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第一部
32:役人の裏取引
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リューンベルに着いて一夜が明け、ついに裁判が行われる当日の朝。
三人は午後までにどう行動を起こすかについて改めて打ち合わせを行っていた。
「裁判の場での証人は、シノさんが務められるんですか?」
「ファルマさん達のような病院関係者だと、贔屓だのなんだのと言われて信じてもらえない可能性があるからね……」
「私は人社会における司法の場をよく知らないんですが……頑張ってくださいね!」
リエルが応援してはくれるものの、シノは裁判の場に立つなんてことは初めてだ。人間だった頃にもそんな経験はない。
だが、ここで引き下がってしまってはファルマはおろか、村で勝利を願っているローザ達にも申し訳が立たないので腹をくくる必要がある。
「ファルマさんは先に裁判所へ行ってください。あとの事は、私達が絶対になんとかしてみせます」
「……分かりました。先生のことを、よろしくお願い致します……!」
祈るような表情で頭を深く下げたファルマは、裁判所方面の雑踏へと姿を消した。
その一方でシノとリエルは二人で役所へ出向き、ラウスの裏を取るための証拠探しへと出向くことになる。もし何も無くてもローレルの疑い自体は晴らせる可能性はあるが、ここは出来る限り確実にいきたい。
悪名高いなどと言われているラウスのことだ。何かと理由を付けて有罪までごり押されても不思議ではないのだから。
「よし、じゃあ役所へ行くよ。悪徳役人が残した証拠を探すために!」
裁判所とは別のひときわ大きな建物――――――リューンベル中央役所へ向けて二人は歩き出す。
ファルマの家から役所までは歩いて三十分ほどの距離があるため、多少急ぎ足だ。普段ならさすが都だなぁと改めて感心しているところだが、今となってはそんな時間もない。
「旅の途中で通った時も思いましたけれど……さすがグランディア王国有数の広さを誇る都ですね」
「この一件が無事に片付いたら、また観光にでも来たいところだね」
道中そんな会話を交わすシノとリエル。
村で教師を始める前はちょくちょく来ていたりしたが、もうかなり昔のことなので、あの頃とは都もそれなりに様変わりしている。だが、こんな素敵な都の裏にも悪どい役人が潜んでいるとなるとなんだか嫌な感じは拭えない。
そのためにも、今日行われる裁判には絶対勝つ必要があるだろう。あわよくば真の悪人への制裁も含めて。
「――――――着いたよ。ここが、リューンベル中央役所」
そろそろ正午も近づいたかと思われる頃、二人は役所の前までやってくる。鉄筋の真白い石造りをした、高さ三十メートルはあろうかという巨大な建物だ。クラド村での建物の大きさに慣れているので、久々に見るとさすがに迫力がある。
「正午までの時間は多くありません。急ぎましょう、シノさん!」
「分かってるよ。まずは、問題となってる人物の所在を確かめないと」
もし、行動している途中でラウス本人とばったり出くわしてしまったりしたら色々とマズイ。
さすがに大丈夫とは思うのだが、シノは急いで役所の受付へ向かうとその所在を訪ねてみた。
「――――――申し訳ありません。ノワルド氏は所用で不在となっておりまして……」
「そうですか……わかりました、ありがとう御座います」
所用というのは十中八九、今まさに裁判所にいるということだろう。これで不在は確定したので、シノにとっては圧倒的に都合のいい流れとなった。
件の彼は今頃、ローレルの有罪を今か今かと待っているに違いない。そして、それを今から逆転させるのはシノとリエルの仕事である。
「どうやら彼はしっかり不在みたい。これなら何も問題なく動くことができそうだよ」
「分かりました。具体的にはどうすれば……?」
「何かあるとすれば、彼の執務室だね。ファルマさんから場所は教えてもらったし、本人がいない間に探させてもらうよ」
「部屋に勝手に忍び込むということですか……!?」
役所の中で行動するとは聞いていたが、まさか忍び込むとは思っていなかったリエルはさすがに驚く。一歩間違えば泥棒扱いになってしまうほどリスクの高い行動だ。
だが、そのリスクを考えてもなお、彼の裏を探るだけの価値はあるということだろう。
「もし何か、彼に関して不利となりえる物を見つけることが出来れば、裁判の場における彼の発言力はかなり落ちると思う」
「まぁ……ファルマさんから聞いた限りだと、高圧的で他人の意見を許さないタイプの人みたいですからね……」
「こっちが何か言う前に押し切られたらどうしようもないからね。反撃材料の一つでも見つかればこっちのものだよ」
どことなく悪戯めいた笑みと共に、シノはそんなことを言う。こうしているとまるで探偵か何かのようだ。もっとも、こんなリスクの高い探偵業はこの一度きりで終わりにしたいものではあるが。
「じゃあそろそろ始めるよ。こっちに来て」
「は、はい!」
シノとリエルは素早く役所内を移動すると、人気のない場所へと一時的に身を隠した。
周囲に誰もいないことを確認したシノは気持ちを落ち着かせるように長く息を吐くと、
「全ての観測から我が身を隠せ――――――――ハイドシールド」
短い詠唱の後に魔法を発動させる。するとあっという間に二人の姿が周囲から消えて見えなくなり、まさに影も形も残らなくなった。
これは所謂「透明化」の魔法なのだが、この世界においては上級魔法の部類に入る。発動に手間もかかるため、気軽に扱ったりすることなどもちろん不可能だ。
それをたったあれだけの詠唱で発動させてしまったということは――――――――
「こういうのも、私ならではということだよ」
「す、凄いですねシノさん……!」
――――――――もちろん設定集に載っていた、オリジナル魔法の一つである。
しかも便利なことに、シノとリエルは互いにだけ姿がうっすら見えているので見失う心配もない。あれに載っている知識や魔法は出来る限り使わないに越したことはないのだが、今は非常時だ。出し渋っていてどうするというのだろうか?
目撃者がリエルしかいないので、変に気を使う必要もない。彼女ならば周囲に言いふらしたりすることもないだろう。
「彼の執務室はこっちだよ。行こう、リエル!」
「はい!」
声は普通に聞こえているので声量に注意しつつも、二人は目的の部屋へと向かう。
途中で何人もの役員と擦れ違ったが、本当に姿が見えていないようでいとも簡単に掻い潜れた。やがて役所の奥までたどり着くと、やたらと立派な扉の前で二人は立ち止まる。恐らくはここがラウスの執務室なのだろう。
「近くに警備の人がいるので、扉を開けると気付かれてしまいますよ……?」
「そこは大丈夫。私の友人が良い物を用意してくれてたから」
いくら姿が見えてなくても扉がひとりでに開いたりすれば怪しまれてしまいそうだが、その心配は無用。出発前にティエラが持たせてくれた魔法道具に、今の状況にピッタリの物があったのだ。
シノは魔法陣が描かれた札のようなものを取り出すと扉へと接近する。
慌ててリエルも後に続き、警備員との距離は一メートルにも満たなくなってしまった。リエルの手を握って無言で頷いたシノは、札を扉へと貼り付ける。すると――――――
(……今だ!)
――――――その瞬間、扉の表面にゆらぎのようなものが現れ、シノは思い切って扉へ突進した。
まさかの行動にリエルは驚く暇もなかったが何故か扉へ激突などはせず、一瞬だけ瞑った目を開けてみるとそこは扉の向こう側。つまり、開けずに通り抜けたということである。
「今のは、貼り付けた壁や扉を数秒の間だけ通り抜け可能にする魔札だよ。迷宮や遺跡探索で迷った時の脱出用に作ったんだって」
「魔法道具って、凄い物が多いんですね……」
さすがは一流の商人にして道具職人だ。たまにドジこそ踏みはするけれど。
とにかくこれで部屋に忍び込むことは出来たので、あとは色々と探させてもらうだけだ。もうあまり時間も残されていないので、二手に分かれて執務室内を探し始めたのだが、
(これじゃあ執務室っていうより、彼の私物置き場じゃないの……?)
声には出さないものの、シノは思わず呆れてしまう。ラウスの物だと思われる品がそこかしこに積まれているからだ。
方々から貰った物なのかは定かではないが、仮にも役人のトップが鎮座する執務室に置いておくようなものではないと思う。
色々と物申したい気持ちを抑えつつ引き続き探していると、
「――――――シノさん、これを見てください!」
奥の方に行っていたリエルが呼ぶ声が聞こえ、シノは急いでそちらの方へと向かう。
税金の徴収書類などが棚にまとめてあるようだが、それらに紛れて何かが置いてあることに気付いた。
「ノワルド氏宛ての手紙のようだけど……」
彼に宛てたであろう手紙と、その返事と思われる手紙。返事の手紙が置いてあるということは、相手の何者かと改めてこの場でもやり取りをしたということだろう。
手紙を開いて内容を見始めたシノだったが、文面を追っていくうちにその表情が驚きへと変わる。
「……何よこれ。こんなの、無茶苦茶じゃない……っ!」
次第に彼女の表情は驚きから怒りが混じったものへとなり、自然と言葉も強くなっていた。普段は滅多に怒らないため、いざそうなると凄みがあるように思える。
そんなシノの様子を隣で見ていたリエルは心配そうに見ていたが、彼女の表情もまた苦いものであった。どうやら、誰かとやり取りをしていたであろうラウスの手紙にはよほどの事が書かれていたらしい。
「ローレルさんの疑いを晴らすどころか……これは完全に彼の裏を取ったよ、リエル!」
「はい! これを突き付けて、裁判を終わらせてしまいましょう!」
とりあえず先ほどまでの怒りを鎮めると、シノとリエルは顔を見合わせて大きく頷き合う。
リスクが高いと思われる忍び込みだったが、余りあるほどの成果を得ることが出来たのだ。
「……もう正午が近いです。間に合わなくなる前にここを出ましょう、シノさん!」
続けて、時間を確認したリエルが少し焦ったように促した。いくら有利な証拠を掴んだとはいえ、自分達が裁判に間に合わなければ何の意味もない。
「そうだね。ファルマさん達も待っているだろうし、行こう!」
決定的な証拠となりえる手紙だけは忘れずに持ち出すと、シノとリエルは踵を返した。入ってきた時と同じ手順で執務室を抜けると、誰にも見られないように役所を後にする。
そして二人はリューンベルの街中を、裁判所へ向けて走り去っていくのであった。
三人は午後までにどう行動を起こすかについて改めて打ち合わせを行っていた。
「裁判の場での証人は、シノさんが務められるんですか?」
「ファルマさん達のような病院関係者だと、贔屓だのなんだのと言われて信じてもらえない可能性があるからね……」
「私は人社会における司法の場をよく知らないんですが……頑張ってくださいね!」
リエルが応援してはくれるものの、シノは裁判の場に立つなんてことは初めてだ。人間だった頃にもそんな経験はない。
だが、ここで引き下がってしまってはファルマはおろか、村で勝利を願っているローザ達にも申し訳が立たないので腹をくくる必要がある。
「ファルマさんは先に裁判所へ行ってください。あとの事は、私達が絶対になんとかしてみせます」
「……分かりました。先生のことを、よろしくお願い致します……!」
祈るような表情で頭を深く下げたファルマは、裁判所方面の雑踏へと姿を消した。
その一方でシノとリエルは二人で役所へ出向き、ラウスの裏を取るための証拠探しへと出向くことになる。もし何も無くてもローレルの疑い自体は晴らせる可能性はあるが、ここは出来る限り確実にいきたい。
悪名高いなどと言われているラウスのことだ。何かと理由を付けて有罪までごり押されても不思議ではないのだから。
「よし、じゃあ役所へ行くよ。悪徳役人が残した証拠を探すために!」
裁判所とは別のひときわ大きな建物――――――リューンベル中央役所へ向けて二人は歩き出す。
ファルマの家から役所までは歩いて三十分ほどの距離があるため、多少急ぎ足だ。普段ならさすが都だなぁと改めて感心しているところだが、今となってはそんな時間もない。
「旅の途中で通った時も思いましたけれど……さすがグランディア王国有数の広さを誇る都ですね」
「この一件が無事に片付いたら、また観光にでも来たいところだね」
道中そんな会話を交わすシノとリエル。
村で教師を始める前はちょくちょく来ていたりしたが、もうかなり昔のことなので、あの頃とは都もそれなりに様変わりしている。だが、こんな素敵な都の裏にも悪どい役人が潜んでいるとなるとなんだか嫌な感じは拭えない。
そのためにも、今日行われる裁判には絶対勝つ必要があるだろう。あわよくば真の悪人への制裁も含めて。
「――――――着いたよ。ここが、リューンベル中央役所」
そろそろ正午も近づいたかと思われる頃、二人は役所の前までやってくる。鉄筋の真白い石造りをした、高さ三十メートルはあろうかという巨大な建物だ。クラド村での建物の大きさに慣れているので、久々に見るとさすがに迫力がある。
「正午までの時間は多くありません。急ぎましょう、シノさん!」
「分かってるよ。まずは、問題となってる人物の所在を確かめないと」
もし、行動している途中でラウス本人とばったり出くわしてしまったりしたら色々とマズイ。
さすがに大丈夫とは思うのだが、シノは急いで役所の受付へ向かうとその所在を訪ねてみた。
「――――――申し訳ありません。ノワルド氏は所用で不在となっておりまして……」
「そうですか……わかりました、ありがとう御座います」
所用というのは十中八九、今まさに裁判所にいるということだろう。これで不在は確定したので、シノにとっては圧倒的に都合のいい流れとなった。
件の彼は今頃、ローレルの有罪を今か今かと待っているに違いない。そして、それを今から逆転させるのはシノとリエルの仕事である。
「どうやら彼はしっかり不在みたい。これなら何も問題なく動くことができそうだよ」
「分かりました。具体的にはどうすれば……?」
「何かあるとすれば、彼の執務室だね。ファルマさんから場所は教えてもらったし、本人がいない間に探させてもらうよ」
「部屋に勝手に忍び込むということですか……!?」
役所の中で行動するとは聞いていたが、まさか忍び込むとは思っていなかったリエルはさすがに驚く。一歩間違えば泥棒扱いになってしまうほどリスクの高い行動だ。
だが、そのリスクを考えてもなお、彼の裏を探るだけの価値はあるということだろう。
「もし何か、彼に関して不利となりえる物を見つけることが出来れば、裁判の場における彼の発言力はかなり落ちると思う」
「まぁ……ファルマさんから聞いた限りだと、高圧的で他人の意見を許さないタイプの人みたいですからね……」
「こっちが何か言う前に押し切られたらどうしようもないからね。反撃材料の一つでも見つかればこっちのものだよ」
どことなく悪戯めいた笑みと共に、シノはそんなことを言う。こうしているとまるで探偵か何かのようだ。もっとも、こんなリスクの高い探偵業はこの一度きりで終わりにしたいものではあるが。
「じゃあそろそろ始めるよ。こっちに来て」
「は、はい!」
シノとリエルは素早く役所内を移動すると、人気のない場所へと一時的に身を隠した。
周囲に誰もいないことを確認したシノは気持ちを落ち着かせるように長く息を吐くと、
「全ての観測から我が身を隠せ――――――――ハイドシールド」
短い詠唱の後に魔法を発動させる。するとあっという間に二人の姿が周囲から消えて見えなくなり、まさに影も形も残らなくなった。
これは所謂「透明化」の魔法なのだが、この世界においては上級魔法の部類に入る。発動に手間もかかるため、気軽に扱ったりすることなどもちろん不可能だ。
それをたったあれだけの詠唱で発動させてしまったということは――――――――
「こういうのも、私ならではということだよ」
「す、凄いですねシノさん……!」
――――――――もちろん設定集に載っていた、オリジナル魔法の一つである。
しかも便利なことに、シノとリエルは互いにだけ姿がうっすら見えているので見失う心配もない。あれに載っている知識や魔法は出来る限り使わないに越したことはないのだが、今は非常時だ。出し渋っていてどうするというのだろうか?
目撃者がリエルしかいないので、変に気を使う必要もない。彼女ならば周囲に言いふらしたりすることもないだろう。
「彼の執務室はこっちだよ。行こう、リエル!」
「はい!」
声は普通に聞こえているので声量に注意しつつも、二人は目的の部屋へと向かう。
途中で何人もの役員と擦れ違ったが、本当に姿が見えていないようでいとも簡単に掻い潜れた。やがて役所の奥までたどり着くと、やたらと立派な扉の前で二人は立ち止まる。恐らくはここがラウスの執務室なのだろう。
「近くに警備の人がいるので、扉を開けると気付かれてしまいますよ……?」
「そこは大丈夫。私の友人が良い物を用意してくれてたから」
いくら姿が見えてなくても扉がひとりでに開いたりすれば怪しまれてしまいそうだが、その心配は無用。出発前にティエラが持たせてくれた魔法道具に、今の状況にピッタリの物があったのだ。
シノは魔法陣が描かれた札のようなものを取り出すと扉へと接近する。
慌ててリエルも後に続き、警備員との距離は一メートルにも満たなくなってしまった。リエルの手を握って無言で頷いたシノは、札を扉へと貼り付ける。すると――――――
(……今だ!)
――――――その瞬間、扉の表面にゆらぎのようなものが現れ、シノは思い切って扉へ突進した。
まさかの行動にリエルは驚く暇もなかったが何故か扉へ激突などはせず、一瞬だけ瞑った目を開けてみるとそこは扉の向こう側。つまり、開けずに通り抜けたということである。
「今のは、貼り付けた壁や扉を数秒の間だけ通り抜け可能にする魔札だよ。迷宮や遺跡探索で迷った時の脱出用に作ったんだって」
「魔法道具って、凄い物が多いんですね……」
さすがは一流の商人にして道具職人だ。たまにドジこそ踏みはするけれど。
とにかくこれで部屋に忍び込むことは出来たので、あとは色々と探させてもらうだけだ。もうあまり時間も残されていないので、二手に分かれて執務室内を探し始めたのだが、
(これじゃあ執務室っていうより、彼の私物置き場じゃないの……?)
声には出さないものの、シノは思わず呆れてしまう。ラウスの物だと思われる品がそこかしこに積まれているからだ。
方々から貰った物なのかは定かではないが、仮にも役人のトップが鎮座する執務室に置いておくようなものではないと思う。
色々と物申したい気持ちを抑えつつ引き続き探していると、
「――――――シノさん、これを見てください!」
奥の方に行っていたリエルが呼ぶ声が聞こえ、シノは急いでそちらの方へと向かう。
税金の徴収書類などが棚にまとめてあるようだが、それらに紛れて何かが置いてあることに気付いた。
「ノワルド氏宛ての手紙のようだけど……」
彼に宛てたであろう手紙と、その返事と思われる手紙。返事の手紙が置いてあるということは、相手の何者かと改めてこの場でもやり取りをしたということだろう。
手紙を開いて内容を見始めたシノだったが、文面を追っていくうちにその表情が驚きへと変わる。
「……何よこれ。こんなの、無茶苦茶じゃない……っ!」
次第に彼女の表情は驚きから怒りが混じったものへとなり、自然と言葉も強くなっていた。普段は滅多に怒らないため、いざそうなると凄みがあるように思える。
そんなシノの様子を隣で見ていたリエルは心配そうに見ていたが、彼女の表情もまた苦いものであった。どうやら、誰かとやり取りをしていたであろうラウスの手紙にはよほどの事が書かれていたらしい。
「ローレルさんの疑いを晴らすどころか……これは完全に彼の裏を取ったよ、リエル!」
「はい! これを突き付けて、裁判を終わらせてしまいましょう!」
とりあえず先ほどまでの怒りを鎮めると、シノとリエルは顔を見合わせて大きく頷き合う。
リスクが高いと思われる忍び込みだったが、余りあるほどの成果を得ることが出来たのだ。
「……もう正午が近いです。間に合わなくなる前にここを出ましょう、シノさん!」
続けて、時間を確認したリエルが少し焦ったように促した。いくら有利な証拠を掴んだとはいえ、自分達が裁判に間に合わなければ何の意味もない。
「そうだね。ファルマさん達も待っているだろうし、行こう!」
決定的な証拠となりえる手紙だけは忘れずに持ち出すと、シノとリエルは踵を返した。入ってきた時と同じ手順で執務室を抜けると、誰にも見られないように役所を後にする。
そして二人はリューンベルの街中を、裁判所へ向けて走り去っていくのであった。
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