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2日目

非日常の日常

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(チッ……面倒なことになったな)

 俺は自身の置かれた状況に対して、心の中で舌打ちをした。

 現在、俺が居るのは寝泊まりした駅前広場に程近いショッピングモールだ。
 理由は、水の調達である。
 生活用水に使っていたペットボトルの天然水が切れかけていたのだ。

 そのことに気付いたのが昼前。
 丁度、トニー達が眠りに就いた後だった。

 彼らを起こすわけにもいかない。
 かといって、キャンプの守りを薄めるわけにもいかない。
 結果、銃の訓練を受けた俺と2名の男で向かうことになったのだ。

 そこまでは、別にいい。いつものことだからだ。
 だが、そこに《奴等》がいたのは計算外だった

「うけけけけっ……肉、にく、ニクウウゥゥッ!!」
「食ベル……食べ……ゲヘヘヘェッ!」

 辺りに響き渡る不気味な声。
 その正体に心当たりのある俺は、手に浮かぶ汗を拭ってから銃を握り直した。

 と、その直後――

「うけーけけけけけっ!!」
「肉肉肉!  肉だァ!!」

 二体の化け物が俺の前に飛び出してきた。
 その容貌に、俺は思わず顔を顰める。

 中途半端に腐敗した表皮。
 半壊している肉体。
 辺りに漂う異臭。
 その全てが、俺の嫌悪感を煽るには十分なものだった。

(クソ、半熟が二匹もかよ……)

 苦々しく呟く。それだけ、面倒な状況なのだ。

  【半熟】――それが奴等の名前だ。
 もちろん、正式名称じゃない。俺たちが勝手に呼んでるだけだ。

 1番の特徴は、やはり その容姿だろう。
 人間を半壊させたような姿は、おぞましさを感じさせるには十分だ。ゾンビ化が始まって数時間以内のみ、あの姿をしている。

 だが、一番の難点は容姿じゃない。
 奴等を面倒だと思う最大の理由は、その身体能力にある。

 完全に腐敗が進んだゾンビとは違い、奴等の身体能力は人間のソレと変わりない――いや、脳のリミッターが外れている分、人間以上と言えるだろう。

 その上、奴等には傷付くことへの恐怖がない。
 敵に回すと、とことん面倒な存在なのだ。

(さて……どうするかな?)

 出来れば一緒に来た仲間に援護を頼みたい。
 しかし、そんな隙を見逃してくれるほど半熟は甘くない。
 つまり、自分で どうにかするしかないのだ。

(やるしかない……か)

 覚悟を決めると、俺はハンドガンを握り直した。
 まず、気を付けなければならないのは、相手が二体だということだ。考えも無しに片方へと銃弾を撃ち込めば、もう一体に襲われる。
 かと言って、二体同時に相手しようと思っても、一発でヘッドショットを決めなければ、距離を詰められて終わりだ。
 しかし、現状として選択肢は この二つしかない。
 さて、どちらを選ぶべきか――

(一体ずつ、確実に仕留めよう)

 二体同時にヘッドショットを決められるほど、銃の習熟度は高くない。こういう時こそ、慎重な策を取るべきなのだ。

 しかし、時間を掛けていられないのも事実。
 確実に、だが、迅速に決める必要がある。

(だったら、多少は派手にいかねえとな)

 そう心の中で呟くと同時に、俺は地を蹴って横合いへと飛んだ。

(外すなよ……ッ!)

 自分を鼓舞すると、俺は指をトリガーに掛ける。
 そして――

『―――――――――ッ!!!』

 響き渡る二連続の銃声。

 慣れない体勢からの射撃。
 そのため、一発目は胸に着弾。
 しかし、二発目は頭を吹き飛ばした。

(あと一体ッ!)

 そう思って銃口を向けようとする。
 だが――

「うけけけけけけけけッ!!」

 奇声を上げながら半熟が俺に向かって飛び掛ってくる。

「クソッ……!」

 焦りながらも、俺は何とかトリガーを引き絞った。

『―――――――――ッ!!』

 放たれた銃弾は、半熟の肩口に着弾。倒すことは出来なかったが、奴の身体をブレさせることは出来た。

 しかし――

『――――――――――ッ!!』

 胸元に叩き付けられる衝撃。
 いきなり噛まれることはなかったが、激突されて一緒に床へと倒れ込む羽目になった。

 その瞬間、俺の手から銃が零れ落ちる。必死に手を伸ばそうとするが、それより先に半熟が覆い被さってきた。

「うけけッ……肉肉~!!」

 鼓膜を震わす不気味な声と、鼻腔を突き抜ける悪臭。
 それらに耐えつつ、俺は即座に銃を諦めると、腰元に差していたナイフに手を伸ばした。

『―――――――――ッ!!!』

 噛まれる直前、俺のナイフが半熟の側頭部に突き刺さった。

「ゲッ……はああぁ……」

 聞きたくもない苦鳴を上げながら、半熟が俺の上から床へと崩れ落ちる。それを見ながら、俺は安堵の溜め息を吐いた。


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~1時間後~~~


 一緒に調達へ行っていたメンバーと、水を積んだ車から降りる。満載とまではいかないが、節約しながら使えば、そこそこは長持ちするはずだ。

「あっ、リーダー君。お帰りなさい」

 俺の姿を認めるや、楓が安堵した表情で駆け寄ってくる。正直、誰かの相手をするほどの余力もなかったが、無碍にすることも出来ないので俺は無理矢理に笑みを貼り付けた。

「ああ、楓さん。ただいま」
「無事だったのね、良かっ……」

 何故か、言葉を途中で遮り、表情を曇らせる楓。何かと思って彼女の視線を追ってみると、その瞳は俺の胸元を見ていた。

「血が付いてる……」
「えっ……?」

 言われて気付く。
 確かに、俺の胸元には血が付いていた。恐らく、半熟のものだろう。

「彼等が出たのね?」
「……まあね」

 隠しても仕方ないので、俺は頷いた。楓にしても、今さら心配や気遣いを見せても意味がないと分かっているため、ただ何も言わず俺の手を握った。

「良かったわ、無事で……」
「ああ、ありがとう」

 礼を述べ、手を握り返す。
 しかし、しんみりばかりもしてられないので、俺は気を取り直して口を開いた。

「それで、そっちは? 何か変わったことはなかった?」

 何気ない質問。だが、楓は何かを思い出したかのようにハッとした顔をした。

「あっ、そうそう。実は、助けを求めに来た子がいるのよ」
「助けを……?」

 思いも寄らなかった展開に、思わず素面を見せてしまう。

「ええ、何でも近くのビルに隠れてたら私たちが来たから、助けを求めに来たらしいの」
「ふうん……で、何人が来たんだ?」
「1人よ」
「1人? たった1人で来たのか?」
「え、ええ、そうだけど……」

 俺の表情が険しくなったためか、やや楓が緊張の面持ちで答える。

 別に、助けを求めに来ること自体は初めてじゃない。実際、今のメンバーの中にも、それがキッカケでグループに加入した人間もいる。
 だから、俺が気に掛かったのは、助けを云々という部分ではない。〝1人で来た〟という部分だ。

 辺りに敵影がないことは確認しているが、それは俺たちの話だ。1人だというソイツに、そこまでのことが出来ていたとは思えない。
 そんなリスキーなことをするぐらいなら、呼び掛けるなり何なりして自分の存在を知らせる方が安全だ。それをしなかったというところが、俺の中で引っかかっているのである。

(まあ、グダグダ考えるより会った方が早いか)

 風聞と憶測で人と為りは分からない。
 俺は楓に頼むと、その人物のところへと案内してもらった。

 楓の先導で歩くこと1分弱。前方に見慣れない少女が見えてきた。

「あっ……」

 所在無げに折りたたみの椅子に腰掛けていた少女だったが、俺の姿を認めた途端に立ち上がった。どうやら、楓なり誰かから俺がリーダーであることは聞いていたようだ。

「あ、あの、初めまして。私、【牧田 小百合】って言います。こ、この度は助けて頂いて――」

「ああ、そんなに堅くならなくていいって。俺が君を助けたわけじゃないんだし」

 友好的な笑みを浮かべながらも、俺は少女――小百合の姿を確認した。

 まず、俺が気に掛かったのは、彼女が武器らしい武器を持っていないことだ。雅也あたりが取り上げたのかもしれないが、それにしても荒事に慣れてるようには見えない。
 それと、彼女からはギリギリの状態で生きてきた人間特有の《汚れ》が見受けられない。それが、俺には一番に引っ掛かっていた。
 別に、服や身体が汚れていないのがおかしいと言っているのではない。そうした物理的なことではなく、身に纏う空気が汚れていないのだ。

(危険の中を一人でやってきた人間には見えねえな……)

 そこまでの必死さが彼女には欠けていた。そんなものは持っていない方がいいのは確かだが、助けを求めてきたという前提があるだけに違和感を抱かせる。

「あ、あの……」

 急に黙り込んだ俺に不安感を抱いたのか、小百合が恐々と言った感じで声を掛けてきた。

「あ、ああ、ゴメン。ちょっと疲れててね。ところで、君は――」

 探りを入れるために質問を切り出そうとする俺。
 だが――

「……………………………………」

 何気ない様子で小百合の後ろを歩きながら、雅也が俺にアイコンタクトを送ってきた。どうやら、俺が苦心する必要はないらしい。

「リーダー君? どうかしたの?」
「ん? いや、何でもないよ。ただ、気兼ねなく ゆっくりしていってって言いたかっただけさ」
「いいんですかッ?」
「ああ、もちろん。追い返すような真似はしないから、安心していいよ」
「あ、ありがとうございますッ」
「ふふふ……良かったわね」
「はいッ」

 和気藹々とした空気で和む楓と小百合。そんな二人に笑みを向けると、俺は後のことを楓に任せ、雅也の方へと歩み寄った。

「お帰りなさい。無事に済んだようですね」

 まずは、労いの言葉を掛けてくれる雅也。
 ここら辺の気遣いが、コイツと一緒にいて心地よく感じる理由の一端なのだろう。

「ああ……でも、別の問題が現れたっぽいな」

 楓と小百合から十分に距離が離れていることを確認してから、俺は雅也に小声で問い掛ける。

「フフッ……確かにね」
「……で、どうなんだ?」
「怪しいですね、思いっきり」

 キッパリと言い切る雅也。彼が そう言うからには、何かしらの理由があるはずだ。

「ここに来た時、彼女が持っていた武器はナイフだけでした――血サビの一つも付いていないね」

 こんな世界で戦闘を避けられるはずがない。つまり、小百合には自分の身を守ってくれる仲間が《いた》か《いる》のだ。

「オマケに、服からは洗剤の香りもしてましたからね。逃げて来なければならない人間には見えません」
「ということは――」
「八割方、スパイでしょうね」

 スパイ――その言葉に、俺は疲労感の詰まった溜め息を吐いた。

 スパイと言っても、映画に出てくるエージェントのような人物を指しているのではない。俺たちが言っているのは、もっとシンプルな仕事をする人間のことだ。

 その仕事とは何か――それは、奇襲前の偵察である。

 こんな世界になってから、人間関係は とても単純明快なものになった。助け合うか、奪い合うかの二極構造だ。
 特に、俺たちのような物資も武力も持つに至ったグループは、自然と注目を浴びることになる。救いを求める者からも、色んな意味で飢えた者からも。
 そして、後者は往々にして前者のフリをするのだ。全てを奪い取るために。
 事実、そうしたスパイを送り込んできた輩が過去にも存在した。初めての時は かなりの銃撃戦となり、幾人かの犠牲者も出たことがある。

「とりあえず、今は泳がせておくか。考え過ぎってこともあるからな」
「そうですね。でも、一応は数人を見張りに付けておきます」

 俺の言葉に頷きながらも、雅也が提案してくる。
 コチラとしても異論はないので、その辺の指示は任せることにした。


 ―――*―――*―――*―――

  
 ~~~その日の夜~~~

「ボス、ちょっといいかい?」

 就寝間近、今後の計画について雅也とトニーで話し合っていると、グループメンバーの男が話し掛けてきた。

「どうした? 何かあったかい?」
「ああ、こいつを見てくれ」

 言いながら男が差し出したのはスマホだった。
 何かと思って覗き込むと、そこには ある意味で予想通りの画が映し出されていた。

 俺たちがキャンプを張っている場所から少し離れた路地裏――そこで見知らぬ男と会話をしている小百合の姿がハッキリと映っていた。

「これで、決まりですね」

 雅也が呟く。
 何のことかは問うまでもない。小百合がスパイであることを言っているのだ。

 これが普通の男ならば、そこまでの考えには至らない。だが、相手の手には銃が握られている。そんな男と知り合いなのに助けを求めに来たという小百合は、最早 信じるに値しないだろう。
 恐らく、小百合の役目は俺たちの武装の確認だ。何人ぐらいのグループで、武器はどれぐらい持っているのかなど、そうした基本情報を手に入れようとしているのだろう。

「ボス、どうしますか?」

 トニーの問い掛けに、俺は眉を寄せて考えた。

「……強引に迫ることもない。冷静に聞き出そう」

 暴力的に事を進めるのは簡単だ。しかし、それだけで全てを済ませることは出来ない。時には、心を落ち着かせて対処する必要がある。

「了解です。しかし、あの女の処遇は どうしますか?」

 あの女と言うのは小百合のことだろう。
 どうでもいいことだが、雅也は華菜以外の女性に対して厳しいところがある。敵意とまではいかないが、かなり冷たく接するのだ。

「悪いが、話を聞いた後で眠ってもらおう。助けでも呼ばれたら面倒だからな」

 そう言うと、俺は小百合の姿を探して踵を返した。後にトニーと雅也も続く。
 そして、歩くこと5分ほど。キャンプの隅で休んでいた小百合を見つけた。何やら緊張した面持ちをしているのは、これから〝仲間〟に密告することを考えてか。

「小百合、ちょっといいか?」
「えっ……は、はい」

 さらに硬くなる表情。しかし、ここで悟られるわけにはいかない。俺は柔和な顔をして話し掛ける。

「さっきまで忘れてたんだけどさ、グループメンバーには銃を渡すことになってるんだ。君にも渡すから、一緒に来てくれないか?」
「あっ、はい。ありがとうございます」

 俺たちに敵意がないと判断したのか、小百合は笑みを浮かべて頷く。そんな彼女に俺も笑みを返しながら、先導するように前を歩き出した。その際、自然と雅也とトニーが小百合の後ろを固める。
 その陣形のまま、駅ビル裏手に場所を移す。車も人もない光景に、さすがに小百合が足を止めた。

「あの、どこに銃が……」
「あるさ、そこにな」

 俺が言うのと同時に、トニーが小百合の後頭部に銃口を突き付ける。冷たい鉄の感触に、彼女の表情から色が消えた。

「ど、どうして……」
「なに、こんなものが撮れたんでな」

 言いながら、予め借りておいたスマホを小百合の眼前に差し出す。

「――――――ッ!」

 衝撃の表情。だが、その直後には全てを悟ったように全身から力を抜いた。

「尾行してたのね……」
「この状況下で、簡単に他人を信じるほどバカじゃないさ」

 俺の言葉に、小百合が自嘲の笑みを浮かべる。踊らせてるつもりでいたら、騙されてたのは自分だったのだ。それも当然だろう。

「で?  コイツは誰なんだ?」
「……言えない」
「これはこれは……なかなか強情ですね」
「愚かしいな」

 嘲る雅也と、トリガーに掛ける力を強めるトニー。
 そんな二人を見ながら、俺は問い掛けた。

「何で、そこまで尽くす? この男に惚れてるのか?」

 からかうように言う。すると、小百合は表情を嫌悪感と苛立ちで染めた。

「冗談じゃないわよ、誰が あんな奴等をッ!」

 過剰とも言える反応。どうやら、訳ありのようだ。

「何か理由がありそうだな?」
「そ、それは……」

 言い淀む小百合。恐らく、彼女の中で最善の結果を得るにはどうすればいいかを考えているのだろう。

「ねえ……アナタ達なら、アイツ等に勝てる?」

 本題のような、逸れてるような質問。
 しかし、茶化すような空気でもないので、俺は自分なりに答えようと口を開く。

「アイツ等ってのが どんだけの奴等か知らねえけど、負ける気はないな」
「……………………」
「トニー達は元自衛隊員の凄腕だし、俺たちも訓練を受けた。銃も弾丸も十分にある。それに――」
「それに……?」
「俺は喧嘩に負けるのが大嫌いでな。どんな手を使ってでも必ず勝つさ」
「……何よ、それ」

 突っ込むように言いつつも、小百合の顔には笑みが浮かんでいた。その様子に、ここで踏み込むべきだと思い口を開いた。

「……何があった?」
「……………………」

 短いが、全ての意味を込めた問いに、小百合が再び口を閉ざす。だが、それも僅かな間でしかなかった。

「妹がいるの……」
「妹?」
「うん……アイツ等と一緒にね」

 つまり、妹を盾に従属を強いられているということか。

「だから、私には選択肢なんか無いの。言われたことは、何でもやらなきゃダメなのよ……」
「それで自分が死んでは意味が無いでしょうに」
「そんなことないよ。最後まで、あの子のお姉ちゃんでいられるんだから」

 使命感か、それとも純然たる愛情か――どちらにしろ、彼女の意思を暴力で揺るがすことは出来ないようだ。

「……なら、交換条件ってのはどうだ?」
「交換条件?」
「ああ。お前は仲間の情報を話す。俺たちは、そいつらを倒す。もちろん妹は無事に救出してな」
「そんなこと出来るの?」
「確実にとは言えないさ。でも、お前も同じこと考えたから、勝てるかどうかを聞いたんじゃないのか?」
「……………………」

 俺の言葉に、小百合が考えるように目を瞑る。
 そして――

「……分かったわ。協力する」

 覚悟を決めた表情と口調。
 そんな彼女に、俺も力強く頷き返した。


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~1時間後~~~


 ここは駅ビルへと続く道。その歩道に、俺とトニー率いる精鋭が隠れていた。

 小百合の仲間は、駅前広場から30分ほどのところにキャンプを張っているらしい。そして、小百合が持たされた無線機で連絡を入れたら、こちらへと襲撃を仕掛ける算段だったそうだ。

 本来ならば、明日の昼過ぎぐらいがベストなタイミングだろう。トニー達が休んだ後ならば、制圧も簡単だからだ。
 しかし、奴等は最も俺たちの武力が充実してる時間に突っ込んでくることになる――小百合の寝返りによって。

『ボス、聞こえますか?』

 無線機からトニーの抑えた声が聞こえてきた。

「ああ、よく聞こえるよ」
『奴等の車が現れたら、タイヤを狙ってください。止めるだけでいい』
「了解。タイミングは任せるぜ」

 そう言って、俺は無線を切った。
 本当ならタイヤを狙ったりせず撃ちまくったほうが楽なのだが、皆殺しにしてしまってはグループ内での俺の心象が悪くなり、纏めるのに支障が出てくるため中止となった。

『―――――――――ッ!!』

 と、そんなことを考えていると、派手な排気音を立てながら、数台の車が近付いてきていた。
 各所で銃を構える気配が伝わってくる。俺も それに続いて しっかりと自動小銃を構えた。

 そして――

「撃てッ!!」

 トニーの声が響き渡る。
 それに合わせて隠れていたメンバーが一斉に立ち上がって銃弾を放った。

『―――――――――ッ!!!』

 辺りに銃声が響き渡る。
 続いて、車のクラッシュする音。タイヤを撃ち抜かれた三台の車は、一斉に路肩のガードレールに突っ込んだ。

「掛かれッ!!」

 トニーの合図により、屈強な男達が車に走り寄る。そして、即座に銃床や蹴りで窓を叩き割って銃を突き付け動きを封じる。そうしつつも、ドアを開けて乗っていた男達を引きずり出し、次々とスタンガンで眠らせていった。
 所要時間は10分弱。気構えが出来ていて、確固たる連帯感で結ばれた屈強な兵士にとって、これぐらいのことは朝飯前といったところか。

「上手くいきましたね、ボス」

 結束バンドで男達を縛り上げていく仲間を背に、トニーが話し掛けてくる。

「ああ、そうだな……っていうか、こういう場面になる度、アンタがリーダーになったほうがいいって思うよ」

 率直な感想を口にする。
 だが、トニーは軽い笑みを浮かべながら首を横に振った。

「私が出来るのは荒事だけ。ボスのように判断は下せない」

 前にも言われた言葉。自衛隊員としての自分に見切りを付けた判断力があれば、問題ないと思うのだが。
 しかし、そう伝えた時もトニーの気持ちは変わらなかった。
  『リーダーが下すべき判断は、そういうことじゃない』と言って。

「さてと、後はキャンプを制圧して、お姫様の救助だな」
「準備は整ってますよ」

 いつの間に来ていたのか、雅也が小百合を伴って現れた。

「車も持ってきましたから、乗って行ってください」
「相変わらず、気の利く奴だな」
「それぐらいしか取り柄がないですからね」

 そんなことはない。雅也の切れる頭脳がなければ、今の俺たちはないのだから。

「行きましょう、ボス。あまり時間を空けないほうがいい」

 確かに、その通りだ。連絡がこないことを不審に思われたくない。俺はトニーと小百合を伴うと車に乗り込んだ。


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~20分後~~~


 小百合の案内で、俺たちは駅前広場近くの雑居ビルの駐車場に辿り着いた。手前で車を降りた俺たちが中を覗き込むと、そこには確かにキャンプを張ってる連中がいた。

「数は少ねえな……」

 見えるだけだと7、8人程度。場馴れした俺達からすれば、物の数にも入らない。

「あれで全部か?」
「うん、多分。中に入ろうとしたけど、鍵が掛かってて無理だったから」

 つまり、建物内の伏兵は気にする必要が無いわけだ。ならば、恐れる必要もないだろう。

「どうする、トニー?」
「一気に突っ込みましょう。時間を掛ければ、それだけ妹さんに害が及ぶ可能性を高めてしまう」
「分かった……それじゃ、派手に撃ちながら切り込んで、一気に囲んでホールドアップ……ってのはどうだ?」
「了解、それで行きましょう」

 俺の案にトニーが頷く。
 それを見て、俺は合図を出した。

『―――――――――ッ!!!』

 全員で銃弾をバラ撒きながら突っ込んでいく。
 途端、慌てふためきパニック状態に陥る小百合の元仲間達。そんな連中なので、制圧するのは拍子抜けするほど簡単だった。

(まあ、疲れなくて済むなら何でもいいけどな)

 そんなことを思いつつ、俺は銃を肩に担いだ。
 と、その時――

「安里ッ!!」

 小百合の声が夜闇に響き渡った。

「お姉ちゃんッ!」

 その声に呼応するかのように、一人の少女が車の中から飛び出してきた。そして、弾けたように走り出すと、迷うことなく小百合の胸の中へと飛び込んだ。

「お姉ちゃ~んッ……」
「安里……良かった……」

 感動の対面というやつだ。さすがの俺も邪魔をする気になれず、トニー達の手伝いをして時間を潰すことにした。


 ―――*―――*―――*―――


 ~~~40分後~~~


「なかなかの収穫になったな」

 奴等のキャンプから頂いてきた物資を目の前にして、俺は笑みを浮かべた。食料もそうだが、武器関係を補充できたのも大きい。

 本来、こうした銃器を日本で手にする機会は少ない。それでも、俺たちや奴等を含めて所持している人間が多いのは、トニーの元同僚たち――つまり、自衛隊員が持っていた物を頂戴しているからだ。

 こんな状態になってから、各地に自衛隊員が管理・護衛する『避難所』や、様々な任務を遂行するために設けられた前哨基地というものが作られた。
 しかし、現状では何処も壊滅させられているため、そういったところから武器を頂戴しているのである。

「あ、あの……」

 戦果に満足感を抱いていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、そこには小百合と 彼女の妹である安里がいた。

「ん? どうかしたかい?」
「えっと、その……お礼が言いたくて」
「お礼?」

 別に、言われる筋合いはないはずだ。
 合意された交換条件を互いに満たしただけなのだから。

「アナタが どう思っていても、結果として妹をアイツ等から引き離すことが出来たからか」

 どうやら、余程 いけ好かない連中だったらしい。そこまでして嫌う理由を聞いてみたくもなったが、意味のないことなので止めておいた。

「ところで、これからどうするんだ?」
「あっ、うん。そのことなんだけど……」

 俺の問いに対して、何やら言いにくそう表情を浮かべる小百合。そんな彼女に、俺は口を挟まず言葉を待った。

「あのさ、出来れば私たちも仲間にしてくれないかな? 二人だけじゃ、さすがに生きていけないし」

 何となく予想の付いていた台詞。
 それを受けて俺は、頭の中で考えを整理した。

 小百合は、妹のために迷わず俺たちの懐に飛び込んだ。下手をすれば殺されるかもしれないのにだ。つまり、それを可能にするだけの意志の強さと覚悟を持っているのだろう。
 何かを守りたい――そういった思いを抱いた人間は強い。これからも、何かと助けになってくれるはずだ。

「ああ、もちろん。歓迎するよ」

 そう言って、俺は笑みを浮かべた。それで安心したのか、小百合と安里も自然な笑顔を見せてくれた――
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