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6日目

グラディエーター

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「ええと……ここを少し攻めてやれば……」

 試行錯誤していた将吾の手元から、軽い金属音が響き渡る。どうやら、それは鍵が その役目を果たせなくなったからのものらしい。

「よし、これでいい。さっさと出よう」

 将吾の言葉に、俺は無言のまま頷いた。ここから先で必要なのは、お喋りではなく行動だからだ。

「大丈夫そうだね……」

 耳を澄ませてみるが、奴等の話し声や足音は聞こえてこない。将吾の読み通り、早朝は活動を停止しているのかもしれない。

「行こう、こっちだ」

 彼の先導で構内を小走りで進んでいく。
  順調に事が運んでいる実感。
 だがーー

「動くなッ。動いたら容赦なく撃つぞ」

 威圧的でマジな口調。俺達は揃って足を止めると、ゆっくりと声がした方へと振り向く。
 そこに立っていたのは一人の男。手には自動小銃を持っており、銃口は俺達に向けられていた。

 どうする――問い掛けるように将吾を見る。すると、彼は自分に任せてくれと言うように、俺にだけ見えるように親指を立てて見せた。

(そういう事なら……)

 お手伝いはしなくちゃならない。奴の気を逸らさなければ、対処することも出来ないのだから。

「お前ら、どうやって部屋を抜け出した? 鍵は掛けておいたはずだぞ」
「……ハッ、あの程度の鍵なら すぐにでも外せるさ。と言うか、あんなもんで閉じ込めておけると思ってるなんて、随分とおめでたいな」
「何だとッ……!」

 男の怒りと共に意識が俺の方に向けられる。
 少しばかり背中に冷たいものを感じながらも、俺は言葉を続けた。

「まあ、見た目からして馬鹿っぽいからな。満足に閉じ込めておけなくても無理ないか」
「テメェッ!」

 とうとうキレたのか、男の銃口が俺に向けられる。
 だが、その瞬間ーー

「俺を無視しないでもらおうかッ!」

 言うが早いか、将吾が男の懐に潜り込む。
 そして、高速のジャブを2連発で放つと、その距離を更に詰めての右ボディ。あまりの威力に男の身体が折れ曲がる。

「これで終わりだッ!」

 決めのアッパーが男の顎にヒットする。それが意識を奪ったのか、後ろ向きに倒れたまま動かなくなった。

「ふう……上手くいったね」
「ああ、そうだな……ボクシングか?」

 頷きながらも問い掛ける。すると、少しばかり照れ臭そうにしながらも将吾は肯定した。

「そうだよ。一応、インターハイの覇者さ」
「インターハイって……日本一ってことじゃねえか」
「あれだけ階級が細かく分けられてると、そんな感じもしないけどね」

 そんなものだろうか。まあ、今は そこらへんの感覚を論じている場合ではないので、事を進めることにした。

「とりあえず、武器は頂いていこう」
「ああ、そうだね。小銃とハンドガンがあるけど……どっちにする?」
「お前が小銃を使えよ。俺は こっちで構わない」
「いいのかい?」
「ああ。お前ほどのエピソードは無いけどな、コイツの扱いには自信があるんだ」

 トニーに散々 仕込まれたのだ。そこらへんの奴には引けは取らないはずである。

「すまないね。それじゃ、行こうか」

 男のポケットから予備のマガジン(弾倉)を取り出すと、俺達は本来の目的であるパイプ室を目指した。

 薄暗い室内に響き渡る、唸るような低音。
 そして、圧倒されるような複数のパイプ。
 ワクワクするが、同時に長居したくない場所だった。

「なんか……独特な雰囲気だね」

 将吾も同じような感覚を抱いたのか、そんなことを呟く。
 俺も同意するように頷いた。
 だが、次の瞬間――

「あぁああ…………!」
「うえあぁぁ…………!」

 奥からゾンビの声が聞こえてきた。
 ここにも居たのだろうか。それにしては鍵が壊れたまま放置されていたが……。

(いや、今は気にしてる場合じゃねえな)

 気持ちを切り替えると、俺は後ろ腰に差していたハンドガンを抜き取って構えた。

「じゃあ、さっきのお返しで俺がやるかね」

 装弾数から考えると将吾に任せた方がいいのかもしれないが、ここは空間的に狭い。下手をすると《跳弾》と言って銃弾が壁などに跳ね返る現象が起こるかもしれないのだ。

(仲間の銃撃で死ぬなんて馬鹿らしいもんな)

 そんなことを考えながら、俺は将吾を伴って足を進める。すると、奥からゾンビが姿を現した。

 相変わらずのノロノロとした動き。
 俺は焦らずに照準を合わせると、トリガーに指を掛けた。

『―――――――――ッ!!』

 狙い違わず、俺の放った銃弾はゾンビの頭を打ち抜いた。

「へえ~、本当に得意なんだね」
「得意って言うか、徹底的に教えてもらったからな」
「誰に?」
「元自衛隊員」
「なるほど、それでか」

 納得したように将吾が頷く。
 しかし、俺には解けていない謎か一つあった。

「それにしても、どうしてゾンビがいるのに放置してたんだ?」
「ううん……多分、こんな奥まで調べなかったんじゃないかな? パッと見は ただの配管室だからね。線路に続いているとは誰も思わなかったんだと思うよ」

 つまり、軽く室内を調べた限りではゾンビの気配がしなかったから放置したって事か。何とも間抜けな話だ。まあ、そのお陰で俺達の逃げ道が残されていたのだから感謝すべきなのかもしれない。

「でもよ、そうなると線路上はゾンビとの戦闘が避けられない状態ってことか?」

 ここまで乗り込んできた奴が居たのは事実。
 ならば、線路上にゾンビが居る可能性は否定できないはずだ。

「今となっては、多分ね」

 面倒な話だ。しかし、ここ以外に脱出路がないのも事実。危険だろうと何だろうと、今は進むしかない。

「よし……じゃあ、行くか」

 気を取り直したように言う。そんな俺に将吾も頷き、俺達は揃って線路に向かって歩き出した。

 だが、一歩を踏み出そうとした瞬間――


「きゃあああああああッ!!!!!!!」

  いきなり悲鳴が聞こえてきた。
  こんな場所まで響くぐらい、痛切な色合いと必死さが込められていた。

「……どうする?」

 将吾の中では答えが決まっていそうだが、確認として聞いてくる。俺としても、このまま放っておくのは気が引けるため、どういった状況なのかだけでも見に行くべきだろう。

「行こう。もしかしたら、ただの痴話喧嘩かもしれない」

 その可能性は限りなく低いとは分かっていたが、希望的観測を抱きながら俺達は走り出した。

 だが、現場で見た光景は、俺の予想を飛び越えるものだった。

「離してッ……離してくださいッ!」

 抵抗しながら連れ去られる少女。
 その顔には見覚えがあった。
 学校に隠れていたメンバーを統率していたクラス委員長の彼女は――

『沙苗ッ……!?』

 何故か、俺と将吾の声がハモる。
 その事に疑問を抱いて彼の方へと視線を向けたが、それより早く将吾は沙苗を追って走り出してしまった。

「馬鹿、殺られるだけッ……」

 俺の制止は虚しく霧散した。
 しかし、だからと言って無視するわけにもいかない。

「クソっ……どうすっかな……」

 一瞬、すぐにでも追いかけた方がいいという考えが浮かんだ。しかし、策を練らずに突っ込んでも殺られるだけだ。何か手を打たなければ。

(切り込んでも武装と人数で圧倒されて殺られる……だとしたら奇襲しかないんだけど……)

 そのための人員も道具も時間もない。
 だから、俺に出来るのは即席で その場凌ぎの策だけだ。

(とりあえずはコイツからか)

 そう心の中で呟きながら、俺は近くにあった非常用のボタンを押した。

『―――――――――ッ!!!』

 鳴り響く警告音。だから何だと思われそうなレベルだが、少なくとも注意を引くことは出来たはずだ。

(でも、これだけじゃ弱いな)

 そう思って、何かないかと辺りを見渡す。
 と、そこへーー

「げへははははぁ~ッ!!」

 パイプ室へと続くドアから〝半熟〟が飛び出してきた。恐らく、警告音に誘われて姿を現したのだろう。
 思わず、反射的に銃へと手を伸ばしてしまう。
 しかし、これは使えるのではと思い直し、俺は銃を握りながらも踵を返して走り出した。

「ゲハは……肉肉ニク~ッ!!」

 半壊させた肉体からは想像もつかない俊敏性で俺を追い始める半熟。その姿に嫌な汗を浮かべながらも、俺は必死に走り続けた。

 そして、気が付けば――例のタイマン・パーティー会場に辿り着いた。

「おい、アイツ新入りじゃねえのかッ!?」
「へっ、馬鹿が!  アイツもブチ殺せ!!」

 パーティーの観客席となっている昇降口の階段に陣取っていた連中が声を荒げる。
 その前には、銃を向けられ身動きを封じられた沙苗と将吾の姿があった。二人とも何とか無事だったようだ。
 しかし、安心するのは早い。このままでは、3人まとめて撃ち殺されるだけだからだ。

「くけけけ~ッ!!   肉肉、食べる~ッ!!」

 その時、半熟が奇声を上げながらジャンプした。恐らく、俺を一気に仕留めようとしているのだろう。

 それを見て、俺は瞬間的に横へと飛んだ。
 目標を失って地面に不時着した半熟が、自然な動きで集まっていた連中へと視線を向ける。

「ぐへへ~ッ!!   こっちにも肉ニク~ッ!!」

 瞬間、ご馳走を見つけた子供のように、集まっていた男達に向かって飛びかかった。

「うわっ、何でコイツがッ……!!」
「クソッ……ぶっ殺せ!!」

 響き渡る銃声と怒号。
 そんな中、俺は将吾と沙苗に向き直った。

「二人とも、走れッ!!」
「…………ッ!!」

 俺の言葉を受け、弾かれたように駆け出す二人。
 そんな彼らを見ながら、俺は銃を構えた。

「待て、逃がすかッ!」

 一人の男が銃口を二人に向けようとする。

「――させねえよッ!」

 俺の撃ち込んだ銃弾が男の小銃を弾き飛ばす。
 それを見てから、俺も二人に続いて走り出そうとした。
 だが――

『―――――――――ッ!!!』

 バチバチと独特な音が鼓膜を震わせると同時に、ふくらはぎに強烈な痺れが走る。それにより足の自由を奪われ、俺は思わず転倒してしまった。

「手間取らせやがって……!」

 その言葉と共に、またもスタンガンを押し付けられる。激しい電流に抵抗力を失うのと、半熟が倒されるのは同時だった。


 ―――*―――*―――*―――


 ~30分後~


 やっと回復した足で歩かされ、連れてこられたのは喫茶店だった。どうしてだと思っていたら、俺の目の前に一人の男が現れた。

 ここに来て初めて見る顔だ。
 スラリとした長身で顔立ちも整っているため、一見すると売れっ子モデルのような男だ。
 だが、発する空気が明らかに一般人のソレとは違う。こうして対峙しているだけで、俺の生存本能が臨戦態勢を整えていくのが分かる。

「お前か、俺の根城で好き勝手やってくれたのは」

 高圧的な物言いと態度。
 本来なら嫌悪感を抱いてしまうものだが、この男には それらを認めさせるだけの存在感があった。

「……誰だ、お前?」
「俺の名前は『能美  吉継』。この腐った地下街のボス猿さ」

 やはり、リーダーだったか。それも納得と言った感じだ。

「そうかい……で、そのお猿さんが何の用だよ?」
「テメェ、能美さんに向かってッ……」
「止めろ。一々 挑発に乗るな」

 拳を振り上げた男を能美が制止する。
 それだけで、男は大人しくなった。躾はシッカリと出来てるということか。俺とは違うらしい。

「お前を呼んだのは、少しばかり頼みたいことがあるからさ」
「頼み……?」
「ああ。本来なら、お前のような闖入者は すぐに殺す。特に、舐めた真似をするような奴はな」

 部下への示し、外敵への威嚇と言ったところか。

「だが、それは利用価値のない屑の場合だ。お前には、生かしておくだけの――少なくとも利用するだけの価値がある」
「……そいつは光栄だね」
「疑うな、本気で言ってる。非常ベルを使う機転、自分を餌に半熟を利用する胆力――並の人間が発揮できるものじゃない。あのような状況では特にな」

 敵だと思っていた人間に ここまで褒められると逆に嘘くさく感じる。まあ、言葉通り本気で言っている気配はあるが。

「だから、お前を使おうと思った。個人的な依頼のためにな」
「個人的な依頼?」
「ああ……だが、その前に ちょっとした実力試しをさせてもらうぞ。あれだけでは信頼に足らないんでな」

 勝手な言い分だ。しかし、現状として断れる立場にいないのも事実。能美の言葉じゃないが、奴等には俺を殺すことなど造作もないのだから。

「では、行こうか――っと、その前に……おい」
「はい」

 能美の指示を受け、一人の男が俺の背後に回る。そして、首元に手を持っていくと、何かの装置を取り付けた。

「おい……何だよ これ?」
「時限爆弾さ」
「なっ……!」
「ジョークではないぞ。まだスイッチは入れていないが、正真正銘の時限爆弾だ」

 そんな事を自信タップリに言われたくはない。とは言え、外してくれと頼んだところで、その願いは通らないだろう。

「だが、外す方法はある。その鍵を解錠すればいい」

 言われて首元に視線を落とす。すると、数字を合わせるタイプの、何処にでもあるような鍵が取り付けられていた。

「番号は……って聞いても無駄だな」
「当然。だが、手に入れる方法は用意している」


 ―――*―――*―――*―――


 ~30分後~


 車に乗って向かった先は、よく見るタイプの総合デパートだった。食品や雑貨、娯楽品なども置いてあるような場所である。

「ここだ。お前には、この中に一人で入ってもらう」
「一人で? 安全は確保されてるのか?」
「そこまで俺たちが親切だと思うか?」
「……いや、全く」
「なら、問題ないな。勘違いされていたら、俺達も楽しめない」
「どういう意味だ?」
「このデパートは3階まであってな、各フロアに鍵を開けるための数字に関するヒントが書いてある。それを見付けて時限爆弾を解除するのが、お前の目的だ」
「こんな状況下で体験型のアトラクションか? いい趣味してやがるな」
「こんな状況下だからだ。ストレス発散のために娯楽は必要だからな」
「そう思うなら自分たちで行ってみたらどうだ?」
「その必要はない。お前の姿は設置したカメラで見えるし、生きるか死ぬかで賭けも出来る。十分、楽しめるさ」

 需要と供給とでも言いたいのだろうか。だとしたら、冗談ではないが。

「安心しろ、武器は用意してある。思う存分、暴れてこい」

 そう言うと同時に、部下の男が俺にハンドガンを渡した。
 予備の弾倉もタップリとだ。
 しかし、それと同時に――

『―――ピピピッ!』

 首元で電子音がなる。気になって車のミラーで見てみると、取り付けられた装置のランプ部分が明滅していた。

「猶予は30分。それまでに解錠しなければ……言わなくても分かるな?」
「分かりたくもないけどな」

 まあ、頭は吹き飛ぶだろうからゾンビになる事はないだろう。それが唯一の救いか。

「では、始めるとしよう。無事に帰ってくるのを待ってるぞ」

 その嘘とも本当ともつかない言葉を受けながら、俺はデパートの中に向かって走り出した。


 ―――*―――*―――*―――


 まず、俺はエントランスに飛び込んだ。
 その瞬間――

「あぁああぁぁ…………!!」
「がっ……あえあぁ……!!」

 辺りから俺の匂いを嗅ぎ付けてゾンビが集まってくる。覚悟はしていた事だが、思わず溜め息が出てしまう。

(それでも、やってやるさ)

 命が大切だからじゃない。奴等の言う通りに踊らされた挙句、死ぬなんてゴメンだからだ。つまりは、ただの意地である。
 しかし、それでも構わない。理由が何であろうと、それが生きる執念になるなら歓迎すべきだからだ。

「かかってこいや、腐れゾンビ共が!!」

 自分を鼓舞するように叫ぶと、俺は後ろ腰から銃を抜き取った。

『―――――――――ッ!!!』

 響き渡る銃声。
 集中が途切れたのか、一発だけ外して余計な弾を消費してしまった。
 だが、そこは気にすべきことじゃない。俺はゾンビを飛び越えると前方にあったCDショップへと走った。

 様々な音源が置かれた店内の棚。これがゾンビの溢れる状況でなければ、お気に入りの新譜でも探すところなのだが。

(そんな暇はないんだよな……)

 心の中で溜め息を吐きながらも、俺は辺りを見渡す。

「あれは…………」

  ショップの奥――バックヤードの隣の壁に何かが書いてあるのが見えた。恐らく、あれがヒントとかいうやつなのだろう。

(何だ、簡単じゃねえか)

 鼻で笑いながら、俺は奥へと向かおうとする。
 だが――

「うぁああぁぁ…………」
「ぐぁ……えあぁ……」

 俺の行く道をゾンビが塞ぐ。
 手にしていた銃を反射的に構えると、狙いを定めつつトリガーを引いた。

『―――――――――ッ!!!』

 集中した射撃で一気に片付ける。
 そして、動かなくなったことを確認すると、壁に書かれたメッセージへと近付いた。

 そこには、こう書かれていた――― 


『嘘が許される月   オリンピック  うるう年』


「なんだ、こりゃ……」

 まるでナゾナゾのような言葉の並び。
 どうやら、ストレートに数字を教えるつもりはないらしい。

「そんな俺を見て笑ってやがるのか?」

 沸き上がる怒り。しかし、それをブツけることすら叶わない。俺は固く拳を握りながらも、次のフロアを目指すべく踵を返した。

  ……………………
  ………………
  …………
  ……

 二階に上がった俺の目の前に、左右へと別れる通路が現れる。
 二者択――しかし、それが大事になるかもしれない。

(考えても仕方ない…………右だ!)

 直感で決めて走り出す。
 と、そこへ――

「クソっ……またかよ!」

 二体のゾンビが目の前に現れた。
 即座に銃を構えると、引き金に指を掛ける。

『―――――――――ッ!!!』

 動きも鈍く、数も少ない。
 俺は落ち着いて撃ち倒すと、そのまま足を進めた。

 通路を進み、喫茶店へと入る。
 ここを選んだ理由は当然、数字のヒントが書かれていたからだ。

 しかし、これまた当然ながら


『ラッキーな数字と言えば』


「はあ……またまた面倒だな」

 そうボヤきつつも、俺はヒントを頭に叩き込んで喫茶店を出た。

  ……………………
  ………………
  …………
  ……

 階段を上り、最上階に辿り着いた俺はスポーツショップへと入った。店の奥の壁に、ヒントが書かれていたからだ。

「げへへへへはぁ~ッ!!」
「ぐぎゃはははぁ~ッ!!」

 だが、俺の歩みを止めるように、半熟が二体 立ち塞がる。
 疲れも溜まってきているので最悪の気分だが、ここで殺られるわけにもいかない。

(こんな所で死ぬつもりはねえんだよッ)

 一人 気合いを入れ直すと、俺は半熟に向き直った。だが、その瞬間 視界の端に見慣れた物が映った。

(使えるものは使っとくか)

 相手が半熟ともなれば、油断も容赦もせず排除すべきだ。俺は手近にあった金属バットを右手に握ると、半熟の襲撃に備えた。
 と、その直後――

「げへははは~ッ!!!」
「ひえひゃは~ッ!!!」

 半熟が二体同時に飛び掛かってきた。
 俺は即座に左へと移動すると、着地寸前の半熟に金属バットを叩き込んだ。

『―――――――――ッ!!』

 重々しい音を響かせながら、半熟が床に叩き付けられる。
 そして、即座に地べたを這っていた半熟の頭を撃ち抜く。どれだけ運動能力が高くても、動いてなければタダの的だ。

「ぐへはぁ~~~ッ!!」

 直後、もう一体の半熟が襲い掛かろうとする。
 しかし、それを許すつもりなどなかった。

 金属バットを足に投げ付け転倒させる。俺という獲物しか見えていなかった半熟は、物の見事に躓いて転んだ。

『―――――――――ッ!!』

 即座に立ち上がろうとする半熟の眉間に、落ち着いて狙いを定めてトリガーを引く。弾丸は違わず命中し、頭の半分を吹き飛ばして半熟は停止した。

「ふう……終わったぜ」

 誰に言うともなしに呟くと、俺はヒントの書かれた壁の前に立った。

 そこに書かれていたのは――


『素数  自分が立つ場所』


 これまた、謎かけと同義の言葉。
 しかし、これで全てのヒントが揃った。後は、そこから数字を割り出し、鍵を開けるだけだ。

「ええっと、確かヒントは……」

  今までに得てきたヒントを頭の中に思い浮かべる。

『嘘が許される月   オリンピック  うるう年』
『ラッキーな数字と言えば』
『素数  自分が立つ場所』


「…………473だな」

 それぞれのヒントから導き出された数字を鍵に当てはめる。

『……………………ッ』

 瞬間、金属的な音を響かせ、鍵が外れる。
 俺は即座に時限爆弾を外すと、店の奥に放り投げた。

『―――――――――ッ!!!』

 瞬間、派手な音を響かせて爆発する。あんなものが自分の首元に巻き付けられたのかと思うと、背中の辺りが冷たくなる思いだった。

 しかし、その冷たさが去ると、次に感じたのは怒りからくる熱だった。窮地を脱したことでオモチャにされたと言う事実が強く認識されたのだ。それが、俺の中で強い怒りとなって湧き上がってきたのだ。

「ぐぎゃはははぁ~ッ!!」

 そこへ、空気を読まずに半熟が現れる。
 だが、今の俺に恐れはなかった。燃え上がるような怒りの前には、奴など驚異ですらなかった。

「……鬱陶しいんだよ、テメェ等ッ!!」

『―――――――――ッ!!!』

 連続で撃ちまくりながら無防備に詰め寄っていく。
 俺の怒りは、こうでもしないと落ち着きそうもなかったから――


 ―――*―――*―――*―――


 デパート前で、能美たちは思い思いに暇を潰していた。
 設置したカメラが3階部分だけ機能しなくなり、待つことしか出来なくなってしまったのだ。

「能美さん、アイツ……戻ってこれると思います?」
「さあな……」
「あれ? そんなに無関心でいいんですか?  能美さん、アイツの生存に賭けてましたよね?」

 確かに、男の言う通りだった。20人以上が賭けに参加したが、生きて戻ってくるほうに賭けたのは能美だけだった。

 しかし、それは彼の明晰な頭脳が導き出した答えではない。最も彼らしくない〝希望的観測〟からのものだった。

(期待に応えられないような男なら必要ない。だが、もし生きて戻ってきたら――)

 一人、思考に耽る能美。
 と、その時――

『―――――――――ッ!!』

 ガラスが割れる派手な音が響き渡る。

「ぐがぁぁああ…………ッ!!」

 直後、半熟の奇声が聞こえてきた。
 そして――


『―――――――――ッ!!!』


 凄まじい衝撃と音。それは、半熟が車の上に叩き付けられた音だった。
 自然、能美は頭上へと視線を向ける。
 すると、すでに失われてしまった3階の窓枠から、こちらを睨みつけている彼の姿があった。

 激しい怒りと闘気――それは、触れたものを皆殺しにせんと思わせるほどに強かった。
 しかし、能美に恐怖はなかった。逆に、喜びにも似た感情が身体を突き抜けていくのを感じていた。

「フッ……やっと現れたか」

 誰に言うともなしに呟く。
 その表情は、どことなく清々しさを宿していた。

「あと少し待っていてくれ……やっと、楽にしてやれるよ」

 他者の耳には触れることなく消えていく言葉。
 その意味を知る者は、今のところ世界で一人だけだった――


 ―――*―――*―――*―――


「はあっ……はあっ……やっと着いた」

 隣駅のホームに辿り着き、将吾は安堵の溜め息を吐いた。

「……………………」

 しかし、その胸中は決して晴れてはいなかった。
 何故なら――


『二人とも、走れッ!!』


 常に頭を過る彼のこと。その思考が、どうしても将吾から先へと進む気力を奪ってしまう。

 それでも此処まで来れたのは、将吾の中で最も大事なのは沙苗の無事を確保することだからだ。彼女の身の安全を得ることが出来ないのであれば、今まで無茶をしてきた意味がなくなる。

 しかし、それでも――

「将吾クン……」

 思わず歩みを止めてしまった将吾に、沙苗が寄り添う。そして、彼の手を取ると、まっすぐに瞳を見つめたまま口を開いた。

「私のことは気にしないで。将吾クンの思う通りに行動して」

 欲しい言葉を、欲しい人から貰えた――その事実が、将吾の決意を固める。

「……ありがとう。でも、沙苗のことも守ってみせるから」
「うん、信じてる」

 見慣れたはずの微笑み。
 だが、今は何よりも力をくれるものだった――
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