場所だ。
 しかも、中は潤沢な物資で溢れていた。
 誰も来なかったのか、来る前に全員がゾンビになってしまったのかは分からないが、ほとんど手付かずだったのだ。
 その行幸を喜んだ能美たちだったが、その感情は すぐに打ち砕かれた。突如として現れた闖入者によって。
 相手も物資を求めていたらしく、顔を合わせるなり撃ち合いとなった。
 武装の質は互角であり、今まで膠着状態が続いている。

「能美、どうするッ?」

 牽制射撃を行いながら、将吾が問い掛けてくる。
 それに対して能美は僅かに考えてから口を開いた。

「……ここは退くぞ」
「いいのか?」
「ああ、どれだけ物資があろうとも人命には代えられん。怪我人が出る前に撤退だ」

 迷いのない口調と表情。
 それを受けて、将吾も軽く笑みを浮かべた。

「分かった。みんなに順次 外へ出るように伝えてくる」

 そう言うと、将吾は伝令に走った。
 その後ろ姿を見送ってから、メンバーが安全に逃げられるように、能美は牽制射撃を行った。


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~2時間後・井川の拠点~~~


「――なるほど。そのような事がね」

 図書室の陽の当たる席。
 そこに腰掛けながら、井川は小百合からの報告を受けていた。

「ええ。武装も人数も同程度……あのままだと全滅まで殺し合うことになるから、物資は惜しかったけど戻ってきたわ」
「まあ、妥当な判断だね。無駄に戦うこともない」

 サラリと言う井川。
 しかし、それが人命を大事にしての言葉ではないことを小百合は理解していた。

 井川が小百合の判断に納得したのは、彼女達が戻らなければ情報が得られなかったからだ。そのままで再度 モールに向かえば返り討ちに遭い、さらなる被害へと繋がっていたかもしれない。
 その結果として手駒が減るのを防げたから、井川は納得したのである。人の命ですら数字としてしか見られない井川らしい考えである。

「しかし、それだけの物資を放っておくのも惜しいな……やはり手に入れるべきか」

 強奪と呼べる方法で各所から物資を補給してきた井川達だが、それでも人員が増えるに従って不足がちになってしまっていた。
 それは、後に自分の政権下で傀儡となる人間を欲した井川が、従うと誓った人間を受け入れてきというのが大きな要因だ。そこに小百合は疑義を抱いていたが、それでも餓死者を出したいとは思っていない。なので、井川の次の言葉を待った。

「小百合君、伝令を頼む。モールを確保せよ……とね」

 予想通りの言葉に、小百合は心の中で溜め息を吐きながらも頷いた――


 ―――*―――*―――*―――


       ~~~同時刻、別の場所では――雅也side~~~


「空薬莢の散らばったショッピングモール?」

 部下からの報告を受け、韮澤が怪訝そうな表情を浮かべる。
 同じ思いを抱いた雅也も、人から見たら同じような表情を浮かべていることだろう。

「はっ! 怪我人 及び ゾンビの姿は見当たりませんでしたが、明らかな戦闘の痕跡がありました!」

「ふむ……雅也くん、どう思う?」

 話を振られ、雅也は少しだけ頭を捻った。

「……恐らく、物資の奪い合いでしょうね。しかし、武力が拮抗していたため、お互いに諦めたのだと思います」
「なるほど……」
「しかし、それだけの物資を目の前にしながら引き上げたということは、拠点に更なる人員と武器があることは確かですね」
「つまり、双方を補充してから再び挑むと?」
「その可能性は高いでしょう」

 この状況下において、潤沢な物資を諦める人間などいない。そうした点からも、導き出されて当然の答えだった。

「ならば、下手に藪を突っつくこともないか……しかし、このままでは我等の物資も……」

 頭を悩ませる韮澤。
 そんな彼に代わり、雅也が決定打となる一言を放つ。

「行くべきでしょう。もう辺りで物資の補給が出来そうな場所はないんです。遠慮をしていては、すぐに底をつきますよ」
「う、うむ……しかし、民間人との戦闘ともなったら……」
「説得はしますよ。でも、それに応じないのであれば、我々に迎合する可能性も低い。結局は争い合うべき相手に過ぎません」
「……………………」

 冷淡な、しかし 的を射た言葉に韮澤が黙る。彼にしても分かっているのだ。雅也の言葉こそが自分たちの取るべき行動を指し示していることを。

「分かった。では、早速 派遣隊を編成しよう」

 納得したように頷くと、韮澤は傍らに控えていた部下に各部隊長へ人員の編成をするように伝えさせた。これで、あと数十分もすれば事は済むだろう。

「僕の出番は終わりですね……」

 誰に言うともなく呟くと、雅也は その場を後にした――


 ―――*―――*―――*―――


       ~~~同時刻、学校――主人公side~~~


「――報告は以上だ」
「そのような事が……」
「俺の読みでは、また来るだろうな」
「ああ、俺も同意見だ」

 能美の言葉に俺も頷く。
 武力が拮抗していたのに引き下がった理由は、更なる武装の補充を図ってから再突入するためだ。それも、大して時間も空けずに それは行われることだろう。

「そうなると、行くのは危険ですかね……」

 千葉が頭を悩ませる。
 だが、そこへ能美が口を開いた。

「しかし、周辺に物資を補給できる場所もなくなってきた。自給の手段を拡充できるまでは、危険でも手を伸ばさないわけにはいかない」
「だな。少なくとも食料は手に入れてこないと」
「勝機はありますか?」
「どうかな……でも、やるだけやってみるさ」

 確かな勝機はないし、確かな安全もない。
 しかし、逃げるわけにもいかない。ならば、進むだけだ。

「それで、誰を連れていく?」
「そうだな……俺と能美、将吾、千夏で行くか」
「たった4人ですか? それは、さすがに……」
「いや、そうでもありませんよ。とりあえず、当面の物資さえ補給できれば他の場所も探せますからね。今は、それで満足すべきです」
「随分と殊勝な考えじゃないか?」
「お前が指揮して苦戦するような相手だからな。真っ向から撃ち合ったら、間違いなく死者が出る。そんな賭けに出る必要もない」
「なるほどな」
「物資より人命……賢く行こうぜ」
「ふふふ……貴方らしいですね」

 そうだろうか。自分ではらしくないと思っているのだが。

「では、他のメンツには俺が伝えておく。お前は武器の用意を頼んだ」
「ああ、分かった。30分後に正門でな」

 それだけを言うと、能美は将吾達を探しに、俺は武器庫へと向かった。これからのことを思い、少しだけ不思議な高揚感に包まれながら――


 ―――*―――*―――*―――


  ~~~その頃の基地・華菜side~~~


「もう、そんなに心配しなくても大丈夫だって」
「でも……」

 不安気な表情の耕太を前に、華菜は苦笑を浮かべていた。

 先程、自身の所属する部隊の隊長から、大規模な物資調達任務が行われると伝えられた。それ自体は いつもの事なのだが、今回は人間との戦闘が予想されるとも言われたのだ。
 それを聞いていた耕太が、心配して傍を離れようとしないのである。人間との戦闘を前提とした任務が初めてなため、送り出す側としては落ち着かないのだろう。

「チャチャッと済ませてくるからさ、大人しく待ってなさいっての」
「……………………」

 不安を払拭するように、敢えて気楽な口調を貫く。しかし、それでも耕太の顔が晴れやかになることはなかった。

「華菜! ブリーフィングを始めるぞ!」

 隊長からの呼び出しが入る。耕太のことは気になったが、自分の役目を放棄するわけにもいかない。華菜は最後に耕太の頭を撫でてやると、そのまま野外テントまで向かった。

「よし、それではブリーフィングを始める」

 隊長の声がテント内に響き渡る。
 それを聞いて、華菜は背筋を伸ばした。

「今回の任務内容は、ショッピングモールの制圧と物資の回収だ。しかし、事前調査で人間同士の戦闘の痕跡が確認されている。遺体が無かったことから、再度、そいつ等が向かっている可能性が高い」
「……………………」
「平和的な奴等なら良いが、我々の説得に応じなければ戦闘に発展する事も有り得る。その事を念頭に置いて、今回の任務に当たってほしい」
『了解しました!!』

 変わって響き渡る大声。
 それを聞きながら、華菜は僅かな緊張感を引き連れて車へと乗り込んだ――


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~2時間後 モール   井川side~~~


「クッ……いい加減に離せ!」

 目の前で手足を縛られて足掻く隊員。
 その姿を見ながら、井川は顎に手をやり考えるような仕草を取った。

 指導者も時として戦場に出る必要がある――そう考えてモールへの再突入に同行した井川だったが、彼の目には予想外の光景が映った。モールを確保しようとする自衛隊員の姿という考えになかった光景が。
 そこで井川は何とか1人の隊員を連れ去り、情報を引き出すことに成功した。彼等が元々は自衛隊の大規模部隊の生き残りであり、生存者を集めて組織を結成していると。

(ふう……面倒なことを……)

 珍しく、複雑そうな面持ちで井川が考え込む。
 正直、今まで井川が独裁を維持できたのは、自分以外に安全を確保することなど出来ないと思い込ませていたからだ。
 しかし、こうして別の有力な組織がいると分かってしまうと、そちらへと移りたがる者が出てくるかもしれない。その可能性を安易に否定できるほど、井川は楽観的ではなかった。
 もちろん、彼等を飲み込むという選択肢も存在する。
 しかし、〝一つのグループを指揮する元政治家〟という肩書きは、それを可能にしてくれるほど求心力の高いものではないのだ。

(ならば、やるべき事は一つか……)

 邪魔になるなら消すしかない――至極、単純にして明快な答えを導き出す。

(しかし、どのように……)

 確実な方法を思案する井川。
 と、その時――

「ぐがぁぁああ…………!!」
「えあぁあぁああ…………!!」

 外からゾンビの声が聞こえてきた。
 窓の外へと視線を向ければ、そこには結構な数のゾンビがモールを取り囲んでいるところだった。

(朝から騒ぎ続けていれば当然か……)

 銃撃戦に派手な出入り――奴等を引き寄せて当たり前だ。
 しかし、この状況は使える。

「君達に頼みたいことがある。簡単なことだが、確実に遂行して欲しい」

 背後に控えていた部下に、井川は不敵な笑みを浮かべながら指示を出した――


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~その頃 モールの外・華菜side~~~


「チッ……もう始まっちまったのか!」

 先発隊を追いかける形で到着した華菜たちの耳に届いたのは、激しい銃撃戦の音だった。明らかに争うようなソレに、居合わせた誰もが苦々しい表情を浮かべた。

「はあっ、はあっ……た、隊長にご報告します! モール内に突然 ゾンビが侵入! 撃退のための発砲で双方に負傷者が出ました!」
「それで撃ち合いに発展か……」

 あまりに単純な切っ掛けだが、同時に十分な理由でもある。
 このような状況下であれば、例え流れ弾であっても怪我人が出れば反撃も止むを得ないからだ。

「仕方ない……ゾンビを片付けつつ、敵対する者は掃討しろ! 相手も武装しているんだ、油断するなよ!!」
「はっ! 了解しました!!」

 威勢よく返事をすると、隊員は持ち場に戻っていった。
 その後ろ姿を見送ってから、華菜もホルスターからハンドガンを取り出した。他の面々も、それぞれに準備を始める。

「あれ? 積んできた弾薬箱、これだけだったか?」
「俺が知るわけないだろ、担当じゃないんだから」
「お前達、無駄口を叩くな! 早々に準備を終わらせろ!!」
「は、はい!!」

 隊長の喝に、背筋を伸ばしながらキビキビと動く隊員たち。
 その会話の内容に首を傾げながらも、華菜は隊長と共にモール内へと向かった――


 ―――*―――*―――*―――


   ~~~主人公side~~~


「……ったく、派手にやりやがって」

 銃声を聞きながら、俺は溜息混じりに呟いた。
 当初の予定では、人知れず物資を頂いて逃げるつもりだった。しかし、モールに着いてみれば そこは激しい銃撃戦の渦中だった。
 どうやら、能美たちが交戦した相手と、第3の連中がやって来て撃ち合っているらしい。しかも、店内にはゾンビまで侵入しており、嫌な意味で混雑している。

「これはキツいな……どうする?」
「確かに面倒な状況だけど、俺達のやることに変わりはない。食料を頂いて逃げるぞ」

 危険な状況ではあるが、同時に動きやすくもある。
 これだけゴチャゴチャとしていれば、数人が物資の持ち運びをしても気にする者はいないだろう。

「能美と俺が運び出す。将吾は出口付近の安全確保。千夏は いつでも車を出せるようにしといてくれ」
『了解ッ』

 三人の声が揃う。
 それに対して笑顔で頷くと、俺は能美を伴って地下へと向かった。

「はっは~ あるじゃないのあるじゃないの」

 少しばかり はしゃいだ声を上げながら、俺は陳列された缶詰に歩み寄った。これだけの数があれば当分は食に困らはいはずだ。まあ、すべてを持ち帰れたらの話だが。

「とりあえず、出来るだけ持ち出そう」
「ああ、了解」

 能美の言葉に頷くと、俺は手近にあった買い物カゴを取った。

「ぐがぁぁああ…………!!」

 だが、その直後、物陰に倒れていたのか一体のゾンビが俺に襲い掛かってきた。

「クソッ……!!」

 反射的にホルスターへと手を伸ばして銃を抜き取る。

『―――――――――ッ!!』

 俺の放った銃弾により、ゾンビが頭を吹き飛ばして倒れる。反射的な行動にしては上出来だが、満点とは言えなかった。
 何故なら――

「おい、こっちから銃声が聞こえたぞ!!」
「地下にも入り込んでやがったか!」
「見つけ出して始末しろ!!」

 響き渡った銃声を聞き付けた連中が、地下に入り込んできた。
 それを見て、俺と能美は急いで物陰に隠れた。

「チッ……隠れやがったか」
「クソッ、どこに居やがる?」
「落ち着いて探せよ。待ち伏せしてるかもしれない」

 迫る足音。これは、早急に対処しなければ。

(でも、このままじゃ顔も出せねえな……)

 姿を確認しようと頭を出した時点で気付かれるかもしれない。それだけ、連中の足取りは慎重だ。

(そうだ、スマホで……)

 妙案を思いついた俺は、スマホを取り出してカメラを起動。そのままムービーモードへと移す。そして、気付かれないようにレンズ部分だけを物陰から出すと、辺りを撮影した。

(よし、これで確認して能美に伝えれば、一気に片付けることが出来る)

 俺は画像から奴等との距離を測り、少し離れた場所にいる能美に口の動きとジェスチャーで攻撃する場所と順番を伝える。それで理解してくれたのか、能美は大きく頷いた。

(よし……行くぞッ!!)

 気合を入れると、俺と能美は同時に物陰から飛び出した。

「なっ……!!」

 突然 飛び出してきた俺達に驚きの表情を浮かべる男。その隙を逃さず、能美が一気に間合いを詰めて峰打ちを食らわせる。

「ガハッ……!!」

 苦鳴を上げて、その場に昏倒する。
 その様子を見て奮起した俺も、手近にいた襲撃者に対して地を蹴った。

『―――――――――ッ!!』

 腕に伝わる衝撃。
 ハンドガンの銃床で男の側頭部を打ち付け、意識を刈り取ることに成功した。

「ちょっと……待っ……!」

 最後の一人が思わず口にする懇願。
 しかし、それを聞き届けるつもりもない。
 腹部へと強烈な蹴りを放つと、それで男は大人しくなった。

「ふう……これで片付いたな」
「ああ。だが、油断は禁物だ。さっさと必要分だけでも持ち出そう」
「だな。また絡まれるのも面倒だし」

 能美と一緒に頷くと、俺達は食料の回収作業に入った――


 ―――*―――*―――*―――


       ~~~華菜side~~~


「……フンっ、退屈だね」

 二階の映画館前、そこで華菜はゾンビの掃討に当たっていた。
 人間相手の銃撃戦はさせたくない――隊長の考えによる命令だった。
 余計な世話だと思うところではあるが、そうする事で彼の心の負担が軽くなるなら従わざるを得ない。今の華菜は彼の部下なのだから。

「それにしても……結構な数が入り込んだねぇ」

 話に聞く限りでは午前中からドンパチをやっていたようだし、これほどの数が集まってしまうのも仕方がないのかもしれない。

「弾……足りるかな?」

 適当にマガジンをポケットに突っ込んできただけだが、少しばかり心許なくなってきた。まあ、いざとなればトラックに戻れば幾らでも弾はある。そこは心配しなくてもいいだろう。

「さて、お掃除 お掃除♪」

 気楽な感じで歩を進める華菜。
 と、そこへ――

「お姉ちゃん……」

 華菜の鼓膜を震わす聞きなれた声。
 しかし、ここでは決して聞いてはいけない響き。
 それを受けて、華菜は弾けたように振り返る。

 すると そこには、現実感さえ失う相手――耕太が立っていた。

「耕太ッ!! アンタ、どうして……」
「あの、僕……どうしてもお姉ちゃんが心配で……」

 それで付いてきたというのだろうか。
 しかし、どうやってここまで――

『あれ? 積んできた弾薬箱、これだけだったか?』
『俺が知るわけないだろ、担当じゃないんだから』

 そう考えた時、華菜の脳裏に隊員たちのやり取りがリフレインされる。弾薬箱の数が少なかったのは、そこに耕太が隠れていたからだ。

「馬鹿だな、ホントに。アンタが来る方が――」

 よっぽど危ない――そう苦笑と共に言おうとしたが、それが言葉になることはなかった。

「くけけけ~ッ!!  肉肉ニクニク~ッ!!」

 視界を掠める醜悪な化け物。
 ソイツが耕太を勢いのままに押し倒した。

       そしてーー


『―――――――――ッ!!』


 耕太の白く細い腕に噛み付いたのだ。

「耕太ッ……!!!」

 狙いも定めず、身に付いた技能と本能のままに半熟の頭を撃ち抜く。耕太に当たるかもしれないなどという考えにすら至らないほど我を失っていた。

「耕太……耕太ッ……!!」

 覆い被さる半熟を蹴り飛ばし、耕太を抱き上げる。そして真っ先に腕を確認すると、肉を食い千切られてはいないものの、明らかに噛まれた痕があった。

「そんな……嘘だよ、こんなのって……」

 守ると決めたのに……。
 傍で支えると決めたのに……。
 それが、こんな形で終わるなんて……。

「……ダメ!! こんな所で死なせない!!」

 そう叫ぶと、華菜はグッタリとしている耕太を背負った。
 何が出来るか分からない。でも、こんな場所で、こんな形で耕太の一生を終わらせるわけにはいかない。

「絶対に助けてあげるから……!!」

 聞こえているか定かではないが、しっかりと耕太に言い聞かせる。

「えあぁあぁああ…………!!」
「あぁああぁぁ…………!!」

 だが、華菜の眼前をゾンビが埋め尽くす。
 恐らくは、先程からの銃声を聞き付けたのだろう。

「邪魔すんな!!」

『―――――――――ッ!!』

 連続で放たれる銃弾。
 生まれ持った才覚を発揮し、一気にゾンビを片付ける。

「ぐがぁぁああ…………!!」
「あぁああ…………!!」

 しかし、それも束の間、またもゾンビが行き道を塞ぐ。こんな事をしている時間など、一分一秒もないというのに。

「このッ……!!」

 狙ってさえいない銃撃。それでもゾンビは頭を吹き飛ばし倒れる。

『……………………ッ』

 直後、虚しく空を切るトリガー。
 それは、弾切れを伝えるものだった。

「こんな時に……!」

 耕太を背負いつつ、何とかポケットに手を伸ばす華菜。しかし、それより早く何者かの足音が近付いてきた。

「……………………ッ!!」

 反射的に銃口を向ける。
 とは言え、スライド部分が後退したまま止まっているのだ。分かる人間が見れば弾切れだと悟られてしまうだろう。

「ふふふ……意味の無いことはしないものだよ」

 事実、迫り来ていた人物には見破られてしまった。

「……っと、これはこれは懐かしい顔に会ったものだね」

 複雑な焦燥感に俯いてい華菜に、そんな言葉が掛けられる。疑問に思って顔を上げれば、そこには予想外の人間が立っていた。

「井川……?」
「久しぶりだね。華菜君……だったかな?」
「ど、どうして、アンタが……」

 〝彼〟を蹴落とした事に対する怒り――それよりも先に驚きが立ってしまう。だが、そんな華菜とは対照的に、井川は余裕の態度を崩さなかった。

「なに、ちょっとしたショッピングさ」

 変わらない気取った口調。
 それが沈静化していた華菜の怒りに火をつける。

「……殺してやる!!」

 現状への焦りと過去の怒りとが綯い交ぜになり、華菜は即座に弾倉を交換するとスライドストップを解除する。そして、そのまま銃口を井川に向けた。

   しかし、その時ーー

「華菜ちゃん、待って!!」

 どことなく聞き覚えのある声が華菜を制する。反射的に視線を向けると、そこには見覚えのある姿があった。

「小百合……?」
「撃っちゃダメ! この人だったら、その子を救えるかもしれないから」

 言いながら、華菜の背でグッタリとしている耕太に目を向ける小百合。その言葉に疑問を抱いた華菜は、銃を構えつつも小首を傾げた。

「井川……さんが雇ってる お医者さんが、ゾンビ病のワクチンを作ってるの。まだ完成はしてないけど、ゾンビ化だけは食い止められるわ」
「えっ……?」
「だから、この人を撃っちゃダメ」

 華菜の目を真っ直ぐに見つめながら言う小百合。
 その様子に、嘘を吐いている様子はなかった。

「ふむ……私を放って話を進めないでほしいがね」
「大丈夫よ。アナタにも益のある話だから」
「……と、言うと?」
「彼女は銃撃の天才よ。味方に引き入れれば相当な戦力になるわ」
「なるほどな……」

 小百合の言葉に頷きつつも、何かを考えるような表情で華菜を見遣る井川。そして、次に出てきた言葉は華菜の予想にはなかったものだった。

「……彼は、まだ生きてるのかい?」
「えっ……?」
「君が兄と慕っていた青年さ。彼は生きてるのか?」

 質問の真意は計れない。
 だからこそ、華菜は思ったことを口にした。

「……当たり前じゃない。兄が簡単に死ぬわけない」

 それは、一貫して信じてきた思い。
 華菜の中で、決して揺らぐことのなかったものだ。

「ふむ……ならば使えるか……」

 思わず口にした言葉――そんな感じの呟きを漏らしつつ、井川は華菜に視線を戻した。

「よし、我々の元へ来たまえ。君が忠誠を誓う限り、その子の無事は保証しよう」

 望んでいた言葉……。
 しかし、望んでいなかった相手……。
 それでも、今の華菜には頷く以外の道はなかった。

「…………分かった」
「結構。では、先に引き上げるとしようか」

 その言葉と共に井川が踵を返す。
 華菜は歯を食いしばりながらも、大人しく後に従った。

 そんな華菜達を照らすように、ゆっくりと月が上り始めていた――
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