上 下
33 / 69
第一部

32:役人の裏取引

しおりを挟む
 リューンベルに着いて一夜が明け、ついに裁判が行われる当日の朝。
 三人は午後までにどう行動を起こすかについて改めて打ち合わせを行っていた。

「裁判の場での証人は、シノさんが務められるんですか?」

「ファルマさん達のような病院関係者だと、贔屓ひいきだのなんだのと言われて信じてもらえない可能性があるからね……」

「私は人社会における司法の場をよく知らないんですが……頑張ってくださいね!」

 リエルが応援してはくれるものの、シノは裁判の場に立つなんてことは初めてだ。人間だった頃にもそんな経験はない。
 だが、ここで引き下がってしまってはファルマはおろか、村で勝利を願っているローザ達にも申し訳が立たないので腹をくくる必要がある。

「ファルマさんは先に裁判所へ行ってください。あとの事は、私達が絶対になんとかしてみせます」

「……分かりました。先生のことを、よろしくお願い致します……!」

 祈るような表情で頭を深く下げたファルマは、裁判所方面の雑踏へと姿を消した。
 その一方でシノとリエルは二人で役所へ出向き、ラウスの裏を取るための証拠探しへと出向くことになる。もし何も無くてもローレルの疑い自体は晴らせる可能性はあるが、ここは出来る限り確実にいきたい。
 悪名高いなどと言われているラウスのことだ。何かと理由を付けて有罪までごり押されても不思議ではないのだから。

「よし、じゃあ役所へ行くよ。悪徳役人が残した証拠を探すために!」

 裁判所とは別のひときわ大きな建物――――――リューンベル中央役所へ向けて二人は歩き出す。
 ファルマの家から役所までは歩いて三十分ほどの距離があるため、多少急ぎ足だ。普段ならさすが都だなぁと改めて感心しているところだが、今となってはそんな時間もない。

「旅の途中で通った時も思いましたけれど……さすがグランディア王国有数の広さを誇る都ですね」

「この一件が無事に片付いたら、また観光にでも来たいところだね」

 道中そんな会話を交わすシノとリエル。
 村で教師を始める前はちょくちょく来ていたりしたが、もうかなり昔のことなので、あの頃とは都もそれなりに様変わりしている。だが、こんな素敵な都の裏にも悪どい役人が潜んでいるとなるとなんだか嫌な感じは拭えない。
 そのためにも、今日行われる裁判には絶対勝つ必要があるだろう。あわよくば真の悪人への制裁も含めて。


「――――――着いたよ。ここが、リューンベル中央役所」


 そろそろ正午も近づいたかと思われる頃、二人は役所の前までやってくる。鉄筋の真白い石造りをした、高さ三十メートルはあろうかという巨大な建物だ。クラド村での建物の大きさに慣れているので、久々に見るとさすがに迫力がある。

「正午までの時間は多くありません。急ぎましょう、シノさん!」

「分かってるよ。まずは、問題となってる人物の所在を確かめないと」

 もし、行動している途中でラウス本人とばったり出くわしてしまったりしたら色々とマズイ。
 さすがに大丈夫とは思うのだが、シノは急いで役所の受付へ向かうとその所在を訪ねてみた。

「――――――申し訳ありません。ノワルド氏は所用で不在となっておりまして……」

「そうですか……わかりました、ありがとう御座います」

 所用というのは十中八九、今まさに裁判所にいるということだろう。これで不在は確定したので、シノにとっては圧倒的に都合のいい流れとなった。
 件の彼は今頃、ローレルの有罪を今か今かと待っているに違いない。そして、それを今から逆転させるのはシノとリエルの仕事である。

「どうやら彼はしっかり不在みたい。これなら何も問題なく動くことができそうだよ」

「分かりました。具体的にはどうすれば……?」

「何かあるとすれば、彼の執務室だね。ファルマさんから場所は教えてもらったし、本人がいない間に探させてもらうよ」

「部屋に勝手に忍び込むということですか……!?」

 役所の中で行動するとは聞いていたが、まさか忍び込むとは思っていなかったリエルはさすがに驚く。一歩間違えば泥棒扱いになってしまうほどリスクの高い行動だ。
 だが、そのリスクを考えてもなお、彼の裏を探るだけの価値はあるということだろう。

「もし何か、彼に関して不利となりえる物を見つけることが出来れば、裁判の場における彼の発言力はかなり落ちると思う」

「まぁ……ファルマさんから聞いた限りだと、高圧的で他人の意見を許さないタイプの人みたいですからね……」

「こっちが何か言う前に押し切られたらどうしようもないからね。反撃材料の一つでも見つかればこっちのものだよ」

 どことなく悪戯めいた笑みと共に、シノはそんなことを言う。こうしているとまるで探偵か何かのようだ。もっとも、こんなリスクの高い探偵業はこの一度きりで終わりにしたいものではあるが。

「じゃあそろそろ始めるよ。こっちに来て」

「は、はい!」

 シノとリエルは素早く役所内を移動すると、人気のない場所へと一時的に身を隠した。
 周囲に誰もいないことを確認したシノは気持ちを落ち着かせるように長く息を吐くと、


「全ての観測から我が身を隠せ――――――――ハイドシールド」


 短い詠唱の後に魔法を発動させる。するとあっという間に二人の姿が周囲から消えて見えなくなり、まさに影も形も残らなくなった。
 これは所謂「透明化」の魔法なのだが、この世界においては上級魔法の部類に入る。発動に手間もかかるため、気軽に扱ったりすることなどもちろん不可能だ。
 それをたったあれだけの詠唱で発動させてしまったということは――――――――

「こういうのも、私ならではということだよ」

「す、凄いですねシノさん……!」

 ――――――――もちろん設定集に載っていた、オリジナル魔法の一つである。
 しかも便利なことに、シノとリエルは互いにだけ姿がうっすら見えているので見失う心配もない。あれに載っている知識や魔法は出来る限り使わないに越したことはないのだが、今は非常時だ。出し渋っていてどうするというのだろうか?
 目撃者がリエルしかいないので、変に気を使う必要もない。彼女ならば周囲に言いふらしたりすることもないだろう。

「彼の執務室はこっちだよ。行こう、リエル!」

「はい!」

 声は普通に聞こえているので声量に注意しつつも、二人は目的の部屋へと向かう。
 途中で何人もの役員と擦れ違ったが、本当に姿が見えていないようでいとも簡単に掻い潜れた。やがて役所の奥までたどり着くと、やたらと立派な扉の前で二人は立ち止まる。恐らくはここがラウスの執務室なのだろう。

「近くに警備の人がいるので、扉を開けると気付かれてしまいますよ……?」

「そこは大丈夫。私の友人が良い物を用意してくれてたから」

 いくら姿が見えてなくても扉がひとりでに開いたりすれば怪しまれてしまいそうだが、その心配は無用。出発前にティエラが持たせてくれた魔法道具に、今の状況にピッタリの物があったのだ。
 シノは魔法陣が描かれた札のようなものを取り出すと扉へと接近する。
 慌ててリエルも後に続き、警備員との距離は一メートルにも満たなくなってしまった。リエルの手を握って無言で頷いたシノは、札を扉へと貼り付ける。すると――――――


(……今だ!)


 ――――――その瞬間、扉の表面にゆらぎのようなものが現れ、シノは思い切って扉へ突進した。
 まさかの行動にリエルは驚く暇もなかったが何故か扉へ激突などはせず、一瞬だけ瞑った目を開けてみるとそこは扉の向こう側。つまり、開けずに通り抜けたということである。

「今のは、貼り付けた壁や扉を数秒の間だけ通り抜け可能にする魔札だよ。迷宮や遺跡探索で迷った時の脱出用に作ったんだって」

「魔法道具って、凄い物が多いんですね……」

 さすがは一流の商人にして道具職人だ。たまにドジこそ踏みはするけれど。
 とにかくこれで部屋に忍び込むことは出来たので、あとは色々と探させてもらうだけだ。もうあまり時間も残されていないので、二手に分かれて執務室内を探し始めたのだが、

(これじゃあ執務室っていうより、彼の私物置き場じゃないの……?)

 声には出さないものの、シノは思わず呆れてしまう。ラウスの物だと思われる品がそこかしこに積まれているからだ。
 方々から貰った物なのかは定かではないが、仮にも役人のトップが鎮座する執務室に置いておくようなものではないと思う。
 色々と物申したい気持ちを抑えつつ引き続き探していると、


「――――――シノさん、これを見てください!」


 奥の方に行っていたリエルが呼ぶ声が聞こえ、シノは急いでそちらの方へと向かう。
 税金の徴収書類などが棚にまとめてあるようだが、それらに紛れて何かが置いてあることに気付いた。

「ノワルド氏宛ての手紙のようだけど……」

 彼に宛てたであろう手紙と、その返事と思われる手紙。返事の手紙が置いてあるということは、相手の何者かと改めてこの場でもやり取りをしたということだろう。
 手紙を開いて内容を見始めたシノだったが、文面を追っていくうちにその表情が驚きへと変わる。


「……何よこれ。こんなの、無茶苦茶じゃない……っ!」


 次第に彼女の表情は驚きから怒りが混じったものへとなり、自然と言葉も強くなっていた。普段は滅多に怒らないため、いざそうなると凄みがあるように思える。
 そんなシノの様子を隣で見ていたリエルは心配そうに見ていたが、彼女の表情もまた苦いものであった。どうやら、誰かとやり取りをしていたであろうラウスの手紙にはよほどの事が書かれていたらしい。

「ローレルさんの疑いを晴らすどころか……これは完全に彼の裏を取ったよ、リエル!」

「はい! これを突き付けて、裁判を終わらせてしまいましょう!」

 とりあえず先ほどまでの怒りを鎮めると、シノとリエルは顔を見合わせて大きく頷き合う。
 リスクが高いと思われる忍び込みだったが、余りあるほどの成果を得ることが出来たのだ。

「……もう正午が近いです。間に合わなくなる前にここを出ましょう、シノさん!」

 続けて、時間を確認したリエルが少し焦ったように促した。いくら有利な証拠を掴んだとはいえ、自分達が裁判に間に合わなければ何の意味もない。

「そうだね。ファルマさん達も待っているだろうし、行こう!」

 決定的な証拠となりえる手紙だけは忘れずに持ち出すと、シノとリエルは踵を返した。入ってきた時と同じ手順で執務室を抜けると、誰にも見られないように役所を後にする。

 そして二人はリューンベルの街中を、裁判所へ向けて走り去っていくのであった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

私がいなくなった部屋を見て、あなた様はその心に何を思われるのでしょうね…?

新野乃花(大舟)
恋愛
貴族であるファーラ伯爵との婚約を結んでいたセイラ。しかし伯爵はセイラの事をほったらかしにして、幼馴染であるレリアの方にばかり愛情をかけていた。それは溺愛と呼んでもいいほどのもので、そんな行動の果てにファーラ伯爵は婚約破棄まで持ち出してしまう。しかしそれと時を同じくして、セイラはその姿を伯爵の前からこつぜんと消してしまう。弱気なセイラが自分に逆らう事など絶対に無いと思い上がっていた伯爵は、誰もいなくなってしまったセイラの部屋を見て…。 ※カクヨム、小説家になろうにも投稿しています!

私はお母様の奴隷じゃありません。「出てけ」とおっしゃるなら、望み通り出ていきます【完結】

小平ニコ
ファンタジー
主人公レベッカは、幼いころから母親に冷たく当たられ、家庭内の雑務を全て押し付けられてきた。 他の姉妹たちとは明らかに違う、奴隷のような扱いを受けても、いつか母親が自分を愛してくれると信じ、出来得る限りの努力を続けてきたレベッカだったが、16歳の誕生日に突然、公爵の館に奉公に行けと命じられる。 それは『家を出て行け』と言われているのと同じであり、レベッカはショックを受ける。しかし、奉公先の人々は皆優しく、主であるハーヴィン公爵はとても美しい人で、レベッカは彼にとても気に入られる。 友達もでき、忙しいながらも幸せな毎日を送るレベッカ。そんなある日のこと、妹のキャリーがいきなり公爵の館を訪れた。……キャリーは、レベッカに支払われた給料を回収しに来たのだ。 レベッカは、金銭に対する執着などなかったが、あまりにも身勝手で悪辣なキャリーに怒り、彼女を追い返す。それをきっかけに、公爵家の人々も巻き込む形で、レベッカと実家の姉妹たちは争うことになる。 そして、姉妹たちがそれぞれ悪行の報いを受けた後。 レベッカはとうとう、母親と直接対峙するのだった……

【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?

碧桜 汐香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。 まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。 様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。 第二王子?いりませんわ。 第一王子?もっといりませんわ。 第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は? 彼女の存在意義とは? 別サイト様にも掲載しております

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。

ドアマットヒロインはごめん被るので、元凶を蹴落とすことにした

月白ヤトヒコ
ファンタジー
お母様が亡くなった。 それから程なくして―――― お父様が屋敷に見知らぬ母子を連れて来た。 「はじめまして! あなたが、あたしのおねえちゃんになるの?」 にっこりとわたくしを見やるその瞳と髪は、お父様とそっくりな色をしている。 「わ~、おねえちゃんキレイなブローチしてるのね! いいなぁ」 そう、新しい妹? が、言った瞬間・・・ 頭の中を、凄まじい情報が巡った。 これ、なんでも奪って行く異母妹と家族に虐げられるドアマット主人公の話じゃね? ドアマットヒロイン……物語の主人公としての、奪われる人生の、最初の一手。 だから、わたしは・・・よし、とりあえず馬鹿なことを言い出したこのアホをぶん殴っておこう。 ドアマットヒロインはごめん被るので、これからビシバシ躾けてやるか。 ついでに、「政略に使うための駒として娘を必要とし、そのついでに母親を、娘の世話係としてただで扱き使える女として連れて来たものかと」 そう言って、ヒロインのクズ親父と異母妹の母親との間に亀裂を入れることにする。 フハハハハハハハ! これで、異母妹の母親とこの男が仲良くわたしを虐げることはないだろう。ドアマットフラグを一つ折ってやったわっ! うん? ドアマットヒロインを拾って溺愛するヒーローはどうなったかって? そんなの知らん。 設定はふわっと。

処理中です...